結婚する前、妻が英国のロンドン大学へ留学していた時、4回会いに行った。大学の寮が満室だったので、一般のアパートを借りて住んでいた。そのアパートのオーナーは、アゼルバイジャン出身だった。戦争を逃れて英国に亡命した人だった。祖国から持ち込んだ資金でアパートを買って経営していた。古いアパートで、水回りや電気系統に問題が多く、私が行くたびに大家の彼と会って修理を依頼していた。とても温厚な人だった。妻が女一人でアパート暮らしをしていたので、防犯にも気を配ってくれていた。ある日、誘われて日本食品の店に行くことになった。彼は日本のビールが大好きで、その店へ時々ビールを買いに行っていた。私たちが日本から来ているので日本の食品をその店で買えばいいと連れて行ってくれたのだ。古い大きなベンツにのせて行ってもらった。車の中でいろいろな話をしてくれた。今まで飲んだビールでアサヒビールのスーパードライが一番美味いと言った。そういう外国人に何人にも会った。
私は正直、ビールの味がよくわからない。アサヒだろうがキリンだろうがサントリーだろうが、その違いがわからない。ただ生ビールだけは美味いと思う。キリンが今年、キリンホームタップという家庭で生ビールを飲めるサービスを開始した。生ビールのサーバーを貸し出して、月に2回1リットル入りのペットボトルに入ったビールの原液を2本送ってくれる。さっそく最小単位である月4本の契約でこのサービスを受けることにして申し込んだ。
12月中旬にビールサーバーとビールの原液2本が届いた。機械に弱い私だが、何とか説明書通りに組み立ててセットできた。その夜、仕事を終えて帰宅した妻と初めて家で生ビールを飲んだ。美味かった。店で飲む生ビールと同じだと思った。妻は、多くの酒好きの人と同じで、外では「まず、ビール」で飲み始める。私は、アルコールの入った飲み物を混ぜて飲むと必ず悪酔いする。だからアルコール飲料は1種類にしている。妻は、それほど生ビールに感激しなかった。妻は、家に物が増えることを嫌う。金がかかることも嫌う。そういう考えがビールの味に強く影響したのだろう。
次の日、妻は定番のジントニックに戻った。私は冷やしたグラスに生ビールを、とサーバーを操作するもサーバーからビールが出てこない。やはり機械音痴の私のセッティングか操作方法が間違っていたのかもしれない。あきらめて冷蔵庫から買い置きの缶ビールを出して飲んだ。昨夜の生ビールとの違いを、嫌というほど知らされた。
初めての家庭生ビールサービスなので、いろいろ問題があるのだろう。次の日、キリンから封書が届いた。何か困ったことがあったら電話してくれとあった。電話した。係の女性の言うとおりにサーバーのあちこちを点検して報告した。結局、ガスユニットを交換することになった。丁寧な対応にキリンがこのサービスに並々ならぬ力を入れていると感じた。
28日に新しいガスユニットが届いた。交換した。また美味い生ビールを飲めるようになった。正月休暇に入った妻も「まずビール」の気分を取り戻したようだ。二人で冷えたグラスに注いだ生ビールで乾杯した。今年もあと2日。この正月は、生ビールでほろ酔い気分になって、嫌なことを忘れて過ごそうと思う。来年は、友達と生ビールで正月を祝えることを切に願う。