東日本大震災で被災した福島第一原発の復旧作業が難航し、放射性物質による被害は史上最大のチェルノブイリ事故を上回る可能性も出てきた。このため東京電力はあわててフランスの電力会社や原子力庁に支援を要請したが、それよりも実際に大事故を経験したロシアにまず支援を要請すべきではないのか。チェルノブイリ事故の教訓から謙虚に学び、それを生かすことが被害をこれ以上拡大させないための最良の策だと思う。
東京電力は11日の被災以来、福島原発の被害防止に全力を挙げているが、原子炉の建屋外や敷地土壌から発がん性があり毒性の強いプルトニウムが検出されるなど被害が次々に広がっている。さらに原発近くの強制避難地区で放射線を大量被曝したとみられる男性の遺体が見つかるなど、人体から環境にまで深刻な影響が出ている。
これに対し、経産省副大臣から「(原発事故の行方は)神のみぞ知る」という暴言が出たり、原子力行政の監視役の原子力安全委員長から「(汚染水対策について)どのような形で実施できるかについて安全委では知識を持ち合わせていない」という無責任な発言が飛び出したりしている有様だ。
このような状態になった大きな理由の一つは、わが国の原子力推進派が人類最悪の事故といわれるチェルノブイリ事故を軽視してきたからだろう。とくに経産省や御用学者はチェルノブイリ原発が原子炉そのものに重大な欠陥があったことから「日本では決して起きない事故」と言い切ってきた。今回の事故でも、テレビに頻繁に登場する原子力の専門家とされる東大教授らは「チェルノブイリとは違う」と端から問題にしない態度を取っている。
だが、現時点から見ると、事故を起こした原子炉が4機もあり、事故から2週間たっても放射性物質の漏えいが続いていることを考えると、チェルノブイリ事故の規模を上回っているとしか思えない状況だ。しかも、一番問題なのは東京電力だけでなく、政府や原子力の監視機関にも明確な対策と見通しがないことである。少なくとも国民には、この肝心なことが見えてこないので不安が一層高まっているのが実情である。
1986年に起きたチェルノブイリ事故では、原子炉の爆発で原子炉建屋や機械室屋上で火災が発生、消防隊員らの必死の消火活動で翌日朝までに鎮火されたが、31人が犠牲になった。また、ヘリ操縦士らが決死の覚悟で上空から砂、鉛、ホウ素などを投下、事故から10日後にようやく放射性物質の放出を止めることが出来た。さらに、炭鉱労働者などを動員して炉底に通じるトンネルを掘り、地底から原子炉を冷却する作業を続けた。その後、事故を起こした原子炉をコンクリートの「石棺」で密封したのである。それでも被害は周辺の広大な地域に広がり、その後甲状腺がんなどで死亡した人は4000人とも6000人ともいわれている。
当時、原発から半径30キロ以内が危険地域に指定され、住民約13万5000人に避難命令が出た。事故後も30キロ以内の地域は居住禁止とされ、25年たったいまも原則として地域内への立ち入り規制が行われている。
筆者は事故から8年後にチェルノブイリ原発を取材し、周辺を見て回ったが、居住禁止区域に入る場合は防護服着用が義務付けられ、ガイガー計数管を持参した。区域内には植物もほとんど生えておらず、所々で計数管が不気味に鳴っていて、まさに「死の廃墟」という印象を受けた。今回の事故で日本にもこうした地域が生じるのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。
ロシアのプーチン首相は事故直後、「日本は親しい隣国。(北方領土問題など)様々な問題はあるが、我々は信頼できるパートナーであるべきだ」と発言、最大級の支援策を打ち出した。これまでに救援隊計約150人が現地入りして被災者救援に当たったほか、国営原子力企業「ロスアトム」の専門家グループが来日した。ロシア側の報道では、原発管理の専門家とされていたが、具体的にどんなことをしたのか報道されていない。
ロシアは原発事故では「先輩」であり、事故処理の貴重な経験を持っている。日本政府はいまこそロシア側に支援を要請し、チェルノブイリ事故の教訓を生かして危機回避に全力を挙げるべきではないか。過去のいきさつは水に流して、支援を受けることがお互いの信頼回復にも役立つと信じる。
東京電力は11日の被災以来、福島原発の被害防止に全力を挙げているが、原子炉の建屋外や敷地土壌から発がん性があり毒性の強いプルトニウムが検出されるなど被害が次々に広がっている。さらに原発近くの強制避難地区で放射線を大量被曝したとみられる男性の遺体が見つかるなど、人体から環境にまで深刻な影響が出ている。
これに対し、経産省副大臣から「(原発事故の行方は)神のみぞ知る」という暴言が出たり、原子力行政の監視役の原子力安全委員長から「(汚染水対策について)どのような形で実施できるかについて安全委では知識を持ち合わせていない」という無責任な発言が飛び出したりしている有様だ。
このような状態になった大きな理由の一つは、わが国の原子力推進派が人類最悪の事故といわれるチェルノブイリ事故を軽視してきたからだろう。とくに経産省や御用学者はチェルノブイリ原発が原子炉そのものに重大な欠陥があったことから「日本では決して起きない事故」と言い切ってきた。今回の事故でも、テレビに頻繁に登場する原子力の専門家とされる東大教授らは「チェルノブイリとは違う」と端から問題にしない態度を取っている。
だが、現時点から見ると、事故を起こした原子炉が4機もあり、事故から2週間たっても放射性物質の漏えいが続いていることを考えると、チェルノブイリ事故の規模を上回っているとしか思えない状況だ。しかも、一番問題なのは東京電力だけでなく、政府や原子力の監視機関にも明確な対策と見通しがないことである。少なくとも国民には、この肝心なことが見えてこないので不安が一層高まっているのが実情である。
1986年に起きたチェルノブイリ事故では、原子炉の爆発で原子炉建屋や機械室屋上で火災が発生、消防隊員らの必死の消火活動で翌日朝までに鎮火されたが、31人が犠牲になった。また、ヘリ操縦士らが決死の覚悟で上空から砂、鉛、ホウ素などを投下、事故から10日後にようやく放射性物質の放出を止めることが出来た。さらに、炭鉱労働者などを動員して炉底に通じるトンネルを掘り、地底から原子炉を冷却する作業を続けた。その後、事故を起こした原子炉をコンクリートの「石棺」で密封したのである。それでも被害は周辺の広大な地域に広がり、その後甲状腺がんなどで死亡した人は4000人とも6000人ともいわれている。
当時、原発から半径30キロ以内が危険地域に指定され、住民約13万5000人に避難命令が出た。事故後も30キロ以内の地域は居住禁止とされ、25年たったいまも原則として地域内への立ち入り規制が行われている。
筆者は事故から8年後にチェルノブイリ原発を取材し、周辺を見て回ったが、居住禁止区域に入る場合は防護服着用が義務付けられ、ガイガー計数管を持参した。区域内には植物もほとんど生えておらず、所々で計数管が不気味に鳴っていて、まさに「死の廃墟」という印象を受けた。今回の事故で日本にもこうした地域が生じるのかと思うと、暗澹たる気持ちになる。
ロシアのプーチン首相は事故直後、「日本は親しい隣国。(北方領土問題など)様々な問題はあるが、我々は信頼できるパートナーであるべきだ」と発言、最大級の支援策を打ち出した。これまでに救援隊計約150人が現地入りして被災者救援に当たったほか、国営原子力企業「ロスアトム」の専門家グループが来日した。ロシア側の報道では、原発管理の専門家とされていたが、具体的にどんなことをしたのか報道されていない。
ロシアは原発事故では「先輩」であり、事故処理の貴重な経験を持っている。日本政府はいまこそロシア側に支援を要請し、チェルノブイリ事故の教訓を生かして危機回避に全力を挙げるべきではないか。過去のいきさつは水に流して、支援を受けることがお互いの信頼回復にも役立つと信じる。