ラムの大通り

愛猫フォーンを相手に映画のお話。
主に劇場公開前の新作映画についておしゃべりしています。

『ゴジラ』(60周年記念デジタルリマスター版)

2014-05-27 14:09:29 | 新作映画

----これ、日本で作られた第一作目の『ゴジラ』だよね。
いま話題のハリウッドの方かと…。
期待して損しちゃった。
「フォーン、それはないよ。
この『ゴジラ』、
いわゆるデジタルリマスター版
1954年11月3日の初回上映状態を再現すると豪語するだけあって、
もう、目を疑うほど完璧な修復。
手元のチラシによると、
【映像】
①ゴジラ映画初、4Kスキャン
②修復専用ソフトで全体的に汚れやゴミを除去
③1コマ1コマ手作業でゴミやキズ、切断跡を修復
④細心のDI技術で明るさやコントラスト、シャープネス等を補正

とある」

----へぇ~っ。
でも、あまりクリアーだと、
当時の雰囲気が失われちゃうんじゃニャいの?
「ぼくもそれは少し頭をよぎったけど、
観ていて気にはならなかったね。
というのも【音声】も、
音声ノイズの取り除きが生む違和感、
ゴジラの鳴き声の迫力の維持に細心の注意を払いながら、
ノイズの除去、整音作業が行なわれた…
らしい。
この映画、周知のとおり
原水爆反対のメッセージが痛烈に込められているだけに、
そのセリフの一つひとつがとても意味を持っている」

----そうそう。
ゴジラは確か水爆実験から生まれたんだよね。
「うん。
もともとはジュラ紀の生物の生き残り。
自分たちだけで暮らしていたところを
水爆の放射能を浴びてモンスター化…」

----核という人類最強最悪の武器から生まれたんじゃ、
やっつけようにも手立てはニャいよね。
「そう。
そこで使われるのが
水中の酸素を破壊してしまうオキシジェンデストロイヤー
これは戦争で片目を失った
芹沢博士(平田昭彦)が研究によって編み出したもの。
彼は、これがいずれ戦争などに使われることを恐れ、
公表を避けている。
と、ここにも、原子力が兵器として使用された歴史への反省が見て取れる」

----ニャるほど。
十分、いまにも通用するニャあ。
「うん。
劇中、国会審議で
ゴジラが放射能を浴びて凶暴化したことを
公表する、しないの、鍔迫り合いになるシーンが…。
都合の悪いことは国民に知らせないという、
これまた、最近明らかになった、
ある“調書”をめぐる政府の動きと似ている」

----そういえばこんどのハリウッド版『GODZILLA』は、
地震、津波、原発事故が描かれているとかで
日本でそのまま公開されるのか
みんなやきもきしているよね。
「う~ん。
その答がこの『デジタルリマスター版』じゃないかと、
ぼくはそうとらえているんだけどね。
実は、この映画のラスト、
志村喬扮する山根博士
ゴジラは一匹じゃない。水爆実験が行なわれる限り、
また別のゴジラが現れる…というようなことを口にする。
そのアンサームービーがハリウッド版『GODZILLA』。
彼らはテーマを曲げることなく
今回の映画化に取り組んだワケだ。
そしてその内容については
東宝にも話を通してあるらしい」

----だったら、
日本公開でのカットはありえないよね。
「ぼくもそれを期待したいね。
ただ、ヒットにより早くも第二作目の製作が決定。
いったい、どのような路線として続いていくのか、
それが少し気がかりだな」




フォーンの一言「志村喬は同じ年に『七人の侍』にも出ているのニャ」身を乗り出す

※そのどちらもラストは彼の名セリフだ度
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『ラストミッション』

2014-05-22 16:02:31 | 新作映画
(原題:3Days To Kill)


----主演ケヴィン・コスナー
ずいぶんと久しぶりのような…。
「そうだね。
最近、『マン・オブ・スティール』『エージェント・ライアン』などの大作に
ちょっぴり顔を覗かせてはいたけど、
主演となると、最後はなんだったか…?
パッと出てこないくらいご無沙汰」

----今度は元CIAの役でしょ?
なんだかスティーヴン・セガールあたりが
やりそう…。
「そうなんだよね。
まあ、これもセガール・アクションと似たような話だろうと思ってタカをくくっていたら、
いやあ、もうユニーク、ユニーク。
観る前までは知らなかったんだけど、
原案・脚本がリュック・ベッソン
で、監督がマックGなんだ」

----それは意外な組み合わせ。
「でしょ?
この映画、もう冒頭からかなり変。
なにせ、主人公のCIAエージェント、イーサン(ケヴィン・コスナー)は、
ミッション中にもかかわらず娘に電話を入れている。
それも公衆電話で…。
しかも誰が聞いてもすぐ悪性と分る
たちの悪い咳を始終している」

----えっ、そんなんじゃ任務遂行できニャいよ。
「うん。
結局、彼はこのミッションの後、
ドクターから余命いくばくもないとの診断を受け、
CIAを辞めることに。
というわけで久しぶりに、
自分のアジトに戻ると…」

----敵が待ち伏せ?
「いやいや。
なぜか黒人の大家族が住みついている。
長らく空き部屋ということで、
住むところのない彼らに不法に占拠されちゃったわけだ」

----ほんと、変な話。
「すぐさま当局に相談するイーサン。
しかし法律上、すぐには追い出せないと言われ、
渋々、同居するハメに。
そんな彼に、CIAエージェントのヴィヴィ(アンバー・ハード)が
ラストミッションをオファーにやってくる。
残された時間を娘ゾーイ(ヘイリー・スタインフェルド)と過ごすと決めたイーサンは
これをきっぱりと断る。
しかしヴィヴィは、イーサンの病気に効くという試薬を餌(?)として用意。
さすがに余命が伸びるとあれば、
イーサンもそれに賭けないわけにはいかない。
かくして、彼は家庭を気にかけながら
同時に凶悪なテロリストを追いつめるという、
これまでで最も難しい任務に挑むのだった…」

----ニャんだか、ジャッキー・チェンあたりにありそうだニャ。
『ダブル・ミッション』だっけ…。
「あるいは
シュワルツェネッガー『トゥルーライズ』ね。
この映画、ここからもかなり笑える。
彼は、まず娘の歓心を得ようと、
紫色の自転車をプレゼントしようとするんだけど、
乗れないからいらないと、
冷たくつき返されてしまう。
そのため、自分で移動手段として使っちゃう」

----あらあら。
邪魔になりそう(笑)。
「かと思うと、
拷問した相手が、
自分の娘と同じくらいの娘(しかも双子)を持つ親だと分ると、
彼に子育ての相談をしたり…」

----ぶっ。
それ、ふざけすぎてニャい?
「そのはずなんだけどね。
だけどなぜかこれがぼくのリズムにはピッタリとハマって…。
おそらくそれは
主演がケヴィン・コスナーだからじゃないかと…。
アクションスターのイメージが付きすぎた役者、
たとえばジェイソン・ステイサムとかだったら、
この“家庭”部分が浮いたかもしれない」

----あっ、それはあるかもね。
「この映画を観ながらぼくは
かつて日本の一部で使われていた
モンドムービーという言葉を思い出した。
一言で言えば、ちょっと変。
ラストに、あるオチがあるんだけど、
これも冗談かと思うようなありえないエピソード。
まあ、ダマされたと思って観てみてよ」




フォーンの一言「ケヴィン・コスナーをキャスティングした人が偉いのニャ」身を乗り出す

※とにかくラストはあっけにとられる度
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『六月燈の三姉妹』

2014-05-15 15:27:38 | 新作映画


----“六月燈”って、ニャんのこと?
「これはね。
鹿児島県を中心に古くから開かれている“夏祭り”のこと。
旧暦の6月(現在は7月頃)に、開催されるんだ」

----その“中心に”って気になるニャ。
他の地方にもあるということなのかニャ?
「そう、宮崎県の都城市でもね。
映画は、この“都城”もうまくエピソードの中にとりいれているんだ。
次女・奈美江(吹石一恵)の夫・徹(津田寛治)が都城市の出身。
微妙に違う言葉、ほどよい距離。
これらが映画の中に上手く活かされているんだ。
さて、物語。
奈美江と徹。
このふたりは東京で暮らしていたんだけど、
嫁姑問題が原因で奈美江は徹に離婚を突きつけ、
鹿児島で和菓子店「とら屋」を経営している実家へ。
徹は、妻を思いとどまらせようとその後を追うが…」

----ニャるほど。
でも、タイトルからすると、
その鹿児島に、あとふたりの姉妹がいるワケだよね?
「うん。出戻りの長女・静江(吉田羊)、
そして結婚直前に婚約破棄した上に不倫中の三女・栄(徳永えり)。
さて、ここでもうふたりの重要な人物を紹介。
三姉妹の母親で「とら屋」の店主、恵子(市毛良枝)、
そして、奈美江・静江の義父で栄の父親・眞平(西田聖志郎)」

----えっ、じゃあ、恵子さんという人はバツ一?
「いやいや、バツ二。
眞平が浮気したことから離婚したんだね。
でも、「とら屋」に眞平は欠かせない、
ということで、いまでも一緒に新作菓子作りに励んでいるんだ。
折しも新作菓子を発表する予定の“六月燈”はすぐそこに…」

----ニャんだか、ややこしいニャあ。
観ていて、こんがらない?
「いや、それはなかったね。
むしろ、この映画は、
一見、複雑なそれぞれの関係性を
映画の“オモシロさ”の中に包み込んでいるところにある。
一例をあげれば、
奈美江を追ってきた徹に対する母・恵子や三女・栄の態度。
本人にはもうその気がないから、きっぱりと諦めるように進言するんだ」

----ええっ!?それって冷たすぎニャい?
「でしょ。
通常のホームドラマから見れば逆。
でも、そこが独自の笑いを呼び、
なぜ彼女らはそんなことを言うんだろう?
この先、徹はどうなるんだろうという
ちょっとしたミステリー的な興味で映画を引っ張っていく。
そしてそこに、家族一丸となって取り組む“六月燈”が絡んでくる…」

----ニャんだか、
昭和の時代のお話みたいだニャあ。
「うん。
ぼくもこの映画を観ていて、
懐かしい気持ちになっていった。
もしかしたら、
地方には、いまもこんな空気が残っているのかもっていう…。
この映画、監督が2月に公開された『東京難民』の記憶も新しい佐々部清。
あの映画では、
東京での若者の地獄めぐりが真に迫って描かれていた。
ところがここには、その翳りもない。
いや、「とら屋」も含み、
商店街自体は大型ショッピングセンターの進出で客足減少、
赤字に苦しんでいる。
そういう意味では、これは確かに現代の話。
でも、その描き方がどこか“昭和の映画”を思い起こさせるんだ。
縁側と畳の「とら屋」は言うまでもなく、
商店街の人たちが夜な夜な集まる居酒屋「京ちゃん」。
そしてこの居酒屋の出し方にもある法則があって、
観ていて心地よいんだ」

----“法則”って?
「それは内緒。(笑)
この映画は、そんな佐々部清監督の映像的“こだわり”が随所に見受けられる。
ぼくが佐々部監督の映画を観るのが楽しみなのは、
映画の題材ごとに、
そのアプローチを変えていくことなんだ。
監督によっては、自分のスタイルを確固として崩さない人もいる。
でも、佐々部監督はそれよりも
目の前の題材を、どのような話法で伝えるのがいちばん効果的かを考えている(と思う)。
これは古今東西、ほんとうに数多くの映画に接してきた中で自然と身についたもの。
日本でそれに近いのは森田芳光監督かな。
この映画、クライマックスの空港での、ある“やさしさ”に思わずホロリ。
さらに続く三女のエピソードの嬉しい結末に温かい気持ちになっているうちに、
映画はアイリスですべてを包み込んでいく。
この手法が、こんなに活かされた映画を観たのも久しぶりだったね」




フォーンの一言「お祭りシーンの写し方が他の映画と違うのも注目ニャ」身を乗り出す

※オムニバス『ゾウを撫でる』も楽しみだ度
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『罪の手ざわり』

2014-05-11 19:48:26 | 新作映画
(英題:A Touch of Sin)


----これってジャ・ジャンクー監督の作品だよね。
確か、以前に“苦手”とか言っていなかった?
「よく覚えているね。
でも、観ずして語るなかれ。
いま、世界中が注目している監督だけに、
いちおう押さえておかなくちゃと…」

----それが、こうやって喋っているワケだから
意外と気に入ったということニャんだニャ?
「気に入った、という言葉が適切かどうか…。
ただ、
日が経つにつれてどんどん心にのしかかってきて…。
まず驚いたのがバイオレンス・シーンの凄まじさ。
これまでの彼の作品からは想像もつかないほど容赦がない。
なにせ、冒頭からいきなり3人を銃で撃っちゃうしね。
それこそ北野武の映画みたいに…。
そうそう、言い忘れたけど、
実はこの映画、製作にオフィス北野が入っているんだ」

----ニャるほど。
ところでどんなお話ニャの?
「一言で言えば、
実話を基に描かれた4話のオムニバス
ここは、チラシから引用しちゃおう。
村の共同所有だった炭鉱の利益が
実業家に独占されたことに怒った山西省の男。
妻と子には出稼ぎだと偽って強盗を繰り返す重慶の男。
客からセクハラを受ける湖北省の女。
ナイトクラブのダンサーとの恋に苦悩する広東省の男。

彼らは、ある“罪”に触れたことから、
それぞれ驚愕の結末を迎える…。
この4話の中に出てくる人々は、
他のエピソードでも少しだけ顔を覗かせる。
いまや、ひとつのパターンとして定着した
重層的な語り口なんだ」

----ふむふむ。
そこが気に入ったんだニャ。
「う~ん。
正直に告白すると、
この他のエピソードにも顔を出すというのは、
観ている間は、
それほどよくは分らなかった(汗)。
後で言われて、あ~あ、そうだったのか…と。
でも、これはそういう作りだということを知って観ていた方がオモシロいことには間違いないね。
カンヌ国際映画祭では脚本賞をもらっている事実が、それを雄弁に語っている」

----じゃあ、今になって
気にかかりだした理由と言うのは”?
「うん。
最近目にした
紹介状がない場合、大病院の初診料は全額自己負担”という日本のニュース」

----えっ?
ニャんでその話が出てくるの?
「突然すぎて
さすがのフォーンも戸惑っちゃうか…。
これって逆に言えば、
金さえあれば、いつでも大病院で看てもらえる”ということ。
それを読んだとき、この映画の3つ目のエピソード、
『自分は職種が違う』と強く拒否している風俗業の受付の女性を、
『金さえあれば、お前なんて自由にできる』と札束でひっぱ叩いて、
セックスの相手をさせようとしている小金持ちの姿を思い出したんだ。
もし、今のような“お金至上主義”を進めると、
近い将来、ここで描かれている中国のような国になるんではないかと…」

----そのエピソードだけで…!?
「いやいや、これだけじゃないよ。
冒頭のエピソード。
これもそう。
みんなの利益になるはずのものが、
上手く立ち回った一部の人間に独占される。
主人公の男は、
これはおかしいじゃないかと、
村の人々に言い続けているけど、
周囲は、あまり気にせず、
そのことに甘んじている。
格差はどんどん広がり、
定着しているというのに…」

----それってあきらめ?
「そこが問題なんだ。
あきらめなのか、慣れなのか?
ある程度まで既成事実ができると、
逆らうほうが、損をするという自衛からのものなのか。
いずれにしろ、彼らは寄らば大樹と言う感じで従順。
権力者にしっぽを振る…。
観ていて、これも現状容認のこの国を鏡で見ているよう」

----ふうむ。
でも、それじゃあ社会を反映しているってだけで、
映画としての見どころが分らニャいよ。
「いいところを突いてきたね。問題はここから。
さきほどのセクハラを受けた湖北省の女は、
我慢に我慢を重ねた上で、
ついに持っているナイフで相手を刺す。
一方、冒頭の山東省の男は、
ライフルで、既得権益者たちを撃ちまくる」

----おおっ。
武器は違えど、任侠映画。
「のはず。
ところがそうはならない。
湖北省の女だって 昔なら“さそり”であってもおかしくない。
ところが、ここが描き方なんだね。
悪をやっつけながらも、
そこに爽快感はないし、心の中で拍手もわき起こらない。
もちろん映画は、彼ら彼女らの気持ちに寄り添って描いているんだけどね。
それよりも、
“あ~あ、ついにやっちゃった”という、
その気持ちの方が強くなる。
それは、“周囲=社会の空気”を描き込んでいるからなんだ。
恨みつらみを晴らしたところで、
彼らを待ち受けるのは当局による“重罰”。
なんとも救いようのない時代。
この作品は、4つの事件を基に描きながら、
中国の現状を“社会の空気”としてフィルムに焼き付けている。
チラシに書いてある
あゝ無情--』はまさにこの映画の核心を突いているね」






フォーンの一言「ヒーローは、この時代にはいないのかニャ」身を乗り出す

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『ぼくたちの家族』

2014-05-06 14:40:20 | 新作映画
----今日は大変だったニャあ。
パンセが、お風呂にダイブ!
ぼくも、ちっちゃい頃にやったことがあるけど…。
「だね。
でもフォーンはその後、シャワーが好きになったけど、
パンセはどうだろう?
ただでさえビビりだから…」

----う~ん、いつになく家族的なお話。
うらやましいニャあ。
「えへん。
ということで、
今日のお話は『ぼくたちの家族』

----なんか、できすぎてニャい(笑)?
これ、『舟を編む』 石井裕也監督の映画だよね。
最初、ビジュアルを観たときは、
是枝監督の『そして父になる』とダブっちゃった。
「うむ。
“家族”をモチーフにすると、
どうしてもキービジュアルが似ちゃうんだ。
だからってワケでもないだろうけど、
この映画のチラシの裏面は、
父、母、愛、弟、
4人のアップのビジュアルで構成している」

----ははあ、これだニャ。
あら、原田美枝子だけニコニコ。
他の3人は、みんな一様に外を向いている。
「ここに、
すでにこの映画の中の人間関係が凝縮されている。
ということでさっそく物語を…。、
母・玲子(原田美枝子)の物忘れがひどくなり、
ついには、その言動がエキセントリックになっていく。
そこで父・克明(長塚京三)は、
長男・浩介(妻夫木聡)と一緒に、
彼女を病院に連れていく。
そこで出た検査結果は“余命一週間”。
父親は取り乱し、長男は思いつめる。
そんな中、ようやく連絡が付いた次男・俊平(池松壮亮)は、
いつもと変わらずヘラヘラ。
と言っても、務めて平静を装おうとしているんだけどね。
さて、ここからいよいよ
ぼくが今回、もっとも注目した“像崩し”が始まる」

----“像崩し”?
初めて聞くニャあ。
「それはそうだよ。
これはぼくの造語。
分りやすく言うと、
父親像、兄弟像、あるいは役者イメージ。
これらが、こちらが抱いている先入観とはまったく違っている

こういうことなんだ。
日本映画、いや映画に関わらず、
その父親像と言えば一家の大黒柱。
で~んと構えている。
ところが、ここではもうあたふた。
中華料理屋では携帯の使用を店員んとがめられて頭に血が上るし、
夜中じゅう、不安を紛らわそうと息子に電話を入れる。
一方、その息子はと言えば、
兄・浩介は結婚、弟・俊平は母親に金の無心…
となると、この緊急事態での役割は
おのずと見えてくる…はず。
ところが、浩介は妻・美雪(黒川芽衣)に頭が上がらない。
いわゆる尻に敷かれている状態。
母の入院費用でさえ、
美雪から論理的に拒否されると、
それ以上なにも言えなくなってしまう。
さらに、母親はサラ金に300万の借金」

----そ、それは…!?
「これくらいで驚いちゃいけない。
父親は会社の借金と家のローンで4500万。
しかも家のローンでは浩介が保証人になっているため、
自己破産もできない」

----あわわわわ。
母親の入院だけじゃないんだ…。
「そういうこと。
しかもそれをきっかけに、
一家それぞれが抱えている“負”の面が次々に出てくる。
で、映画はその“負”が新たな問題を生み、
映画を牽引していくんだ

しかも、“一週間後”は刻々と迫ってくる。
そんな中、思いもよらぬ、
あるひとりが
道を切り開いていく」

----分った。
それが弟・俊平!
「正解(笑)。
いい意味での“像崩し”。
これがこの映画の基本構造。
その中で、
それぞれが何を思い、何を喋るか…。
このセリフ一つひとつが、またリアルで新鮮。
もちろん、
目の前にいる人を別の人と勘違い。
本音を喋るなどといった、
母親の認知症に近い、
笑うに笑えないセリフも見どころではあるけどね」

----ふうむ。
これはふだんから人間観察が
よくできているということだニャ。
「うん。
この監督、
ほんとうにいまノリにノッている。
こういうときは、
間をおかず、
次々と作ってほしい。
ぼくはそう思うね」




フォーンの一言「とにかく観察力ありきなのニャ」身を乗り出す

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『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』

2014-05-01 15:35:10 | 新作映画
(原題:Inside Llewyn Davis)




----このタイトル、やたら長くニャい。
それだけで、ちょっと引けちゃうニャあ。
「そうだね。
ぼくもこれがコーエン兄弟の映画って気づかなかったら、
後回しにしていたかも。
でも、これをて改めて思ったけど、
コーエン兄弟ってのは、
やはり映画が好きなんだな…」

----ニャに言っているの?
そんなの当たり前じゃニャい…。
「う~ん。
それはそうなんだけど…。
どう話したらいいのかな。
彼らコーエン兄弟は、
映画作家として地位を確立しているけれど、
じゃあ、その作風は?と問われると、
ちょっと待てよ…になっちゃう。
同時代の監督で言えば、
タランティーノやウェス・アンダーソンのように、
一目見ただけですぐ分るような個性に欠けている」

----作家性がないってこと?
「いや、そうじゃないんだ。
その作品にあった撮り口、語り口を持っているということなんだ。
自分らの個性を前面に押し出すよりも、
その映画に見合った話法の映画を撮る…。
本作『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』
その姿勢から生まれたものと言える。
主人公ルーウィン・デイヴィスは、
ボブ・ディランが憧れた伝説のフォーク・シンガー、
デイヴ・ヴァン・ロングがモデルとなっている。
映画は、冒頭、コーヒーハウスで歌い終わったルーウィンが
店の外で見知らぬ男に殴られるところから始まる。
彼の視界から遠ざかっていく男。
その姿に、
廊下を歩く猫の後ろ姿がオーバーラップする。
いやあ、もう惚れ惚れ。
映画は、物語よりも何よりも
“<画>で見せる”ことだと思っているぼくにとって、
これは最高の導入。
そして<映画>は、この猫に導かれるように進んでいく。
いわば猫版『ふしぎの国のアリス』
この形式を使うということは、
ある意味、そこから先の物語は
どこまでが真実かは怪しいとも言えるんだけどね」

----そんな嘘っぽいことが起こるワケ?
「いやいや。
そうじゃなくて、
ことの真偽はさして重要じゃないってこと。
まず猫から説明しよう。
この猫はルーウィン(オスカー・アイザック)の友人で
大学教授のゴーファイン夫妻が飼っている猫。
名前をユリシーズと言う。
ルーウィンはその器用ジュ夫妻の部屋に泊めてもらっていたワケだけど、
部屋を出ていく際に、その猫も一緒に外へ出てしまう。
中に戻ろうにも鍵がない…
というわけで、彼はそのユリシーズを抱いたまま
行動しなくてはならなくなる。
賑やかな通りを歩くのも、地下鉄の中に座るのも猫と一緒。
ところが、その猫が途中で逃げ出して…。
う~ん。
まあ、ここまででいいか。
話し始めたら、これ、
エピソードを一つひとつ
言わなくちゃいけなくなるからね。
まあ、ともあれ、ルーウィンは、
かの『ハリーとトント』のように
猫を抱いて、そこで仕事が待つはずのシカゴへと向かう…が」

----ふうん。
つまりはロードムービーとなるワケだニャ。
「うん。
しかもそこには常に<音楽>が付いて回る。
金のために軽薄なポップ・ソングのレコーディングに参加したり、
客の前で歌えとしつこく頼む友人夫妻に激昂したり、
髭を剃って身ぎれいにする条件をプロデューサーから出されたり、
痴呆症の父の前で彼の好きだった歌を歌ったり。
その一つひとつのエピソードの中に、
彼の音楽家としての矜持と人生観が伺えるという構成なんだ」

----ニャるほど。
で、そのルーウィンという人の個性って?
「まあ、
これはいまの若い人が見たら
ただただあきれるしかないだろうね。
せっかく歌うチャンスがありながら、
自分のスタイルに固執してご破算に。
しかも、他のミュージシャンのステージには
敬意を払うどころか野次を飛ばす始末。
プライベートの方でも
ミュージシャン仲間のカップルの女性に手を出して
妊娠させてしまう。
ただ、この風来坊的な生き方、
なんともその匂いが懐かしくってね。
さっき、ディランが憧れた…と言ったけど、
映画の舞台は1961年。
これからアメリカが大きく変わろうとする、まさにその前夜。
この後、愛と平和と自由の旗印の下、
既成の価値観を覆す若者たちが次々と出てくる。
この映画は、その大爆発の寸前の
ドロドロとしたマグマを描いたような
不思議な熱を帯びた作品。
結果的に、有名になっていくのは
彼よりも後のディランであったり、
ウォーホルであったりする。
その先駆者ゆえの寂しさ。
そう彼は<名もなき男>。
こういう映画には、ぼくはどこか共感を覚えてしまうな」







フォーンの一言「キャリー・マリガンジャスティン・ティンバーレイクが歌うシーンもあるのャ」身を乗り出す

※フォークの名曲「500マイル」だ度


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