特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

自探旅

2008-02-10 10:25:29 | Weblog
それにしても寒い!
今は、世間の風よりも実際の空気の方が冷たい。
冬は毎年寒いものだけど、昨年の冬に比べると明らかに寒く感じる。
先週の日曜には首都圏でも大雪が降ったし、その後も雪の日があった。

雪が降ると、まずは仕事の足が心配になる。
幸い、日曜日だったため、人の通りや車の通行量は少なくて大きなトラブルに巻き込まれなくて済んだが、辺り一面を白く覆いながら降り続く雪は、どこかの雪国を旅しているような錯覚を感じさせるほどだった。

こんな季節に雪中の露天風呂なんかに入ると、それはそれは格別だろう。
熱い天然温泉に雪を入れて温度を調節。
冷たい空気がオーバーヒート気味の頭を冷やし、温かい湯が死人相手に冷えた身体を温めてくれる。
更に、酒があると至福。
香が飛ばない程度に冷えた日本酒が、身体を中から温める・・・
・・・想像するだけで頬が緩む。

しかし、私には、温泉旅行なんてとても無理だから酒だけで我慢するしかない。
となると、例によって〝にごり酒〟に手を出すこととなる。
今年の冬も、既にかなりの量を飲んでいる。

銘柄によっては清酒でもいいのだが、この季節はやはりにごり酒の方が口に合う。
ただ、同じ銘柄でも、秋口に出荷されたものと冬場に出荷されたものとでは味が違う。
やはり、冬場に出荷されたものの方が味が〝にごり〟らしさが濃厚で味わいが深い。
また、この時季のものは冷蔵庫で人工的に冷やされたわけではなく、外気温に合わせて自然に冷えているので、口にふくんだむときの当たりもやわらかくて、にごり特有の風味が一層引き立っている。

しかし、旬のにごり酒は、そろそろ出荷が止まる頃。
店頭に並ぶ数も、目に見えて減ってきた。
〝そろそろおしまいか・・・〟と思うと寂しくもあり、その心情も手伝って、ついつい何本も買いだめして懐を冷やしてしまう私である。


話はガラリと変わって・・・
年に何度かだが、私の仕事に関して残念な問題が発生することがある。
テレビかラジオか、はたまたインターネットか新聞・雑誌か、どのメディアから発信されるのか知らないけど、〝死体業は儲かる!〟といったガセ情報が世間に流れることがあるのだ。

すると、金銭欲が旺盛な人達がすかさず反応して就業への応募・問い合わせをしてくる。
しかも、それらの人達は、失礼な時間帯に無礼な態度で連絡してくることがほとんど。
こういった類の人には、〝残念〟というより〝憤り〟を覚える。

憤りを覚えるのは応募者に対してだけではない。
裏付けもないガセ情報を節操なく流すメディアに対しても同様。
〝嘘をつかない〟ことと〝真実を伝える〟ことの分別もつかないくらい、最近のメディアは腐っているのだろうか。

そんなメディアが、どういうかたちで情報を流すかを、エンゼルケア業務を例に挙げてみる。

「社会の陰に〝死体業〟という特殊な仕事が存在する」
「一体につき数万円の稼ぎになる」
「それを一日1~2件こなすだけ」
と発信。
つまり、ひと月に20日働いて5万円の業務を30件やったとすると、月収が150万円になるという計算になるのだ。

こんな情報を受け取ると、一般の人は誤解するのは当り前。
年収300万円時代で喘いでいる人からすると、死体への嫌悪感さえクリアしてしまえばこんな美味しい話はない。
先を争うように問い合わせてくるのも頷ける。

では、実際にはどうなのだろうか・・・
確かに、エンゼルケア業務の一種には一件5万円くらいになるものがある。
しかし、これはあくまで個人の収入(給料)ではなく〝売上〟。
仕事をする上で必要な諸々の経費が全て除外されている金額だ。

わかりやすく説明すると、〝コンビニやスーパーのレジに入るお金が、そのままスタッフの給料となるorならない〟といっているようなものなのである。
仮に、〝売上=給料〟だとしたら、そこで働く人達の給料は、現実の何倍にもなるだろうし、求人に対する応募は殺到するに決まっている。
しかし、現実にはそんな仕組みで商売・仕事が成り立つわけはなく、そんなバカな話を真に受ける人はいまい。

死体業についての風説にも、これと全く同じことが言えるのだ。
売上が、そのまま給料になるわけがないのである。
一体、どこの業種にそんな計算がまかり通っているというのだろう。
たとえ、個人事業でやったって経費がゼロなんてあり得ないのに。

無責任なメディアは視聴者確保のために、あえて売上と給料を混同させるような表現を使い、インパクトのある情報を捏造しているに過ぎない。
こんなかたちの情報発信は、無責任とか不道徳を通り越して、作為的な悪意すら感じるものである。

本当にメディア情報の通りだったら、私なんかとっくに裕福になってるはず。
実際に、死体業に従事している者には迷惑千万な話だ!

また、それに踊らされた人達は、「給料はいくらもらえるの?」と、礼儀も無視して、いきなりそんな質問を投げてくる。

死体業に興味を覚えて問い合わせてくるのはいい。
しかし、口のきき方や時間帯は気をつけるべき。
今の時勢、この程度の配慮さえできない人が多すぎる!

そんな人は、無意識のうちに死体業を軽く見ているのだろう。
もっと言うと、死体業を見下しているのかもしれない。
しかし、死体業だって立派な?サービス業だ。
最低限の礼儀作法さえ身についていない人には死体業ははじめから無理、向かない。


応募者の中には、「社会貢献がしたい!」と、言ってくる人もいる。
偏見を持って金銭のことばかりを前面に出されても嫌悪感を覚えるけど、〝社会貢献〟なんてきれい事を押してこられても困惑する。

私は、金のため・自分のために仕事をしているわけで、社会貢献なんて全くと言っていいほど意識していない。
人様への貢献は、あくまで結果論。
自分の力でつくりだしているものではない。
そう考える私には、その意気込みには共感できるものがないのだ。

そもそも、死体業だってお金をもらってやる仕事。
社会貢献どころか、逆にに社会のお世話になっている仕事。
〝やってやっている〟のではなく〝やらせていただいている〟のである。
その辺を勘違いするから、「社会貢献」なんて言葉がたやすくでてくるのだろう。
そんなのは、ただの傲慢・高慢・甘えでしかないのではないだろうか。

仮に、本当に謙遜な人格の持ち主で真に社会貢献を志しているなら、この仕事は選択しないはずだし選択すべきでもない。


また、「どんなにツラいことも辛抱できる!」と、やる気が示してくる人も多い。
耐えられないことが多い弱虫の私には、そんな固いスタンスは共有できない。

「死体業の現実も知らないのに、そんな軽はずみなことを言っていいのかな」
「どんな過酷さにも耐えられるんなら、今の自分の現実にも耐えられるはずなんじゃないのかなぁ」
なんて考えが湧いてきて、何も気持ちに響いてこないのだ。

「より厳しい環境に自分を置いて、自分を鍛練したい」
なんて表面的な動機は、死体業には通用しないし受け入れられない。
そのきれいな上っ面の下には、もっとドロドロと濁った真の動機があるはずだから。
そして、それを曝けださないと、ヒネクレ隊長のの気持ちは動かせないし自分が変わることもできないはず。


自分を分析し、自分を理解し、自分を把握することって案外難しい。
偉そうなことばかり吐いている私でも、実際は自分が何をしたいのか・どうすればいいのか分からなくなって心が錯乱することもしばしば。
その都度、自分を見つめ直そうと試みるのだが、何も見えてこないことも多い。
それでも、道を大きく逸れないために、そこに帰って立ち止まる。


人生は、自分を探す旅のようでもある。
それは楽な道程ではないはずだから、時には立ち止まってもいいし休んだっていいと思う。
しかし、少しずつでも、前に進むことをやめない・諦めないこと。
旅のゴールは見えなくても、旅を続けることが大切だ。
旅の途中にある多くの実り(身の利)が自分を待ってくれているはずだから。

温泉旅行には行けないけど、人生旅行を満喫できればそれでいい・・・
そんな風に考えて寒さを凌いでいる、冬真っ只中の私である。






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