アフリカのセネガルに2年間住んだ。家は、官舎で築後35年経ったという古いものだった。この家に夫婦2人で住んだ。通いで家事手伝い、運転手、庭師を雇っていた。その他に夜、ガードマンが1人いた。この4人が仕事を終えた後、必ずシャワーを浴びた。それが彼らの楽しみだった。彼らが自分の家でけっして味わえない喜びだった。水道代がかさみ、出費は痛かったが、彼らのシャワーの後の清々しい嬉しそうな顔を見ると、報われる思いがした。官舎は古かったが、地下に貯水タンクもあった。そのタンクのおかげで、毎日一定時間しか給水されなかったが、日常の生活に支障はなかった。水質はネパールよりましだったけれど、日本製のろ過器を通さねばならなかった。家を決めるときの決め手になったのが、水の問題だった。前任地ネパールでの水での苦労が役立った。電気がなくてもガスがなくても生きられる。しかし人間は水がなければ生きられない、と身を持って体験できた。セネガルの首都ダカールの水は、はるか遠くのセネガル川からのフランス植民地時代にひかれた送水管に全量を頼っている。もしテロ活動かなにかで、この送水管を破壊されれば、首都ダカールの100万を越す人口の生命線を立つことができる。私はむき出しの太い送水管を見るたびに心配でならなかった。在住中、そのような事件もなく、かつての大規模干ばつも起こることはなかった。
今回の3.11東日本大震災でも被災地では、飲料水や生活用水が大きな問題だった。また東京電力福島原子力発電所の事故においても原子炉を冷やす水が問題となっている。水がこれだけ豊富な国で水の問題を抱えるのも不思議な話である。ふと私は思った。もし今回の原子力発電所の事故で水がなくて、原子炉の冷却に水が使えなかったらどうだったのだろうと。もちろん私のような素人のただの一般庶民が考えることだから専門家に一笑に付されることは明白である。4基もの原子炉が被災した。そのために冷却水を大量に補給する。その補給水が放射能汚染され、その処理に苦悩する。フランスのアルバ社は汚染水1トンの処理費用を1億円と見積もったという。10万トンを処理すれば、10兆円となる。フランスの大統領が来日した理由も頷ける。
日本人は水を、安全と同じく、お金のいらぬ無尽蔵にあるものと軽く受け止めてはいないだろうか。原子力発電所を建設するにあたって、建設立地条件の中に豊富な水源があると聞く。海からも川からも水道からも十分な水が確保できると気を緩めて、最悪の事態を想定準備することもなかった。簡単に必要な水量をどれだけでも入手できると油断した。目の前は太平洋の大海原である。いざという時は原子炉を廃炉にしてしまう海水の注入さえできれば、冷却できると高を括っていた。水を支配できていると考えていた人間が造った発電所を水の怪物“津波”が襲った。ここに大きな落とし穴があった。日本には陸上での国境がない。まわりは全て海である。ところが海はすべてつながっている。放射能汚染はどこまでも拡散する可能性がある。
原子力発電所を設計する時点で、もし冷却を水でできなかったら、という第二第三の代替案を用意できなかったのか。水というタダのように安く、いくらでも手に入れられると思い込んでいた自然の恵み、日本の宝への冒涜と言っても過言ではない。砂漠の民にとって水は生命線である。日本にはヤオヨロズの神がいて、もちろん水を神と崇める信心もある。砂漠の民が命にかかわる水を神と崇める信心はない。彼らにとって、水は命そのものである。人間が神から享受するものと認める。
先日行われた日中韓首脳会談で各首脳の席にフランスのミネラルウォーター「エビアン」が置いてあった。これも政治的配慮というか妥協なのだろう。驚かされることばかり。行きつけのスーパーマーケットの入り口にうず高く韓国から緊急輸入されたペットボトル入り飲料水が積まれ、12本760円で特売されていた。水は将来日本の重要輸出品となるはずだった。水まで輸入しなければならないのか。水もダメならいったい日本に何が残るというのか。
26日(木)東京電力は、大騒ぎになっていた3月11日の海水の原子炉注入一時中断事件に関して、東京電力福島原子力発電所の所長の独断で実は中断していなかったと発表した。弁解の連続である。あの騒ぎは、すべて茶番劇だったというのか。私が一国民として属する山紫水明を誇る日本国の政治は、確かに三流だと納得できる。パリのG8の本会議の冒頭で、菅首相は、何とか放射能汚染を脅える世界に毅然と現状を説明して理解を得たいと言う。自国の国民に真実を述べず信頼されない首相が、本気で世界を相手できると思っているなら、それこそ大茶番である。
「いまになればどんな理由も付けることもできるだろう、しかし、よく聞け、きさまがもし正当なことをしたなら、決して弁解などしないはずだぞ」山本周五郎著『末っ子』で息子の平五に父親が諭した言葉が胸に染みる。