生き甲斐の心理学

自分は何の為に生きているのか? 生き甲斐とは何か、自分の魂と成育史と身体を大事にしているか、を思索していきます。

何故、混濁するか?:幸福な日々の為の自問自答集の第3章

2014年01月03日 | 第15章自分は何処へ旅してるのか?
自分の問題なのか、相手・他者の問題なのか混濁すると人は幸福にはなれません。更には理想と現実を混濁しても、幸せになれません。その混濁の理由は思いこみが原因なのですが、複雑なので、一つのフィルターという言葉を使います。私を含め、人は「一つのフィルター」から物を見てしまう傾向があります。例えば新聞のニュースを見ます。歓迎する人もいれば、同じニュースでも腹を立てる人もいます。この解釈の違いで、もし、無理をすれば、その人は心が落ち着きません。このように、人は自分の心を安定させる考え方、フィルターで解釈していかないと、とにかく、心が安定しないのです。つまり自分が安心して生きていける解釈を、ストレスがたまらないように、色々と言葉にしていうわけです。この傾向は悪い事ではなく種の保存、生命の維持に必要な精神作用だからです。身辺のストレスを早く解決して、すっきりしなさい、と大脳が囁くのですが、子供から高齢者まで、全ての人が生き甲斐の心理学を学んでいるわけでないので、一つのフィルターに振り回されて、幸せなら良いのですが、そのフィルター、個性的な見方が自分を不幸にしている場合、その傾向を意識化しないと、無駄なエネルギーを使い、自分を疲れ果てさせていきます。赤ちゃんも気にいらないことがあれば、それが解決されるまで、何を言いましてもご機嫌が悪いのと同じです。しかし大人になり人生経験を積む内に、一つのフィルターで周囲に当たり散らすと碌な事にならない人生を知るわけです。偏見に満ちた大人、思いこみの強い人から、とばっちりを受けないように、その人を避けていきます。八つ当たりをする人は仕事がうまくいきませんし、第一、信頼されません。とまあ、こんな風に、周囲の反応を体験する内に、一つのフィルターで振り回されると碌な事がないと悟ります。そして、固執せず、その場、その場で自由に明るく爽やかに生きる喜びを感じたい、と願うようになれば、もう大丈夫でしょう。人の心を自由にさせない一番大きな原因は「人への憎しみ、恨み、嫌悪感」だと言われています。或人が嫌いな場合、何故か、嫌う人自身が固執障害に陥る傾向があるようです。不安感、怒り、鬱が続きます。このストレス曲線上の感情が人を不自由にするようです。日々の平安感、友好的感情、健康感、幸福感、統御感が人を自由にさせますので、今年もこの幸福曲線を大事にしたいものです。
<自分は何処へ旅しているのだろうか?:148>

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