友人から「…教えていただいたイタリア映画『白いトリュフの宿る森』を今夜観ました。ピエモンテの森の映像が美しく、音楽も良く、独特な雰囲気と不思議な魅力のある映画でした。もしまだご覧になっていなければアマゾンプライムで配信中です。卵とトリュフ食べたくなりますよ。おやすみなさい」とメールがきた。友人の夫は、イタリア人で国際結婚している。長くイタリアに暮らしていたが、今は日本に住んでいる。
さっそく観た。素晴らしかった。画面が絵画のようだった。子供の頃、親に連れられてよく松茸を採りに親戚の山へ入った。松茸だけでなく、シメジ、アミタケ、リコボウなども採った。毎年秋が来るのを待ちわびた。母親の弟が、キノコ採りの名人だった。雑キノコを一緒に採りに連れて行ってもらえたが、松茸だけは連れて行ってもらえなかった。親にも教えられないと言っていた。キノコ採りが好きになった。
私はカナダ留学中、カルガリー大学で国際基督教大学出身の平塚教授に世話になった。平塚教授は、菌類学者で特にキノコ類の研究をしていた。一緒にアメリカのワシントン州へ松茸の調査に同行したことがあった。日系人を何人も紹介してもらい、訪ね、松茸狩りに同行させて欲しいと頼んだが、誰一人受け入れてくれなかった。自分の子供にさえ教えられないと言っていた。結局満足した調査は、できなかった。
しかしその後、カナダとアメリカの松茸は、ベトナムと韓国からの移民によって、マフィアのような組織ができ、乱獲されることになった。日本へ輸出すると莫大な利益を得ることができたからだ。乱獲がたたり、カナダの松茸も以前より採れなくなったという。
私は、その後暮らしたアメリカ、ネパール、ユーゴスラビア、チュニジア、サハリンでも松茸を探した。アメリカ以外では、一本も見つけられなかった。私がキノコ採りで経験したこと、感じたことを映画『白いトリュフの宿る森』の中で重なる場面がいくつもあった。ピエモンテの美しい森を、人間の欲が暗闇に変えていた。乱獲、密猟、買い占めが横行した。トリュフ狩りには、犬が欠かせない。ピエモンテのトリュフハンターは、犬を子供のようにして暮らしている。結婚もせず、長年トリュフ狩りを犬と続けてきた老人が紹介されている。トリュフ争奪で他のハンターの命とも言える愛犬を、毒殺させるために毒入りのエサを山にまく悪もいる。欲と嫉妬が、トリュフの山をダメにしていると嘆いていた。
84歳になったアウレリオにトリュフの採れる場所を教えてくれと業者らしい男が頼む場面では、アウレリオが、自分には子供も家族も犬以外いないが、たとえ子供がいても、絶対に場所を教えないと言い切った。私の叔父やアメリカシアトルの日系人と同じ事を言った。
カルロも年老いたトリュフハンターだ。カルロには妻がいる。妻は、カルロにもうトリュフを採りに行くのをやめてくれと懇願する。カルロは妻の言うことをきかない。それでも、妻とカルロが黙々とテーブルに積み上げたトマトの下ごしらえしている場面は、75歳になった私コキゴロウの琴線を強く弾いた。
要所要所で、トリュフハンターたちの口ずさむ歌が、また何とも言えない味のある歌詞なのだ。画面に合わせて流れる曲もいい。美しい画面、心揺さぶる音楽。イタリアといえば、フェラーリや仕立ての良いスーツやデザイン性に優れた商品や美食に目が行ってしまう。でもトリュフハンターたちは、私たちと同じように地味で質素な生活をして、自分が好きなトリュフを追い求めることに、生きがいを感じて、歳を重ねている。私は、この『白いトリュフの宿る森』を観て、歳をいつの間にか、とっていることも幸せなことだと痛感した。
今朝も5時に家を出て、散歩していたら、山を背景に大きな虹が出てきて数分で消えた。川の上にはモヤがかかっていた。ピエモンテの景色に負けないくらい綺麗だった。
こうして良い情報をもたらして、同じ映画をそれぞれの場所で観る友がいるから、今日も一日歳を重ねられる。