映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ばしゃ馬さんとビッグマウス

2013年11月12日 | 邦画(13年)
 『ばしゃ馬さんとビッグマウス』を渋谷のシネクイントで見ました。

(1)久しぶりに麻生久美子が出演する映画だというので映画館に出向きました(注1)。

 主人公は、プロの脚本家を目指し、“ばしゃ馬”のようにせっせと脚本書きに精を出す34歳の馬渕みち代麻生久美子)。



 ですが、応募するどのコンクールも第1次審査に通らない有り様。
 それでもめげずに、友人マツモトキヨコ山田真歩:注2)とまじめにシナリオスクールに通うところ、全然脚本を書かないくせに酷く自信を持つ28歳の天童義美安田章大)と出逢います。
 みち代は、大口を叩く(“ビッグマウス”の)天童を毛嫌いするのですが、天童の方は逆にみち代に一目惚れ。



 さあ、この恋は、そしてみち代のプロの脚本家になるという夢は成就するのでしょうか、………?

 ことさらな出来事が何も起こらず随分と地味な作品ではあるものの、脚本家志望者を巡る物語を監督自ら脚本を書いて映画化した入れ子構造となっていて興味深い上に、主演の麻生久美子の好演もあって、まずまず面白く仕上がっています。

(2)本作の序盤では、雑誌『シナリオ』がずらっと並んでいたりする本棚がある狭い部屋で、パソコンに向かって脚本書きに精を出すみち代が描かれます。
 脚本が完成したのでしょう、プリントアウトする一方で、コーヒーを入れたりカップ麺を作ったりします。
 ついで、自転車に乗って郵便局に出向き、出来上がった脚本の入った封筒を“簡易書留”にして「東都テレビ ドラマ脚本賞係」宛に送ります。
 しばらくしてからでしょうが、本屋に入り、雑誌『シナリオ』を立ち読みし、コンクールの第1次審査を通らなかったことを知り、家に戻ってベッドで泣くところでタイトルクレジットが入ります。

 映画の導入の部分で、淡々とした進行ながら、みち代の現在置かれている状況が観客に鮮明に簡潔に印象づけられます。

 また、映画の中盤では、脚本を書くために老人ホームに取材しようとして、みち代は、元恋人で役者志望だったにもかかわらず今は介護士をしている松尾岡田義徳)のところに出向き、ボランティアとして同じ老人ホームで働くことになります。
 ですが、その仕事もうまくいかず、介護士を主人公とする脚本も、頼みにしていた監督からすげなく突き返されてしまいます。
 それで、松尾の部屋に行って、「夢を諦めるのってこんなに難しいの?でもまだ諦めきれない」などと心情を吐露し、感情が高ぶってきてあわや二人の関係が以前に戻ろうかという時に、みち代は「いいの?また好きになっちゃうよ」と言い、松尾も冷静さを取り戻します。



 これまでの吉田恵輔監督の作品では重点的に取り扱われていた男女の関係が、本作では随分と淡白に描かれていて観客はやや不満な感じを持ってしまいますが(注3)、それでもこの二人だったらこうなるかもしれないな、と妙に納得してしまいます。

 言うまでもなく、観客に与える印象は、脚本のみならず、出演する俳優の演技力や、全体を統括する監督の力量などによるものでしょうが、本作の出来栄えがまずまずだと思えるのは、その脚本自体がうまく書けていることが大きいのではないでしょうか。

 ただ、これだけみち代や天童の生活がリアルに描かれていると、映画の先の二人のことが気にもなってしまいます。
 みち代の方は、これまでの自分をさらけ出した脚本(「凡人だった僕へ」:実は、本作それ自体とされています)がコンクールの第1次審査にも引っかからなかったことがわかると、10年来の夢を諦めて、東京の下宿先を綺麗に片付けて田舎に戻ることになります。
 実は、彼女の実家は地方で旅館を営んでいるのです。
 両親(注4)も、早いところ戻ってきて家業を手伝ってくれるようみち代に言ってきたところです。
 地方の日本旅館の先行きは決して平坦なものでないでしょうが、とりあえずは落ち着き先があるので一安心といったところです(注5)。

 もう一方の天童は、彼が書いた脚本も、みち代にはよく書けていると言ってもらったものの、やはりコンクールに落選してしまいます。
 彼は、みち代よりも年が若いこともあり、まだまだ頑張ることでしょう(注6)。
 ただ彼の場合、その関西弁から出身地は関西方面なのでしょうが、母親(秋野暢子)が、ソープランドの受付として東京に出てきてしまっていて、みち代のようには帰るべき実家を持っていないのです。
 彼は、これまで同様、中華レストランでアルバイトをしながら脚本書きに邁進することになるのでしょうが、芽が出なかった時は一体どうなるのでしょう(注7)?

(3)渡まち子は、「シナリオライターを目指す男女の騒動を描く「ばしゃ馬さんとビッグマウス」。イタいもの同士のかけあいとやるせなさがしみる」として65点をつけています。
 また、相木悟氏は、「夢に向かって歯を食いしばってがんばっている人々の心をえぐる、快作かつ問題作であった」と述べています。



(注1)麻生久美子の映画は、『グッモーエビアン』以来(『舟を編む』でポスター出演していましたが)。
 なお、本作は吉田恵輔監督の作品で、これまで『さんかく』などを見ています。

(注2)『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』で主役のアユムを演じています。

(注3)劇場用パンフレットに掲載されている脚本の仁志原了氏と脚本も担当した吉田恵輔監督の対談において、吉田監督は、「今考えると、もともと男2人の話だったこともあって、脚本上のラブストーリー要素は薄かった」と述べています(「男2人の話」というのは、本作の主人公みち代は吉田監督がモデルで、天童は仁志原氏がモデルとされていることを指しています)。

(注4)父親は井上順、母親は松金よね子が演じています。

(注5)さらには、「旅館を手伝うだけでなく、同時に介護の勉強でもしようかと思っている」とみち代が言っていることでもありますから。

(注6)2度ほど天童が書いた脚本を読んだみち代から、「天童くんは、私より才能がある」とも言われていますし。

(注7)まして、その母親が年をとって彼を頼ってきた場合にはどうするのでしょう(まさか、天童が脚本を書くために取材したホームレスになるわけでもないでしょうし、また生活保護に頼ってしまうわけでもないでしょう)?



★★★☆☆



象のロケット:ばしゃ馬さんとビッグマウス