孤帆の遠影碧空に尽き

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タイ  6月に上院改選 改選内容・改選後の動きに対する軍部の対応は? 混乱の可能性も

2024-05-11 23:27:34 | 東南アジア

(23年7月、「前進党」ピタ-党首の首相選出を阻んだ上院に抗議する前進党の支持者=ロイター【5月10日 日経】)

【現行の軍部任命上院が任期満了で、職業や専門分野別の立候補者の互選方式による改選】
タイでは軍部が任命する議員で構成される上院が、民主派勢力の議会での勢力拡大にブレーキをかけて、軍部主導の政治を維持する装置となっていました。

実際に、先の総選挙で第一党となった王制改革を掲げる革新的な「前進党」は、上院が軍部に掌握されている状況で政権獲得を阻まれることにもなりました。

その上院が任期満了となり、新たな互選方式で改選されます。

****軍任命のタイ上院、任期満了 新選出方式は業種別互選*****
タイ上院議員の任期が満了し、新たな方式での選出手続きの実施が11日、官報で公表された。

2014年のクーデターで軍が実権を握ったタイは19年に民政移管したが、上院議員は軍が任命しており、首相指名選挙などで影響力を保っていた。

新方式は職業や専門分野別に立候補を受け付けて互選で実施、結果は7月ごろまでに判明する見込み。
新方式でも国民に直接投票の機会はないが、定数250を200に削減。上下両院で実施していた首相指名選挙への上院の参加権を廃止する。【5月11日 共同】
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どうして軍部は権力の基盤ともなっていた上院を手放すようなことになったのか?

【軍事政権下の2017年憲法と、その2017年憲法に定められた新たな上院の仕組み】
今回の上院改選は、軍事政権下の2017年憲法の規定によるものです。

そこで、タイの2017年憲法制定に至る経緯を振り返ると以下のようにも。当時はタクシン派と反タクシン派の対立で政治が混乱しており、クーデターで権力を掌握した軍部は、将来的な民政移管を前提としつつ、タクシン派の権力獲得を阻止することを狙っていました。

****2017年憲法の起草過程と議会・選挙制度****
(中略)1990年代の民主化政治改革運動を背景に制定された1997年憲法は,タイで最も民主的な憲法といわれた。

しかしながら,2006年クーデタで追放されたタクシン元首相を支持するタクシン派と反タクシン派との対立が顕在化するなか,反タクシン派は,タクシン派の政党が台頭した背景に1997年憲法の議会・選挙制度があるとみて,その見直しを求めた。

2006年クーデタ後に制定された2007年憲法には反タクシン派の主張が反映されたにもかかわらず,2008年および 2011年の総選挙におけるタクシン派政党の勝利を阻止できなかった。

2014年クーデタで再びタクシン派を政権から引きずり下ろした対抗勢力は,2017年憲法で議会・選挙制度のさらなる変更を試みた。  

他方,2014年クーデタ以降のタイ政治においては,タクシン派と反タクシン派との対立軸に加えて,軍事政権の長期化とそれに対する反発という構図も鮮明になってきた。

2014年クーデタによって権力を掌握したプラユット政権は,政治安定のため国家改革の必要性を主張し,軍事政権を維持するための制度を2017年憲法にも盛り込ませた。(後略)【2020年 JETRO 今泉慎也氏 「タイ2019年総選挙 : 軍事政権の統括と新政権の展望」】
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こうした経緯で軍事政権によって制定された2017年憲法は、民政移管後の上院の在り方を規定しています。

****公選制から非公選へ逆戻りした上院****
2017年憲法の特徴として最も注目すべきは上院である。

タイにおいては1946年の憲法で下院と上院の二院制が採用されたが,1991年憲法までは,上院議員はすべて国王によって任命された。上院議員には軍・警察を含む官僚出身者が多く含まれていた。

1990年代の憲法改革においては,上院議員を選挙で選ぶことの是非が最大の争点のひとつであった。多くの論争の末,1997年憲法において,上院議員は完全に公選とされた。

憲法起草過程において上院に党派政治が浸透することへの強い危惧が表明されたことから,上院議員の資格要件として政党へ所属してはならないことが明記された。

しかしながら,実際の上院議員選挙では政党との関係が深い議員が多く含まれ,党派性を払拭するという意図は十分に果たされなかった。  

この経緯をふまえ,つぎの2007年憲法は上院議員150人のうち76人を公選(県を選挙区とし,各選挙区議員1人を選挙。なお,後に県の数が増えて77人),残りを「選出」(selection)するとした。

この「選出」という語が,上院議員について用いられたのは2007年憲法からで,従来の憲法における国王による「任命」とは異なることを強調する。(中略)

この上院議員の選出は,2007年憲法によって設置される上院議員選出委員会によって行われる(2007年憲法第113条)。同委員会は,憲法裁判所長官,オンブズマン長,国家汚職防止摘発委員会委員長,国家会計委員会委員長,最高裁判所裁判官(裁判官会議が委任),最高行政裁判所裁判官(裁判官会議で委任)によって構成される(第113条)。

選出委員会は,選挙委員会が,学術,公共,民間,職業およびその他の5つのセクターからまとめた名簿のなかから上院議員を選出する。(中略)

2017年憲法はさらに踏み込んで,上院議員をすべて非公選に戻してしまった。そして,その選出方法として,候補者による「互選」という新たな手法を導入した。 

被選挙権を有する者はすべて行政,司法,農民,産業,公衆衛生,女性,高齢者・障害者などの10のグループに分けられ,いずれかのグループから誰でも立候補することが認められる。

選出は,各グループの代表から選出された候補者の互選による。つまり候補者が自分以外の者に投票することによって選出される。

まず郡レベルで候補者のなかから選出が行われ,各郡で選出された者のなかから県レベルの候補者が選出される。最終的には,全国レベルで上院議員200人が選出されるというものである(一連のプロセスは選挙委員会によって管理される)。  

しかしながら,憲法の経過規定により,最初の上院議員は,この方式ではなく,NCPO選出の250人が国王により任命された(部分的には上記の互選方式も実施)。(後略)【同上】
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上記のように、2017年憲法では、国民一般の公選ではなく、職業や専門分野別の立候補者の互選を郡・県・全国レベルの三段階で行う方式になっていますが、経過措置的に最初の上院議員は軍事政権が選出した者を国王が任命することとなっていました。

その最初の経過措置的な上院議員の任期が満了し、2017年憲法が規定する「互選」による選挙が今般初めて行われる・・・ということです。

【改選でどのような政治勢力が伸張するのか、予想される前進党解党命令と世論反発・・・軍部の対応は波乱含み】
軍事政権としては、上記のような互選制度によって、民政移管を前提としつつもタクシン派などの拡大を阻止できると考えたのでしょう。

現在は、軍部とタクシン派は大連立を組むという、当時では考えられない状況になっていますが、タクシン派以上の脅威として、革新的な「前進党」が拡大しました。

そこで、選出規則では「前進党」を支持する若者らが多用するSNSの選挙利用を規制する措置なども定められています。

ただ、実際どのような者が選出されるのか、軍部が警戒するような民主派勢力が拡大するのか・・・不透明で、選出過程に対する軍部の干渉も懸念されます。

そうした事情もあって、スムーズに上院改選が進行するのかどうか危ぶまれてもいます。

****タイ、政情再混乱の懸念 国軍影響下の上院が任期満了****
(中略)
民政移管に向けて17年に制定された憲法の規定により、上院は今回の任期満了に伴い投票権を失う。

今後は下院だけの投票で首相選出が可能となる。前進党と貢献党は23年の総選挙後に連立を模索したものの頓挫した経緯がある。両党が再び手を組めば下院過半数となり、親軍政党を排除して新政権を樹立できる。

17年制定の憲法下で初となる上院選の結果次第では、国軍の政治への影響力はさらに弱まる。新議員は農業や教育などの職業団体から選出される。6月から選挙が始まり、7月初旬にも正式結果が公表される見通しだ。

こうした不利な状況に直面する国軍は民主派への圧力を強めている。上院が人事への拒否権を持つ憲法裁判所や選挙管理委員会は、民主派が不利となる判断を連発してきた。

憲法裁は1月末、前進党が23年の総選挙で王室に関する不敬罪の改正を公約に掲げたことを違憲と判断した。

6月後半から7月ごろに解党命令を出すとの見方もある。バンコクの外交筋は「国軍は民主派を弱体化させる最適なタイミングとして上院選の投票終了後を狙っている」と指摘する。

選管は4月下旬に公表した上院選の手続き規則で、候補者の個人情報をSNSなどで公開することを禁じた。SNSを通じて若者からの支持を伸ばした前進党を標的にしたとみられる。

上院選の手続きがスムーズに運ぶかも不透明だ。法政大の浅見靖仁教授は「上院選のルールは不明瞭な点が多い」と指摘する。国軍を中心とする保守派が規則を都合よく適用し、民主派の候補者が当選しても当選無効の訴えが相次ぐ可能性があるという。

タイでは1932年の立憲革命以降に軍事クーデターが未遂を含めて19回起きた。国軍は国内対立を収めることに主眼を置き、政治に関与し続けてきた。上院の任期満了により民主派が勢いづけば、国軍が強硬手段に動き、情勢が再び混乱する恐れもある。【5月10日 日経】
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今回選出される上院議員は首相選出に関与しないと憲法規定されていますので、タクシン派与党「貢献党」が「前進党」と再び手を組むと、軍部を排除した政権も可能になります。

その「前進党」については、憲法裁判所は4月3日解党の是非について審理を始めることを決めています。すでに今年1月には、2023年の総選挙で王室批判に厳罰を科す不敬罪の改正を公約に掲げたことが、立憲君主制の転覆をはかる憲法違反に当たる、と憲法裁は判断しており、この判断に基づき選挙管理委員会が解党を請求しています。

上院改選の動向、改選後の政局の動き、予想される「前進党」解党命令と世論の反発・・・こうしたものを睨んで軍部がどうのように動くのか波乱含みの状況です。
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