孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

パキスタン  トランスジェンダーの権利保護に向けた取り組み 進展しない日本の取り組み

2018-10-08 22:05:33 | アフガン・パキスタン

(自身もトランスジェンダーという3人を含め、12人の教職員がパキスタン初のトランスジェンダー専用の学校「ジェンダー・ガーディアン」を支える【5月28日 alterna】)

保護法は成立したものの差別は根強く、声を上げなければ偏見が運用を妨げかねない
イスラムの宗教的価値観や伝統的価値観によって、「名誉殺人」(レイプ被害を含む婚前・婚外交渉、親の承諾しない自由な恋愛などを「家族の名誉を汚す」ものと見なし、これを行った者(多くは女性)を家族がその名誉を守るために私的に殺害する風習)や教育を受けようとする女性に対する「酸攻撃」に象徴されるように、個人の権利が十分に認められているとは言い難いパキスタン。

そんなパキスタンで心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」として議会選挙に挑む若者がいるとのことです。

****第3の性、パキスタンで闘う トランスジェンダー、選挙に****
性的少数者への差別や襲撃が続いてきたイスラム教国のパキスタンで、心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」の権利を守る機運が高まっている。第3の性として国が認め、選挙に挑む若者も登場した。

「苦しむ隣人の声を聞いてください」。7月末のパキスタン総選挙。気温50度近い東部オカラでトランスジェンダーの人権活動家ナヤブ・アリさん(25)が立候補した。思春期に隠れて化粧し、父に虐待され、13歳で勘当された故郷を、下院選候補として駆けた。踊り子時代にためた資金で運動員10人を雇った。
 
立候補したトランスジェンダーはアリさんを含め5人。これまでは男女どちらかの性を選ばなければならなかったが、5月に成立したトランスジェンダー保護法で「第3の性」として立候補できると明記された。

アリさんらが負けを承知で立候補したのは、参政権を行使した実績を作り、少数者の訴えを全国に届けるためだ。同法は教育や福祉、雇用の機会平等も掲げるが、声を上げなければ偏見が運用を妨げかねない。(中略)
 
 ■なお偏見、命の危険
保守的な北西部カイバル・パクトゥンクワ州で偏見と闘う人もいる。ファルザナ・リアズさん(37)は、裁判でトランスジェンダーの人権擁護を促す判決を引き出し、行政の対応を改めさせる手法で、性別欄に第3の性を示す「X」と書かれた旅券や運転免許証を取得。メディアが取り上げた。

こうした草の根の運動が保護法への土台となった。

ただ、事件は後を絶たず、同州で過去3年間に殺害されたトランスジェンダーは地元NGOによると62人。暴行後に銃殺されたり、強酸をかけられたりする事件が今年だけで約480件起きた。

性的少数者を敵視する宗教政党支持者や性犯罪者などによるとみられ、警察や医師が取り合わず大半が未解決だ。リアズさんの自宅も二重の扉と四つの監視カメラがある。
 
トランスジェンダーは偏見のため職に就けず、多くは物乞い、踊り、売春でしのぐ。イスラマバードの商店街が縄張りのロマ・ジャンさん(30)は「物乞いなら1日500~800ルピー(1ルピー=0・9円)。結婚式の余興で踊れば2千ルピーほどもらえる」と話した。
 
売春は数百~1万ルピーと幅がある。売れっ子は豊胸手術を施し、顧客数十人を持つという。
 
冒頭のアリさんは数年前まで踊り子だった。感情のもつれから知人男性に強酸をかけられ、首から胸元に痕が残る。アリさんは言う。「鏡を見るたび悲鳴を上げたくなる。踊りや売春に頼る悪循環を断たなければ、悲劇が繰り返される」

 ■「障害」根強い見方、同性愛には刑罰
トランスジェンダーの権利が取り上げられるようになった事情の一つは認知度の高さだ。同国やインドではトランスジェンダーが地域ごとに「ヒジュラ」「クスラ」など様々な名で呼ばれ、伝統的に宮廷職員や祭事の舞踊集団として重んじられた。婚礼や出産祝いに踊り子を呼ぶ習慣も残る。
 
心と体の性の不一致を障害と捉える見方も根強い。障害者への施しという文脈なら、イスラム教に反しないことになる。
 
昨年3月に19年ぶりの国勢調査があり、1万人超がトランスジェンダーとして届けた。ただ、調査を避けたがる人も多く、現地の支援団体は独自調査から実数を約50万人と推計する。
 
一方、同性愛者の立場は厳しい。イスラム教の聖典コーランは、男性同士が親密な村に神が災いをもたらしたという話を取り上げて「言語道断」といさめる。同性愛は刑法で禁じられ、最高で終身刑となる。
 
トランスジェンダーの活動家(21)は「私の心は女性だから男性を愛するのは異性愛。イスラムに反する同性愛とは違う」と語った。【10月8日 朝日】
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ヒジュラ文化の土壌もあって、近年、法的保護は進展
記事にもあるように、インド、パキスタン、バングラデシュ、ネパールなど南アジアでは「ヒジュラ」と呼ばれる「第3の性」的存在が伝統的に存在していますが、この地域に隣接するミャンマーでも「ナッカドー」と呼ばれる「第3の性」的な霊媒師が存在します。

更に言えば、タイで「ニューハーフ」が非常に多いのも、南アジアやミャンマーにおける伝統的トランスジェンダー文化にも関連した東南アジア的な背景があるのでは・・・なって思ったりもします。

祭事などに携わるアウトカーストとしての「ヒジュラ」もイギリス植民地支配で排除傾向が強まり、また、一般的に所得は低く、買春や物乞いに向かう者も珍しくないなど差別の対象ではありましたが、ヒジュラ文化があったことが、他の多くのイスラム諸国よりトランスジェンダーというテーマが日の目をみやすかったといは言えるようです。

****公事としての性****
パキスタンで長く社会的に排除され、「人間以下」の扱いを受けてきたトランスジェンダーの権利回復は、2000年代に進みました。

2009年、パキスタン最高裁はトランスジェンダーを第三の性として認める判決を初めて下し、政府は公式の身分証明に第三の性の項目を加え始めました。トランスジェンダーが公式に認められたことは、その人権の保護の第一歩になったといえます。

その後、パキスタンでは「日陰者」と扱われてきたトランスジェンダーの認知度は改善していきました。2016年6月にはイスラーム聖職者の団体がトランスジェンダーの結婚がイスラームの教義にかなっているという判断を示しました。

2018年3月には民放TVが同国初のトランスジェンダーのニュースアンカーとして、マルビア・マリク氏を起用。

翌4月には、同国で初めてトランスジェンダー向けの学校も開設されました(イスラーム圏では学校や教室が性別ごとに分かれていることが一般的)。【5月24日 六辻彰二氏 Newsweek】
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2017年6月には、前出【Newsweek】にあるファルザナ・リアズさんに対し「第3の性」のパスポートが発行されたことが報じられています。

トランジェンダー保護法 努力目標で終わらせず、実効性あるものにするための措置を盛り込む 背景には差別の深刻さも
そうした流れの集大成として、2018年5月にはトランスジェンダーの権利保護を定めたトランスジェンダー法が成立しました。

****トランスジェンダーであるだけで殺される国」パキスタンに「LGBT法」成立****
<個人の事柄である「性」を、公的なものとして国が保護しようという姿勢は、日本より進んでいる>

2018年5月10日、パキスタン議会はトランスジェンダーの権利保護を定めたトランスジェンダー法を成立させました。

パキスタンは人口のほとんどをスンニ派のムスリムが占めます。イスラーム圏では性に関する伝統的な解釈が一般的で、同性愛に最も重い刑罰で死刑が課される国さえあります。

そのイスラーム圏の一角を占めるパキスタンで、トランスジェンダーに対する差別が法的に禁じられたことは、本来的には「私事(わたくしごと)」である性が「公事(おおやけごと)」となる、世界的な潮流を象徴します。

パキスタンのトランスジェンダー法
パキスタンで成立したトランスジェンダー法は、各人が男性、女性、そしていわゆる第三の性のいずれかを自らの性として表明する権利を保障し、パスポートなど公的な身分証明書での記載も定めています。

個人の属性を公的な書類で明記することは、法律上その個人の存在が公に認められることで、その権利を国家が保護するための第一歩です。

パキスタン初のトランスジェンダー・モデル
同法には、教育、雇用、医療などの現場でトランスジェンダーであることを理由とする差別、不公正な扱い、ハラスメントを禁じる条項もあります。

これらを努力目標で終わらせず、実効性あるものにするため、保護施設の設置、公務員の研修、性別ごとの刑務所の設置などが定められています。

さらに、後述するように、トランスジェンダーが経済的に困窮することも多いため、同法ではその解消のための措置も盛り込まれています。財産相続権が明記されたことや、企業や役所で雇用者の3パーセントをトランスジェンダーに割り当てるクウォーター制が導入されたことは、これに当たります。

この法令の違反によって不利益を受けた者は、刑事訴訟法や民事訴訟法に基づき、国家人権委員会に申し立てできます。

トランスジェンダー差別と迫害
パキスタンのトランスジェンダー法は、欧米諸国のLGBT保護法と比べても、総じて遜色のないものです。

ただし、トランスジェンダーに対する差別と偏見は根深くあり、ヘイトクライムも珍しくありません。現地NGOによると、2015年1月から2018年3月末までの間にパキスタン北西部だけで、トランスジェンダーを標的にした殺人事件が55件発生しています。(中略)

目立つのはむしろ、職業的テロリストでない平均的な市民が、大した理由がないままにトランスジェンダーを殺傷する事件です。

トランスジェンダー法が成立する直前の5月4日、同国北西部で結婚式に呼ばれてダンスを披露したトランスジェンダーが、報酬として受けとった1000ルピー(約1000円)に釣り銭を払えなかっただけで、顧客に銃殺されました。

些細なことで射殺されたトランスジェンダー
この事件は、パキスタンでトランスジェンダーが「人間以下の存在」として扱われがちなことを象徴します。そのため、トランスジェンダー法が成立したとはいえ、その理念が社会の隅々までいき渡るには、長い時間が必要と思われます。(後略)【5月24日 六辻彰二氏 Newsweek】
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なお、上記【Newsweek】でも紹介されているトランスジェンダーのニュースアンカーとトランスジェンダー向けの学校については、以下のようにも。

****パキスタン初、トランスジェンダーのキャスター誕****
極めて保守的な国として知られるパキスタンのニュース番組でこのほど、トランスジェンダー(性別越境者)のキャスターが初めて起用された。

これまで社会の周縁に追いやられてきたトランスジェンダーコミュニティーにとって画期的な出来事で、国民も好意的な反応を示している。
 
キャスターに抜てきされたのは元モデルのマルビア・マリクさん。23日、パキスタンの文化の中心地ラホールの民間テレビ局コヒヌールのニュース番組にデビューした。
 
マリクさんはAFPの取材に「家族は受け入れてくれず、認めてもくれなかった」と語り、そうしたあつれきからラホールでもっと良い将来を探そうと思ったと説明した。(中略)

トランスジェンダーの人々は依然として社会ののけ者として生活しており、物乞いや売春をせざるを得ない人も多いほか、搾取や差別、暴力の対象にもなっている。
 
21歳前後と伝えられるマリクさんは、自身の立場を活用して、人々が差別をせず、互いを何よりもまず人間として扱うように呼び掛けていきたいと話している。【3月29日 AFP】
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****パキスタン初のトランスジェンダー専用校****
パキスタンでトランスジェンダーを対象とした学校が4月に開校した。社会的・経済的に不利な立場に置かれたこれらの人々を教育面から支える。初等から高等教育までを行い、自立と社会的地位の向上を図る。

パキスタンは国民の96%以上がイスラム教徒というイスラム国家。経典『コーラン』はすべての人間の平等を説いているが、実社会ではトランスジェンダーへの差別が目立つ。開校が、市民の性差別緩和をもたらすことも期待される。

パキスタン初のトランスジェンダー専用の学校「ジェンダー・ガーディアン」は同国北部に位置するラホールに開校した。国内のトランスジェンダー人口は少なくとも1万人とされる一方で、運動家はラホールだけで3万人いるという。

ジェンダー・ガーディアンズの高等教育部門の職業訓練コースには、募集人員以上の約40人が入学した。4月中旬から服飾デザイン、調理、グラフィックデザインを含む8分野にわたるコースで勉強を開始している。

パキスタンでは、「第三の性」を持つトランスジェンダーは伝統的に神秘的な力を持つとされ、宗教儀礼に携わってきた。

法上での権利の保障は進み、最近では、ニュースキャスターにトランスジェンダーが起用されるなど、表向きには理解が進んでいるように見える。

しかし、実社会は違う。実際は家族に拒否され、社会でも虐待を受けている。学校に行けないため、仕事に就けず、売春に走る事例も多い。

ジェンダー・ガーディアンを創設したのは、国内NGO団体、エクスプローリング・フューチャー・ファウンデーション(EFF)だ。

アシフ・シェザード理事長は、「トランスジェンダーでも一般人同様に教育を受ければ、安定した生活を送れることを本人たちに知ってほしい。同時に、市民には差別意識を捨て、トランスジェンダーを受け入れてほしい」と語る。EFFは近日中に、首都イスラマバードや、カラチにも同様の学校を開校する計画だ。【5月28日 alterna】
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いずれの記事でも指摘されるのは、法的には表向き、トランスジェンダーの権利保護の動きが進んでいるものの、現実社会では差別が根強いことです。

まあ、そのあたりは想像に難くないところですが、そうであったにしても、トランスジェンダー保護法に“財産相続権が明記されたことや、企業や役所で雇用者の3パーセントをトランスジェンダーに割り当てるクウォーター制が導入された”というのは、イスラム国家パキスタンのイメージからすると信じ難いところです。

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制度を変えても人間の発想を急に切り替えたり、長年の偏見を一朝一夕になくすことは困難です。2013年5月に首都イスラマバードでトランスジェンダー(女性)が性的暴行を受けた際、警察は事件として扱うことを拒絶しました。

同様に、最高裁判決の後も、トランスジェンダーが公権力から無視される状況に大きな変化はなく、ハラスメントや暴力も絶えませんでした。

その結果、法的保護を求める声が大きくなったことが、トランスジェンダー法の成立に結びついたのです。【5月24日 六辻彰二氏 Newsweek】
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パキスタンにおける差別の深刻さが、保護法制定に結び付いたとも言えます。

日本 「私事」の領域にとどめる一方、国家が性的少数者の権利を守るという意味で「公事」として扱うことに慎重な立場
日本の場合は、暴力を伴うような差別は少ないものの、依然として性の問題は「私事(わたくしごと)」としてしか扱われていません。

****役割を放置する政治****
個人の権利は、公的機関によって、法に基づいて保護されることで、実質的なものになります。
言い換えると、個人的な事柄である性は、公的な事柄として扱われることで、その権利が保護されるといえます。

パキスタンのトランスジェンダー法は、性を理由に人間としての権利が認められない状況を、国家が改善する取り組みです。

一方、日本では大きな反対がないにもかかわらずLGBT保護の法案が成立しないままで、同性婚も国レベルでは認められないままです。これは先進国のなかでも数少ない例外です。

自民党が提示しているLGBT法案は、「国民が多様性を尊重できることを促す」とありますが、性的少数者への差別の禁止などは含んでいません。

これは性に対する個々人の認識を尊重するという意味で性を「私事」の領域にとどめる一方、国家が性的少数者の権利を守るという意味で「公事」として扱うことに慎重な立場といえます。

しかし、公権力に保護されることで、個人の権利が初めて実質的なものになることは既に述べた通りです。その意識を欠いた自民党案は、形式上はともかく、実際には少数者の権利保護に消極的といわざるを得ません。

「自分で自分の一生を選び取れる社会を作ること」が政治の役割なのだとすれば、現在のトランスジェンダーをめぐる日本の状況は、政治がその役割を放置しているといえるでしょう。【5月24日 六辻彰二氏 Newsweek】

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