出がけの電車の中に遠足帰りなのか小学生がたくさん乗っていた。4年生か5年生だろうと推測する。珍しく電車は、ボックス席だった。ほとんどの席が、団体の小学生に占拠されていた。乗客は、相変わらず年配者が多い。その年配者が、うらめしそうに座っている小学生を見ていた。私はドアに向かって立ち、太平洋を眺めていた。私のすぐ近くのボックス席から笑い声が湧き上がっていた。男の子4人が楽しそうに話し、笑っていた。私は適度な音量の笑い声が好きだ。バカ笑いではなかった。笑い声の中に身を置いていると心が落ち着く。4人の中の一人の子は、「ハハハ」と「カカカ」がほどよく混じった笑い声でよい響きだった。
同じクラスの女子なのだろう。その子が座っていた5,6メートル先から4人の男の席にやってきた。ちょっと小太りで、クラスに必ず一人はいる、しきりたがり屋の雰囲気があった。「ちょっと、あんたたち、静かにしなよ」と仁王立ちになり一喝した。それ以上、何もなかった。4人の男たちは、再び楽しそうに話したり笑ったりしていた。しばらくすると長めの髪の毛をポマードでオールバックにした50~55歳くらいの男性が、4人の席に割り入り、立った。目にもとまらぬ早さで、手にしたミネラルウォーターのペットボトルで「ボコ」「バシッ」「ポコン」「パン」と4人の頭に当てた。4人は、突然のことに呆気にとられていた。自分たちの担任に対する表情ではなかった。私は、最近の学校の先生は、こんなことまだするのかと不審に思った。私が小学生だった頃、体罰なんて当たり前だった。階段から突き落とされて、聴力を失った同級生もいた。しかし私の勘は、どうしてもこの人が、彼らの担任教師だとは認めたがらない。服装?このような行動?雰囲気?表情?何やら4人に説教している。電車の走る騒音で彼が言っていることが聞きとれない。
前の車両から連結デッキを通り抜けて、30歳代の男性が私のいる車両に入ってきた。その男性は、私の勘に素直に「先生に違いない」と訴えた。男性は、その車両のボックス席のひとつに、乗客の目と耳が一斉に注がれていることに、いち早く気づいた。身長は165センチくらい、こげ茶のタートルネックの上に黒のフリース、黒のズボン、トレッキングシューズを身につけている。説教をしていた教師ではないらしい男性が、先生らしい男性に気がついた。先生らしくない男性が顔を怒りで赤くして怒鳴った。「あんたがこいつらの先生か?」 先生らしい人の声は聞こえなかったが、男性の顔が白くなった。私は、嬉しくなった。こんな状況で不謹慎であったが、私の“らしい”“らしくない”の勘が正しかったことが、私をにやつかせた。先生でない男性は、文句を言い続けた。「学校がこんなだから今の子供がおかしくなったんだよ」「これだけ年寄りが乗っているのに、子供が座っていていいのか」言っていることはそれなりに正論である。なぜか、私は、全面的にこの説教男性を支持できなかった。ひら謝りした後、先生は4人の生徒を連れて、前の車両に移って行った。
空いた席に座ったのは、女性一人だけだった。男性は、小心者の私にはとてもとれない行動をとった。だが男性が小学生に判るように諭し、年寄りも喜んで席を譲り受けたなら、私は男性の行動を讃えたであろう。それが私の先生に対する理想なのかも知れない。そういえば、先生のことを教諭ともいう。まさしく教え諭す人である。電車が私の降りる駅に到着した。先生でなかった男性も降りた。私を追い抜いた男性から強い酒のニオイがした。
帰りの電車で、今度は30歳~40歳代の11人の団体が、ベンチシートの両側に分かれて向き合い宴会状態だった。わがもの顔して大声で騒いでいた。だいぶ酔っているようだ。私の嫌いな「ガハハ」「ヒッヒッヒ」「フォフォフォ」の大馬鹿笑いと、ウケ狙いの聞き苦しいギャグが続いた。行きの電車の説教おじさんが、11人を相手に、ペットボトルで見事な大立ち回りしている空想ドラマを、夜をむかえようとしている太平洋を見ながら、私は創作していた。