団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

セカンドライフ問題 手紙

2007年06月10日 | Weblog

 ステレオ機器も私同様年を取って治ったと思ったらぢきに変になり、サービスステーションに三度も移動。私の体調も失神寸前のような病状が重なってテープが遅くなってしまいました。今年は、シューベルト記念の年、あれこれ少々選別録音しましたので、お独りで聴いてみて下さい。近世の大作曲家一番早死にのシューベルト、愛への憧れと同居する苦しみ、悲哀から絶望へとたどった。短い生涯だったようです。数えられるほどの彼の本命の歌曲、そのほかの器楽曲、その中の名曲は、皆絶望の音楽。そして音楽時点でその作曲年代をみると、私の最も好きな曲は、不思議なことにシューベルトの死の直前のものばかり。ピアノ・ソナタ21番、録音しました。アルペジオーネ・ソナタ(チェロより小さめの楽器の由)有名セレナーデー(これには、私19才ころから深い因縁があります)、これらは皆死の年の作曲でした。近年までうっかりしていました。(あの「冬の旅」は死の前年に、私が中毒している「美しき水車小屋の娘」はそのしばらく前。皆絶望の死の音楽。玄人の音楽家が最大の賛辞を呈している「冬の旅」は絶望の極限のうた。変なことですが私ごとき絶望人間には、絶望の音楽が一番精神安定というか慰めを与えてくれます。その絶望人間の私、「美しき水車小屋の娘」の若者のように水死する気力もなく、八五才まで長生きしているのだから、いよいよ絶望そのものです。無言の行の毎日、つい、お粗末なオシャベリしました。泥灰にまみれ切った砂漠の東京、深夜から珍らしく雨音が聞こえてまいりました。

 これは私の知人の手紙である。私の宝である。メールばやりの昨今、手紙の素晴らしさを再認識したい。彼は91歳まで生きた。仕事ではりっぱな業績を残し、教養ある知的な魅力ある人だった。大好きなタバコを自分の部屋で吸いたいだけ吸って、特別に設計したオーディオルームで大好きなシューベルト、ショパンを聴いていた。奥さんが生きていた頃は、人並みに旅行したりもした。しかし奥さんが亡くなると、ただ屋敷の一角の隠居部屋にこもった。そしてシューベルト、ショパンを聴きながら絶望の人生を、老衰による大往生で幕を下ろした。団塊世代が晩年をどう送り、最後を迎えるかの先輩の壮絶な一例である。明るく楽しいことばかりの老後ではない。たとえ絶望の中にも、彼のような手紙を書いてくれる気配り、テープを作ってくれる手配り、遠く離れて住む者への目配りできるやさしさを持ちたい。合掌。


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