孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク:アメリカ・トルコの介入強化に反発  シリア:トルコ、クルド人勢力、米ロのもつれた関係

2015-12-06 23:21:27 | 中東情勢

(シリア・アレッポ東部の空爆で破壊された住宅で暮らす家族。母親は「ヒーターも何もなく子供たちは体調を崩しているが、どこにも行く場所がない」と訴えた=2015年11月に赤十字国際委員会が撮影した映像より、同委員会提供 【12月5日 毎日】)

強化されるシリア空爆 その法的根拠
パリ同時多発テロ、シナイ半島におけるロシア機爆破と、欧米・ロシア各国は自国がテロの直接の対象になり始めたことで、シリアにおける「イスラム国」(IS)に対する空爆を開始・強化しています。

フランスはIS拠点への空爆強化のため、地中海東部に派遣した原子力空母シャルル・ドゴールが、11月23日から作戦を開始し、大幅に攻撃力が強化されています。

また、パリ同時多発テロ直後のラッカ空爆では、ラッカ住民20万人のライフラインである電気・水道施設も破壊したとのこと。

イギリス下院は2日夜、IS本拠地があるシリアへの空爆参加を求めた政府動議を賛成多数で可決。3日のロイター通信は、英政府筋の話として、英軍がシリア国内の目標に対してただちに初の空爆を実施したと報じています。

イギリス国内世論には迷いも見られます。今日ロンドンの地下鉄での事件を受けて、また変化が見られるかも。

“世論も揺れている。世論調査YouGov社によると11月24日時点で、シリアへの空爆拡大を支持する人は59%だったが、12月1日には48%に減った。同社は急激な支持率の変化を「議論が激しくなるにつれて、人々の心の奥底にあった軍事行動への疑問が頭をもたげたのではないか」と分析している。”【12月4日 朝日】

ドイツ連邦議会(下院)は4日、アメリカなどがシリアとイラクで行うISに対する空爆を支援するため、偵察機や艦船を出し、兵員最大1200人を派遣する計画を承認しました。軍は年明けにも現地で本格的な任務を開始する見通しとのこと。

ただ、ドイツはフランスなどのサポートということで、空爆は行わないようです。

ロシアの空爆は欧米に比べ、容赦のないものになっており、多数の民間人犠牲者が出ています。

ロシアが空爆対象としている反政府派支配地域には従来から政府軍も空爆を行っていますが、シリア政権軍の空爆では「政権軍の動向を監視する反体制派から、住民が持つ携帯用無線機に必ず警告が入った」のに対し、監視が及ばない基地から発進するロシア軍機空爆では事前の警告が入らないこともあって住民被害が拡大しているようです。【12月4日 朝日より】

****空爆「まるで無差別」 ロシア介入後に急増「シリアを逃れるしか****
シリアへの武力介入に慎重だった英軍が空爆に踏みきり、有志連合による過激派組織「イスラム国」(IS)に対する軍事介入は加速した。

一方でアサド政権を支えるロシアによる空爆はISにとどまらない。民間人の犠牲も多く出ており、空爆下の市民は恐怖におびえる。
 
「今の状態が続けば、空爆に遭わなくても、子どもも妻も私も心が壊れる。シリアを逃れるしかない」
11月末、トルコ南部ガジアンテップで記者が会ったフッサム・フセインさん(36)はシリア北部イドリブ県ガダファ出身だ。空爆の激化を受けて、家族でトルコに逃れることにした。(中略)

シリア北部イドリブ県キッリで外国メディアやNGOの助手として働くムスタファ・アイシャさん(31)によると、ロシアが空爆を始めた9月30日以降、反体制派の地域への空爆は、格段に強化されたという。

複数の戦闘機が複数回にわたって爆撃するのが特徴で、爆撃回数は急増した。
ロシア介入前は、戦闘機が1機で数発攻撃したり、ヘリコプターが殺傷力の高い「たる爆弾」を投下したりするもので、頻度も月に数回程度だった。

アイシャさんは、「そもそもイドリブ県にはほとんどISはいない」とした上で、「空爆地点を調べると、ロシア軍によると思われる空爆の多くは、ISではなく、自由シリア軍やヌスラ戦線の拠点を狙っている」という。

また「民間人を巻き込んだケースも目立つ。軍事施設と民間施設を区別しているかは疑問だ」と指摘した。

英国を拠点とする反体制派NGO「シリア人権監視団」は11月30日、9月30日以降のシリアでの空爆で、民間人485人を含む計1502人が死亡したと発表した。

民間人以外の内訳はIS戦闘員が419人、ヌスラ戦線や他の反体制派が598人。民間人には、女性47人と18歳未満の子ども117人が含まれるという。【12月5日 朝日】
********************

アサド政権を支援するロシアは、シリア政府からの要請に基づいて空爆を行っていますが、アサド政権と敵対する米仏等の国々は、内戦が激化したシリアでは軍事介入の明確な法的根拠を示せる合法的な政府が存在しないとの立場から、それぞれ国連憲章51条等の空爆の法的根拠を主張しています。

国連憲章51条は、国連加盟国に対して武力攻撃があった場合、安保理が必要な措置をとるまで、個別・集団的自衛権を認めています。

****シリア空爆を実施する主な国の法的根拠****
国名   空爆開始時期 法的根拠
米国   14年9月  国連憲章51条「個別・集団的自衛権」の行使
英国   15年12月  対IS国連安保理決議および国連憲章51条
フランス 15年9月  「自国へのテロ脅威」に対応する個別的自衛権の発動
トルコ  15年7月  兵士が銃撃され死亡したことの報復として決定
豪州   15年9月  国連憲章51条
ロシア  15年9月  アサド政権からの要請。11月に国連憲章51条を追加
【12月3日 毎日】
********************

イラク政府「いかなる国であっても、地上部隊を派遣するなら敵対行為」】
一方、イラクは“一応”合法的な政府が存在していますので、イラク空爆等の軍事介入はイラク政府が認めることが前提となるでしょう。

アメリカはイラク空爆開始にあたっては、米・イラク間の協定に基づくイラクからの要請と、クルド人自治区内の米国公館に対する脅威を排除するという自衛権を主張しています。
これまで地上軍派遣は否定してきたオバマ政権ですが、空爆だけでは十分な効果が得られない現状やIS対策の不十分さを批判する国内強硬論もあって、アメリカはイラクへの200人規模のIS幹部拘束などを目的とする急襲部隊を派遣することを決めています。

****なし崩しの関与拡大」否定=急襲部隊派遣、イラク戦略は不変―米****
アーネスト米大統領報道官は2日、過激派組織「イスラム国」掃討のためイラクに展開する米急襲部隊について、約200人にすぎず、「地上での持続的な戦闘活動」の準備を進めるわけではないと述べ、空爆とイラク政府軍支援を基軸とする現戦略は不変だと強調した。

米国では部隊派遣をめぐり、なし崩し的に米軍の地上戦関与が拡大すると懸念する声が上がっている。アーネスト氏はこれに関し記者会見で、200人という人数は10万人以上に達したかつての駐留米軍の規模とは対照的だと指摘した。

一方、米軍主導の有志連合司令部のウォレン報道官は急襲部隊について、兵員輸送に当たる航空機の操縦士ら支援要員を含め「恐らく100人程度か、それよりやや少ない人数になる」との見通しを示した。部隊規模は依然、流動的なもようだ。【12月3日 時事】 
*****************

アメリカ国内のなし崩し的に米軍の地上戦関与が拡大するとの懸念もさることながら、イラク政府が地上軍派遣に激しく反発しています。

****イラクへの地上部隊派遣、「敵対行為とみなす****
イラクのハイダル・アバディ首相は3日、どこの国であれイラク領内に地上部隊を派遣すれば「敵対行為」とみなすと警告した。イラクがこれまで外国に軍派遣を要請したことはないと述べている。

米国は、イラクとシリアで展開するイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」掃討作戦のため、100人規模の特殊部隊をイラクに派遣すると発表している。また、米上院ではイラクに駐留する米兵を3倍に増加する案を議員2人が提出している。

しかし、アバディ首相は声明で、イラクは「いかなる国であっても、地上部隊を派遣するなら敵対行為とみなし、これに基づいた対応をする」と述べた。

アバディ首相はこれまでもイラクに他国の地上部隊は必要ないと繰り返してきたが、はっきり断言したのは初めて。【12月4日 AFP】
*****************

アメリカがイラク政府への何の根回しもなく軍事介入にあたる地上軍派遣を公表するのも不思議な話ですから、表向きの反撥とは別の話もあるのかも。

一方、隣国トルコがモスル近郊で兵力を増強しており、これにもイラク政府は強く抗議しています。

****トルコ IS拠点の都市近郊で兵力増強か****
トルコ軍は、過激派組織IS=イスラミックステートの拠点であるイラク北部の都市、モスル近郊に数百人単位の部隊を新たに派遣し、事前に知らされていなかったイラク政府は、主権の侵害だとして強く反発しています。

トルコのダウトオール首相は5日、過激派組織ISの拠点とされるイラク第二の都市、モスルの北東30キロにあるトルコ軍の宿営地に、新たに軍を派遣したことを明らかにしました。部隊の規模は発表されていませんが、トルコのメディアは少なくとも600人の兵士と戦車20台が派遣されたと伝えています。

これについてダウトオール首相は、宿営地はISと戦うイラク側の義勇兵を訓練するため、イラク政府の了解のもと設置されていたもので、今回の派遣は通常の部隊運用の一環にすぎず、新たな地上作戦の準備ではないと説明しています。

一方、トルコのメディアは、今回の派兵はISに対する各国の軍事作戦が活発化するなか、ISの重要な拠点とされるモスルの近くにトルコの兵力を増やすことで、国際社会の中でトルコの発言力を高めることをねらったものだとの見方を伝えています。

これに対し、今回の動きを事前に知らされていなかったイラク政府は、トルコ軍の動きは主権の重大な侵害だとして強く反発しており、首都バグダッドに駐在するトルコ大使を呼び出して、派遣した部隊をトルコに戻すよう求めました。【12月6日 NHK】
*******************

複数のトルコメディアによれば、トルコ軍の派遣はイラク北部モスル近郊でクルド人自治政府の治安部隊ペシュメルガを訓練する目的とされており、トルコ側によると、訓練はISとの戦闘支援を目的に2~3年前から実施されており、今回の派遣は部隊交代だとのことです。【12月5日 日経より】

****イラク大統領、トルコ軍に撤退を要求 「許可なく侵入****
イラクのマスーム大統領は6日までに、トルコ軍が同国領内へ不法に侵入したとして、撤退を求める声明を出した。
マスーム大統領はトルコに対し、両国の関係を悪化させるような行為を繰り返さないよう求めるとも述べた。

トルコ軍部隊は、「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」支配下のイラク北部モスルから脱出したイスラム教スンニ派の元警官や軍元兵士らを対象に、ISISと戦うための訓練を支援してきた。

これに対してイラク首相府はフェイスブックを通し、トルコに即時撤退を要求。トルコ軍部隊は戦車や武器を携えて、イラク当局の許可なく領内に入ったと非難した。

しかしトルコが撤退に応じる気配はみられない。同国のアナトリア通信が4日、匿名のトルコ軍筋の話として伝えたところによると、軍はモスル近郊バシカへ約150人の交代部隊を派遣したばかり。同時に20~25台の戦車も送り込まれたという。

トルコ当局は5日、イラク北部での活動を拡大させるつもりはないと主張した。
トルコのダウトオール首相はテレビ演説で、トルコがISISに対する地上作戦の準備を進めているとの報道を否定。バシカに設置されているのはテロと戦う地元志願兵の訓練施設だと強調した。【12月6日 CNN】
*******************

イラクからすれば、アメリカもトルコもひとの国で勝手なことを・・・という話でしょう。
なお、トルコが領空侵犯として撃墜したロシア爆撃機の侵犯時間はトルコ側によると17秒(アメリカの説明では数秒)だったとのことです。

トルコとクルド自治政府、PKKの入り組んだ関係
個人的に興味深いのは、トルコがクルド自治政府の治安部隊ペシュメルガを訓練していることです。

周知のように、トルコはクルド人反政府武装勢力PKKを敵視攻撃しています。シリアにあってはPKKと組織的につながるクルド人武装組織「人民防衛隊(YPG)」とも敵対しています。

クルド人勢力といっても、一枚岩ではなく、トルコとの関係も異なります。
イラクのクルド自治政府にはKDP(クルド民主党)とPUK(クルディスタン愛国同盟)の二大勢力がありますが、KDP党首のマスード・バルザーニが現在のクルディスタン自治政府の議長(リーダー)を務めています。

“クルディスタン自治区で産出される原油は、すべてイラク北部のパイプラインによりトルコを経由して輸送されることになります。このため、クルディスタン自治区はトルコとの関係を重視せざるを得ず、友好的な関係を保っています。結果として、トルコと敵対するPKKとの関係はうまくいきません。”【8月5日 The Gucci Post】ということで、クルド自治政府、特にKDPはトルコは近く、同じクルド人組織PKKとは不仲です。

しかし、KDPのライバルPUKはPKKに近い・・・ということで、トルコとクルド人組織の関係は複雑です。
また、“不仲”とは言いつつも、状況によっては“クルド人としての大義”が優先することもあり得ます。

シリアではアメリカなど有志国連合にとって、頼れる唯一の地上軍がPKKとつながるクルド人勢力YPGであり、YPGの攻勢でISに圧力をかけてきたところですが、その関係もトルコの思惑もあって変化しているようです。

*****<シリアIS空爆>有志国連合、露、アサド政権・・・続く混戦****
・・・・(有志国連合の)連携相手となってきた少数民族クルド系武装組織「人民防衛隊(YPG)」との関係にも最近、影が差している。7月に空爆に加わったトルコは、シリアとの国境地帯でYPGの勢力が広がり、国内でクルド独立運動が高まるのを警戒。米国もトルコへの配慮からYPGに対する武器供与を停止した。

こうした動きに対抗してYPGは、アサド政権を支援するため9月に空爆を始めたロシアと接近し、武器提供などを要請した。有志国連合とYPGの連携関係は今も続いているが、YPGの対露接近は情勢を複雑化させている。(後略)【12月3日 毎日】
*******************

トルコがロシア軍機を撃墜した背景にも、このトルコとクルド人勢力YPGの敵対関係、YPGとロシアの接近があると指摘されています。

****<露軍機撃墜>トルコ、クルド系対応が遠因****
・・・・トルコが警戒するのは、ロシアの支援を受けたYPGがトルコ国境沿いの全域を掌握し、クルド人国家独立の動きを強めることだ。

このため、YPGが掌握できていない東西約100キロの地域は、トルコにとって戦略的要衝となる。YPGやISが支配すれば「脅威」となるが、ラタキアやアレッポに拠点を持つ親トルコのトルクメン人やシリアの穏健派反政府勢力が掌握すれば、シリアとの間の「緩衝地帯」になる。

トルコは今年7月、有志国連合の対IS作戦に参加する事実上の「条件」として、この一帯を「安全地帯」などとして共同防衛することを米国などに要請した。

地元メディアによると、有志国連合とトルコは8月中旬、IS勢力排除のための空爆支援などを行うことに合意。YPGが「安全地帯」の中に進出した場合にはトルコが攻撃することを認めるという密約も交わされたと報じられている。

「安全地帯」の西端のアザズは現在、別の反体制派が支配的で、東端のジャラブルスはISが支配している。

有志国連合やトルコは、この安全地帯をトルクメン人らに支配させることを想定していたとされるが、その居住区であるシリア北部にも最近、ロシアとシリアの両軍が空爆を強化。難民約2000人がトルコ側に押し寄せていた。【12月1日 毎日】
******************

第一に優先すべきもの
複雑に絡み合った糸のようなシリア情勢ですが、激しさを増す空爆・戦闘のなかで住民が行き場を失っています。
関係国・勢力の入り組んだ関係もさることながら、こうした住民の危機的状況をまず第一に考える必要があります。

****<シリア>「行く場所がない」街にも心にも暖かな場がない****
赤十字国際委員会(ICRC、本部・スイス)は3日、本格的な冬が近づく内戦下のシリアで暮らす人々の映像を公開した。

映像は11月にシリア北部のアレッポと首都ダマスカスで撮影。燃やして暖を取るためのごみを集める子供たち、空爆で廃虚となった住宅での生活の様子などが記録されている。

アレッポの最前線近くで子供たちと暮らす女性は「冬の到来を心配している。私たちにはヒーターも何もない。ここを離れたいが、どこにも行く場所がない」と話す。

また、アレッポ西部の避難所で暮らす老人は「2、3日前から自分が死に近づいていると感じる。(冬が来たら)寒さで凍死してしまう。ここには人間らしい生活はない。墓の中の方がましだ」と訴えた。

ICRCの担当者は「シリアの人道的状況は壊滅的で日ごとに悪化している。厳しい冬を控え、凍えるような寒さだが、住民は何の備えもない。危機的な状況だ」と語った。【12月5日 毎日】
******************

コメント (1)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« スリランカ 期待されるシリ... | トップ | リビア  再び統一政府樹立... »
最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
都合の良い筋書きだ (独善)
2015-12-07 21:46:09
朝日の記者はどのような経路でシリアに入ったのか。

もし欧米経由で反体制派側から取材したのであれば、
彼らにとって都合の良い情報だけを掴まされるであろう。

また、トルコの野党は、現政権がISを支援していると批判
しているが、石油密売の件ついていはどのように説明するのか。

トルコは、イスラム国が台頭する以前から反体制派を支援してきた。

そして、欧米やトルコの支援してきた反体制派から多くの人員が、
イスラム国やアルカイダ系組織に流れ吸収されている。

どのような理由であれ、彼らの行為は不当な内政干渉であろう。
国際法上、正当化できる根拠などないはずである。
返信する

コメントを投稿

中東情勢」カテゴリの最新記事