2004年にアメリカのマクドナルドで起きた実際の事件を基に作られた作品です。
金曜日、ファーストフード店の店長のサンドラアンダウドは昨日の夜従業員の誰かが冷蔵庫の扉を閉め忘れたせいで食材がダメになり材料係に補充を頼んだ。本部長にはまだ報告していない。自分でなんとか解決できれば、報告はそれからでもいいと考えていた。金曜日は忙しい。そんな夜のシフトに入るバイトたちに冷蔵庫の話をし、本部から客を装った調査員も来るからきちんと仕事をするように話すがバイトたちにはいまいち響いていないようだった。混み始める店内。冷蔵庫の件で食材が足りない。なんとか店を回していく店長とバイトたち。そこへ一本の電話がかかる。警察からだった。
「そちらに金髪の若いレジ係がいるでしょう?」
「ベッキーですか?」
「そうそう、ベッキー。彼女が客の財布からお金を盗んだと被害届が出てるんですよ。実は彼女、他にも容疑がありましてね。ちょっと彼女を事務所に呼んでくれませんか」
忙しい中事務所に呼び出されるベッキードリーマウォーカー。この瞬間から彼女は4時間もの間事務所から出られることはなかった。
電話の向こうの警官は巧みに店長を誘導する。盗んだお金のありかを調べるためにベッキーのポケットやカバンを探らせる。拒むベッキーとも電話で話し、いまここで解決すれば問題は最小限で済むと説得する。仕方なく服を脱ぐベッキー、調べる店長。盗んだお金などない。警官は下着も脱がせて調べろと言う。全裸になったベッキーには事務所にあった汚いエプロンが渡された。すべて調べたが何もないと言うと警官は服を回収してベッキーには返すなと言う。彼女の兄に麻薬の容疑がかかっているから服も後で調べると言う。いつ来てくれるの?と聞く店長にベッキーの家を家宅捜索しているからすぐにはいけないと言う。
店長は忙しい店に戻らないといけない。警官は誰か別の者に見張りをさせるよう指示し、バイトの男の子に見張りを任せるが彼は全裸のベッキーを調べろという警官を拒否しこんなことに関わりたくないと言う。店長は別の誰かに見張りをさせろと言われ婚約者ヴァンビルキャンプに電話する。やってきた婚約者はバイトの男の子とは違って警官の指示に戸惑いながらも従い始める。
電話の向こうの警官の指示は徐々にエスカレートし、、、
最終的に事件はこの店長の婚約者ヴァンが警官の指示でベッキーに性的虐待までするという事態にまで陥ってしまう。
この事件の電話の相手はもちろん警官などではない。忙しい店内、自分の店で起こった事件を大事にしたくない店長、拘置所に行かずに済ませたい容疑をかけられた少女という軽いパニック状態の中何かがおかしいという気持ちをおそらくどこかで持ちながらもありえない指示にまで従ってしまう。
これは所謂アイヒマン実験を地で行く事件なのである。人間の心理として割り当てられた役割に則した行動を取ってしまう。この現場を俯瞰で見ている観客の中にはこんなことで騙されるわけないだろ。バカか。いくらなんでもここまでするわけないだろ。イヤだって言えば済むことだろと考える人もいるだろう。でも実は人間の心理というのはこういう状況に騙されやすいものなのだ。
またこの犯人パットヒーリーってやつが言葉は適切でないと思うけど、非常にうまい。こちらがどんなに疑いを持って質問してもすべてきちんとした答えを用意している。権威をカサに着て威圧的な態度で命令したかと思えば、優しく諭したり、ほめそやしたり、ちょっとした世間話的なことをしてみたり。その間にいま指示に従った方が身のためだという強迫めいたことを軽く挟んでくる。まるで電話の向こうの相手の表情を読み取っているかのように、その時その時に適切なボールを投げてくるのだ。
「事実を基にしている」という作品の中にはインスパイアされただけでかなり自由にアレンジを加えている場合が結構あるのだけど、この作品は本当に信じがたいことなんだけど、実際に起こったことにほぼ沿っている。被害者が受けた性的虐待は実際のところ映画のほうが少しぼやかしてある分マイルドなくらいだ。実際の店長の婚約者は実刑判決を受けている。
そしてさらに驚いたことに同様の事件が10年に渡って全米で70件も発生していたらしい。こういう事件が発生していると知っていたのに全店に通達していなかったマクドナルドは被害を受けた女の子に損害賠償を支払っている。もちろん同様の事件と言ってもここまでヒドイ事態に陥ったのは、この映画になったケンタッキー州での事件だけなのかもしれないけど、ウィキ英語版を見てみると裸にされて調べられた件も何件もある。被害を受けた子が賠償金目的であそこまでしたんじゃないかという声もあるようなんだけど、それはおそらく企業側の弁護士の必死の抵抗と巨額の賠償金をもらった彼女へのひがみを感じる人の中傷だと思う。そして、もし、もしも万が一彼女が賠償金狙いであそこまでしたとしたら、もうワタクシはあっぱれと言うしかない。(ワタクシは彼女は純粋な被害者だと思っています。念のため)
電話をしたほうの容疑者はいったん捕まったものの証拠不十分で釈放されているっぽい。子供もいる男性らしいのですが。容疑者は警官になりたい願望があったらしくプリペイドカードの購入歴からもかなりクロに近そうな雰囲気ですけどね…以降同様の犯行はストップしているらしいし。この犯人、電話の向こうで相手の反応を楽しんでいるだけでこの状況をどこかから覗いているわけでもなんでもなく、相手が自分に従う状況をただ純粋に楽しんでいたっていうのもなんか怖いですね。
映画の作りのほうはというと、結構淡々としているなぁと感じる人もいるかもしれない。ワタクシはその淡々とした感じがなんか薄ら恐ろしいと感じた。こんな事態になるわけなんかないだろと感じてしまっている人にとっては、バカバカしい展開が続くというだけかもしれないけど、ワタクシはアイヒマン実験を信じているタイプなので、本当に恐ろしかったし、ベッキーがどこまでの被害に遭うのか知らなかったので見ている間気が気じゃなかった。上映時間は90分なんだけど、それよりも長く感じた。でもそれはこの作品がつまらないからではなく、このいたたまれない状況から早く抜け出したいと考えてしまうからで、逆を言うとこの作品がそれだけ良くできていると言える。
手持ちのカメラでのクローズアップなどが多くてまるでその場にいるような臨場感と緊張感があり、役者の表情などを非常にうまく捉えていた。店長を演じたアンダウドがいくつかの賞を受賞しているが、本当にリアルな演技が素晴らしかったし、被害者を演じたドリーマウォーカーも体当たりの演技で非常に勇気があったと思う。
いくつかの関連リンクを貼っておきます。興味ある方はどうぞ。
日本語版ウィキペディア → アイヒマン実験/ミルグラム実験
英語版ウィキペディア → Strip search prank call scam (実際の事件の説明)
You Tube → McDonald Stripsearch (実際の事件の監視カメラの映像とニュース映像)
シネマ日記関連記事 → The Wave ウェイヴ
シネマ日記関連記事 → es
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