団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

桜守

2022年04月05日 | Weblog

  家の前の桜並木の桜の花が散った。このところ気温が上下して、雨が降った。桜に雨は似合わない。やはり桜は、青い空と春の温かい陽ざしを、従えてこその花である。雨に打たれた桜は、物悲しい。

 桜の季節になると必ず思い出す人がいる。京都の佐野藤右衛門さんだ。佐野さんは、日本の桜守(さくらもり)といわれる人である。数十年前、何かのテレビ番組で佐野さんが「好きな桜の楽しみ方は?」と尋ねられると「ひとりで山の中に入って、1本だけ花を咲かせている桜を前に座ってずっと眺めているのが好き」と答えた。これが私に強烈な印象を与えた。

 佐野さんの本業は、造園業、植木屋である。あの世界的に有名な彫刻家イサム・ノグチと組んで、世界中の国々で日本庭園を造った人である。桜の造詣が深く、いつしか桜守と呼ばれるようになった。本人は、桜は道楽という。ただ桜が好きで、本業とは別に日本全国の桜を調査して、保存に努めてきている。

 家の前の桜並木が花のトンネルのようになる時、私は先人たちがどういう思いでこの桜の木を植えたのだろうかと思う。本人たちは、このような花のトンネルを見ることができたのだろうかと。桜の木が大きくなって立派な花を咲かせて、人々を楽しませてくれるようになるには、長い年月がかかる。現代は、ことごとく目の前の事にしか対応できない。10年先100年先への備えや期待が持てていない。

 4月2日土曜日夕食を終えて、テレビを観た。いつものようにどこの局もクダラナイ番組ばかり。そんな時はリモコンの1から12までをカチャカチャ押して、迷子のように“何か”を探し求める。地デジ全局、BS、BS4Kと移行。画面に、4人が赤い毛氈を敷いた床几に座っていた。外側に男性ふたり、中に和服の女性。向かって右側の歳を取った男性。凛として風格がある。いで立ちも洗練されている。ダウンジャケットは、先日ニュースで観たロシアのプーチン大統領が着ていたイタリアの高級ブランド『ロロ・ピアーノ』の160万円のモノより格段上のように見えた。え!まさか佐野藤右衛門さん!94歳。

 佐野さんの一言ひとことが、私の心に突き刺さる。司会のアナウンサーも二人の女性も言うことなすこと空回り。どうしてこうもキャスティングが悪いのか。せっかく佐野さんほどの人がテレビに出演するのに、彼と互角に対応できる人を選べないのか疑問である。それはまるで山の中に見事に咲く桜の木があって、その周りに雑木が生えているようだ。せっかく佐野さんが出演している番組に巡り合えたのだが、内容には失望した。それでもまだ佐野さんが元気でいることが確認できたのは、嬉しかった。

 今朝、妻を駅に送っていく途中、桜並木の中に混じっている八重桜のつぼみが赤く色づいてきていた。八重桜は、まるで数で圧倒するソメイヨシノが散るのを待っているようだ。自然界は、出番をわきまえていて、毎年同じことを繰り返すようだ。人間社会の愚かさを知っているのか知らないのか。

  佐野藤右衛門さんがひとり山の中に分け入って、黙って桜に対峙している姿が浮かぶ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする