映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ちゃんと伝える

2009年09月16日 | 邦画(09年)
 「ちゃんと伝える」を有楽町のシネカノンで見てきました。

 監督が、「紀子の食卓」や「愛のむきだし」で評判の園子温氏ということで是非見たいと思っていました(「紀子の食卓」はDVDで見ましたが、吹石一恵がなかなかよくやっていると思いました。「愛のむきだし」も見たかったものの、長すぎるため映画館はパスし、これからDVDを見ようかと思っています)。

 「紀子の食卓」の感じから、何か普通の映画では見られない変わった点があるのかなと思いきや、至極オーソドックスな作品なので驚きました。
 こうした肉親の死を描いた作品を見せられると、これまで自分に起こったことやこれから起こるはずのことなどにも思いが及んで、この映画のように力を込めてきちんと制作されていれば、やはり感動してしまいます。
 特に、主演のAKIRAが実によくやっていると思いました(事前には、彼がEXILEのメンバーだとは知りませんでした!)。
 さらには、つまらない点ながら、映画の舞台となっている豊川駅前で、息子(AKIRA)とその恋人(伊藤歩)がそれぞれの自宅に戻るシーンが何度も描かれるところ、まるで横尾忠則の「Y字路」のようなので大変面白いと思いました。 

 とはいえ、評判の監督の映画と思って見たこともあり、色々問題点を指摘したくもなってきます。ただ、映画を見ている最中は、ストーリーに惹きつけられて以下で述べるようなことは、余り念頭に浮かんではきませんでしたが。
 なお、主演のAKIRAがEXILEのメンバーというところから、この映画はPVの延長上にあるのかもしれず、そうであれば何も言う必要などないものの、内容的にも、さらには東京ではわずか1館の上映のみというところからみても、PVではなく文芸作品として真剣に制作されていると判断できるので、以下のような検討をしてみました。

・一番の問題点は、息子(AKIRA)も胃癌に冒されていて父親(奥田瑛二)よりもむしろ重いことが判明するという設定になっているわけですが、このような厳しい設定に何故しなければならないのか、うまく理解し難いことではないかと思われます。
 わざわざそんな設定にせずとも、終わりの方の釣りのシーン―父親の葬儀の途中で、息子が父親の遺体と共に小さな湖で釣りをします―だけでこの映画は十分成立するのではないでしょうか?
 ラストでAKIRAに事情を打ち明けられたとき、「霊柩車で湖にまで遺体を運ぶという暴挙をあえてしたのも、あなたにそういう事情があったのであればヨク理解できる」と恋人はつぶやくところ、そのような格別の〝事情〟がなくとも、AKIRAの取った行動に観客は納得するのではないか、と思いました。
 ただ、それでは常識的なところに落ち着いてしまうおそれもあります。もしかしたら、わざわざこうした設定にした点にこの監督らしさが現れているのかもしれません。
・父親と息子が重篤の癌に冒されているにもかかわらず、厳しい症状が現れているシーンがマッタク描かれていません。二人とも 健常人の如くに映画の中で振る舞っており、監督は「そんなシーンを取り込まずとも観客には分かるのだからこれでかまわない」と述べていますが、実際には画面からリアリティが失われているように感じます。
 特に、若年ながら明日をも知れない癌に冒されている息子が、相変わらず恋人とデートしたり、土手を全力疾走したりするのですから、観客の方は、末期癌患者にそんなことが可能なのかと戸惑ってしまいます。
・素人的には、末期の癌が判明した段階で息子は即入院であり、手術や抗がん剤の投与を受けたりしなければならないはずであり(無理にでも医者はそうするのではないでしょうか)、従って本人がいくら隠そうとしても最低限家族には分かってしまうはずと思われます。
 ですが、映画からはそのようにうかがわれません。あるいは、医者の判断として、末期癌で何をしてもムダだから本人がしたいようにするに任せている、というわけなのでしょうか?
・この映画のタイトル「ちゃんと伝える」から、〝ち ゃんと伝える〟べき事柄、例えば、〝自分はこのように生きてきた、自分はこのように考えている、こんなことをやり残した、息子のことをこのように考えている、死後についてはこのようにしてもらいたい〟などといった内容の事柄が、映画の中ではっきりと口にされるのではないかと思っていました。
 ですが、映画からは、そうした大層なことではなく、単に“癌で余命いくばくもない〟と父親は息子に伝えたいだけではないか、としかうかがえません。せいぜいのところ、〝紅名湖で一緒に釣りをしたい〟といったくらいでしょう。
 尤も、チョット考えてみれば、死ぬ間際に子どもに是非伝えたいことなど一般人が確固として持っているとは思えないところでもありますが!
・この映画の題名にあるように、息子は、自分が癌に冒されている事情を恋人にキチンと伝えます。ですが、むしろ一番先に伝えるべきは母親(高橋恵子)ではないでしょうか?夫と息子に先立たれれば、スグにひとりぼっちになってしまうのですから!にもかかわらず、母親には黙っているのです。
 あるいは、そんなことを母親に告げたら余りの事態に母親がどうなってしまうか分からないと思って伝えなかったのかもしれません。ただ、医者から自分の癌のことを宣告されたとき、息子は「父親には言わないで下さい」と医者に言うだけで母親については触れませんでした。
 息子の場合、むろん父親との関係は問題になり得るものの(エジプス・コンプレックス!)、母親との関係もそれ以上に重要でしょう(マザコン!)。何故この側面が省略されているのかヨク理解できないところです。

 酷く些末なことをくだくだと書いてしまいましたが、逆に言えば、そういう様々なことまで見終わってから考えさせるくらい良い作品だったと言えるでしょう。なにしろ、ぐいぐいと映画に引き寄せられ結局は感動してしまい、映画館からの帰路、自分に果たして息子に伝えるべきことなどあるのかと考え込んでしまったのですから!