孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  困窮する市民生活 ライシ新政権を待ち受ける難しい経済・内政対応 

2021-07-25 23:17:19 | イラン
(ソーシャルメディア上で拡散された映像で、テヘラン・メトロで停電発生後に様々な駅で待っていた数千人の人々が「くたばれイラン政府」と叫んでいる様子が見て取れた。【7月20日 TRT】)

【ペルシャの誇り】
一昨日のオリンピック開会式でのイランに関する話題。

****NHK五輪開会式でイラン入場時に「アラブ諸国」と言い間違え豊原アナ謝罪****
NHKが、東京オリンピック開会式の生中継の中で、イランの選手の入場行進を紹介した際「アラブ諸国」と言い間違うミスをした。 

イランが入場し、女性の選手が多数、笑みを浮かべて歩く姿を映し出した中、豊原謙二郎アナウンサー(48)が「アラブ諸国もね、徐々に女性の活躍というのが、目立つようになってきましたね」と口にした。そして和久田麻由子アナウンサー(32)も「増えてきましたね」と続け、そのまま生中継を続けた。 

約50分後、中国が入場した後に、豊原アナが「先ほど、イランの行進の場面でアラブ諸国についてのコメントをしましたが、イランはアラブ諸国ではありません。大変失礼しました」と訂正し、和久田アナも「失礼しました」と訂正した。【7月24日 日刊スポーツ】
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NHKアナの間違いはともかく、イランがアラブではないということは、イランという国のあり方、イランをめぐる中東情勢に大きな影響を与えている側面です。

イランはペルシャ系の民族で、アラブとは異なるペルシャ文化に強いアイデンティティ・誇りを持っています。

****強烈なペルシャの誇り今も 暦も独自****
(中略)
西暦気にせず、イラン暦で生きる
 ――中東といえばアラブという言葉を思い浮かべますが、イランもその仲間なんでしょうか。
 
◆中東イスラム諸国の言葉と民族をふまえ、あえて大きく分けると、アラビア語を話すアラブ諸国、ペルシャ語のイラン、トルコ語のトルコに大別されます。日本から見れば、人々の見かけも言葉も同じように感じますが、実際はかなり違います。欧米の人たちにとって日本、韓国、中国の人々が区別しにくいのと同じ構図でしょうか。
 
イランは古い起源を持つペルシャ語を公用語とし、3月下旬を新年とするイラン暦(太陽暦)を今も使っています。(中略)

イスラム教の国のため、教典コーランが書かれているアラビア語も学び、アラブの文化も取り入れますが、同時に大事にしているのは古代から続くペルシャ文化です。
 
日本の4・5倍ほどの広さの国土に約8000万人が住んでおり、民族的には約半数がペルシャ系で、他にアゼリ系、クルド系、アラブ系など多くの民族が混在します。(中略)

2500年前からの誇り、今も
 ――イラン人は誇り高い民族と言われますが、その背景は何でしょうか。

 ◆イランの原点は、紀元前550年にできた世界初のペルシャ帝国(アケメネス朝)にあります。当時の宗教は、世界最古の一神教とされるゾロアスター教です。アケメネス朝はマケドニアのアレキサンダー大王に滅ぼされますが、その後も領土を復活、縮小を繰り返しながら、ペルシャの歴史は続きます。

近世のサファビー朝でも経済的、文化的に繁栄し、当時の首都イスファハンはその豊かさから「世界の半分」と言われました。イランがイスラム教シーア派を国教としたのもこの時代です。
 
しかし、近現代に入り、イランの領土は縮小傾向で、英国やロシアに半ば植民地化された時期もありました。パーレビ朝では米国と蜜月関係になり、都市部を中心に潤う一方、貧富の差も広がります。イスラム革命(1979年)以降は、石油生産や製造業などで独自の発展を目指しますが、欧米諸国との対立が続き、不振にあえぎます。
 
一方で、近年はサウジアラビアやアラブ首長国連邦など湾岸アラブ諸国が、欧米と良好な関係を築きながら豊富な石油資源や金融などで経済発展をとげます。

長い間、イランとライバル関係にあるトルコも一定の欧米化、世俗化を図りながら発展します。長い歴史を持ち、誇り高いイラン人は、湾岸アラブ諸国やトルコに対して強烈な対抗心を持っています。(後略)【2020年1月15日 毎日】
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日本でも、世界でも、イランはイスラム原理主義国家とかイスラム神権政治というイメージで見られていますが、数年前、イランを観光した際、現地のガイド氏は「イランはイスラムではない」とまで言っていました。

言わんとするところは、イスラムは後世にアラブ世界から入ってきた一つの文化に過ぎず、イランのアイデンティティは遠くペルシャ帝国に遡るペルシャ人としての文化にあるという強い誇りでしょう。

【新政権が直面する経済・内政問題】
そのイランでは、周知のように穏健派(そういう呼称は正しくない、イランに穏健派など存在しない・・・という批判はありますが)ロウハニ大統領から、厳しい市民弾圧の暗い過去もある保守強硬派のライシ師に政権が変わります。

核合意で制裁解除を期待したものの、トランプ前大統領のイラン敵視政策によって制裁は解除されず、市民生活は苦しくなるばかり・・・という国民の不満が穏健派ロウハニ政権に向けられたことを背景に、ハメネイ師を頂点とする現体制による穏健派・改革派候補者を選挙から締め出すという干渉もあっての結果でした。

****「ハメネイ推し」ライシ大統領の誕生で新生イランはこう変わる****
(中略)
三権のすべてを強硬派が抑えたイランの今後
(中略)次期大統領として職務に専念したいとするライシ師の申し出を受け、ハメネイ最高指導者は7月1日、早々に後任人事を発表し、司法府の次長であったエジェイ師(強硬派。アフマディネジャド政権時の情報相)をスライド人事で新たな司法府長に任命した。これにより三権は全て強硬派によって占められる「一枚岩」が完成した。
 
また、あまり注目されていないが、大統領選挙と同時に実施された3つの選挙、すなわち市評議会選挙(注2)、国会補欠選挙及び専門家会議補欠選挙でも、強硬派が総なめにしている。(中略)

本来、行政府を監視する役割を担う立法府も、ハメネイ師直轄の軍事機構も、ライシ新政権と一丸となって進む決意を示している。
 
それでは、ライシ新政権でイランの政策はどのように変わっていくのだろうか。(中略)
(1)外交・安全保障政策
(中略)

(2)経済
8月から船出するライシ新政権にとって、制裁とコロナ禍で疲弊した国内経済の救済が最重要課題であることは間違いない。しかし、ハメネイ師の「抵抗経済」路線をなぞる同師の主張からは、どのような処方箋が用意されているのか見通すことは難しい。
 
ハメネイ最高指導者は、かねてより、「外国に依存することなく、自国の能力を活性化させることで、あらゆる困難を乗り越えることができる!」と国内を鼓舞している。人口8400万のマーケットと一定水準の工業力を有するイラン経済は、ある種「制裁慣れ」しており、外国製品が途絶えた穴を自国で生産したそれなりのモノで埋めてしまう逞しさがある。制裁を回避し、すり抜ける術も身につけてきている。
 
国際通貨基金(IMF)は4月、イランの実質国内総生産(GDP)成長率を1.5%のプラス成長と発表し、2021年は2.5%、2022年は2.1%のプラス成長を予測している。これは、トランプ大統領(当時)による核合意の離脱と経済制裁の強化によって大幅に落ち込んだ反動(2018年:マイナス6.0%、2019年:マイナス6.9%)とも見られるが、イラン国内では「抵抗経済」路線の奏功だと自信を深めている向きもあるだろう。

必ずしも制裁解除を望んでいないイラン人
「ウィーンの核交渉がまとまったら大惨事だ」
これは、外国資産や外貨での収入があるイランの友人の偽らざる告白だ。過去1年半の間に現地通貨リアルの価値は半分以下(一時は3分の1にまで下落)になった。国内の物価高にあえぐ一般国民とは逆に、この友人にとっては、自らの外貨収入のイランにおける価値は倍増したことになる。しかし、核合意の再生を通じて制裁が解除されれば、市場はリアルの価値を戻す方向に動くため、それを危惧しているのである。
 
別の悪友は長年の経済制裁に耐える中で、「ボンヤード」と呼ばれる各種財団(注4)や経済マフィア化した革命防衛隊のコングロマリット「ハタモル・アンビア」など、この状況に適応しつつ、制裁ビジネスにより蜜を吸う「革命貯金箱」体制ができあがっていると指摘している。
 
つまり、イランは「米国による経済制裁は悪」と非難しつつも、必ずしもその全面解除を本当に望んでいる者だけとは限らないのである。(中略)

このように、諸外国、特に西側との交易を推進することを阻む要因は多い。しかし、それなくして国内経済の再生は困難であることも事実である。
 
国際金融協会(IIF)は、6月末、イラン経済の大きな飛躍には、やはり核合意再生を通じた制裁解除が不可欠との見方を示している。IIFの発表によると、2015年当初の条件に戻す合意に達すれば、2021年のイランの実質GDPは3.5%増、2022年は4.1%、2023年は3.8%成長となる可能性があるとした。
 
さらに、これはかなり野心的であるが、2015年合意以上の包括的な新核合意が成立した場合、今年のイランの実質GDPは4.3%増加し、2022年には5.9%、2023年には5.8%もそれぞれ増加すると試算している。(中略)

(3)内政
ライシ師は、その敬虔なイメージとは裏腹に、これまでも女性の社会進出や国民の音楽活動などに肯定的な発言も見られる。選挙キャンペーンでは、インターネット規制への反対を表明するなど、ソフトなイメージを打ち出している。
 
一方で、昨年2月の選挙で大勝し、強硬派が大多数を占める国会(※一院制。定数290議席のうち、200人以上の強硬派議員がライシ師支持を鮮明にしている)は、早くも幾つかの強硬な法案を準備しているようだ。
 
例えば、WhatsAppやInstagramなど外国製のアプリやネット規制を回避する仮想プライベートネットワーク(VPN)の利用を禁止する案や、対イラン制裁に荷担した諸外国をイランへの投資から除外する案などが当地の紙面を賑わせている。ライシ師自身の考えがどうあれ、このような国会から「相乗効果を」と迫られる可能性はあるだろう。
 
イラン国民の間では、かつてのアフマディネジャド政権(強硬派)期のような、国民の自由への締め付け、例えば女性のヘジャブに代表される規制が強化されるのではないかとの警戒感も根強い。

さらに、ネット空間はイラン国民にとり、経済苦や表現の自由に制約のある実生活から逃れ、当局の規制とのギリギリのラインで自己表現を行ったり、孤立したりしがちなマイノリティーらが居場所を得られる「最後の楽園」となっている。この最後の砦すら失うのではないかと危惧する若者は多い。
 
大統領は国民からの直接選挙により選出されることから、人々の期待と同時に、不満を受け止める「サンドバッグ」になるとも表される。大統領を含む三権の長の上に君臨する最高指導者にとっても、大統領は国民からの直接の非難を防ぐ「盾」となりうる。
 
果たして、ライシ新大統領は広く国民の声を受け入れる政策を採りうるのか、それとも2019年11月のガソリン値上げに端を発する国内の暴動への対応のように、ネット遮断も含め徹底して鎮圧する「矛」となるのか、注目していきたい。【7月18日 角 潤一氏 JBpress】
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制裁によって逆に利益を得る勢力・既得権益層は存在するものの、やはり経済全体としては“核合意再生を通じた制裁解除が不可欠”です。その核合意交渉は、すでに死に体となった現政権下では停止し、次期政権に委ねられています。

****イラン核協議、ライーシー次期大統領就任後に再開の見通し****
(中略)イラン代表団を率いるアッバース・アラーグチー外務次官は7月17日、「権力の民主的な移行が進行中だ。従って、ウィーンでの協議はわれわれの新しい政権を待たなくてはならない」と自身のツイッターに投稿したことで、交渉再開は8月5日に予定されるイブラーヒーム・ライーシー次期大統領の就任後になる見通しとなった。

(中略)これ先立つ14日には、ハサン・ローハニ大統領が閣議で「準備はできていたが、第12期(現)政権は(交渉を妥結する)機会を奪われた。しかし、第13期(次期)政権でこれが成し遂げられることを期待している」と述べ、交渉妥結を次期大統領に委ねることを示唆していた(7月14日大統領府ウェブサイト)。

(中略)イラン国内報道では、IRNAは「米国の経済制裁に起因する国民の問題を解決するために、新政権はJCPOA立て直しの交渉に取り組むべき」としている(7月19日付IRNA)。

一方、保守系のファールス通信(7月6日付)は「新政府の外交は、核合意の立て直しだけに焦点を当てたものではない」とし、「イランは核協議に関して、既に米国に譲歩をしているため、これ以上譲歩すべきではない」とする論説を掲載した。【7月21日 JETRO】
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【高まる国民不満 難しい経済・内政対応】
“最高指導者にとっても、大統領は国民からの直接の非難を防ぐ「盾」”ということは、大統領は国民批判にさらされる立場にあるということで、保守強硬派であろうがなかろうが、何とか国民不満を和らげたい思いは強いはずです。その国民の不満は限界に近い所まで高まっています。

****停電に水不足 イラン新政権を待ち受ける国民の怒り****
(2021年7月20日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版)

ここ1週間、イラン南西部の街頭では、反体制的なスローガンを唱えながら飲用や農業・畜産用の水をもっと使わせろと要求する抗議活動が続いている。

デモは南西部フゼスタン州のアフワズ、シャデガン、スサンゲルドで発生した。最近、首都テヘランやコルドクイなどでは、1980年代の対イラク戦争以来最悪の停電をめぐり、参加者が「独裁者を打倒せよ」と唱える抗議活動が起こったばかりだ。水不足をめぐるデモでは少なくとも1人が死亡したが、イラン政府は治安当局ではなく暴徒のせいだとしている。

貧弱な公共サービスに対する国民の強い怒りには、1979年に神権国家を誕生させたイラン革命に裏切られたという思いも込められている。革命の指導者ホメイニ師が喜びに沸く国民に「貧しい人々には水と電気を無料にする」と約束したことは有名だ。

多くのイラン人は、安価な公共サービスを生まれながらの権利ととらえている。「我が国は豊かな国であり、世界最大の富の上に成り立っている。しかし、その富は体制につながりがある人々にしか行き渡っていない」と36歳の主婦ザハラさんは言う。「誰もが平等に天然資源の恩恵を受けるべきだ」

そのため政治家は、余裕がないにもかかわらず世界でもとりわけ気前よく振る舞う補助金のカットを躊躇(ちゅうちょ)している。水と電力の消費量上昇に、過去半世紀で最悪の干ばつが追い打ちをかけ、当然ながら公共サービスが政治的緊張のはけ口になったとアナリストはみている。

あるアナリストは「電力などの非政治的な分野は、国民にとっては自分の政治的な要求を追求できる領域だ」と話す。「国民は(より貧しくなっており)当局を信用せず、補助金制度のいかなる変更も拒否しているため、補助金の削減は不可能だ」

需要を下回る電力生産
8月4日にライシ政権への交代を控えるロウハニ政権は、工場の労働時間の短縮やイラクへの電力輸出の削減、暗号資産(仮想通貨)ビットコインのマイニング(採掘)に対する取り締まりによって停電に対処した。少なくとも一時的には電力不足をめぐる国民の怒りを抑え込んだものの、米国の制裁によって苦しむ経済をさらに悪化させることにもなった。(中略)

(中略)国際エネルギー機関(IEA)の20年の報告書によれば、イランのエネルギー補助金総額は世界最高で、国内総生産(GDP)の4.7%に上る。

ロウハニ大統領が電力消費量を削減しようとしたにもかかわらず、公式統計によれば、イランの電力需要量は今年、猛烈な夏の暑さも手伝い約6万6000メガワットという記録的な水準に急上昇した。一方で電力生産量は5万5000メガワットしかない。

電力業界最大の非政府組織(NGO)であるイラン電気事業連合会の研究部門副代表アリレザ・アサディ氏は「ロウハニ大統領が前任者の政策である発電所建設にブレーキをかけ、代わりに電力消費量の上昇を抑えようとしたのは正しかった」と語る。「しかし、政府は電力消費量を減らすよう国民を説得するのに失敗した」

電力消費量は毎年平均5%上昇する一方で、生産量は年間3%しか伸びていないとアサディ氏は指摘する。同氏の試算によれば、莫大な補助金のおかげでイラン国内の消費者は実際の電力費用の15%、産業界は30%しか負担していない。

問われる補助金問題への対応
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が経済をさらに荒廃させているなか、イランは過去1年間、最も貧しい3割の国民に水道、電気、ガス料金を請求せず、革命の約束を果たしたと主張している。

このことは、さらなる経済的課題となって、補助金問題には取り組まないだろうとアナリストがみる次期大統領のライシ師にのしかかる。

アサディ氏は「恐らく(ライシ師の)次期政権は補助金削減に踏み込まずに、発電所を建設する政策に回帰するだろう」と予想する。「どの政権だろうと、電気料金を引き上げれば退陣するしかなくなる」(後略)【7月21日 日経】
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経済を立て直し、不満を和らげるためには制裁解除がどうしても欲しい、しかし、保守強硬派としての立場、あるいは議会の政治圧力からすれば、これ以上の譲歩は難しい。

現ロウハニ政権が交渉を事実上停止したのも、「自分たちで責任取る形でやれよ!」という次期政権に対する思いかも。

更に、財政・経済立て直しには、本来は水道・電気・ガスなどへの補助金を削減し、コストを価格に反映させることで市場メカニズムを通じた需給バランスを回復することが必要ですが、国民に補助金削減を求めることもできない。

自由やSNS環境改善を求める女性や若者らの不満も、不用意に抑えつけると政府批判となって噴出します。

新大統領としても難しいかじ取りです。

なお、今回は触れませんでしたが、増加する新型コロナ感染、ワクチン接種の遅れという問題もあります。
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