ハブ ア ナイス doi!

いつまで続くのかコロナとの戦い。
全て解放されて、もっと、もっと
心から楽しまないとねえ。

ぎょうさん、行仙 山小屋編

2013年11月19日 22時03分40秒 | ウォーキング

行仙岳との分岐から、
ワクワクしながら小屋に向かった。
イロリ、イロリとつぶやきながら
急斜面を下っていくと、



「継の窟」

と書かれた札が
谷底に向かう木の枝にぶら下がっていた。

このあたりには、
「窟」と呼ばれる洞穴や、
いわやが多く点在している。
それだけこの辺りは急峻な岩場が多く、
道の横は急激に下る渓が多くある事を物語っている。
継の窟もそんな谷底に向かって
少し降りたところにあるように見受けられたが、
下る勇気もなく
気持ちは小屋に向かって一直線となっていた。

左側に川のように流れる高圧線が見えてきた頃、
道の先に小屋の姿が見えてきた。

「行仙宿(ぎょうせんのしゅく)」

と言われる山小屋である。

これ。


管理棟と宿泊棟と行者堂の三棟で構成されている。

真ん中にある行仙小屋の扉を開けると、
目の前に待望の囲炉裏が据えられていた。



その姿を見た時、
ここへ来る前にふと疑問に思って
「囲炉裏」の語源を調べたことを思い出した。

炉を囲むところから
「囲炉」まではわかる。
ではなぜ「裏」なのか。

実は「囲炉裏」という漢字は
全くの当て字で、
漢字に意味はないらしい。

「どうぞごゆるり」と
座ることを勧めたところから
囲炉裏のことを「ユルリ」と言う地方があって、
そこからきているんだという説がもっともらしかった。

確かに、扉を開けた途端、
真ん中にデンと据えられた囲炉裏が
「今宵はごゆるりと」
と微笑んでいたようだった。

到着したのは3時45分頃。

この季節はかなり日も短くなっているうえに、
山の夕闇は駆け足でやってくる。

ちゃちゃっと着替えて、
早速、宴会の用意にとりかかった。

今回のメンバーでは、
おさんどんリーダーはT本さんで、



S藤さんは車の運転と調味料や食材の準備、



doironは山小屋連絡の手配と火の担当である。
一番若いくせに、一番楽な役割をいただきました。

さっそく小屋の周りから、
「杉爆弾」というほどよく燃える
杉の枯れ枝を調達し、
手際よく火をつけた。



薪は小屋の周りにきれいに積み上げられているからそれね。

薪をくべると途端に
小屋中に煙が充満。
五徳の上にこんな立派な自在鉤(じざいかぎ)が据え付けられていて、



そこに架けられたやかんも煙で真っ黒になっている。

昔はこの煙がわら屋根にしみこんで
虫除けになったというから、
囲炉裏文化は奥が深い。

それにしても煙が目に染みて
涙が止まらなかったよ。

途中で購入してきた食材を、
テーブルの上に並べ、









いよいよ調理が始まった。

今夜はdoironが勝手に名づけた

「囲炉裏鍋」

と、そして買い出しの際に
奮発して買った松茸が
今回の目玉品である。

持参した山用の食器を真っ黒にしたくないので、
小屋に用意されている鍋に具材を入れて
持参のガスコンロで炊くことにした。

まあ、囲炉裏でぐつぐつと鍋をするには
まだまだ我々は囲炉裏初心者ということである。

鍋ができるまでの間、
小屋の中を眺めると、
鍋、食器類などは全て小屋に用意されているし、
非常食のラーメン、お菓子、炭、乾電池
トイレットペーパ(トイレはなんと様式!)、
毛布、枕まで困らないほど何でもある。
探せば紙おむつも出てきそうだ。

また、水もポリタンクに100リットルくらいは準備してくれていた。
水場は小屋から10分くらい下ったところの
湧水を汲んできてくれているのだ。
たっぷり汲まれてあったのは
入山に先立ってbabiさんから
新宮やまびこグループの方に
連絡をしていてくれたからだろう。

ありがたいことである。

とまあ、小屋の素晴らしさを紹介しているうちに、
鍋もできたようである。



まずはビールで乾杯だ。


鍋をつつきながら、
ビールの後は日本酒に移行。

う~ん、最高。

せっかくの囲炉裏なので、
ここに囲炉裏の周りで串焼きにした
岩魚でも焼けば最高なんだが、
麓で買うことができなかったので、
しかたなくメザシの串焼きをした。



イワナの骨酒も期待していたのに
この点は残念である。
また別の季節にきて
絶対実現させたいところだ。

しかし、メザシの串焼きも
これはこれで山の薪で
半分燻した味なんかはオツなもんである。

そして満を持して投入されたのが

「焼き松茸」。

囲炉裏でいこした炭を、
小屋に備え付けのカンテキに移して焼き、
醤油をつけていただいた。



これのうまいこと。

大いに盛り上がって
山小屋の夜は更けていくのであった。


次回に続く