今から50年前、私は15歳の高校生だった。病弱だった私は胃潰瘍のため入退院を繰り返していた。見舞いに来てくれた同級生からK君の冒険の話を聞いた。K君と数人の友人がイカダを作り、隠密に新潟まで千曲川、信濃川を下るのだという。私は病院のベッドで、そんな冒険をできる彼らの健康を羨ましく思った。何とか成功して欲しいと願ってもいた。冒険など私には本の中でだけの世界だった。
21日突然ニュースで太平洋横断を目指して福島県小名浜港を出発して5日たった目が不自由なヨットマン岩本光弘さん(46歳)とフリーキャスターの辛坊治郎さん(57歳)の2名が乗るヨットが浸水し遭難したと知った。すぐ思い出したのが冒頭のK君の冒険のことだった。
冒険は仕事ではない。冒険は危険を承知の上で、目標を制覇することである。西洋では冒険は貴族の娯楽であり趣味だった。仕事を持たないのが貴族である。平民の日常茶飯事でも貴族にとって冒険となりうる。
現に岩本さんと辛坊さんのヨット遭難事故の3日後、高知県のマグロ漁船がやはり第二管区海上保安本部管轄内の宮城県沖で自動車運搬船に衝突した。
ヨットは冒険、マグロ漁船は仕事である。遭難救助の対応が興味深い。冒険のヨットに対して海上保安庁の捜索機と大型巡視船、海上自衛隊から哨戒中の対潜哨戒機を急遽捜索に向かわせ、厚木基地から新明和工業製の海難救助飛行艇US-2を派遣した。ご丁寧にも最初のUS-2は燃料切れで帰還、ただちに2機目を出動させた。この2機目が救命ボートで漂流していた岩本さんと辛坊さんを救出した。
一方マグロ漁船は9人が乗り込んでいた。奇しくもヨット遭難者と色もサイズも同じ救命ボートに8人が乗って漂流していた。船長は衝突時に海に投げ出され行方不明である。US-2は出動していない。捜索規模も違えば、何といっても捜索に対応するスピードが雲泥の差だった。これが現実である。冒険と仕事の違いを考える。割り切れないモヤモヤは残るが、命が救われたことは評価する。
50年前のK君の冒険は、隣町の農業用水の取り込み堰の1メートルの段差を乗り切れずイカダが分解して終った。わずか数キロメートル数時間の冒険だった。親にも学校にも数人の生徒以外だれにも知らせずに実行した冒険が終った。それでも私はK君の冒険を立派だと褒めたい。小心者で冒険などのまったく縁のなかった私だが、目立ちたちがり屋のスポンサーつきの冒険と自分の気持の赴くままの無謀で手持ち資金だけの冒険の違いは判る。久しぶりにK君と会いたくなった。