孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド “民主主義が機能している”ことを示したが、選挙結果は“民主主義が病んでいる”証かも

2024-06-06 22:58:24 | 南アジア(インド)

(インドではここ数年で数百万人が農業の仕事に戻った 【6月4日 WSJ】)

【圧勝オーラ全開のモディ首相を止めた今回選挙結果は、“インド民主主義はまだ機能している”ことを示した】
圧勝が(ほぼ確実視・・・と言っていいぐらいに)予想されていたモディ首相率いる与党・インド人民党が議席を減らし、単独では過半数に達しないという結果になったインド総選挙の結果は周知のところです。

私個人も「経済・外交実績アピールと国民多数派の宗教感情をくすぐる強烈なヒンズー至上主義で、モディ与党が圧勝するのだろう・・・」と単純に考えていましたが、その不見識を棚に上げて言えば、選挙というのはやってみないと分からないと言うか、先進国以外での「事前予測」とか「出口調査」というのは怪しいところがある・・・・という感じも。

結論から先に言えば、5月13日ブログ“インドの民主主義は病んでいる  「世界最大の選挙」を実施中も、その民主主義には疑念も”などでも再三インドの民主主義への疑念を示してきましたが、今回選挙結果ははからずも“インド民主主義はまだ機能している”こと、圧勝オーラ全開のモディ首相の言いなりには国民は動かないことを示すものと言えます。

与党連合では過半数を制していますので「敗北」という訳ではありませんが(実際、モディ首相は「勝利宣言」をしています)、与党が予想された数字とは異なる議席減になった結果については、「失業」や「物価」など経済への不満が、成長の恩恵が十分に及んでいない貧困層において強かったことが各紙で指摘されています。

****<14億の選択>インド総選挙で野党躍進「モディ氏の政治的敗北」 3期目、人気陰り****
インド下院の総選挙は5日、全議席が確定した。モディ首相が率いる与党インド人民党(BJP)は、小選挙区543議席のうち240議席にとどまり、単独過半数を割り込んだ。

与党連合全体としては過半数を確保したものの、モディ氏の圧倒的な人気に陰りが見え、3期目の政権運営は軌道修正を迫られることになりそうだ。

「(与党連合の)3期目が決まったのは明らかだ」。モディ氏は4日夜、BJP本部で支持者を前にこう語り、勝利宣言した。しかし、州別では国内最多の2億人を抱える大票田の北部ウッタルプラデシュ州で議席を半減させるなど、圧勝した2019年の前回選より60議席以上減らした。

地元メディアによると、与党連合全体では290議席超だった。モディ氏が約30分の演説で大幅な議席減に言及することはなかった。

一方、前回の52議席から99議席に躍進した最大野党・国民会議派のカルゲ総裁は記者会見で「国民はモディ氏に負託を与えなかった。これは彼の政治的な敗北だ」と述べた。選挙協力した地域政党の伸長も目立ち、野党連合では下院議席全体の4割を占めた。

インドは23年度の国内総生産(GDP)の成長率が8%を超えるなど高い経済成長を続ける一方、若者の失業は深刻で、増え続ける労働力人口に見合った雇用を創出できていない。

国際通貨基金(IMF)によると、23年の1人当たりGDPは中国の約5分の1にあたる2500ドル(約39万円)にとどまった。IT産業などに従事する高所得者はごく一部で、労働力人口の半数近くを占める農業や関連産業に従事する人々からは生活苦を嘆く声が上がる。

 ◇ヒンズー至上主義的な政策導入は難しく
ヒンズー至上主義団体を支持母体とするモディ政権は、人口の約8割を占めるヒンズー教徒の宗教感情に訴える政策を相次いで打ち出したが、経済的な不満を抑え込むには至らなかった。

象徴的なのが、ウッタルプラデシュ州アヨディヤを含む選挙区の結果だ。今年1月、ヒンズー教徒とイスラム教徒が所有権を争ってきたモスク(イスラム教礼拝所)跡地にヒンズー教寺院が開設され、BJPは長年の公約を実現して支持を固めたはずだった。

ところが直近2回の選挙で当選した現職は、ヒンズー教徒の下位カーストやイスラム教徒を支持基盤とする地域政党の候補に敗れた。この政党は改選前の7倍超の議席を獲得した。

複数の識者によると、与党連合が大勝すれば、低い地位のカースト集団に対する優遇措置が廃止されるとの警戒感が広がったという。地元の政治ジャーナリスト、サンジーブ・アチャリヤ氏は「野党側は、与党が議席を伸ばせば憲法が改正されると訴えた」と指摘。憲法は教育や就労の際、下位カーストの人らが一定の割合で優先されるとしており「与党は否定したものの、優遇措置がなくなることを恐れた人々が野党支持に回った」と説明する。

3期目に入るモディ政権は、これまでとは一転して大きな野党と対峙(たいじ)することになる。「与党は今後、地域政党の声に耳を傾けることが求められ、思い通りに法案を通すことはできなくなる」(アチャリヤ氏)。与野党で方向性に大差がない経済や外交面での影響は限られるが、ヒンズー至上主義的な政策の導入は難しくなるとみられる。【6月5日 毎日】
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“モディ、3期目”について言えば、野党側も政権奪取を目指すとしており、与党インド人民党(BJP)と連立を組む与党第2党テルグ・デサム党(16議席)、第3党ジャナタダル統一派(12議席)の動向次第というところです。まあ、順当に行けば与党連合を維持して“モディ、3期目”なのでしょう。最大野党「国民会議派」も無理な数合わせて政権をつかんでも、あまりいいことはないかも。

【モディ首相が「成長」を誇る一方で、「失業」「物価」に苦しむ貧困層】
“モディ政権が発足した2014年に世界10位前後だった経済規模は5位にまで上昇。23年度の実質国内総生産(GDP)の伸び率は前年度比8・2%で、世界屈指の高い経済成長を維持した。”【6月4日 産経】というモディ首相が誇る経済成長ですが、やや内実が伴っていないところもありました。

****経済成長も高失業率****
一方、国内で成長の実感は乏しい。地元誌が今年2月に実施した「インドが直面する課題」を問う調査では、「失業」と「物価高騰」が1位、2位を占めた。

特に失業率の高さは深刻だ。地元政策研究機関は、22年度のインドの失業率は7・5%で、15〜24歳の若者に限ると45%に達すると指摘した。22年にインド国鉄が3万5千人の募集を行ったところ、1250万人が応募する異常事態となった。

モディ氏が選挙戦でイスラム教徒を「侵略者」と呼んで、8割を占めるヒンズー教徒の支持を固めようとしたのは、経済面の不満から目をそらすためでもあった。

ただ、成長の果実を享受できない有権者の不満は確実に高まっており、与党連合の勢いをくじいた。

ヒンズー教徒を優遇するモディ政権は、3月には隣国からの移民に市民権を与える「市民権改正法」を施行したが、イスラム教徒を対象外とした。国内で広がる宗教的分断もBJPへの反発につながっている。【6月4日 産経】
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モディ政権が誇る成長の数字も、やや水増し的なところがあったようです。また、そうした数字に反映されない実態も。

****高成長インド経済、GDPに映らない実態****
一部指標に弱さが見られる中、エコノミストは経済の実際の強さを知りたがっている

インドの今年の経済成長率は主要国で最も高くなりそうだが、公式の数字だけでは実態は見えてこないとエコノミストは指摘する。

インドの昨年度(今年3月まで)の国内総生産(GDP)は速報値で前年度比8%以上の伸びを示した。インフラへの公共支出やサービス・製造業の伸びがけん引した。これは中国の成長率(約5%)を大きく上回る強さで、ナレンドラ・モディ首相が目指す2047年までの先進国入りに追い風となる。

ただ、インドのGDP算出方法では、成長の強さが実際より大きくなる可能性がある。公式統計に含まれない巨大な非公式経済の弱さを十分に反映してないことが一因だ。また民間消費や投資などの指標も軟調で、企業は法人税が引き下げられたにもかかわらず、事業拡張に資金を投じていないようだ。

ピーターソン国際経済研究所の上級研究員で元モディ政権首席経済顧問のアルビンド・スブラマニアン氏は、「もし人々が経済に対して楽観的なら、もっと投資して消費するだろう。実際にはどちらも起きていない」と指摘した。

GDPの内訳で最大の民間消費は4%増にとどまり、新型コロナウイルス流行前の水準に戻っていない。エコノミストによると、もし政府がコロナ下で始めた大規模な食料支給プログラムを続けていなかったら、もっと弱い数字だったかもしれない。

問題の一因はコロナを経たインドの現状だ。大手企業や公式経済の労働者はおおむね順調だが、国民の大半は非公式経済や農業に従事し、その多くが職を失った。

政府発表の昨年の失業率は約3%だが、調査会社インド経済モニタリングセンターによると、昨年度の失業率は8%だった。(中略)

エコノミストによると、非公式部門はこの10年でショックを3回経験した。16年の脱税対策の高額紙幣廃止で国内の紙幣の90%が価値を失い、翌年の税制改正で小規模企業の事務負担と経費が増え、さらにコロナ禍に見舞われた。

その結果、都市部で雇用が悪化し、この数年で数百万人が農業の仕事に戻った。
鉄道の月間利用者数の回復が弱いことは、人流が完全には戻っていないことを示している。ANZリサーチのエコノミスト、ディラジ・ニム氏はこう指摘し、「おそらく農場は今も過密状態だろう」と述べた。

インドのGDPは、公式部門の企業の指標を使って非公式部門の活動状況を推計するため、非公式部門に残っている弱さを把握しきれない。その結果、政府が十分な経済対策を打てなければ、問題が生じかねない。

「間違いなく、インドのさまざまな経済指標は公式のGDPとはやや異なる方向を向いている。だがそれはインドに限ったことではない」。ガベカル・リサーチの新興国市場シニアアナリスト、ウディス・シカンド氏はこう話し、「それよりも重要なのは、統計の不正確さが体系的かつ広範囲に及び、経済政策当局の判断を鈍らせているかどうかだ」と述べた。(中略)

算出方法の変更もおそらく影響している。インドは15年に時価で算出するGDPに移行し、これを物価変動の影響で調整して実質GDPを算出するようになった。これで経済を計測する精度が向上すると思われた。

だがインドの調整方法では、商品(コモディティー)価格が下落する一方で他の物価が高止まりしていた場合、GDP成長率が実際より大きくなる可能性があるとスブラマニアン氏は指摘する。これが原因で昨年度の成長率が実際より2ポイントほど高い数字だった可能性があるという。(中略)

一部の経済活動がコロナ禍の打撃から持ち直している兆しもある。(後略)【6月4日 WSJ】
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【投票行動を反映しなかった出口調査】
事前予測はともかく、出口調査とも大きく異なる結果になったことについては、以下のようにも。

****インド総選挙の出口調査、低所得者らの意向捉えられず=調査機関****
インド総選挙の出口調査では、社会的、経済的に下位とされる層の不満を正しく把握できず、与党への支持を過大評価していた可能性があることが分かった。

5つの調査のうち3つは、モディ首相のインド人民党(BJP)が2019年の303を上回る議席を獲得する可能性があり、ラフル・ガンジー氏の国民会議派が率いる野党連合が125─182議席を獲得すると予測していた。これを受けて、選挙結果発表を前に株式市場や通貨ルピーは上昇した。(中略)

調査会社アクシス・マイ・インディアのプラディープ・グプタ代表は、今回の調査では、合計170議席が争われたマハラシュトラなど複数の州の社会的下位の層の有権者の動向を捉えられなかったと説明した。これらの州ではBJPが19年と比較して45議席を失った。

グプタ氏は、こうした社会層では政治的見解の異なる関係者からの攻撃を恐れ、投票先を明らかにしない有権者が多いと指摘。多くの女性有権者が代理で回答を頼んだため、投票行動が誤って推定されたとも言及した。【6月6日 ロイター】
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【モディ首相・与党と民心にはズレが 批判を封じ込んできた結果民心が政権に届かなくなっているなら、“インドの民主主義は病んでいる”ことを示した選挙結果とも】
総じて言えば、成長の成果を誇り、ヒンズー至上主義で多数派ヒンズー教徒の歓心を買おうとするモディ首相・与党と民心にはズレがあったようです。

****インドのモディ首相、3期目維持も離れた民心****
与党BJPは単独過半数割れ

インドのナレンドラ・モディ首相は3期目を維持しようとしているが、同国の有権者はヒンズー至上主義者のモディ氏に圧倒的な過半数を与えず、大きく背を向けた。国民の間では高い失業率やインフレへの不満が高まっていた。(中略)

今回の結果によって、モディ氏の無敵オーラは崩れ去ったと政治専門家は指摘する。73歳の同氏は長年、自身のカリスマ性に頼って有権者を引きつけてきた。今回の選挙に至るまで何カ月にもわたり、全国各地で大々的に活動してきた。

印シンクタンク、オブザーバー研究財団(ORF)系の政治アナリスト、ラシード・キドワイ氏は「選挙結果はモディ・ブランドが弱体化したことを示している」と指摘。「これは大きな敗北だ」と述べた。(中略)

モディ氏はヒンズー教の国としてのアイデンティティーを前面に押し出してきた。インドの宗教的少数派では最大勢力のイスラム教徒は、ヒンズー教のナショナリスト的な考えがより顕著になる中で、自分たちが政治的に無視されており、暴力の標的にされることがあると訴えている。

しかし、ヒンズー至上主義的なモディ氏の支持基盤を奮い立たせようとする試みは、ウッタルプラデシュ州では失敗に終わった。インドで最も人口が多く、政治的な動向を見る上で注目される同州では、野党が獲得した議席数の合計がBJPの議席数を上回った。BJPの議席数は、2019年総選挙での62議席から30議席前半へと大きく減少した。

政治専門家によれば、多くの人々が経済問題に不満を抱え、票を投じたとみられる。一部の有権者は、インドのイメージにある「ズレ」を問題視している。

派手で裕福な有力者が住む世界的な経済大国としてのイメージと、何億人もの人々が暗い雇用の見通しと物価高に直面し、政府が提供する無償の食糧配給制度に頼らざるを得ない状況に置かれているというイメージとのズレだ。

ウッタルプラデシュ州出身のモハンマド・アハメドさん(42)は、農場での日雇い労働の仕事を求める他の多くの人たちと共に、村の主要な交差点に立っていると語った。この6年間でそうした人の数は10倍に増えたという。

「モディ氏は無料で食料を配ってくれたが、仕事は与えてくれなかった」とアハメドさんは言う。「モディ政権下の10年で富裕層はより大きな力を得たが、貧困層は一層無力になった」

今回の選挙では、アハメドさんは野党の国民会議派に投票した。「以前はモディ氏のことを父親のように思っていたが、彼は私たちを失望させた」

公共政策の専門家ヤミニ・アイヤル氏によると、ウッタルプラデシュ州はヒンズー至上主義の実験場となってきたため、同州での選挙結果は特に潮流の変化を物語っている。

アイヤル氏は「人々の日々の暮らしに関わる失業やインフレといった問題は重視される」と指摘。インドを2047年までに先進国に変えるとの公約を掲げた選挙活動を通じて、モディ氏が意図せずにこうした問題を鮮明にしてしまった可能性があると語った。

また宗教面では、人々は「ヒンズー至上主義が唯一の選択肢として提示されてきたことにうんざりしていた」と同氏は述べた。

隣接するマディヤプラデシュ州で農業に従事するデビ・シン・マルビヤさん(34)は、BJPは一般市民の関心事である日々の生計に関する問題を解決するのではなく、世界でのインドの成功を言い立てることに熱心過ぎると語った。マルビヤさんは、過去の国政選挙ではBJPを支持してきたが、投票先を野党に変えたという。

マルビヤさんは村人の多くが同じように投票したと考えている。「BJP主導の政権は今ある問題に焦点を合わせていない。代わりに、2047年に向けた目標を掲げている。この10年で上がったのは失業率と物価だ」

モディ政権が権力を利用して批判を抑え込んだことで、多くのインド人が直面している経済的な不安を深いところまで理解できなくなっていた可能性があると、政治専門家は指摘する。

報道機関や市民団体は税務調査や捜査を受けている。国民会議派は選挙を前に税回収措置を受けることが増え、別の野党の党首アルビンド・ケジリワル氏は汚職容疑で逮捕された。汚職の追及において、捜査当局は適正な手続きを踏んでいると政府は主張している。

インドを専門とする英オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院のマヤ・チューダー准教授(政治学)は、政府が反対意見を封じると、選挙の時しか一般市民の考えは届かないと指摘する。

野党の躍進は、国民会議派の「顔」であるラフル・ガンジー氏による草の根運動が大きいと政治専門家は評価する。ガンジー氏は近年、国内を徒歩で巡って一般市民と接し、雇用促進と社会分断の緩和を演説で訴えてきた。

ガンジー氏はまた、BJPが3分の2の過半数(当初同党が獲得見込みだとしていた数)を獲得した場合、同党は政府機関や大学への少数派の就職・入学枠を保証するアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)の廃止など、憲法を劇的に変える可能性があると警告していた。【6月5日 WSJ】
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モディ政権が権力を利用して批判・反対意見を抑え込んできた結果、一般市民の考えが政権に届かなくなってしまっているとしたら、単に政策レベルの問題を超えて、モディ政権、さらにインド社会にとって事態は深刻です。

冒頭で、今回選挙結果ははからずも“インド民主主義はまだ機能している”ことを示したとも書きましたが、上記視点から言えば、今回結果自体が“インドの民主主義は病んでいる”ことを示しているという見方もできます。
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