2月のピアノリサイタルを聴いてプレトニョフの指揮も聴いてみたくなり、東フィルの定期公演に行ってきました。今回はオールラフマニノフプログラム。
ウクライナ侵攻以降、ロシアに殆ど帰っていないというプレトニョフ。
そのため自身が創設し32年間続いたロシア・ナショナル管弦楽団の音楽監督の契約が打ち切りとなり、プレトニョフを長年支えてきた楽団長も更迭されていることから、ロシア当局による事実上の解任とみられるとのこと。そして新たにスロバキアの首都ブラチスラヴァで彼が創設したのが、その名もラフマニノフ国際管弦楽団(Rachmaninoff International Orchestra, RIO)。
ブラティスラヴァ発 〓 ミハイル・プレトニョフが新しいオーケストラを創設、ロシア・ナショナル管の音楽監督を当局が解任?(月刊音楽祭)
“Who starts wars? Imbecile politicians. No normal person likes war.”(RIO)
行動早いな…。さすが…。
楽団員のうち18人はロシアから、他はウクライナ、ブラチスラヴァ、ウィーンなどから集まったとのこと。
楽団の名前に「ラフマニノフ」と冠したほどなので、プレトニョフのこの作曲家への敬愛はただならぬものがあるのでしょう。
共産主義化するロシアから西側に亡命し、深く愛する母国に二度と戻ることが叶わなかったラフマニノフ。
プレトニョフは音楽面においてだけでなく、現在の自身の状況もラフマニノフに重ねて感じているのではないかと思う。
上記クロアチアでのインタビューで(奥様的な方?がクロアチア人なんですね)、プレトニョフは「プーチン政権は、すべてを自分の支配下に置きたいのです。だから、RNOも国営オーケストラにしようとしたのでしょう。しかしプーチンは問題の原因ではなく、結果に過ぎません。問題は、ロシアがまだ民主主義への道を歩んでいないことです」と。
ところで同インタビューで知りましたが、プレトニョフって10ヶ国語を話せるんですね
数ヶ国語を話す音楽家はザラにいるけど、10ヶ国語か・・・。
【幻想曲『岩』】
【交響詩『死の島』】
『岩』を聴くのは、ソヒエフ&N響に続いて2回目。『死の鳥』は初めてです。
2月のリサイタルの演奏があまりに衝撃的だったため、今日も初めのうちは目の前で指揮するプレトニョフを見ながら(P席でした)「この指があの魔法のような音を生み出したのか…」と彼の指から目が離せませんでした
彼のピアノを聴いていたから今回の指揮がより理解できたように感じられ、また今回の指揮を聴いたことで彼のピアノがより理解できたようにも感じられました。
なぜなら、シフと同じで、オケから彼のピアノと同じ音が聴こえたから。
掴みどころがないのに、妙な説得力があって。
知的なのに、流れはあくまで自然。
音の温かみは薄いのに、無機質ではない。
魔法のような色彩感は静かな仄暗い不穏さを伴っていて、でもその色は透明。
それが得体が知れずどこか不気味でもあって、ゾワゾワする。
どうやってその音楽が生まれるのか、ひたすら謎。
プレトニョフって本当に面白い、と改めて感じました。
そんな彼の特色は、今日のプログラムにピッタリ合っていたように感じられました。
コッテリでも甘くもない、暗く、美しいラフマニノフ。新鮮。
『死の島』の地の底から響くような音。
舞台上に「死」という字が見えた。
そして、こんな美しい曲だったのか、と。
といっても自己陶酔的な死の美しさではもちろんなく、その冷たさと体温と崇高さの加減がプレトニョフは本当に絶妙。
強奏部分の美しいだけではない音は私は敢えて出しているのだろうと思ったのだけど(そしてとてもいいと思ったのだけど)、「あれはリハ不足だったからでは」という評論家の意見も。
たしかにピアニストのプレトニョフならああいう音は出さなそうだなとも思うけど、真相は不明。
(15分間の休憩)
【交響的舞曲】
岩→死の島→交響的舞曲と聴くと、交響的舞曲の作品としての洗練度がよくわかりますね。
とはいえ東フィルの演奏を演奏会で聴くのは今回が初めてですが(ミュージカルやバレエでは聴いている)、この曲を楽々と演奏していた先日のフルシャ&N響と比べると、東フィルには余裕のなさが感じられてしまったのが正直なところではありました。「これって演奏するのが難しい曲なのかな」と心配しながら聴いてしまった。管楽器は、プレトニョフが「シーッ」と指示していても十分に音量が下がっていなかったり。一楽章のアルトサックスの例のメロディの演奏も、個人的には不満(一方、コンマスのソロはとてもよかった)。また全体的に、ロシアの楽団ならもっと違う音が聴けただろうなと思わなかったと言えば嘘になる。
でもところどころの合奏の響きの色合いの美しさなどは本当に無類で。
そして何より、三楽章フィナーレの高揚感&説得力よ・・・!!
あのハレルヤの胸に迫る音色、追い込み、そして最後の銅鑼の残響の言葉にできない響き、しばらく耳から離れず呆然としてしまいました。これらはN響の演奏では得られなかった感覚です。
この曲を聴くといつも思うけれど、自分の死期が近いことがわかっていて、そして二度と祖国ロシアに帰れない事がわかっていて(しかも現在いる場所はよりによってアメリカで)、ラフマニノフはどういう気持ちでこの曲を作曲したのだろう。
ところで、この『交響的舞曲』に当初は振付が予定されていたと最初に知ったときは「この曲で踊るって・・・?」と想像できなかったのだけど、その振付家がバレエ・リュスのミハイル・フォーキンだったと知ってから、この曲のどの場面にも踊りが目に見えるように感じられるようになりました。
三楽章ラスト近くの踊り狂うような音楽は、ストラヴィンスキーの『火の鳥』のカスチェイの踊りのシーンが物凄く浮かぶのだけど、私だけだろうか。
プレトニョフは、今日は3曲とも最後の余韻を大切にしていましたね。客席もちゃんとそれに応えてエラかった。最後の銅鑼の響きも空間に溶け切るまでしっかり堪能できました。プレトニョフも嬉しそうだった。あんな穏やかな笑顔をする人なんですね。
そしてプレトニョフは唸る指揮者なんですね。そういえばピアノのときも、唸ってはいないけれど鼻歌歌ってた記憶が。今日も静かに盛り上げていくところとか、腕の表現とともに「ヴワ~」と笑。
秋のラフマニノフのピアノ協奏曲全曲演奏会も楽しみです。
How do you feel as a conductor when you conduct another pianist in a work you normally play yourself? Do you give him full freedom?
I do. A soloist is a god. He has worked on this music for a year or two, he has prepared his own interpretation. I can help him to understand what he wants to say, what his view is. If I don't like his interpretation, I won't call him again. But while we're on stage together, I will be a part of his world.
(RIO)
※生誕150年 特別客演指揮者ミハイル・プレトニョフが語るラフマニノフ その才能を見出し、育てた人々
※5月定期演奏会のききどころ「生誕150年を迎えた音楽家ラフマニノフの生涯をたどる
※セルゲイ・ラフマニノフ (1873~1943) 交響詩《死の島》(千葉フィルハーモニー)
※セルゲイ・ラフマニノフ (1873~1943) 交響詩《死の島》の構造分析と自演盤(千葉フィルハーモニー)
マエストロ #プレトニョフ との5月定期演奏会オール・ #ラフマニノフ 、初日サントリー公演、大きな喝采をありがとうございました!
— 東京フィルハーモニー交響楽団 Tokyo Philharmonic Orchestra🔔 (@tpo1911) May 11, 2023
滅多に出会えない演目でのマエストロ渾身のプログラム。もう一度聴きたいお客様も、聴き逃がせないお客様も、あと2公演お待ち申し上げております! https://t.co/bsJhqUAIv8 pic.twitter.com/v85eltdNWU
ラフマニノフ最後の作品 #交響的舞曲 は、彼が生涯にわたって使用した「ディエス・イレ(怒りの日)」や鐘の音、そして過去の自作のモティーフが効果的に現れます。
— 東京フィルハーモニー交響楽団 Tokyo Philharmonic Orchestra🔔 (@tpo1911) May 10, 2023
マエストロ・プレトニョフの魔法のタクトにもぜひご注目ください。#シンフォニック・ダンス pic.twitter.com/ccA3jeGZbC
ラフマニノフも犬好きだったそうです🐕#犬が好き#作曲家#作曲家と犬 #ラフマニノフ pic.twitter.com/fjthtzTaLm
— 東京フィルハーモニー交響楽団 Tokyo Philharmonic Orchestra🔔 (@tpo1911) May 10, 2023
今回の演奏では、『死の島』のラフマニノフによる最後のバージョンに、マエストロによる追加の改訂も含まれています。
— 東京フィルハーモニー交響楽団 Tokyo Philharmonic Orchestra🔔 (@tpo1911) May 8, 2023
🎼ライブラリアンによれば、マエストロが過去に演奏した『死の島』とも改訂箇所が異なり、
マエストロ指揮で残っている同曲の録音はどれもスコアが違うとのこと。#プレトニョフ pic.twitter.com/PdANz1ZeLw
フェドセーエフ氏にラフマニノフの交響的舞曲第3楽章の最後の銅鑼について直接訊きました…
— 大井駿 (@s_5100) October 16, 2019
僕「最後の銅鑼はどう処理しますか…?」
フ「大体の人はすぐ切るけど絶対違う!”鳴らしっぱなし”の指示もあるし、思いきり鳴らして音が消えるまでずっと待つ。だって他の楽器はsffなのに銅鑼だけffでしょ?」 pic.twitter.com/CmaQcGZH31
ほ~
たしかにこの最後の銅鑼は、鳴らしっぱなしの指揮者とそうでない指揮者がいますね。今回のプレトニョフはもちろん、予習で聴いた中ではラトルやネルソンスなどが鳴らしっぱなしでした。ここは絶対に鳴らしっぱなしの方が独特の余韻が残っていいと思うな。フルシャはどうだったっけ ※追記:クラシック音楽館で確認したところ、フルシャも鳴らしっぱなしでした。ただやはりフルシャの方はラストの追い込みの高揚感はないタイプの演奏だった。
Kazushi Ono talks on Rachmaninov - Symphonic Dances / 大野和士が語る ラフマニノフ:交響的舞曲
大野さんの作品解説、いつも本当に参考になります。感謝。
Моцарт | Елизавета Леонская Павел Бубельников | Трансляция концерта
今日の演奏会とは直接関係ありませんが、こちらは先月20日のサンクトペテルブルクでの、レオンスカヤによるモーツァルトのピアノ協奏曲の演奏。
1978年にソ連からオーストリアのウィーンに亡命して以来西側での活動が中心だった彼女がなぜ今この時期にロシアに戻って演奏をしたのか、色々憶測が囁かれています。彼女も今は77歳という年齢で、一度ロシアに戻り演奏をしておきたいという思いもあったのではないか、など。
プログラムはオールモーツァルト。
ヴィルサラーゼが「今はプロコフィエフは弾けない。弾きたいのはモーツァルト」と言っていたことを思い出す。
このレオンスカヤのモーツァルトの演奏、とてもとても素晴らしいのです。
あの温かなピアノをもう一度生で聴きたいな。また来日してくれないだろうか。コロナ禍のせいで彼女の春祭のブラームス公演が中止なったことがつくづく残念。。。