(比較的当局の規制が緩いペルシャ舞踊に現代風アレンジを加えて教室で教えるエスマイリさん(本文参照)【2月6日 NHK「それでも私は踊りたい」】
【イランを敵視嫌悪する米社会・トランプ政権】
イラン革命から40年という節目にあたり、イランの現状を特集した記事がいくつか目につきます。
その中からいくつか。
オバマ前大統領のレガシーでもあったイラン核合意から離脱して経済制裁を科すアメリカ・トランプ政権ですが、そうした強硬姿勢の背景には、アメリカ世論のイランに対する厳しい見方があります。
****【イラン革命40年】トランプ政権、イラン封じ込めへ圧力包囲網****
イラン革命を受けて長年の断交状態にある米国とイランの関係は、トランプ政権がオバマ前政権の遺産である「イラン核合意」から離脱し、強力な経済制裁を科したことで改めて対立状況に回帰した。
トランプ政権は、中東最大の同盟国であるイスラエルや、サウジアラビアなどアラブ・ペルシャ湾岸のイスラム教スンニ派諸国と連携してイランを封じ込める構えで、対立のさらなる先鋭化は避けられそうにない。
トランプ政権のイランに対する強硬姿勢は、同国を「米国の敵」とみなす米世論に支えられている。CNNテレビが昨年5月に実施した世論調査では、イランを「深刻な脅威」とする回答が78%に上った。また米調査機関ピュー・リサーチ・センターによる同月の調査でも、イラン核合意に「反対」との回答は40%で、「賛成」32%を上回った。
トランプ氏は5日の一般教書演説でもイランを「有数のテロ支援国家」「急進主義的な体制」などと非難した上で、核合意からの離脱はイランに核を持たせないためだと強調した。
こうした対イラン政策の基本路線は、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が中心となって策定されているとみられる。
ボルトン氏は今年1月、同じく対イラン強硬派で、航空宇宙大手元役員のチャールズ・カッパーマン氏を副補佐官に据えるなど、対イラン圧力を一層強める構えを打ち出している。【2月9日 産経】
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アメリカ世論のイランへの厳しい見方は、イラン革命直後に在テヘラン米大使館がイラン人学生らに占拠された人質事件の“トラウマ”が大きく影響しているのではないかと、私は考えています。
以来、アメリカにとってイランは“絶対悪”であるとの見方が定着し、革命から40年を経過した今も、イラン国内の現状をありのままに見ることが難しくなっているように思えます。
****トランプ政権、貫く強硬路線****
「世界随一のテロ支援国家」。トランプ米大統領はイランをこう呼ぶ。
米歴代政権のイラン敵視も79年がきっかけだ。革命直後に在テヘラン米大使館がイラン人学生らに占拠される人質事件があり、解決に444日がかかった。米国はイランと断交した。
この事件が米国民にイランへの嫌悪を抱かせた。米ギャラップ社の世論調査でイランを「好ましくない」と答える割合はほぼ一貫して8割前後だ。
米国人口の約25%を宗教右派のキリスト教福音派が占め、その多くが親イスラエルの考えを持つ。保守派ユダヤ系ロビー団体「米国・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」なども豊富な資金力を使い、政治家にイスラエル擁護の政策を働きかける。(後略)【2月6日 朝日】
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確かにイランは宗教指導者が最高権力を有する特異な政治体制ではありますが、大統領や議会に対しては一定に民意が反映する国家でもあります。
宗教に過度に束縛されない自由な生活を望む国民を多数存在し、女性の社会参加なども一定に見られる国です。
その点においては、アメリカの「同盟国」サウジアラビアに比べたら、むしろ欧米社会に近いようにも思えます。
イランが周辺地域に勢力圏を確保しようとしているのは事実ですが、それはアメリカを含め、多くの大国が行っていることとそれほどの大差はないようにも思えます。
テロ云々で言えば、9.11やアルカイダ・ISとのかかわりでは、「同盟国」サウジアラビアの方が深いでしょう。
核開発について言えば、核合意で一定に歯止めがかかる予定でしたが、今はそれも危うくなっています。(そもそも論で言えば、イランの核開発がダメで、なぜイスラエルの核保有は問題にされないのか? もっと言えば、なぜアメリカの核はよくて、他国の核はダメなのか?という根本的疑問もあります)
そのようなことを考慮すれば、別にイランが人権に配慮した民主的な国家だと言うつもりもありませんが、“絶対悪”として敵視することも公平さ・冷静さを欠いているように思えます。
【自由を求める人々と体制秩序維持を目指す勢力のせめぎあい】
アメリカの経済制裁のもとでイラン国民の生活は困窮しています。
そうした状況で、自由を求める流れと、アメリカに反発しイラン革命が目指した特異な体制を支持する勢力とがせめぎあっています。
****イラン革命から40年 賛否鮮明、臆せず政権批判も****
イスラム教シーア派の法学者が権力を掌握したイラン革命から、11日で40年となる。
首都テヘランには革命の立役者ホメイニ師の写真が飾られ、体制を支持する人々からは称賛の声が聞かれた。一方で、トランプ米政権の核合意破棄と経済制裁再開で困窮に拍車がかかる中、政権批判を展開する人も少なくない。
賛否はともに鮮明で、国民を二分する溝が深まっていることをうかがわせた。
テヘランの大通りには、ホメイニ師や2代目の現最高指導者、ハメネイ師の写真や肖像画があふれている。「神が守る国に敗北はない」といったスローガンを掲げた横断幕やイラン国旗も至る所で目につく。
しかし、革命記念日を祝うムードは感じられない。イランでは昨年、通貨リアルの価値が対ドルで半分以下に急落。官庁街近くの通りにはヤミ両替の男性がずらりと並び、数メートル歩くたびに「チェンジマネー?」と次々に声をかけられた。100ドル札と引き換えにホメイニ師の肖像をあしらった10万リアル札を百枚以上、輪ゴムで束ねて手渡す姿も見られた。
「あらゆるものが1年以内に3倍は値上がりした」と多くの人がいう。ファルハドさん(40)は本業の車のパーツ販売だけでは妻子を食べさせられず、ヤミ両替にいそしむ。「政府は40年前の出来事を革命だというが、実体は体制への攻撃であり、国家を侵略したのだ。自由な国になるよう願っている」と話した。
米の制裁は病気を抱える人にも打撃を与えている。薬局店経営のメヘルザドさん(34)によると、制裁で薬品の輸入量が減り、客足も途絶えた。「欧米企業が制裁に抵触するのを恐れているのだろう。特に、がん関連の薬は在庫が底を尽き、密輸業者が出始めているようだ」という。
一方、革命に関わる場所で話を聞くと、政府を賛美する声で埋め尽くされた。
テヘラン郊外の広大な墓地には、「殉教者」と刻まれた墓碑が延々と並ぶ。そこで会ったじゅうたん職人のアクバルさん(53)は「現在の国家の誇りや強(きょう)靱(じん)さ、治安のよさは殉教者がもたらした。彼らがいなかったら現在のイランは存在しない。私は体制を完全に支持する」と話した。
殉教者とは革命前の反王制デモやそれに続くイラン・イラク戦争、最近ではシリア内戦に加わって命を落とした人々をさす。アクバルさんの兄もイラクとの戦争で戦死したという。この40年間がイランにとって激動の連続だったことを実感させる。
殉教者を悼みにきた20代の大学生は、「米の制裁のためにイランは自助努力を重ね、何でも自ら製造しつつある」と述べ、制裁が国家の独立性を高める方向に作用していると訴えた。
シリアやレバノンなど周辺国への影響力維持を狙っているとされるイラン。しかし、国内は団結とはほど遠く、経済を中心に混乱が一段と深まる公算が大きい。革命から40年という節目の今年も波乱含みで推移することは確実だ。【2月9日 産経】
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国際的にはあまり大きく扱われませんが、イランにとっては孤立無援のなかで戦ったイラン・イラク戦争の苦難は非常に大きな出来事であり、その殉教者を悼む気持ちは、いわゆる保守強硬派だけでなく、自由な体制を求める人々の間でも共通していると思われます。
より自由な生活を求める人々については、折に触れて報じられていますが、最近目にしたなかで印象的だったのがNHKで放映された“踊り続ける”女性の話です。
****それでも私は踊りたい****
流行りの音楽にあわせて人前で踊ることが、禁じられた国があります。とりわけ女性が人前で踊るようなことがあれば男性以上に厳しい目が注がれます。それでも女性たちは踊り続けていました。いつか社会が変わることを願いながら。
男子禁制のダンス教室
集合住宅の地下にあるダンス教室。(中略)
しかしここはイランの首都テヘラン。ダンス教室は女性専用です。インストラクターを務めるエスマイリさん(33)はイランでは珍しいプロの女性ダンサー。ダンス教室は、エスマイリさんが自宅の一角に100万円かけて整備しました。
ほかのどの国でも子どもが踊ることに夢中になるように、エスマイリさんは幼いころから踊ることが大好き。独学でダンスを覚え、プロのダンサーを夢見るようになりました。
しかしイランでは、歌や踊りは宗教上の理由から厳しく制限されています。特に女性は公の場で踊りを披露することが原則として禁止されていて、とりわけ西洋の音楽を使ったものは御法度です。幼稚園のおゆうぎのようなものはともかく、この国で女性が人前で踊る機会は極めて限られているのです。
「ダンスを職業にすることには両親からも反対されました。公の場で踊れば、罪にも問われることになります。」(エスマイリさん)
エスマイリさんがダンサーを職業とするには難しい現実がそこにはありました。そこで始めたのが(それ自体も以前はタブー視されていましたが)ダンスを人に教えることだったのです。
人に見せることは許されない踊り。それでも、ダンスは若い世代を中心に急速に普及し、生徒はこれまでに500人ほどに上りました。そんな動きをエスマイリさんは前向きにとらえています。
「踊りは、人それぞれの趣味であって精神にも良いという考えが広まっています。宗教的にも決して悪いことではないと、意識の変化が起きているのです。」(エスマイリさん)
取り締まられたサンクチュアリ
ダンサーにとって、その姿をほかの人に見て欲しいと思うのは当然の欲求です。
この5年ほどの間でイランでも個人がインターネットで自由に発信する機会が増え、女性たちの間でも自らのダンスを録画し、公開する動きが相次ぎました。インターネットは、人々にとって現実社会では禁じられた「踊る」という行為を披露できる貴重な空間となっていたのです。
しかし、こうした流れに水を差す出来事がありました。宗教の教えに厳格なイランの司法当局は去年7月、インターネットに自身が踊る動画を投稿した10代の少女を拘束したのです。エスマイリさんの教え子の一人でした。
ネットには「ダンスは犯罪ではない」といった抗議の声があふれました。女性たちは踊りを披露する大切な“舞台”を失うことになったのです。
「伝統舞踊」ならOK
若いダンサーを育ててきたエスマイリさんにとっても当局の取り締まりはつらい出来事でした。それでもダンスを学ぶ女性たちに少しでも機会を与えたいと今、新たな取り組みを始めています。
この地域に伝わる「ペルシャ舞踊」をイチから学び、現代風にアレンジを加えた上で、教室で教えているのです。
なぜ伝統的な舞踊なのか。「伝統をいかした踊り」であれば、条件付きで政府の許可が得られ、ステージを開催することができます。「西洋風のダンス」ではなく、「伝統をいかした踊り」の体裁をとることで、当局の規制をかいくぐることができるというわけです。
こうしてことし1月、テヘラン北部の会場で、エスマイリさんたちが企画したダンスのイベントが開催されました。男性の入場は禁止、人目に触れるような宣伝も行ってはならないという条件つきです。写真は、ダンサーの親に撮影してもらいました。
エスマイリさんやその教え子たちもステージに立ち、踊りを披露しました。(中略)
「人々に見せることができる、“アート”があることは、素晴らしいことです」初めて人前で踊ったという女性は晴れやかな表情で話していました。
エスマイリさんはダンスを続ける理由について次のように話します。
「ダンスは、人の信念と同じで排除することなどできません。なぜなら、これは『生き方』だからです。」(エスマイリさん) (後略)【2月6日 NHK】
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【自由な表現の場としてのインターネット・SNS】
上記記事にもあるように、制約の多いイランでもインターネットの普及は自由な表現の場として大きな影響力を持つようになっています。
****(イラン・イスラム革命40年:上)自由か統制か、イラン岐路***
イランで、親欧米路線の急激な近代化を進めた王制を打倒するイスラム革命が起きてから、今年で40年となる。革命後に生まれた世代が多数を占める今、自由を求める声が高まり、革命当時の理念は揺らぐ。中東の大国が岐路に立っている。
■公然デート・髪覆わぬ女性――ロハニ政権で取り締まり緩和
週末の昼下がり。テヘランの公園で若い男女がデートを楽しんでいる。寄り添って手をつなぐマリアムさん(27)とアリさん(28)は「周りは気にしない」。抱き合ったり、夜間にキスをしたりする男女もいる。(中略)
保守強硬派アフマディネジャド政権(2005~13年)では、風紀警察や民兵組織「バシジ」が国民を監視。デートする未婚の男女や、露出の多い服装の人を逮捕することもあった。
潮目が変わったのは13年。ロハニ師(70)が「若者や女性を力で抑え込むのはよくない」と主張して大統領に当選し、取り締まりが緩和された。だが、今も逮捕される危険はつきまとう。
携帯電話でのネット利用者は年々増えて約6100万人。ある女性記者は「若い世代はネットで世界のファッションや文化に触れている。体制側も変化に対応せざるを得ない」とみる。
バシジ関係者は「今の若者にはイスラム革命を経験した世代の常識が通用しない」と指摘する。
■強硬派からはネット規制論
体制側は警告に余念がない。反イスラム的な行為を紹介する国営テレビの番組「踏み外した道」が昨年7月、SNSを特集。ヘジャブを着けずにダンスする動画をSNSインスタグラムに投稿して逮捕された18歳の女性が泣いて悔いる姿を映し出した。
同テレビは今年1月にも、反政府デモをもたらした「道具」としてSNSを批判する番組を放送した。ツイッターなど外国企業が運営するSNSはイラン側で統制するのが難しく、目の上のたんこぶになっている。
大手紙記者は「体制側はSNSが体制批判に使われることをレッドライン(超えてはならない一線)とみている」。
体制側はこれまでも社会の秩序を乱すとしてネット上の言論を規制してきた。サイトの遮断は、ツイッターやフェイスブック、最大で約4500万人の利用者がいたテレグラムや欧米のニュースサイトなど数百万件に上るとされる。
多くの国民は違法を承知でVPN経由でSNSを利用。規制と抜け道探しのいたちごっこが繰り返されている。保守強硬派からは「中国のようにネットを完全に管理すべきだ」との声も上がる。
だがネットやSNSは経済活動にも欠かせない。送金や決済はネットが当たり前で、SNSでビジネスをする企業も多い。
治安維持の要である革命防衛隊関係者はこう語る。「完全にネットを止めて力で抑え込むことは可能だが、国内外の批判や経済の混乱は避けられず、国民の心がイスラム法学者による統治から離れ、国の根幹が危険にさらされる」
■改革、最高指導者の意向次第
イランでは保守強硬派、保守穏健派、改革派という3政治勢力があり、いま主導権を争っているのは保守の2派だ。
初代最高指導者のホメイニ師が89年に死去し、後継のハメネイ師(79)が厳格なイスラム教に沿った社会づくりを掲げ、国のかじ取りを担う。
その考えに忠実なのが保守強硬派だ。宗教界や司法部門、革命防衛隊などが属するとされ、イスラム教に敬虔(けいけん)な層や地方の貧困層などが支持する。(中略)
一方、保守穏健派は自由の拡大を目指し、都市の若者に支持されるが、ハメネイ師の意思に背くことはない。代表格のロハニ師は、核開発を制限する見返りに制裁を緩和させる核合意を成立させた。だが、トランプ米政権による核合意離脱と制裁再開で窮地にある。
ロハニ師は21年に大統領の任期を終える予定。国民からは、その後も故ラフサンジャニ元大統領のように改革の後ろ盾になってほしいとの期待がある。
だが、ハタミ元大統領が退任後に反体制デモを支持したとして、メディアでの露出を禁じられるなどした先例がある。その後、同氏をはじめとする改革派は影響力を低下させた。ロハニ師もまた、最高指導者の意向次第では厳しい立場に追い込まれる可能性がある。(後略)【2月5日 朝日】
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【自由圧殺に手を貸すアメリカの対イラン強硬策】
自由を求める人々と、イスラム的秩序を重視する保守強硬派がせめぎあうイランにあって、アメリカ・トランプ政権のイラン包囲網が市民生活を疲弊させ、アメリカとの合意を進めた穏健派・ロウハニ政権の力を弱め、結果的に反米・保守強硬派の勢力を強めることになること、それにより、上記のダンスにうちこむエスマイリさんのような人々を圧殺することを懸念します。
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