(原題:EI Orfanato)
----『永遠の子供』って
ピーターパンなんかに使われる言葉だよね。
このポスターからは
そんなイメージがまったく伝わらないけど…。
「実はもっとショッキングなのもあるんだけどね…。
原題は『孤児院』。
日本の配給や宣伝サイドはホラー色を払拭しようと、
子供たちが庭で『だるまさんが転んだ』みたいな遊びをしているヴィジュアルとともに
このピュアな日本語タイトルで女性の映画観客を誘引しようとしているみたいだね」
----でも実際はかなり不気味なわけ?
「不気味という言葉が一番的確かどうかはわからないけど、
ショッキングなシーンは多のは確かだね。
物語は、次のようなもの。
海辺にある孤児院で育ったラウラ(ベレン・ルエダ)。
30年後、彼女は閉鎖されていた孤児院を買い取り、
障害を持つ子どもたちのためのホームとして再建するために、
夫カルロスと幼い息子シモンとともに移り住む。
ところが広い屋敷の中、遊ぶ相手がいないシモンは
イマジナリーフレンドを作り上げ、
まるでそこに相手がいるかのように話しかけたりする。
そんな中、いよいよホームのオープンの日が…。
しかしそのパーティのさなか、
シモンが忽然と姿を消してしまう。
その直前に家を訪ねてきた怪しい老婆。
彼女がこの失踪に関係あるのでは?
ラウラは必死に我が子の行方を探すのだったが…」
----うわあ、それはオモシロそうだニャあ。
「でしょう。
ぼくは試写状に書かれたストーリーを読んだだけで
少しでも早く観たくなったもの。
監督はスペインで短編映画やCMで活躍している新鋭J.A.バヨナ。
彼のシナリオを読んで、
あのギレルモ・デル・トロがプロデュースに名乗り出たと言うから、
その才能のほどは折り紙付きだ。
デル・トロいわく
『この作品が、単純に、呪われた屋敷、
幽霊、パラレルワールドなどの要素を元に
派手に作り直したものではないと分かった。
稀なことだが、このシナリオは真に深みのあるものだったのだ』」
----それだけでも、十分にオモシロいのにね(笑)。
「だよね。しかしデル・トロはさらにこう続けるんだ。
『なにしろ特別な残虐シーンなどにまったく頼ることなく、
観客を恐怖ににおののかせることに成功している。
そしてこの作品は、
超常現象ものとしてありがちな演出とは一線を画し、
愛する者を失った喪失感を最高に美しく描いている」
----ということは、この母親の気持ちが
映画のキモになっているんだニャ。
「そういうことだね。
ここに霊媒師(なんとジュラルディン・チャプリン!)まで登場し、
彼女に愛ある助言をする。
ところが周囲は、ラウラのことを
子供思うあまりに狂ってしまった母親としか見ない。
そして霊媒師のことはインチキと決めつけるんだね。
映画としては、
超常現象か、彼女の思い込みか、
そのどちらかは、はっきりとは明示しないから
観客の心は揺れっぱなし。
ミステリーのように切れそうな糸をたぐりながら
真相に向って隠されたベールを一枚一枚はがしていく。
その快感は、まさしくこれぞ映画という感じ。
その中には、突然のアクシデントで
糸がプツンと途切れてしまうところもあるしね」
----ふうん。で、タイトルの意味だけど…。
「これがほんとうにうまい。
最後にすべて分かるよ。
とにかく期待して観てね」
(byえいwithフォーン)
フォーンの一言「ニャンだか、ドキドキしてきたニャあ」
※隣の人が携帯の電源を消してなくて困った度
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----『永遠の子供』って
ピーターパンなんかに使われる言葉だよね。
このポスターからは
そんなイメージがまったく伝わらないけど…。
「実はもっとショッキングなのもあるんだけどね…。
原題は『孤児院』。
日本の配給や宣伝サイドはホラー色を払拭しようと、
子供たちが庭で『だるまさんが転んだ』みたいな遊びをしているヴィジュアルとともに
このピュアな日本語タイトルで女性の映画観客を誘引しようとしているみたいだね」
----でも実際はかなり不気味なわけ?
「不気味という言葉が一番的確かどうかはわからないけど、
ショッキングなシーンは多のは確かだね。
物語は、次のようなもの。
海辺にある孤児院で育ったラウラ(ベレン・ルエダ)。
30年後、彼女は閉鎖されていた孤児院を買い取り、
障害を持つ子どもたちのためのホームとして再建するために、
夫カルロスと幼い息子シモンとともに移り住む。
ところが広い屋敷の中、遊ぶ相手がいないシモンは
イマジナリーフレンドを作り上げ、
まるでそこに相手がいるかのように話しかけたりする。
そんな中、いよいよホームのオープンの日が…。
しかしそのパーティのさなか、
シモンが忽然と姿を消してしまう。
その直前に家を訪ねてきた怪しい老婆。
彼女がこの失踪に関係あるのでは?
ラウラは必死に我が子の行方を探すのだったが…」
----うわあ、それはオモシロそうだニャあ。
「でしょう。
ぼくは試写状に書かれたストーリーを読んだだけで
少しでも早く観たくなったもの。
監督はスペインで短編映画やCMで活躍している新鋭J.A.バヨナ。
彼のシナリオを読んで、
あのギレルモ・デル・トロがプロデュースに名乗り出たと言うから、
その才能のほどは折り紙付きだ。
デル・トロいわく
『この作品が、単純に、呪われた屋敷、
幽霊、パラレルワールドなどの要素を元に
派手に作り直したものではないと分かった。
稀なことだが、このシナリオは真に深みのあるものだったのだ』」
----それだけでも、十分にオモシロいのにね(笑)。
「だよね。しかしデル・トロはさらにこう続けるんだ。
『なにしろ特別な残虐シーンなどにまったく頼ることなく、
観客を恐怖ににおののかせることに成功している。
そしてこの作品は、
超常現象ものとしてありがちな演出とは一線を画し、
愛する者を失った喪失感を最高に美しく描いている」
----ということは、この母親の気持ちが
映画のキモになっているんだニャ。
「そういうことだね。
ここに霊媒師(なんとジュラルディン・チャプリン!)まで登場し、
彼女に愛ある助言をする。
ところが周囲は、ラウラのことを
子供思うあまりに狂ってしまった母親としか見ない。
そして霊媒師のことはインチキと決めつけるんだね。
映画としては、
超常現象か、彼女の思い込みか、
そのどちらかは、はっきりとは明示しないから
観客の心は揺れっぱなし。
ミステリーのように切れそうな糸をたぐりながら
真相に向って隠されたベールを一枚一枚はがしていく。
その快感は、まさしくこれぞ映画という感じ。
その中には、突然のアクシデントで
糸がプツンと途切れてしまうところもあるしね」
----ふうん。で、タイトルの意味だけど…。
「これがほんとうにうまい。
最後にすべて分かるよ。
とにかく期待して観てね」
(byえいwithフォーン)
フォーンの一言「ニャンだか、ドキドキしてきたニャあ」
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