日露戦争のときも捕虜になった日本兵は日本軍の配置を簡単にロシア軍に教えた。とくに敵中へ深く入りこむ騎兵斥侯が捕虜になる場合、騎兵の特質上味方の配置を知っているために、かれらが口を割ることによって日本軍の作戦がしばしば齟齬(そご)した。この体験が、昭和以後、日本陸軍が、捕虜になることを極度にいやしめる教育をするもとになったといっていい。 . . . 本文を読む
李氏朝鮮はすでに国は滅びたも同然の国家破綻の状態にありました。冷静に考えれば、日露戦争のあとの苦しい財政のなかで、日本はなぜ単独で朝鮮併合という巨大な荷物を背負い込んだのでしょうか。極く簡単に言うと、日本の東北地方は放置されました。日本は国家予算の20%を毎年、朝鮮のインフラに注ぎ込んだからです。 . . . 本文を読む