団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

チュニジアの本マグロ

2024年08月23日 | Weblog

  昨日行きつけの魚屋で「チュニジア 本マグロ」と表示されたマグロの刺身を見つけた。165gで1151円(税込み1244円)。チュニジアと書かれていただけで、迷うことなく買い物かカゴにパックを入れた。夜妻が帰宅して、チュニジアの本マグロだよと言って食卓に並べた。妻は「えっ、チュニジアのマグロ。本当に。」と半信半疑の様子。大間のマグロじゃあるまいし、わざわざチュニジアと書いて客の気をひくこと必要もないだろう。どこのマグロだろうと美味しければ文句はない。妻がすりおろしてくれた生わさびと醤油をつけて口にした。

 妻の海外任地の中で、私が一番食材の良かったと思う国は、ぶっちぎりでチュニジアである。地中海沿岸に位置していて、温暖な気候で野菜や果物が豊富で、豚を除く羊や牛や鳥などの肉、海の新鮮な魚も安かった。チュニジアのほとんどの人がイスラム教徒なので、豚肉は食べない。暮らしているといろいろな情報が入る。ついには市場の片隅で、ほんの一部しかいないキリスト教徒が経営する豚肉店を発見した。イスラム教国で途切れることなく質の良い豚肉まで入手できた。私は、セネガルで日本人の元フランスの一つ星のレストランで働いていた主婦の料理教室に6カ月通った。セネガルで習ったすべての料理をチュニジアで問題なく調理できた。食材が問題なく揃ったからだった。私の料理は、セネガルで習ったフランス料理をチュニジアで実践したことで格段の進歩が可能になった。

 私は調理の腕は怪しいが、食材選びの目利きの自信は、すべて海外で培われた。多くの失敗が、私に教えてくれた。食材が優れていれば、少しくらい調理が下手でも何とかなるモノである。妻が言うのに私は“ずく”があるそうだ。“ずく”とは長野県では“こまめ、あきらめない、粘り強い”と肯定的な意味が強い。“ずく無し”のような否定的でダメな意味を持たないと私は勝手に思っている。

 “ずく”を総動員して海外でどこに国に暮らしても、食生活を充実させることに奔走した。チュニジアでは、季節ごとに旬の食材の情報を集めた。在住の日本人、アメリカ人、中国人などから、そして最高の情報は、食材を売る店の人からもたらされた。店の人と仲良くなる。良い食材を手に入れる一番の方法である。そしてどこの国でも同じ食材でも産地によって質や味が異なることも知った。どこの産地が良いのかなど、外国人には知る由もない。人間の美味しい物を食べたいという気持ちは、万国共通である。チュニジアの流通業は、ほとんど市場などに出店している個人営業の形態である。多くの店の中から良い店を選ぶことから料理は始まる。

 チュニジアで最高の魚の店は、チュニジアの首都チュニスから車で1時間のビゼルトの漁港の魚市場にある。魚好きの私は週1回そこへ通った。お目当ては地中海マグロである。信じられない値段で買えた。チュニスの市場の中の魚屋は日本人がマグロ好きだと知って当時でも高値で日本人価格をつけて売っていた。ビゼルトの魚市場に日本人はいなかった。マグロはどこの部位でも同じ価格だった。トロでも頭でも尻尾でも同じ価格。

 今でもチュニジアのビゼルトのマグロの味を覚えている。昨日食べたチュニジアのマグロとは違う。でも普段忘れていたチュニジアのあの“ずく”全開だった食材集めに奔走した生活を思い出すことができた。コロナだ、猛暑だと言って家に籠っている私にも“ずく”に輝く過去があった。そんなことを税込み1244円のチュニジアの本マグロが思い出させてくれた。

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