孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ総選挙に衝撃 タクシン派政党がウボンラット王女を首相候補擁立 にわかに波乱含みの展開に

2019-02-08 23:38:01 | 東南アジア

(ウボンラット王女 タイ王室の公式フェイスブックから【2月8日 newsclip.be】

【MITで理学士号(数学)、UCLAで教鞭、カンヌ映画祭に自作映画で参加、恋チュンで話題にも】
3月24日に予定されている民政復帰の出発点ともなるタイ総選挙ですが、今日午後、各メディアが一斉に報じている驚きのニュースが“ウボンラット王女”の話題です。

****タイ総選挙 “タクシン派”首相候補に王女 選挙戦に波乱**** 
3月24日に予定されるタイの総選挙で、軍事政権に対抗するタクシン元首相派政党の一つ「タイ国家維持党」は8日、ワチラロンコン国王の姉ウボンラット王女(67)を党の首相候補として選挙管理委員会に届け出た。

ウボンラット氏は米国人と結婚し王籍を離れたが、離婚後タイに戻り王族同様の扱いを受けている。国王のきょうだいが首相候補となるのは極めて異例。国民が王室を重視するなかで、ウボンラット氏の擁立は選挙戦に波乱を起こしそうだ。
 
ウボンラット氏は故プミポン前国王の長女としてスイスで生まれ、米国暮らしが長かった。昨年タイで大ヒットした「恋するフォーチュンクッキー」を音楽イベントで踊りながら歌うなど、親しみやすい人柄で知られる。

タクシン氏と関係が近いとされ、海外で共にサッカー観戦する写真がインターネット上に広まったこともあった。
 
国家維持党はタクシン派政党「タイ貢献党」から昨年分党した姉妹政党の一つ。貢献党も首相候補はいるが、選挙後はタクシン派政党などが連立し、ウボンラット氏を擁立して首相選出に臨むとみられる。
 
一方、親軍政政党「国民国家の力党」もプラユット暫定首相がこの日、首相候補になることを了承したため選管に届け出た。選管は各党候補の資格を審査し、15日に発表する。【2月8日 毎日】
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タイ王室に関しては、皇太子時代の素行の評判が芳しくなかったワチラロンコン国王はもともと軍主流派とはそりが合わず、軍主流派はできれば国民的人気が高いシリントーン王女(国王の妹)を即位させたかった・・・とも言われていたように、“シリントーン王女”については、プミポン前国王逝去時にいろいろ話題になりました。

ただ、ウボンラット王女(国王の姉)は上記記事にもあるように王籍を離れていることもあって、話題になることはありませんでした。

とりあえず、ウィキペディアで調べると、ウボンラット王女は単に現国王の姉というだけでなく、また、上記記事にもある「恋するフォーチュンクッキー」絡みで紹介される親しみやすい人柄だけでもなく、アメリカUCLAで教鞭をとるような知性を有する方のようです。

****ウボンラット王女****
タイ王国君主ラーマ9世とシリキット王妃の長女。外国人と結婚したため、王族籍は消滅したが、離婚したため、王族籍は戻っていないものの王族的な扱いを受けている。(中略)

略歴
ウボンラッタナはラーマ9世の長女としてスイス、ローザンヌで誕生。少女時代には父親と共にヨットレースに出場するなどスポーツ好きであった。姉弟妹の中でも特に成績優秀でマサチューセッツ工科大学(MIT)に留学している。

MIT在学中に知り合ったピーター・ラッド・ジェンセン(アメリカ人)と結婚したことにより王族籍が剥奪される(王室典範によるもの)。

MITで理学士号(数学)を取得後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で公衆衛生学の修士号を取得し、同校で数年間教鞭をとる。ピーターとの間には3人の子供をもうけた。

1998年には離婚しタイへ帰国。現在では、ラーマ9世の外戚として王族に準じた扱いを受けている。

2018年5月に若者向けの音楽ライブで「恋するフォーチュンクッキー」のタイ語カバー曲を歌を披露した。(後略)
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また、検索すると、自著をもとに脚本も手掛け、出演もしている映画『Where The Miracle Happens』の宣伝のため、2008年のカンヌ国際映画祭に出席したとか。

スポーツ好きで、MITで理学士号(数学)を取得、UCLAで公衆衛生学を学び教鞭もとる、映画もつくれば、若者向け音楽を歌い踊る、しかも全国民から敬愛された前国王の長女で、現国王の姉・・・・これ以上の人物はタイ中探しても見当たらないでしょう。(もちろん、表記された事柄以上のことは、王女についてはまったく知りませんが)

上記の略歴からすると、欧米的価値観にもなじんでおり、軍事政権の価値観(女性についていえば、伝統的“良妻賢母”のイメージでしょうか)とはやはり異なる人生観・世界観の持主のようにも推測されます。

その意味では、軍事政権に対抗するタクシン派政党の首相候補というのも納得がいくところです。

【奇策が続くタクシン派「国家維持党」】
それにしても国家維持党も、とんでもない“隠し玉”を用意していたようです。
そもそも、この国家維持党という政党も、(つい最近の下記記事以外では)今まで聞くことのなかった政党です。

軍事政権と政権をめぐって総選挙で激しく争うタクシン派政党というと、「タイ貢献党」ですが、国外居住のタクシン前首相に支配されているとして解党を命じられるリスクを背負っています。

****タイ、タクシン派解党の恐れ 選管が調査開始****
タイのプラウィット副首相兼国防相は22日、タクシン元首相を支持するタイ貢献党に対するタクシン氏の影響力を調査するよう選挙管理委員会に要請した。

国外に住む者がタイ政党を支配することを禁じた政党法に触れる可能性があるとの理由。選管は23日、調査を開始した。

違反が認定されれば、来年に予定される総選挙を前にタイ貢献党は解党される恐れがある。英字紙バンコク・ポストなどが伝えた。
 
タクシン氏は18日、香港での共同通信とのインタビューで多くの政治的発言をした。プラウィット氏はこれらの発言を根拠に、タクシン氏がタイ貢献党を実質的に支配しているとみている。【2018年10月23日 共同】
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そこで、解党を命じられた場合の対策として、タイ貢献党から分党の形で作られたのが「国家維持党」とのことです。(「タイ貢献党」に解党命令がでたら、所属党員は「国家維持党」の方に一斉に乗り移るのでしょう。これまでも同様手法は取られてきました)

そういう新規の“別動隊”という身軽さもあってか、つい最近も国家維持党は“ある奇策”というか“裏技”で話題になりました。

****タクシン元首相が続々立候補!? タイ総選挙、当選狙う候補が裏技 民政移管は実現するか?****
(中略)
「タクシン」「インラック」候補が続々と登場
これまでの立候補者届け出で、「タイ貢献党」から分派して結成された「タイ国家維持党(タイ国家貢献党とも)」からは男性のタクシン候補者が10人、女性のインラック候補者が4人立候補を届け出た。

これは投票で農村部や貧困層での両者の高い人気、支持にあやかった「便乗戦略」で、姓はそのままで名を改名して届けたものという。

タイでは比較的容易に改名が行われており、選挙立候補に際しての改名も「改名は候補者の判断であり法律違反ではない」(タイ国家貢献党関係者)としており、軍政のアヌポン内相も「(改名は)違法ではないが、適切かどうかの判断に関してはコメントしない」との立場を明らかにしている。

地元「バンコク・ポスト」紙に対し、「タクシン候補者」の1人は「有権者に自分の名前を覚えてもらうために(タクシンという名前を)選んだ」と話しており、タクシン支持者からの票を期待した結果であることを明らかにしている。(後略)【2月6日 大塚智彦氏 Newsweek】
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【軍事政権ペースで進んできた選挙戦に波乱】
総選挙の全体図については、大塚氏は以下のようにも。(首相候補に関しては、冒頭ニュースが報じられる前の記事ですので、今後は様変わりするかも)

****民政移管は実現するか?****
総選挙にはタイ北部や東北部の農村地帯、貧困層に依然として高い人気を誇るタクシン元首相と妹のインラック前首相を支持する「タイ貢献党」と2018年9月に結党された親軍政政党「国民国家の力党」、反軍政でタクシン派とも距離を置くアピシット元首相率いる「民主党」、さらに元実業家のタナトーン党首の「新未来党」などによる激しい選挙戦が予想され、どの政党も単独での過半数獲得は困難とみられている。(中略)

世論調査では3党による激戦か
軍政を支持する「国民国家の力党」の党首ウッタワ前工業相は地元メディアに対して「人気の根強いタクシン派との対立を解消してタイ政治の新たな選択肢となる」との意気込みを示しているが、軍政側にはタクシン派の人気への警戒感から低所得者層に対して一時金を支給するなどして、タクシン支持層の取り込みに懸命となっている。

1月20日に発表されたタイのシンクタンク「国家開発管理研究所(NIDA)」の世論調査では「タイ貢献党」の支持率が32.7%とトップで続いて「国民国家の力党」の24.2%、「民主党」の14.9%、「新未来党」の11.0%と続いている。

また次期首相候補としてはプラユット首相が26.2%と高く、続いてタクシン派「タイ貢献党」のスダラット元保健相が22.4%、「民主党」党首のアピシット元首相が11.6%、「新未来党」のタナトーン党首の9.6%となっている。

東南アジア諸国連合(ASEAN)の中でも成熟した民主主義国家としてかつては指導的地位を占めていたこともあるタイだが、クーデターで政権を奪取した軍政による経済的な停滞やタイ南部でのイスラム教過激組織によるテロの頻発など軍事力を背景にした政治で停滞してきたといわれている。

総選挙を通じてタイ国民がどこまで民政移管を実現させて、民主国家として「微笑みの国」を再生させることができるのか、3月24日の総選挙はその大きな試金石となる。【同上】
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人気が今なお高いタクシン派が選挙では強い・・・というのは以前から指摘されてきたことですが(それゆえ、軍事政権も何かと理由をつけて総選挙を先延ばしして、親軍政党の党勢拡大に努めてきたところです)、ただ、プラユット暫定首相の個人的人気に加え、タクシン派のお株を奪うような軍政側のバラマキ政策もあって、選挙情勢は微妙との指摘もあります。

それだけに、今回のウボンラット王女の首相候補擁立は、タクシン派にとっては、これ以上はない“巻き返し策”ともなり、今後の選挙情勢を大きく左右しそうです。(親軍政党側もプラユット暫定首相を首相候補に担ぎ出したのですが、ウボンラット王女の話題で吹き飛んでしまいました。)

****タイ王女が首相候補の波紋、劣勢タクシン派巻き返しへ****
タイの国民の間に衝撃が走った。(中略)
 
背景には現政権を握る軍とタクシン派、そして王室それぞれの思惑が交差しており、軍に有利に進んでいるとされる選挙戦でタクシン派が逆転するために打った一手であるとみる向きが多い。
 
汚職罪に問われ国外に逃亡しているタクシン元首相は、地方の農民から支持を受けて2001年と05年の選挙で圧勝したが、06年に勃発したクーデターで失脚。その後2011年の選挙では妹のインラック氏が首相に選出されたが、2014年のクーデターで国を追われている。

以来、タイは軍が政治の実権を握ってきた。軍政は度々総選挙の実施を延期し、ようやく今年3月に実現する見通しが立った。
 
とはいえ、軍政は実質的に8年ぶりとなる総選挙の仕組みを親軍政党である国家維持党(パラン・プラッチャーラット)に有利に定めた。

たとえば首相の指名には下院500議席、上院250議席の両院で過半数の指名が必要だが、うち上院議員は軍政が任命することになっている。投票の仕組みや区割りもタクシン派に不利に作られているという指摘がある。
 
タクシン派は地方の農民や低所所得者層から根強い支持を受けており、支持者数の多さから選挙に強いといわれる。伝統的なエリート層やバンコクの中間層を支持基盤とする軍政が政権の維持と「タクシン派潰し」を狙ってこうした制度を導入したことは明らかだ。
 
タクシン派にとって厳しいのは、訴える政策自体が国家維持党などと大きく違いは見られないことだ。どの政党も異口同音に貧困や格差対策、経済の高度化などを主張するが、いずれもこれまで4年に渡って軍政が重視してきた施策でもあった。こうした背景から、タクシン派は苦戦するとの見方が出ていた。
 
だが「人気勝負」の選挙戦で人気のあるウボンラット王女が登場したことで、その行方はわからなくなった。

加えて、タイでは王室への批判は「不敬罪」に当たり処罰の対象となる。つまり他の政党からすれば王女を候補として要するタクシン派を表立って批判できなくなる恐れもある。タクシン派は選挙中の論戦を有利に進められるだろう。
 
タイでは王室関連の話題はタブーとされているため、王室と軍、タクシン派との関係は見えづらい。だが16年のプミポン国王の崩御を受けて即位したワチラロンコン国王と軍との関係が良好でないことを不安視する見方は出ていた。
 
一方で、ウボンラット王女とタクシン氏は家族ぐるみで親しい間柄にあると見られ、タクシン氏やその息子とウボンラット王女とがともにサッカー観戦を楽しむ様子などが目撃されている。

「王室も一枚岩でない。これまではプミポン国王が複雑な利害関係をコントロールしてきたが、新国王のもとでは統制が効きづらくなっている」。ある研究者はこう指摘する。

一方で、軍が総選挙後も実権を握り続けることや、若年層を中心に、王室に対する意識が薄れていることをけることを王室が不安視しているのではないかとの見方もある。
 
いずれにせよ、今回の選挙でタクシン派が完全な勝利をおさめウボンラット女王が首相に就任した場合、「国外逃亡中のタクシン氏が特例によってタイに戻る道が開ける」(同研究者)。
 
タイでは選挙のたびにタクシン派、反タクシン派の対立が再び激化し、混乱を引き起こしてきた。4年ぶりの民政移管選挙となる今回もまた、タクシン派の復権でこれまでと同じ混乱に陥る恐れが高まってきた。【2月8日 飯山 辰之介氏 日経ビジネス】
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現行憲法下では軍政が上院の全議員(250名)を任命しますので、親軍政派は下院(500名)でわずか126議席を取れば、上院と協力してプラユット氏を首相にすることができるという、極めて有利な枠組みを軍事政権は作り上げてきました。

そうした枠組みのなかで、これまでは決定権を持つ軍事政権側のペースで“選挙に強いタクシン派”の切り崩しが進行していましたが、強権で反対勢力を封じ込める軍事政権の唯一の弱点が、かねてよりワチラロンコン国王とそりが合わないとも言われてきた王室との関係。王室に対しては軍事政権といえども強権は行使できません。

その弱点を一気につくタクシン派の起死回生の一手にも見受けられます。

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タイ北部にあるナレスアン大学のASEAN研究所の講師、ポール・チェンバース氏は「これはタイにとって前例のないことだ。他の政党が王女と争うのは難しいだろう。王女に対抗する選挙戦を仕掛けるのは誰にとっても容易ではない。タイのイデオロギーは王室ファーストであり、有権者は王女を擁立する政党以外の候補者を選びにくいと感じるだろう」と語った。【2月8日 Bloomberg】
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タクシン派がウボンラット王女を首相候補にしたことで、選挙の構図は一変しそうだ。タイでは王室は批判してはならない対象とされ、選挙でもタクシン派への批判や攻撃がしにくくなる。有権者の票が一気にウボンラット王女を立てた勢力に流れる可能性がある。ウボンラット王女はかねてタクシン氏と個人的に親しいとみられていた。【2月8日 朝日】
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【今後の展開は? 総選挙勝利でタクシン復権は?】
そもそも、軍事政権が先延ばしにしてきた総選挙が3月24日に確定した背景には、国王の意向があるのではとの指摘もあります。

****国王の意向強く****
浅見靖仁・法政大教授(タイ政治)の話 

タイ軍政は勝利に確信が持てず総選挙を先延ばししてきたが、プミポン前国王より政治に関与する姿勢を示すワチラロンコン国王の意向が強く働いたのではないか。

冷戦時代の一時期を除けばクーデター後にこれほど長期間、総選挙が実施されなかったことはなかった。選挙後も軍は大きな影響力を持ち続けるだろうが、民政復帰への最初のステップとなる。どの政党も過半数を取れそうになく、選挙後は不安定な連立政権となることが予想される。【1月23日 毎日】 
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今回の件について、ウボンラット王女が弟のワチラロンコン国王と連絡をとっていたとしても不思議ではありません。王女は王族籍を離れた現在もワチラロンコン国王と親しいとされています。

全くの、根拠もない憶測ですが、国王が軍事政権に総選挙実施を迫り、決定したところで王女がタクシン派側から首相候補として出る・・・・という構図も。全くの憶測です。

タクシン派が選挙に勝てば、海外逃亡中のタクシン前首相が帰国し、国王が恩赦を与える・・・という、タクシン復権の青写真もかねてよりささやかれていました。

今回のタクシン派によるウボンラット王女擁立で、そうした青写真の現実味も増してきた・・・とも思えますが、そうしたタクシン派一辺倒ではなく、国王と協力してタクシン派・反タクシン派の和解を模索するということかも。

また、軍事政権側にも対抗策があるのかも。

にわかに目が離せなくなったタイ総選挙です。

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