孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

シリア・イラク  IS崩壊でも癒えないヤジディー教徒女性の悲劇

2019-02-07 22:53:03 | 中東情勢

(イラク北部ドホークにあるISから救出された母親たちの支援活動を行うシェルター住人女性のひとり【2018 年 8 月 27 日 WSJ】)

【性急な米軍シリア撤退に与党共和党内からも批判・懸念も】
シリアからの米軍撤退は、トランプ大統領が周囲の反対を押し切る形で独断で決定した経緯もあり、与党共和党内にも批判・懸念があります。

****“シリア撤退 相談なし”トランプ大統領の独断ぶり浮き彫りに****
アメリカ軍で中東地域を統括する中央軍の司令官は、トランプ大統領が先に決定したシリアからのアメリカ軍撤退について大統領から相談がなかったことを明らかにし、大統領の独断ぶりが浮き彫りとなった形です。

アメリカ軍で中東地域を統括するボーテル中央軍司令官は、5日、議会上院の軍事委員会で証言しました。

この中でボーテル司令官は、周囲の反対を押し切ってシリアからのアメリカ軍撤退を表明したトランプ大統領の決定について「自分は事前にそのような表明をするとは知らなかった。大統領からは相談を受けなかった」と述べました。

そのうえでシリアには過激派組織IS=イスラミックステートの一部の勢力がまだ残っていて、引き続き圧力を加えないと復活するおそれがあると指摘し、アメリカ軍の撤退は慎重に進めていく考えを示しました。

シリアからのアメリカ軍撤退をめぐっては、大統領の決定に抗議して大統領特使を辞任したマクガーク氏も、先月、ワシントンポスト紙に寄稿し、「大統領は、同盟国に相談せず、現地の状況も理解せずに撤退を決めた。トルコの大統領との電話会談でトルコ側の提案をそのまま受け入れた」などと不満を示しています。

今回の司令官の証言はトランプ大統領の独断ぶりを浮き彫りにした形で、アメリカ議会では、北朝鮮の核問題など他の外交問題でもトランプ大統領が政府内部で十分協議せずに政策決定することを懸念する声が出ています。【2月6日 NHK】
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****米上院、シリア駐留米軍の性急な撤退に反対する法案可決****
米上院は4日、シリアとアフガニスタンに駐留する米軍の性急な撤退に反対する内容の法案を70対26の賛成多数で可決した。法案に実質的な効果はないが、共和党が多数派を占める上院が米軍の撤退を目指すトランプ大統領の方針に反発した格好となった。

法案は共和党のマコネル上院院内総務が作成。シリアとアフガニスタンの過激派組織「イスラム国」(IS)と国際武装組織「アルカイダ」に対する作戦は進展したが、米国にとって引き続き「深刻な脅威」になっていると指摘。米軍の「性急な撤退」は地域の不安定化と政治的空白につながり、イランあるいはロシアがこの空白を埋める可能性があると警告している。

その上で、トランプ政権に対し、大規模撤退に踏み切る前にISなどの「永続的な敗北」の条件がそろったことを確認するよう求めている。

法案は議会で現在審議されている中東安全保障法案に修正を加えるもので、上院は本案を次の段階に進めるための採決も行い、これを承認した。

ただ、成立には民主党が多数派を占める下院を通過する必要がある。大幅な修正がなければ、可決は難しいとみられている。【2月5日 ロイター】
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確かに、ISによるシリアにおける面的支配は最終段階にあります。

****IS支配地域は「残り4平方キロ」、クルド部隊司令官****
米国主導の有志連合の支援を受けてイスラム過激派組織「イスラム国」と戦うクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」の上級司令官は28日、ISの支配地域はシリア東部の4平方キロメートルにまで縮小していると述べた。(後略)【1月29日 AFP】
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こうした事実を受けて、トランプ大統領は「100%奪還したと来週には正式発表できるだろう」と、米軍撤退の妥当性を強調しています。

****IS支配地「100%奪還」 トランプ氏、軍撤収の妥当性強調****
トランプ米大統領は6日、過激派組織「イスラム国」(IS)のシリアやイラクでの支配地域について「100%奪還したと来週には正式発表できるだろう」と述べた。

IS掃討作戦成功を宣伝し、シリア駐留米軍の撤収方針の妥当性を強調する狙いがある。米国務省で開かれた対IS戦の有志国連合参加国の代表者会合で演説した。(中略)

トランプ氏は昨年12月、シリアに駐留する米軍約2000人の撤収を表明したが、米軍部や有志国連合からは「早期撤収はISの勢力回復を招く」として再考を求める声が上がっている。
 
また米軍が撤収した場合、IS掃討で米軍と共闘したシリアのクルド人部隊とそれを敵視する隣国トルコ軍との衝突が懸念される。衝突回避のため、米国はトルコ国境沿いに緩衝地帯を設定することをトルコに提案しているが、米政府高官は6日、記者団に「協議はまだ結論に至っていない」と語った。【2月7日 毎日】
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なお、アメリカ国防総省の総合監察官は、ISの近い将来の復活を懸念しています。

****駐シリア米軍問題(国防総省の見方等)****
トランプはシリアのISは破れたとして、米軍(2000名)の撤退を表明し、それ以降国防長官が辞任し、米軍は同盟者のクルドを見捨てるのか?ISは本当に敗北したのか?等の議論が続いているところ、関連の情報al qods al arabi net から2つほど

・一つは国防総省の総合監察官の報告書ですが、4日公表された報告書は、ISは毎月数十名の外国人過激派戦闘員を引き付けており、今後6月から1年以内に戻ってくると警告している由。

またISはシリアよりイラクの方で速やかに、その戦略の立て直しや勢力の再編を進めている由。

報告書は同盟者のクルド民主軍についても、彼らは確固とした戦士ではあるが、これに敵意を有するトルコが彼らを征服する可能性があると警告している。

民主軍の対IS戦闘は続いていて、残る2000名のIS戦闘員は激しく抵抗していて、最後の一兵まで戦う可能性ががあるとしている。

記事はクルド研究家の言として、計画の無い撤退は最悪で、今後シリアではロシア・トルコ・イランの連合がその運命を支配することになろうとしている由(後略)【2月5日 「中東の窓」】
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なお、トランプ大統領はイラク駐留の方は継続するとしていますが、その米軍駐留の理由について「イランの動向を監視するため」と発言し、波紋が広がっています。

イラク大統領は、米軍駐留の目的はテロとの戦いであるというのがアメリカ・イラクの合意であり、「米国の考えをイラクに押し付けられては困る、我々(イラク)はこの地に存在するので、イランをはじめ隣国と良好な関係を維持するのがその基本的政策である」という苦言を呈しています。【2月4日 「中東の窓」より】

トランプ大統領の自分の都合しか考えない周囲・関係国への配慮のなさは、結果的に、アメリカへの不信感を強めることにもなっています。

【故郷に受け入れを拒否されるヤジディー教徒女性の悲劇】
それはともかく、ISが面的支配を失うまでに追い詰められたことは(他国へのテロ流失とか、シリアでの復活とかいう話は別にして)喜ばしいことです。

ただ、下記のようなISによるヤジディー教徒女性への非人道的行為を聞くと(このような話は、以前からさんざん言われていた話です)、できることならもう少し早く実現すればよかった・・・とも。

****ISから逃れたヤジディー教徒の女性たち、「家に帰りたい」 シリア****
イスラム過激派組織「イスラム国」が樹立を夢見た「カリフ制国家」が崩れ始め、シリア東部から何千もの人が逃げ出している。その中には、ISの最も残忍な行為を生き延びた人たちもいる。

「決して忘れない」と、40歳のイラク人女性ビッサさんは静かに言う。ベッサさんは少数派のヤジディー教徒で、これまで6人のIS戦闘員に「売買」された。「彼らが望んだことは何でもやった。嫌だとは言えなかった」
 
ビッサさんは、何年もISの「性奴隷」として過ごし、1月末にようやく解放されたヤジディー教徒の女性や少女7人の一人だ。中には13歳の時に拉致された10代の少女も含まれていた。
 
AFPは、米国が支援する部隊の管轄区域でこの女性たちを取材したが、彼らは一様に家に帰りたいと口にした。
 
ここ数週間で、壊滅状態のイラクとの国境付近のIS支配地域から3万6000人以上が逃げ出しており、この中には3200人のIS戦闘員も含まれている。
 
現在、米国が支援するクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」が掌握するこの地で、ヤジディー教徒女性の話ほど痛ましいものは他におそらくないだろう。
 
ISは2014年、シリアとイラク一帯に勢力を拡大したが、この中に大規模なヤジディー教徒共同体が存在するイラク北部シンジャルも含まれていた。

ヤジディー教徒はクルド語を話し、その信仰はゾロアスター教にルーツを持つが、ISは彼らを「背教者」とみなしている。
 
ISはシンジャルで、男性たちを殺し、少年たちを無理やり戦闘員にし、6000人以上の女性を拉致した。

■それぞれの過酷な体験
ビッサさんは捕らえられた後、サウジアラビア人3人、自称スウェーデン人1人を含む6人のIS戦闘員の間で「売り買い」された。繰り返し残忍に扱われたが、怖くて逃げることができなかった。

オマル油田に近いSDF関連施設でビッサさんは、「逃げようとすれば誰でも、毎日違う男の相手をさせる罰を与えると言われた」と語った。
 
わずか13歳の時にシンジャルから拉致された17歳のナディンさんは、2回逃げようとした。だが、2回ともISの警察組織によって捕らえられた。「ホースで打たれた。傷痕が痛くて眠れなかった」と語る。
 
ナディンさんはISが独自に解釈した残忍な教義に従うことを余儀なくされ、公共の場では頭の先からつま先まで体を覆っていた。今でも顔を覆う黒いベールを取る勇気がない。「慣れてしまってもう外せない」「お母さんに会ったら外せると思う」
 
ナディンさんのいとこたちは、今でもシリア東部のISの支配地に拘束されていると言う。
 
ISは全盛期、英国とほぼ同面積を支配下に置いていた。だが、米主導の有志連合による空爆などさまざまな攻撃を受け、今では東部の一部地域を除きすべてを失った。
 
2015〜18年の間に、少なくとも129人のヤジディー教徒の女性・少女が、SDFのクルド女性防衛部隊に引き渡された。
 
ヤジディー教徒のサブハさんはYPJの施設で、結婚を強要されたIS戦闘員のクルド人の男が空爆で死んだので、子ども6人を連れてISの最後の支配地から逃げ出したと語った。

5人は最初の夫との子で、1歳半の娘だけがIS戦闘員の子どもだ。IS戦闘員の男はサブハさんを殴り、従わなければ子どもたちを殺すと脅したと言う。
 
サブハさんは今、家族が待つ家に戻ることを楽しみにしている。「でも、何よりうれしいのは、子どもたちの命を守れたことだ」と話す。 【2月7日 AFP】
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ヤジディー教徒の境遇はシリアでもイラクでも同じです。

イラクでも、IS崩壊によってようやく解放されたヤジディー教徒の女性が多数いますが、ISの支配から命からがら逃れた女性を待つ現実は、厳しいものがあります。特に、IS戦闘員との間で子供が生まれた女性は。

****IS戦闘員の子を宿したヤジディ女性の選択 ****
イスラム国が残した余波、行き場ない母子の苦悩

ニスリーンさん(23)が赤ん坊の顔をのぞき込むと、たまに父親の面影に気づくときがある。彼女をレイプした過激派組織「イスラム国(IS)」の戦闘員のことだ。

ISはイラク北部で勢力を拡大した当時、この地に住む少数派ヤジディ教徒の女性たちを奴隷にした。彼女もその一人だった。
 
ISは2014年夏、大量虐殺作戦でヤジディ教徒に標的を定めた。ニスリーンさんはこのとき他の数千人の女性とともにISに捕まった。それ以降、彼女を「所有」した3人目の戦闘員の子をみごもった。
 
3年間とらわれの身だったニスリーンさんは、ISが崩壊状態に陥った昨年ようやく解放された。だが故郷や家族は、ニスリーンさんを子供と一緒に受け入れることを拒否した。

ヤジディ教徒の社会ではイスラム教徒との結婚を禁じており、戦闘員との強制的な結婚によって生まれた子供を認めることはできない。そこに戻りたければ、赤ん坊を諦めるしかないのだ。

ニスリーンさんは子供を選んだ。膝の上で生後8カ月となる子供をあやしながら、「息子と離れては生きていけない」と語る。自分と子供の身の安全を考え、フルネームを明かさないことを希望した。
 
ニスリーンさんが陥った悲痛なジレンマは、イラク社会が和解を進める上での課題を物語っている。ISはかつて制圧した地域のほぼ全てからすでに敗走した。だがISがずたずたに引き裂いた社会の構造を修復するには、はるかに長い時間が必要だろう。
 
イラク・シリア各地のISに迫害されたコミュニティーは、スンニ派と共存することをもはや望んでいない(ISはスンニ派を代表する組織だと主張していた)。スンニ派内部でもこの過激派組織を支持するか反対するかで真っ二つに意見が分かれる。
 
ヤジディ教徒にとって生活再建はひどく複雑な作業であり、また重大な意味を持つ。ヤジディ教信者は世界中で100万人にも満たない。その大多数がイラクで暮らしているが、今や住む家を追われ、再出発もままならない状況だ。コミュニティー全体の未来が危険にさらされている。
 
ヤジディ教は古代イランの信仰の流れをくみ、キリスト教とイスラム教の要素も取り入れているが、イスラム教では悪魔の化身とされる孔雀天使を信仰している。
 
ヤジディ教徒を異教徒と決めつけたISは彼らが多く住むイラク北西部で粛清を始めた。

数日のうちに米軍はISに対する最初の空爆を実施。ヤジディ教徒「大量虐殺の可能性」を回避するための任務とされたが、実際にはもう手遅れだった。
 
すでにISは数百人の成人男性の虐殺を始めていた。そして戦利品としてヤジディ教信者の6000人以上を捕虜にした。
 
女性や少女は――国連の報告によると9歳の少女もいたという――戦闘員に報償として与えられた。戦闘員は彼女たちをレイプし、奴隷市場(実物市場もネット上の市場もある)に売り飛ばした。
 
メッセージアプリのテレグラムには「カリフの市場」と名づけたフォーラムがあり、ここに「戦場のハヤブサ」と名乗る戦闘員が女性を買いたいと投稿していた。ゲーム機や中古車、自爆用ベルトなどの広告にまぎれて、条件が記されていた。「美しく、料理と家事が得意なこと。年齢不問。値段は安く」
 
ヤジディ教徒はすぐに捕虜となった人たちを取り戻し始めた。4年間で約半数が帰還したが、3000人余りは今も行方不明のままだ。
 
ISの奴隷にされた余波で、極めて閉鎖的で保守的なヤジディの社会では、最も基本的な原則の一部が揺らいでいる。
 
捕虜だった女性が解放され始めると、ヤジディの宗教指導者は、イスラム教徒によるレイプは結婚に関する原則に反するが、伝統を捨て、温かく迎え入れるよう指示した。

IS戦闘員を父親に持つことで複雑な問題が持ち上がる。ヤジディ教では両親がともにヤジディ教の信者でなくては子供を信者とは認められない。「われわれは純粋な血を守っている」。ヤジディ教の聖地、ラリッシュの管理者はこう話す。
 
奴隷だったヤジディ女性の多くは避妊薬を与えられたが、それでも一部の妊娠は避けがたかった。イラクおよびクルド人自治区の当局者は、何人の子供が生まれたかは不明だと話す。支援活動家らの話では、数百人とはいかなくても数十人以上はいるという。
 
選択を迫られた女性の大半は子供を手放し、中には諦めるよう強要された女性もいると当局者やヤジディの活動家は語る。赤ん坊は支援グループなどの手を借り、シリアやイラクの児童養護施設に収容されたり、イスラム教徒やキリスト教徒の家庭に引き取られたりした。
 
ニスリーンさんの場合、イラク軍がISの主要拠点だった北部の都市モスルや周辺地域を奪還した結果、生き延びた親族との再会を果たした。だが、ここから次の試練が始まった。
 
妊娠が目につくようになると、親族は堕胎のために病院に連れて行った。既に妊娠8カ月に入っており、医師は中絶手術は危険だと告げた。
 
やがて健康な男の子が生まれた。ニスリーンさんの母親は子供を手放すよう促したが、彼女は拒否した。長老たちも説得しようとしたが無駄だった。そこで親族は子供を連れて家に戻るよう告げたが、彼女はそれも断った。

結局、ニスリーンさんはイラク北部ドホークにあるシェルターに住むことにした。ISから救出された母親たちの支援活動を行う米オレゴン州出身のポール・キンガリー博士が運営する施設だ。
 
そこで再定住の申請をした。難民として欧米のある国に受け入れが決まった後、「息子には良い生活を送らせたい」とニスリーンさんは語った。その国では同郷者の再定住が進められているという。
 
ニスリーンさんは自分の子供をヤジディ教徒として育てるかどうかまだ決めていない。「心の命じるままに従いたい」【2018 年 8 月 27 日 WSJ】
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なんとも気が滅入る現実です。


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