おいしい料理を食べ終えた後は、
つまみを食べながらウイスキーをちびりちびりとやった。
この日doironはうかつなことに
ヘッドランプを持ってくるのを忘れていたので、
時折へドランを借りながら
小屋のノートに感謝の言葉を綴ったり、
小屋の中をさらに詳しく見てみたりした。
(写真は明るい時に撮影したものです)
塩川正十郎揮毫の扁額
いわゆる「熊出没注意!」の貼り紙
囲炉裏でごみを燃やしてはいけません
と、その時小屋の片隅に、
赤い小さな光があることに気付いた。
近づいて見ると、小屋に備え付けの携帯充電器で、
アダプタも数種類あって、すべてのメーカーの携帯が
充電可能となっているではないか。
なんというきめ細やかな配慮だろう。
残念ながら、iPhoneは無理のようだったけどね。
ん?それよりちょっと待てよ。
充電できるということは電源があるということじゃないか。
そう思って、ふと横を見ると
スイッチらしきものがあったので
試しにパチンと押してみたら・・・
なんと、部屋に灯りがついたのだ。
しかもこれがLEDの灯り。
我が家よりも優れものではないか。
これだったら本も読めるし、
冷蔵庫も設置できるし、テレビだって見れる。
さすがにそんな電化製品はなかったが、
こんな山奥の山小屋に、電気の灯りがつくだけでも、
文明開化の響きあり、である。
本当に、感心するほど何から何まで
至れり尽くせりの山小屋である。
いいところやなあ、と三人で感心しまくったわい。
酔いもまわって、囲炉裏の火も消えてきたころ、
棚に山ほど積まれたよく干してサラサラの毛布を広げて、
ようやく寝袋にくるまることにした。
小屋の中は、囲炉裏のおかげで全然寒くなかったが、
お酒をたくさん飲んだので夜中に二度トイレに目覚めた。
そのたびごとに、こんな素晴らしい夜を
寝たまま過ごしてしまうことがもったいなくて、
外に出て星を眺めたり、
遠くでピーと鳴く鹿の声を聞いたりしていた。
時折聞こえる低い声は、
今年の流行語大賞候補の「クマでしょ!」。
周りの樹まで踊りだしそうな、
まるで、宮沢賢治の世界に迷い込んだような夜でした。
翌朝、すっきり晴れ上がったので、
気温がうんと下がったため、
目覚めるなり、囲炉裏に小さな火をつけた。
この小さな火というのが、難しいのである。
火おこし名人doironの腕の見せ所である。
まあ、これくらいしないと、
おさんどんも運転もお任せしているので申し訳ないしね。
そうしておこした火がこれ。
この小屋を出発するまでに
すべて消えてしまうほどの小さな火でしょ。
この日の予定は、
行仙岳と反対の南側にある笠捨山の登頂であったが、
その前に昨夜使った水の補給に水場を往復することにした。
前日に確認しておいた水場までの道は
かなり急斜面なので、膝に不安を抱えるS藤さんには
小屋番をしてもらい、
T本さんとふたりで行くことにした。
空の20リットルタンクをひとつずつ、
小屋に備え付けの背負子に結び付け、
いざ出発。
小屋の少し先の「佐田の辻」というところから、
「水場へ10分」の矢印に従って下降を開始した。
これがまたいきなりの急坂。
しばらく我慢すれば緩やかになるだろうと思ったのは大間違いで、
一般登山道なら鎖場間違いなしの急坂を、
ずんずん下っていくことになった。
このままだと、地の底まで行くのではないか
と思うほど下ること10分。
まだ水の音が聞こえるどころか、谷筋にも出ない。
標識には10分と書いてあったやん。
ど、どこまで行くんや
と思い始めた頃、前日の雨で濡れた
斜めの木の根っこに足を滑らせて、体勢を崩してしまった。
頭から谷底に落ちていくんではないかと思った瞬間、
doironはミッションインポッシブルのトムクルーズばりのアクションで、
左の斜面に体を預けたのであった。
静かな山に、小さな地響きが起こった。
左手と左足をしこたま打ったが、
軽い打ち身程度で済みそうだと思ったのも束の間、
地面と顔が向き合ったまま起き上がれない。
あの時は焦ったなあ。
体幹がどうにかなったのかと思ったほどだ。
T本さんがびっくりして近づいてきて、
見たら背負子の上部が斜面に突き刺さっていたそうだ。
道理で起き上がれないはずである。
幸い軽症で済んだが、あのまま谷底まで転がったら・・・
と思うと冷や汗ものである。
胸にぶら下げたカメラのよく無事だったこと。
気持ちと体制を整えて下降再開。
20分ほどでようやく水場に着いた。
全く命がけの水汲み業である。
しかし、そんな辛い気持ちは水場を見て一瞬ふっとんだ。
そこは、湧水が集まって小さな淵となっている
超神秘的なところであった。
絶句するほどのパワースポットである。
ここを見れただけで、苦労して下ってきた値打ちがあるというものだ。
ありがたく湧水を汲みながらタンクに詰め、
いざ立ち上がろうとした時、その水の重さに驚いた。
20リットルだから20キロ。
それは当然そうなのだが、
背中にずっしりと荷のかかった状態で、
今下ってきた坂を上るのかと思うと、
20キロが200キロにも思えた。
しかしここまで来てあきらめるわけにはいかない。
覚悟を決めて登り始めた。
一歩ずつ、かみしめるように登っていく。
紅葉を愛でる余裕もすぐに消え失せた。
5分ほど登れば心拍数はMAX状態に。
こんなに心拍数をあげたのは、
3年前の事故以来初めてかもしれない。
しんどいよりも、怖いという気持ちが
たびたびdoironの脚を止めたほどだ。
何度目かの休憩のとき、
ふと目の前を見るとこんな表示が・・・
なるほど確かにそうだが、
命の水を汲みに行って、
命を落としちゃ何にもならんぞ
などと自分に言い聞かせ、大休憩。
結局、水汲みだけで1時間を費やした。
小屋に設置されたボードに
タンクのナンバーと汲んだ日を書いて
これで水汲み終了!
本当は「死ぬ思いで補給」と書きたかったのだが
それを見た人は水汲みに行きづらくなるもんね。
やめときました。
それにしても、小屋にあんなに潤沢にあった水が、
こんなに苦労して汲み上げられた水だったのかと思うと、
つくづく山小屋の水は大事に使わねばと実感したのでありました。
次回に続く