(ムーラン役を演じるリウ・イーフェイさん。ディズニー提供=AP【9月9日 朝日】)
【エンドロールで新疆ウイグル自治区の8政府機関に「深い感謝」の意】
“米ウォルト・ディズニーの最新映画「ムーラン」が、中国新疆ウイグル自治区当局の協力を得て製作されていたことが明らかになり、アメリカなどで批判が広がっている。同自治区のウイグル族住民らに対する人権侵害問題が議論の的になっており、米政府は関係当局などを制裁対象にしているためだ。”【9月9日 朝日】
「ムーラン」は、1998年公開のディズニーアニメを実写映画化したファンタジーアドベンチャーですが、紹介動画を少し見た限りでは、およそディズニーのイメージとは対極にあるような、完全な中国アクション・スペクタル映画という雰囲気。
アニメ版にはミュージカル要素があったようですが、実写版ではそういた要素は一切排除されています。
****『ムーラン』に再びボイコットの声 新疆での撮影判明****
ディズニーの実写版映画『ムーラン』の一部シーンが、イスラム教徒に対する人権侵害の横行が指摘されている中国の新疆ウイグル自治区で撮影されていたことが明らかになり、同作のボイコットを呼び掛ける声が再び起きている。
2億ドル(約210億円)をかけ製作された大作のムーランをめぐっては昨年、主演女優の劉亦菲(リウ・イーフェイ)が香港警察による民主派デモ取り締まりを支持する発言をしたことで政治的論争が起き、ボイコットの声が上がっていた。
だが同作は先週、ディズニーの公式動画配信サービス「ディズニープラス」での公開直後にも新たな論争を巻き起こした。
視聴者らは、同作のエンドロールでディズニーが「深い感謝」の意を表明した協力機関に、新疆ウイグル自治区の8政府機関が含まれていることを発見。その中には、複数の収容所の所在地として知られる同自治区東部トルファン市の公安当局や、中国共産党のプロパガンダ機関の名もあった。
新疆ウイグル自治区では、イスラム教徒系少数民族のウイグル人やカザフ人に対して収容所への大量連行や不妊手術の強要、強制労働、信仰や移動の厳しい制限といった弾圧が行われていることが、人権団体や学者、ジャーナリストらによって暴かれてきた。
米映画業界は中国の強権支配に対する迎合姿勢で批判を受けており、ムーランをめぐる今回の新事実発覚は新たな怒りの声を巻き起こした。
米NPOアジア・ソサエティのシニアフェロー、アイザック・ストーン・フィッシュ氏は米紙ワシントン・ポストへの寄稿で、「ディズニーは新疆のプロパガンダ部門4つと公安局1つに感謝した。新疆は現在、世界で最も悪質な人権侵害が起こっている場所の一つだ」と指摘した。 【9月9日 AFP】
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【新型コロナで劇場公開できず】
「ムーラン」に限らず、映画は今コロナ禍で苦境にあり、この「ムーラン」もコロナ対策で公開延期を余儀なくされてきました。
*****「ムーラン」マーケティング****
2020年3月2日、新型コロナウイルス感染症の影響で公開日を4月17日から5月22日に延期することが発表された。さらに同年3月24日にアメリカでの公開延期に伴い日本での公開日も延期になると発表した。
米ディズニーは2020年7月24日に全米公開を延期をしていたが新型コロナウイルス感染症の影響で同年8月21日に日本での公開日は同年9月4日に決定した。
しかし、アメリカでの新型コロナウイルスの感染者が再び増加したことに伴い無期限延期が発表され、それに伴い日本での公開も再度延期された。
同年8月4日、ウォルト・ディズニー・カンパニーCEOボブ・チャペックが投資家との電話会議において、アメリカなどの一部の国は劇場公開はせずにDisney+(ディズニープラス)にて同年9月4日から有料配信することを発表した。(中略)
Disney+のサービスが行われていない一部の国では劇場公開することで調整しており、本作品の舞台となっている中国では2020年9月11日から劇場公開する予定となっている。【ウィキペディア】
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【構想・製作開始時とは様変わりの政治情勢】
新型コロナは他の映画も同様でしょうが、「ムーラン」の場合は香港情勢に絡む主演女優の発言、さらにはウイグル族問題と、米中対立という国際情勢に翻弄されている感があります。
“米共和党のギャラハー下院議員は自身のツイッターで、「中国共産党は新疆で人道に反する罪を犯しているのに、ディズニーはこの犯罪について世界にうそをつく宣伝機関や、残虐行為をする治安機関に感謝している」と非難した。米ニューヨーク・タイムズ紙や英BBCも批判的に取り上げている。”【9月9日 朝日】
敢えてディズニーに成り代わって弁明すれば、映画の構想、新疆でのトルファン市の公安当局などとの協力を得ての撮影は数年前の話で、公開時の今、こういう険しい政治情勢になるとは思ってもいなかったのでしょう。
“ウォルト・ディズニー・ピクチャーズは、1998年のアニメーション映画 「ムーラン」 の実写版に関心を示した。当初は2010年10月に撮影を開始する予定だったが、中止された”【同上】といったあたりから始まって、脚本製作開始が2015年、撮影開始は2018年とのこと。
今では、ウイグル族問題は、アメリカ・トランプ政権の中国批判の有力なカードとなっています。
ただ、米中対立激化はともかく、トルコ・イスタンブル在住の亡命ウイグル人組織によって運営されているインターネットテレビ『イステクラルTV』が新疆ウイグル自治区の強制収容施設に収監されているウイグル人やカザフ人の数を公表したのが2018年2月ですし、それ以前から中国政府による民族的弾圧は問題になっていましたので、ディズニー側の問題意識が甘かったとも言えるでしょう。
いずれにしても、大統領選挙を控えてトランプ、バイデン両陣営が対中国強硬姿勢を競うような政治情勢では、新疆当局との協力で製作というのは致命傷でしょう。綿製品やトマトさえ輸入できない情勢ですから。
****米、中国新疆産の綿・トマト製品を輸入禁止へ 強制労働の疑い****
米政府は8日、中国新疆ウイグル自治区産の綿花とトマト製品について、強制労働で生産されている疑いがあるとして輸入禁止措置を取る方針。米税関・国境警備局(CBP)の当局者が明らかにした。
綿花とトマトは中国の主要な輸出商品。他にも、同地域から輸出される織物、衣料品を含む綿製品の供給網全体やトマトペーストなどが対象になるという。
禁止措置は「違反商品保留命令」として発令される。これにより、CBPは強制労働の疑いがある商品の輸入を停止することができる。
CBP高官は、「新疆産の綿織物やトマトに関連する供給網で強制労働のリスクがあるという十分な証拠があるが、まだ決定的ではない」とし、「今後も調査を続けていく」と述べた。【9月9日 ロイター】
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「構想〇年、製作〇年、総費用〇〇億円」というのは“大作映画”プロモーションの常套句ですが、「ムーラン」に関しては、これがあだになった感も。できあがたときにはコロナ禍はあるは、香港・新疆の問題は先鋭化するは・・・踏んだり蹴ったりの状況。
“中国では2020年9月11日から劇場公開する予定となっている”とのことですが、こういう状況でどうするのでしょう?
【不妊手術強要批判に中国反論】
なお、中国政府によるウイグル族弾圧の一つとされているのが、7月10日ブログ“中国の不妊手術を強制するウイグル族弾圧は「ジェノサイド」に該当”で扱った“不妊手術強要”によって、ウイグル族の文化・宗教を根絶やしにするというだけでなく、生物学的なウイグル族の抹殺・人口抑制策がとられているのでは・・・という疑惑。
この疑惑に中国側が反論しています。
****新疆の不妊手術「自主的」と中国 独研究者の強制批判に反論****
中国政府系シンクタンク、中国社会科学院傘下の研究機関は3日、新疆ウイグル自治区の女性たちは自ら望んで不妊手術を受けていると主張する文書を発表した。
ドイツ人研究者が6月、自治区で事実上、強制的に不妊手術が行われていると報告していたが、これに反論した。
中国では「計画出産」は重要課題。
文書は特にカシュガルやホータンなど自治区南部で「宗教的過激派やテロ主義、国家分裂主義」の影響により「計画超過や婚姻に基づかない」出産が多発していたと指摘。
管理や宣伝を強めた結果「民衆は自分に合った長期的避妊措置を自ら選択し」無料の手術を受けていると主張した。【9月3日 共同】
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****中国、計画出産は「高い効果」 新疆の不妊手術問題で****
中国外務省の趙立堅副報道局長は8日、新疆ウイグル自治区で出産年齢の女性が自ら望んで不妊手術を受けていると主張した中国の研究機関の文章に関し「中国は一貫して計画出産政策を実行しており、非常に高い効果が出ている」と強調した。
趙氏は自治区の施策も国の政策の一環だと指摘。「国際的には異論があるかもしれない」とも述べた。
自治区で多くの女性に不妊手術を実施しているとの報告が6月に海外で発表され、中国の研究機関は今月上旬、管理や宣伝を強めた効果で「女性は自主的に選択し、卵管を結んだり子宮内避妊具を装着したりする手術を受けている」との主張を公表していた。【9月8日 共同】
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「国際的には異論があるかもしれない」というあたり、強制性について多少認めるものがあるのでしょうか?
中国の少数民族対策でこのところ注目されているのは、新疆ウイグル自治区よりは内モンゴル自治区の教育問題・・・ということで、モンゴル族の問題を取り上げようと思っていたのですが、悪い癖で話が長くなるので、別機会にしましょう。