ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

再び「インナーチャイルドの癒し」

2017-11-08 09:01:35 | 「癒し」「ヒーリング」「セラピー」

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 <11月のご予約について>

11月、12月は新メニューを充実させるためのわたくしの準備期間として
  おやすみをさせていただきます。

  新年度からは大幅にメニュー変更する予定です。
  それに伴い価格設定も値上げを予定しておりますので、

  11月については
    「オーラソーマ セッション」をご希望の方についてのみ、
  以下の日程内でのみ、
  お受けいたします。

  現在の価格設定のなかでの最後のセッション、
  お考えの方はお早目にどうぞ!



   11月  2日(木)  全日 時間OK
        4日(土)  全日 時間OK
        6日(月)  全日 時間OK
       13日(月)  全日 時間OK
       20日(月)  全日 時間OK
       22日(水)  全日 時間OK 
       29日(水)  全日 時間OK  

   お問い合わせは     chakra@aura-soma.name

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先日、新しく始めたameba blogのヘッダーやHPのメニューなどに使うためにプロのカメラマンの方にプロフィール写真を撮っていただきました。
プロといっても、撮っていただいたウォレスともみさんは、その「ギャラリー」にある写真集に一目ぼれしてお願いしたのですが、ご自身もお子さんが生まれてからそのお子さんをいかにきれいに写真に撮ってあげるかで自分でカメラを勉強して今に至る、という方。
やっぱり被写体に対する愛ですよねぇ、愛!
それが1番上達する妙薬だわ。



さて、そのときにもう1人居てくれて何かと写りこんでもらったほうがいいかな、と思って友人にヘルプを要請していました。
撮影は2時間ほどで無事終わり、その友人とランチをしながら最近の気づきについて話していました。
私が、潜在意識活性セミナーからヒプノセラピーの一連の話をするとその友人は私の眼をじっと見て、
「それはね、えっちゃん、まだまだ出て来るよ。」
となんだか予言のように言ったのでした。



友人と別れてからもなんだかその言葉が気になって、私は少し前にこのブログでも紹介しましたが、またヘミシンクの「インナーチャイルドの癒し」のCDでワークをしました。
「これから今のあなたを形成している信念をつくりあげた子どもの頃の衝撃的な出来事に会いに行きます。」
というようなことを言われます。
もうこれだけで、良いことが出てくるわけないや~ん、って感じです。
「さぁ、あなたが小さい頃のあなたに会う扉をあけたとき、そこは戸外ですか? 家のなかですか?」
と言われて出てきたのは、私が小学校4年生のときに初めて飼った猫、トマシーナと私の部屋にいるところでした。
それ以前にも猫は飼ったことがあるのですが、その猫は番犬ならぬ「番猫」の役割として飼われただけで(ねずみをことのほかよく獲った)、あまりペットを飼ったという感覚はありませんでした。
私が親に「ワンちゃんか猫ちゃんか、かって~!」とおねだりして買ってもらったのはこのトマシーナが初めてでした。
シャムのすらりとした猫でした。
毎晩寝るときには襟巻きのように私の首に巻き付いて寝る可愛い仔でした。
しかし、あるとき私がクラスメイトと私の部屋で遊んでいるとき突然、「ケエエッ!」という変な声をあげて、ことりとそれきり死んでしまったのでした。



あまりに突然のことで、私は「ことっと寝落ちしただけに違いない」と信じたいという気持ちもあったのでしょう。
友人に、
「トマ、寝たみたい」
と言いながら、続けて遊んでいました。
でも、本当は私は(あれは死んだんだ・・)ということをほぼ確信していました。
だから早くトマをみてあげたくて、その友人には早く帰って欲しくてしかたがありませんでした。
しかし、友人はその日に限って楽しそうに、ノッチャッテる感じでなかなか帰ろうとはしませんでした。
ほんとうはいつもと同じくらいだっただけかもしれません。
私が(早く帰ってくれ、早く帰ってくれ)と念じながら、楽しそうなふりをして遊んでいたので、長く感じただけなのかもしれません。



今でも不思議なのですが、どうして子どもだった私は、
「あ! 何、いまの! トマが大変なことになっちゃったみたい。トマ、トマ!」
と駆けより、
「わぁ~ん。死んじゃったかもしれない。」
と涙をあふれさせ、
「悪いけど、今日はこれ以上とても遊べないの。」
となぜ言わなかったのだろう、と思います。
自分自身がトマが死んだのでは?ということを信じたくない、ということもありますが、私はやはり親に対するのと同様に友人にも私が取り乱して泣くようなところを見せたくなかったのだ、と思います。
いつも何事もなかったように平然としている私を装っていた。
なんでだろう?



そしてようやく友人が帰ってから、やっぱり本当に死んでしまったようだ・・とトマシーナを抱き上げても首がぐらぐらなのを確認し、母を呼んだのでした。
それからの記憶はありません。
今回のヘミシンクでも次のシーンは、私が夜、ひとり自分の部屋で宿題をもくもくと片づけているところでした。
そこへ母が入ってきて、
「トマは可哀そうだったね・・」
というようなことを言いました。
それきり、母はじーっとただ私のそばに一定の距離を置きながら座っていました。
私は子供心ながらに
(慰めるならもっと慰めろ。ただ何にも言わずにじーっと私の手元を眺めているのは監視されているようで気分が悪い!)
と思いました。



そこで私は
「今日はこの宿題をさっさと片付けたら、あとは泣く時間にとってあるんだからもう出てってよ!」
と言いました。
それは、毎日復習も予習もするいい子ちゃんだった私が、今日くらいは宿題だけで勘弁させてもらうわよ!という宣言でもありました。それくらい今日は許されるでしょう、と。
母はそれでもすぐには出て行かず、なんだか切なそうな顔をしていました。
私はそう言ってしまったら、もう我慢ができなくなり、わぁ~っと号泣してしまいました。
だから早く出て行ってくれって言ったのに・・・!
母の前で号泣なんかしたくなかった。
それからも母はしばしの間、身じろぎもせずそこに居ましたが、何も言わず出て行きました。



母も感情の表し方がヘタな人ですから、そう言われても言葉なんかより私にもう1歩近づいてただ背中から抱きしめてあげればいいんだ、とかそういうことには考えが及ばない人だったのでしょう。
ことのほかスキンシップが苦手な人でしたから。
ただどうしていいかわからず、でもこのまま「はい、そうですか。ならお母さん出て行くからね」と言うこともできず、なんとなく気持ちを引きずったままそこに居たのでしょう。
それは今の私ならわかります。



次の日、家のすぐ近くにある親戚の靴屋さんに学校帰りの私がいると(私はお店屋さんであるこの靴屋さんが大好きで、何かにつけず理由もなくただここに入り浸っていました)、おばさんが、少し微笑みながら
「トマは残念だったね。可愛がってたのにね。」
と言いました。
そう言われたとたん、また涙が出てきました。
そしてそれを出来るだけこらえながら、(なんでもう知ってるんだろう? おばさんは)ということを考えていました。
母がわざわざ言いに来たに違いない。
おしゃべりめ。
言う必要ないじゃないか。余計なことして!
おばさんに慰められたくなんかなかった、とまた私はぎりぎりと悔しい気持ちを抱いていました。



母が慰めに部屋に入ってきたときといい、このおばさんに声をかけられたときといい、どうして私は素直に
「そうなんだよね・・ わたし、悲しいよ。」
とか言えなかったんだろう、と不思議に思います。
いったいいつから私は自分の感情をたとえ家族であろうと、人前で見せないようにしてきたのだろう?
どうして人前で自分の感情をあらわにすることが恥ずかしいことだ、と思うようになったのだろう?
それは考えてもわかりませんし、このヘミシンクを聞いて過去に戻っているときにも出ては来ませんでした。
というか、このことについて衝撃的な最初の出来事があったとは思えないのです。
じりじりと形成されてきたことのように思います。
これは後で考えたことなのですが、私は小さい頃から周りが大人に囲まれていました。
兄弟姉妹がおらず一人っ子でしたし、同じぐらいの年ごろの子どもというものが親戚のなかにはいませんでした。
私は祖母にとっても一番年若の孫であり、両親の実家や近所の良く出入している靴屋さんでも周りは大人ばかりでした。
一番近い人が私より一回り上のいとこでしたから。
そんな中で暮らすうちに、私は常に大人に交じって同等に会話したいと背伸びをするようになっていったと思います。
そしてそれらの大人たちから時に
「あらあら、えっちゃんは大人っぽいこと言うのねぇ。」
なんて言われるとこれで仲間に入れた!とばかりに嬉しくてしょうがありませんでした。



大人というものは子どもよりたいてい、自分の感情をその場ですぐにあらわにはしないものです。
抑制するものです。
そういう大人たちを見ていて、私はそれが美徳だという信念をもったのでしょうね。
自分の感情よりなにより先にやらなくてはならないのはその日にやることに決まっていたスケジュールをこなすこと。
それ以上に大切なことなんてない、という刷りこみを得たのでしょう。
だから最愛のペットを失っても、まずやらなくてはいけないことは友人とそのまま遊び続けること、夜は夜で先に宿題を片づけること。
そうして余った時間をなんとか捻出し、その時間のなかだけが唯一自分の本当の感情にひたって良い時間。
そう思ってきたのでしょうね。



ヘミシンクの誘導ナレーションが、
「大人のあなたは子どものあなたを励まし、フォローしてあげることが出来ます。さぁ、子どものあなたの真後ろに立って教えてあげましょう。」
と言います。
今回私が子どもだった私に言ってあげたこと、つまり気付きは、
「そのときに湧いた感情より先にやらなくてはならないことなんて何もないよ。感情⇒どうするかを考える、でいいんだよ。思考より感情を優先させていいんだよ。たとえその感情が後から良く考えたら好ましくないものだというときでさえ。」
ということでした。
今回、私はこのヘミシンクを聞いている間中、号泣でした。
完全にこのときの感情を味わい尽くすことができたと言っていいのでは、と思うほど新鮮な涙を流しました。
今回のことも、出来事としては覚えていたことでした。
これまでに何回も思い出したことのある出来事です。
でも思い出しても、「宿題やってからしか泣かないって言ったなぁ。まぁ、けなげなもんだったよなぁ。」と思っていたにすぎませんでした。
だからそれに伴う“気付き”は新鮮なものでした。
これでまた1つ私は自分が思い込んでいたものを手放せた、と思いました。
もう今じゃ、十分すぎるほど大人だけど、大人を通り越して片足を棺桶に突っ込んでいるくらいなものだけど、それでもこれからは私は感じたことをまず感じたまま素直に出してから、それからさてこの事態をどうしよう、と考えるように順序を変えよう、と思いました。



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