団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

フランス映画『タイピスト』

2013年08月20日 | Weblog

 タイプライターを買うために私は中学生の時1年半ほど新聞配達をした。新聞販売店に直接雇われるのではなく、販売店で働く女性の下請けだった。当時新聞配達をしたくても買い手市場で中々雇ってもらえなかった。親が知り合いの女性に頼んでやっと実現した。値段は8000円ぐらいだった。ブラザーというミシンや編み機の会社の製品だった。新聞配達の給料は月1500円だった。タイプライターを欲しいと思ったのは、聞いていたNHKラジオの英語講座の講師が英語を習うのにタイプライターで教科書を写していれば、指で英語が習えるというようなことを言った。私は素直に信じた。高校に入学してアメリカ人が教えるバイブル教室で英会話が習えると学校で評判になった。多くの同級生が参加した。しかしキリスト教の布教のために英会話を無料で教えるというやり口に落胆して一人二人三人と止め、結局数人しか残らなかった。私はそのうちの一人だった。

 そのバイブル教室で教えていたネルソン夫人との出逢いが、私のカナダ留学につながった。ネルソン夫人と私を結びつけたのは、新聞配達で買ったブラザーのタイプライターだった。私はバイブル教室の宿題もネルソン夫人への手紙も全てそのタイプライターで打った。両手を使わずに右手左手の人差し指の2本で打った。時間がかかった。それでも当時そんな高校生は珍しかった。ネルソン夫人はアメリカのワシントン州シアトルで日本の商社の秘書を30年以上していた。タイプを打つのはプロである。ネルソン夫人とご主人が身元保証人になってくれたおかげで私はカナダに留学できた。一年間の日本滞在を終えて、すでにアメリカに帰国していたネルソン夫妻と手紙や留学に必要な書類のやり取りにもタイプライターは役立った。指の力配分もできず印字の濃淡がまばらで不統一だった。カナダの高校に留学が決まるとネルソン夫人は私に約束を迫った。「履修科目を選択するとき必ずタイピングのクラスを取りなさい」

 カナダで入学した高校で私はタイピングを選択科目に加えた。女性が4分の3を占めていた。彼女たちの多くが1分間200語から300語をすでに打てた。私は両手で打つことから始めなければならなかった。1分間で50語が私の最高記録だった。この映画の主人公は1958年の世界大会で1分間に520語の世界記録を打ち立てた。

 日本に帰国してはじめた英語塾でも多額の投資をしタイプライターを導入した。多くの生徒がタイプライターを私の塾で練習した。評判が悪く真剣に習う生徒は極わずかだった。数人だがのちにアメリカに留学したり就職した元生徒にタイプライターを私の塾で習っておいて良かったと感謝された。嬉しかった。

 フランス映画『タイピスト』を観ながら他の観客からしたら、なんでこんなところで泣くの、というような場面で泣いた。ネルソン夫人を思い、つらかった新聞配達を思い出し、1年半かかってやっと買えた真っ赤なブラザーのタイプライターの感触とニオイを思い出し、映画の主人公の女性が最初右手と左手の人差し指2本で打つのを観て泣いた。

 私はイタリア映画とフランス映画が好きだ。とにかく出演者の選び方がいい。日本のテレビドラマや映画のように同じ役者を使いまわしするのと違い、その映画のための最適任者を的確に選ぶ。その時点で映画の8割は完成したようなものだ。今回の配役も良かった。

 映画の内容には触れない。お節介と思うが、6つの私なりの観どころを挙げておく。①2本指打法から両手10本の指を使う方法を習う時のタイプライターのキーの色と指の爪の色。人間の手がどれほど凄いことをできるのか。タイピングとピアノ演奏との関係と指の頑丈さの重要性②時々主人公の表情がフイギュア・スケートの安藤美姫に似ている。スケートとタイピングは異なる分野だが一芸に秀でる一つのことに集中する凄さ③登場人物の一人がフランス在住アメリカ人。この人物と主役女性の相手男性との関係。そしてこの男性が喋る英語とフランス語で知る英語とフランス語の音感音調の違い。是非字幕版を観ていただきたい④アメリカのニューヨークで開かれた世界大会に出場する韓国代表の子供と母親の服装⑤最初に出てくる主役女性の父親が営む田舎の雑貨屋で売られていた一台のタイプライターをよ~く見ておいて、世界大会で最後の土壇場で彼女が使うタイプライターに注目⑥タイピングが言葉の勉強、綴りに役立ち、難解語修得などに書籍の丸写しが有効効果的であること。私がNHK英語講座とネルソン夫人に勧められた英語学習法に通ずること。

何はさておき、この映画を映画館に足を運んで楽しんでいただきたい。乞うご鑑賞。

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