東海道線本線で東京の病院へ行った。途中東海道線が京急線と並走する所がある。京急線に生麦駅がある。そのあたりを電車が通過した。
最近、上田高校の同窓生で友人のN君から1冊の本を紹介された。N君が紹介してくれる本や映画は、興味深い。こういう友人がいることに感謝している。『埋もれた歴史―幕末横浜で西洋馬術を学んだ上田藩士を追って』(発行 株式会社パレード 発売 星雲社 東郷えりか著 定価1800円+税)。さっそくアマゾンで検索してみた。残り1冊と表示された。私は“残り〇〇”とか“あと〇〇”に弱い。〈購入〉をクリックした。
本は翌日届いた。妻は、通勤時、電車の中で本を読む。読むのが早い。いつも私に「面白い本ない?」と尋ねる。私と妻は、読書にも大きな違いがある。妻が面白いという本の多くは、私は面白いと思えない。しかし時々、妻が「ここ面白いから聞いて」と読み聞かせをしてくれる。買っておいた『埋もれた歴史』をいつの間にか読み始めていたのだ。読んでくれたのは、87ページから89ページだった。そこに書かれていたのは、生麦事件で殺されたチャールズ・レノックス・リチャードソンの検視報告だった。妻の朗読に耳を傾けた。
(1)から(10)までの検視項目が記されている。(1)下顎の一方の隅から、反対側の同じ個所まで首を切断する傷。組織を脊髄まで切り裂き、脊髄も部分的に断ち切られている。傷は甲状軟骨の上部を抜けて、披裂軟骨の上部まで達している。… … …。このように検視の結果報告が続く。医学用語が多く、私は聞いていてキョトンとしていた。妻は読みながら手で私の体に手で触れ、報告書が示す箇所を指す。「…から…まで切り裂き」とあれば、そこを私の体に彼女の指でなぞる。そうして(10)まで読み聞かせ、手で私の体を触れながら解説してくれた。恐ろしい体験だったが、医者としての本の読み方は、私とは違うと分かった。
私は、時代劇などを観ていて、いつも日本刀の切れ味に疑問を持っていた。当たり前であろう。映画では演技であって、使う刀だって、竹製の模擬刀で真剣ではない。この検視報告書を読んでもらって、日本刀は、凄く切れるものだと実感した。妻の手が私の体に触れた所に、日本刀の刃が食い込むことを想像して、ゾッとした。著者も言っているが、日本側の検視報告書は、英国の医師による検視報告書より稚拙だった。
生麦事件は、1862年に起こった。すでに160年経っている。日本は、医学も進み、今は検視報告書も当時とは比較にならないほど改善されていると思う。京急の生麦駅近くの事件現場に、当時の面影など何一つ残っていないであろう。しかし生麦事件の犠牲者の検視報告書が残されている。歴史に当時の資料が残されていれば、歴史上の出来事を検証するのに役立つ。
日本政府や役所で、内部資料の書き換えや、紛失が頻繁に起こっている。公表される資料が、黒く消されていることも普通である。そういう点では、日本はまだ生麦事件が起こった頃から前に進んでいないのかもしれない。