飯島一孝ブログ「ゆうらしあ!」

ロシアを中心に旧ソ連・東欧に関するニュースや時事ネタを分かりやすく解説します。国際ニュースは意外と面白い!

北方領土の解決案を各紙はどう報道しているのか?

2016年10月20日 12時32分58秒 | Weblog
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プーチン大統領の12月訪日を控え、日露間の最大の懸案である北方領土問題の解決案についての報道が熱気を帯びてきた。北方領土の2島引き渡しなどを取り決めた「日ソ共同宣言」から満60年を迎えた10月19日前後の各紙の報道から、解決の行方を探ってみた。

この間の日本政府の解決案をリードしたのは、読売の9月23日付1面トップを飾った「北方領 2島返還が最低限」の記事である。北方四島のうち、歯舞、色丹の2島が返還されれば日本政府はロシア政府と合意することを示唆したもので、安倍首相寄りとされる読売の記事だけにインパクトは大きかった。安倍首相はこれまで「日露双方が受け入れられる解決案を探る」と言ってきたので、ある意味では当然の帰結といえる。

この方針に疑義を唱えたのは、佐藤優・元外務省主任分析官の10月16日付産経コラム「世界裏舞台」だ。政府は「四島に対する日本の主権が認められることが解決の基本方針」と主張してきたのに、勝手に「四島の帰属に関する問題を解決する」に変更したとして「国民を欺く秘密外交」と指摘している。つまり、主権と帰属は全く違うのに、それをきちんと国民に説明しないのは、国民軽視の外交だと主張しているのである。

こうした報道に対し、朝日はクールな姿勢を保っている。10月19日付の記事「北方領土交渉 動くか」では、プーチン大統領が日ソ共同宣言に ついて「島を引き渡すが、主権を引き渡すとは書いてない」と解釈しているとし、返還は4島でも2島でもなく、0島にとどまっているとの見方をしている。また、毎日は安倍首相が柔軟な判断を下すのでは、との見方が強まる一方、「ロシアが2島返還で合意しても、直ちに返還されることはあり得ない」とのロシアの学者の意見を載せている。

興味深いのは、19日付読売「論点スペシャル」で紹介しているロシア専門家2人の対照的な見方だ。下斗米伸夫法政大教授は、日露双方の歩み寄りを可能とする条件がようやく整ったと指摘し、「四つの島の行方は首脳会談後、明らかになるだろう」と、言い切っている。
それに対し、袴田茂樹新潟県立大教授は「日露平和条約は日本という馬の前にぶら下げたニンジンだ」との喩えを示し、首脳会談で領土問題が動くことはないと断言している。

いずれにしろ、12月の首脳会談は学者2人の楽観論と悲観論の間を激しく揺れ動くことになるに違いない。日露のどちらが笑うかは神のみぞ知るだろう。(この項おわり)
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北方領土の解決案を巡り、注意すべき点は何か?

2016年10月12日 13時18分38秒 | Weblog

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プーチン大統領の12月訪日が決まり、北方領土問題解決への期待が高まりつつある。早くも様々な解決案がメディアを賑わせているが、ソ連時代も含め、すでに70年以上も日露間で断続的に交渉を続けてきており、明るみになっている事実も少なくない。そこで、ロシア政府や日本政府の言い分に誤魔化されないためにも、注意すべき点を指摘したい。

第一に、北方四島全体の返還はあり得ないということである。日本政府は相変わらず「四島返還が原則」と答弁しているが、戦後結ばれたサンフランシスコ講和条約で日本政府は国後、択捉の2島については「権利は放棄した」と説明している。それを今更返せと言っても世界的に通用しない。つまり、歯舞、色丹の2島返還が最大限、許された要求と言ってもいい。

第二に、歯舞、色丹2島の面積を合わせても4島全体の7%にすぎないが、2島が返還されれば、日本が水産資源や鉱物資源について排他的に管理できる「排他的経済水域」は4島全体の約半分になる。その水域内では、日本は主権的権利を持つことができるので、漁業などの面で日本側のメリットは計り知れないほど大きくなる。

第三に、いま現実的な解決案として「2島返還プラスアルファ」がクローズアップされている。そしてアルファの中身として、残る2島の共同統治や共同開発案が日露両政府から浮上しているが、主権が相手側にある限り、日本側にはメリットがほとんどないと言ってもいい。特にロシア側はしきりに共同開発を主張しているが、日本側が吸い取られるだけという結果になりがちだ。こうした提案にあまり期待しない方が無難である。

第四に、日本側の4島返還と、ロシア側の2島返還の折衷案として「今後双方が合意すれば改めて協議する」というような文言を平和条約にいれるという話があるが、これは玉虫色の表現にすぎない。1956年の日ソ共同宣言でも「領土問題を含む平和条約に関する交渉を継続する」との原案から「領土問題を含む」という字句がソ連側の強い要求で削除された経緯がある。少しでも交渉継続を匂わす趣旨の表現があれば、ロシア側が乗ってこないだろう。

安倍政権には、北方領土問題を政権浮揚あるいは政権存続のために利用しようという考えが強く感じられる。そうした考えでこの問題を恣意的に取り扱われては、将来に大きな禍根を残す事になりかねない。ゆめゆめ国家百年の計を忘れてはならない。(この項おわり)

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来日ロシア人研究会、21年目の休会!

2016年10月02日 17時26分45秒 | Weblog
(写真は、最後の研究会で、これまでの活動状況を回顧する中村喜和さん=左=と長縄光男さん)


ロシア革命以後に日本にやってきたロシア人の足跡と日本人との交流を研究する「来日ロシア人研究会」は結成から21年目の10月1日の研究会を節目に、休会することになりました。この日は、ちょうど100回目の研究会でした。プーチン大統領が来日し、新たな日露関係を築こうという矢先に休会となるのは誠に残念です。

この研究会は、先行の『「ロシアと日本」研究会』が1992年に終結した後、ロシア文化研究者の中村喜和さん、長縄光男さんらが集まって1995年、新たな研究会を立ち上げました。会の名前は最初、「亡命ロシア人研究会」でしたが、その後、人物交流を中心に日露文化交流史を研究するフォーラムにしようということから「来日ロシア人研究会」という名前に変わりました。

その結果、学者だけでなく、一般市民の参加も認め、アカデミズムとアマチュアリズムの融合を目指すことになりました。そして、この研究会は規約もない、会費も取らない、経歴も問わない、というユニークな会になったのです。つまり、日本人もロシア人も自由に出入りできるが、お互いに敬愛の念を持つことだけを参加資格にするという、自由な集まりになったのです。筆者もモスクワ特派員から帰国後、2000年ごろから参加し、日本にやってきたロシア人の足跡を学んだだけでなく、ロシアに関心のある多くの人たちと知り合いになることができました。

最終回の研究会では、中村喜和さんと長縄光男さんがこれまでの研究会の活動を回顧し、人と人との触れ合いや、研究会存続の苦労話などをされました。この中で、中村さんは最近東京で見たロシア映画「ユノーア号とアボシ号」の話をされました。この映画は、幕末期に日本に開国を求めてやってきたロシア帝国外交官レザノフ(当時42歳)が帰国途中、スペイン人の15歳の娘と恋に落ち、結婚を約束しながら不慮の事故で死亡、娘は35年間、レザノフを待ち続けたという実話をもとに制作されたそうです。江戸幕府に開国を拒否されたレザノフはその後、部下に仕返しを命じ、彼らが北方4島の村々を襲撃し、その後、日本国内で”対露恐怖症”が広まるわけですが、その陰でこうした儚い恋の物語があったとは知りませんでした。研究会では、こうした思いがけない話が聞けるのが楽しみの一つでした。

この研究会には、毎回30人以上の参加者がありましたが、最終回にはその倍以上の参加者で会場はいっぱいでした。日本人とロシア人が気軽に交流でき、時には議論を戦わすこともありましたが、お互いの理解が進むきっかけになった事は間違いありません。聞くところによると、研究会はしばらく解散せず、ロシアから著名な学者や文化人が来日した時は、臨時の研究会を開く計画もあるそうです。また近い将来、この研究会が復活することを願ってやみません。

研究会では、研究の成果をまとめ、これまでに『異郷に生きる 来日ロシア人の足跡』シリーズを成文社から計5冊刊行しています。最終刊は『異郷に生きる Ⅵ』で、現在発売中です。(この項終わり)

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