(手が届くほどの低い場所に設置されているため、視界に飛び込んでくる大型の監視カメラの下を歩くチベット族の僧侶【3月14日 朝日】)
【ウイグルの「完全監視社会」】
新疆ウイグル自治区が、街角での突然の強制的なスマホ内情報のチェック、そうして方法を含む様々な方法で得られたデータの活用による「危険人物」の割り出し、AI活用の顔認証システム、さらにはDNA情報の利用・・・・等々で、近未来的な「完全監視社会」となっていることは、2017年12月23日ブログ“新疆ウイグル自治区 圧倒的な治安維持強化のもとで進む「完全監視社会」構築”でも取り上げました。
また、こうした監視体制のもとで「危険人物」とみなされた者は、法律的根拠の有無にかかわらず、当局が「教育センター」と呼ぶ劣悪な環境の強制収容施設へ送られていることは、2月17日ブログ“中国 新疆ウイグル自治区における強制収容所の実態 「唯一の罪は、ウイグル族に生まれたことだけ」”でも取り上げました。
その実態は定かではありませんが、89万人以上、ウイグル人密集地域ではウイグル人口の2〜4割が強制収容されているという、にわかには信じがたい数字も報じられています。
これだけの住民が強制収容されれば、残された家族、特に幼い子供はどうなるのか?という深刻な問題も派生します。
****ウイグル絶望収容所の収監者数は89万人以上****
<リークされた詳細なデータによれば、新疆ウイグル自治区のウイグル人密集地域で、ウイグル人口の2〜4割が中国共産党の「再教育」キャンプに強制収容されている>
トルコ・イスタンブル在住の亡命ウイグル人組織によって運営されているインターネットテレビ『イステクラルTV』は2月14日、「信頼できる現地の公安筋から入手した」として、新疆ウイグル自治区の強制収容施設に収監されているウイグル人やカザフ人の数を公表した。(中略)
漏洩した拘束者数がいつの段階のものかはわからないが、収容が大々的に始まった17年に作成されたと考えて間違いない。データは1212万人いるウイグル人口の71%をカバーしているが、県レベル以外のデータが明らかになれば、収監者数はおそらくさらに増える。
89万人を超す拘束者数は新疆全域のデータではないとはいえ、この数値からは多くを読み解くことができる。色で囲ったアクス地区、カシュガル地区、ホタン地区はいずれも住民に占めるウイグル人の割合が極めて高い土地で、データ上で明らかになった収監者数の約8割は、こうしたウイグル人密集地域から連れ去られている(中略)。
著名なウイグル人民族主義者の出身地も拘束率が高い。例えば現在の世界ウイグル会議総裁であるドルクン・エイサの出身地ケリピン県は2割以上、1930年代に東トルキスタンイスラーム共和国を南新疆に興そうとしたムハンマド・イミン・ボグラの一族が住んでいたホタン県では、ウイグル人やカザフ人の4割近くが拘束されている。(中略)
留守児童の死と、収容所で死んだ子ども
収容所では携帯電話を充電することさえできないが、ごくまれに内部の声も漏れ伝わってくる。
(中略)つまり収監の正当な理由など無いのだ。文化大革命の時代と同様、「反革命」「反愛国」的と見なされれば、誰でも収監される。
ウイグル人強制収容政策が始まって1年を過ぎた最近、国外在住ウイグル人の間で最も懸念されているのが、「留守児童」の問題だ。
親族が収容所送りとなり幼児だけ自宅に取り残されているケースが多発し、残された幼子たちは孤児収容所送りとなることが多いものの、自宅に残された幼児も多数いて、そうした子どもが事故死したとの事例も頻繁に聞こえてくるようになった。さらに「非人道の極み」として聞こえてくるのが、収監された子どもの死亡ニュースである。(中略)
17年10月13日の報道で、南新疆の孤児院の職員は場所と施設名を未公開とする代わりに、比較的詳細を語っている。
「両親が再教育施設収監のために孤児となった生後6ヶ月から12歳までのウイグル人の子ども達を預かっているが、突如として増えた子ども達であふれかえり、仔牛の群れを小屋に入れて飼育しているような状態だ」「福祉が追いつかず、週に一度だけ肉を使った食事を出せ、それ以外は基本的におかゆだけだ」「施設は厳重に制限され、外部者が施設内に入れない」(中略)
親族との連絡も途絶えており、子どものために帰国すれば、本人が拘束される恐れもあり、日本に連れてくることさえできない。(中略)
「シリアの戦場でさえ、シリア人たちはネットを通じて家族は連絡をしあっているのに」と嘆くウイグル人に、私は掛ける言葉もない。【3月13日 水谷尚子氏 Newsweek】
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【ウイグルに先立って監視社会が構築されたチベット】
2月に日本を訪問したチベット亡命政府のロブサン・センゲ首相によれば、ウイグルで問題となっている「監視社会」の手法はもともとチベットで実行された手法とのこと。
“最近、欧米メディアが新疆ウイグル自治区の監視社会化について盛んに伝えているが、実はそうした手法の多くはチベットでは既に導入済みだ。現在、新疆ウイグル自治区のトップは陳全国(チェン・チュエングオ)だが、前任地はチベットだ。
無数の監視カメラ、私服警官による巡視、無数の派出所と検問、トラブルが起きたときに地域全体のネットを遮断する情報封鎖などの手法はまずチベットで実行され、現在の新疆に持ち込まれた。数千人もの漢民族、チベット人が密告者として雇用されているとも伝えられている。”【2月21日 高口康太氏 Newsweek「ウイグル絶望収容所の起源はチベット」センゲ首相インタビュー】
そのチベットでは、2008年3月にラサで多数のチベット族の僧侶や住民が暴動を起こし弾圧された「チベット動乱」から、14日で10年を迎えました。
習近平指導部は、チベット自治区を経済的に発展させ、安定をアピールすることで統治の正当化を図る一方、不満や反発を抑えるための監視と統制を強化し続けています。
****チベット族に強まる監視、募る不満 ****
歴史的な寺院にほど近いチベット自治区ラサ市の中心部。コーヒーを片手にカフェの2階に上がると思わず息をのんだ。屈強な男達が窓際に陣取り、人が行き交う道路を見下ろしていた。小型のカメラを携えており一目で私服警官と分かる。道路からは全く気が付かなかった――。
昨秋、ラサを訪れたチベット族の男性が語った現状だ。自治区外からラサに入る際、チベット族は漢民族よりも厳しく検査された。
街のあちこちに監視カメラがあり、人工知能(AI)による音声解析も駆使して監視。「ラサでは身内同士でも本音はしゃべれない」と顔を曇らせる。
チベット族が多く住む青海省同仁県の住民は、2年ほど前に起きた事件が忘れられない。700年の歴史を持つ隆務寺の前の広場で、1人の若者が自らの身体に火を付けて亡くなった。信仰の自由を求め、抑圧に抗議する焼身自殺だった。
その現場で営まれた葬儀には千人以上が参加。広場を埋めた人々がチベット仏教の作法にのっとって手厚く葬った。「みんな思いは同じなんだとわかった」と涙を浮かべた。
中国はチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世に対して、独立を目指す「分裂主義者」として敵視している。チベット側は、目指すのは独立ではなく「高度な自治」だとして話し合いを求めているが、中国側は応じていない。
「何が起こるか不安だ」。チベット族が心配するのは82歳のダライ・ラマが亡くなった後のことだ。非暴力を掲げるダライ・ラマがいるからこそ、独立を主張する強硬派のチベット族も行動を控えている。不在になれば、抑えが利かなくなる可能性があるという。
ダライ・ラマの後継者は、死去後に生まれ変わりを探す「輪廻(りんね)転生」制度で決める伝統だ。ただ、チベット側の選定とは別に、中国政府も独自に生まれ変わりを探すようなら、チベット族の反発が一段と高まる恐れもある。
チベット族の立場も一様ではない。不満は持ちつつも、中国の経済成長で一定の恩恵に預かっている人は少なくない。子供の将来を考え、チベット語ではなく、中国語の教育を受けさせる人もいる。
“Xデー”が近づくなか、あるチベット族の女性は「答えの見つからない悩みばかりだ」とため息をついた。【3月12日 日経】
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【チベット固有の“Xデー”問題】
チベットはウイグルと似たような状況にありますが、チベットにはダライ・ラマが亡くなる“Xデー”の問題があります。
暴動発生の可能性もありますが、中国当局としては意向に沿う後継者を据えて、ダライ・ラマ14世という精神的支柱を失ったチベットのより強固な統治を実現するチャンスともなります。
チベット側は、後継者選定に中国当局が介入(パンチェン・ラマ11世で実施済み)することを恐れ、伝統的な“輪廻転生”によらない、高僧による会議による後継者選定にも言及するようになっています。
本来宗教には否定的な共産党が伝統的“輪廻転生”を強調し、宗教側が伝統によらない方法を模索する・・・という、なんとも皮肉なねじれた状況でもあります。
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――昨年、ダライ・ラマ法王は日本訪問をキャンセルした。健康問題を抱えているのか。年内に高僧の会合が予定されていると聞くが、転生問題が話し合われるのか。
健康状態は良好だ。検査でもそう診断された。訪日キャンセルは過労を主治医が心配して忠告したためだ。ダライ・ラマ法王は83歳のお年なのだから、休み休み働くのは当然だ。
高僧会合は3年おきに開催されている定期的な会合だ。転生問題を含む多くの議題が話し合われる。ただ、転生と後継者の問題は法王に決定権があることは強調しておきたい。当然だが、中国政府に決定権はない。
転生とは過去のラマの使命とビジョンを新たなラマが受け継ぐことである。先代のラマが亡命の身であれば、次代のラマも亡命者から生まれてくるのが道理だろう。われわれとしてはチベット問題が解決し、法王が帰還されることを望んでいるが。【前出センゲ首相インタビュー】
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【「焼身以外に抗議の方法ない」 その焼身自殺も減少 監視強化のためか、情勢安定か?】
厳しい「完全監視社会」によって、抗議行動も亡命できず、できるのは焼身自殺だけ・・・という悲痛な状況と言われています。
****<チベット>ラサ暴動10年「焼身以外に抗議の方法ない」****
2008年に中国チベット自治区ラサを中心にチベット人の大規模な暴動が発生してから14日で10年。インド北部ダラムサラに拠点を置くチベット亡命政府は中国に対し、自治区での「高度の自治」実現を求めているが、中国側との対話は進んでいない。中国では抗議の焼身を図るチベット人が相次ぎ、亡命チベット人の間には怒りが渦巻いている。
「チベットに自由を!」。米政府系の自由アジア放送(RFA)などによると、中国四川省で7日、40代のチベット人男性がこう叫んで自らに火を放ち死亡した。男性は普段から中国への不満を口にしていたという。
「チベットは中国の抑圧により、人が住める場所ではなくなった。焼身はその証明だ」。亡命政府のロブサン・センゲ首相は声明でこう嘆き、改めて中国に対話を呼びかけた。
チベット僧や市民による抗議の焼身は暴動の翌年の09年に始まった。その数は150人以上に上り、少なくとも130人が死亡している。
ニューデリーで取材に応じたダラムサラの亡命チベット僧、ベン・バグドロさん(45)は「チベットでは暴動以来、監視がいっそう厳しくなり、亡命も難しくなった。焼身以外に抗議の方法がない」と語る。
バグドロさんも過酷な経験をしている。1988年3月、ラサで抗議デモに加わり警官隊と衝突。発砲で左足を負傷し拘束された。
ラサの刑務所で3年間、政治犯として過ごし「連日、電気ショックなどの拷問を受けた」。国際人権団体の助けで91年に解放されインドへ亡命。「チベットに人権はない。中国は暴力的だ」と語る。
ラサ暴動ではデモ隊が警官隊と衝突し、他地域にも暴動が拡大。中国政府によると市民ら約20人が死亡したとされるが、亡命政府は数百人が死亡したと主張している。北京五輪直前だったことから国際的な注目を集めた。
北京では2022年も冬季五輪が予定されており、「チベット人は必ずまた声を上げる」(ニューデリーの亡命チベット人2世)との観測もある。バグドロさんは言う。「チベットは我々の国だ。決してあきらめることはない」【3月13日 毎日】
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しかし、残された家族・関係者への弾圧が強化されたことによって、焼身自殺もままならない状況にもなっており、そのことが最近自殺件数のペースが鈍っていることに現れているとも言われています。ダライ・ラマ14世も焼身自殺には否定的な対応をとっています。
一方、中国当局の見方によれば、自殺の減少は共産党指導による経済発展の実現による情勢の安定の結果だ・・・という話になります。焼身自殺だけでなく、亡命も激減しています。
個人的には、焼身自殺の発生がラサなどチベット自治区より周辺地域に多いようにも思われ、そのことの意味が気にもなっていますが、データ・情報がないのでなんとも。
中国当局の言い分がどこまで真相を反映しているのかはわかりませんが、前出【日経】にもあるように、経済成長・当局の施策による利益を得ているチベット人も一定にいることも事実でしょう。
“締め付けと並行する形で、習指導部は経済発展によるチベット族の懐柔に躍起だ。8日の分科会でチザラ・チベット自治区主席は「17年の域内総生産は10%増加した」「15万人の貧困人口を減らした」と実績を口にした。さらに、中国当局は国内から自治区に大量の教師を派遣し、中国語教育を強化、言語・文化面の「中国化」を急いでいる。”【3月12日 時事】
****チベットで抗議の焼身自殺、10年で150人超が図る*****
中国の少数民族チベット族と治安部隊が衝突し、多くの死傷者を出した2008年3月のチベット騒乱から10年。中国政府は弾圧と経済振興を使い分け、騒乱の再発を封じてきた。だが、チベット族の抗議の焼身自殺が後を絶たない。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(82)の後継者問題が不満噴出の「火種」としてくすぶる。
(中略)中国が統制を強める背景にあるのが、チベットの重要性の高まりだ。「チベット自治区は国家の安全を守る重要な砦(とりで)だ」。習近平(シーチンピン)氏は国家主席に就任した13年の全国人民代表大会(全人代)の会議で強調した。
中国政府が従来、力点を置いてきたチベット独立の阻止に加え、習氏はチベットを国境問題があるインドに対する「最前線」と明確に位置づけた。16年の同自治区の治安対策予算は、07年の5倍以上に急増した。
同自治区に隣接する四川省・成都。チベット族が集まる「武侯祠」周辺に数年前から大型の監視カメラが数十メートルおきに取りつけられた。ここのカメラは中国の一般的なサイズの約2倍。「監視していると見せつける狙いがあるんだろう」。民芸品店を営むチベット族の女性がつぶやいた。
中国政府は外国メディアによるチベット自治区内での取材を厳しく制限。四川省でも3月上旬、チベット族の地域につながる道路に検問を設け、外国人の立ち入りを禁止した。一方、習氏は「チベットの経済発展こそが問題解決の基礎だ」と貧困対策に力を入れる。
チベット族の建設労働者の男性(42)は12年に習指導部が発足してから、3カ月に1度、家族1人あたり500元(約8500円)超を低所得者の生活支援金として受け取るようになった。月収が3千元ほどの男性にとっては小さな金額ではない。男性は「習さんには、とても感謝しています」と笑顔を見せた。
四川省にある甘孜(カンゼ)チベット族自治州の地方政府職員は「私たちよりも収入が多い『貧民』もいるぐらいだ」と苦笑いした。
厳しい国境監視、亡命者減少
チベット亡命政府があるインド北部ダラムサラには、チベットから逃れた難民たちが暮らす。難民の大半はダライ・ラマが率いた亡命政府に登録してもらおうと、まずはダラムサラを目指してきた。
ところが、逃れてくる人の数が騒乱後に激減した。07年までは年間2千人前後が来ていたが、昨年は116人にまで減った。(中略)
亡命政府が難民の数が減った理由として挙げるのが、中国当局などによる国境警備の強化だ。中国とインドの国境地帯は両国の軍による厳しい監視があり、越境が困難で多くの難民はネパールを経由してきた。
だが、ネパールは近年、共産主義を掲げる政権が続いたこともあり、中国の要請を受けて国境管理を強化。亡命政府のロブサン・センゲ首相は「中国はネパール警察に装備を供与し、訓練もしている」と危機感をあらわにする。(後略)【3月14日 朝日】
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【中国の影響力拡大になびく外国企業・関係国】
焼身自殺や亡命の減少が当局の施策による“情勢の安定”ではなく、単に監視強化によるものだったとしても、その封じ込め策は功を奏しているようです。
中国とかかわる企業・国家も、中国の強い意志に沿う方向になびいています。
最近では、ダライ・ラマの言葉を引用したベンツが謝罪に追い込まれたケースが話題になりましたが、中国と領有権をめぐり小競り合いを続け、チベット亡命政府も抱えるインドも、あまり波風たてない方向のようです。
****ダライ・ラマ行事中止 インド政府が中国に配慮か****
チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世がインドに亡命して来年で60年となるのを前に、チベット亡命政府がニューデリーで企画していた記念行事が中止されたことが8日までに明らかになった。
インド政府高官が中国との関係が「敏感な時期だ」として、政府職員らに参加自粛を通知したことを受け、大規模な開催を見送ったとみられる。中国に配慮を見せたインドの対応が波紋を広げそうだ。
亡命政府は31日と4月1日に、ニューデリーの競技場などで、インドの支援に感謝する行事を企画し、ダライ・ラマによる演説も計画されていた。
だが、亡命政府はこのほどニューデリーでの予定を取り消し、本拠があるインド北部ダラムサラで規模を縮小して実施することを決めた。
ダライ・ラマ法王ニューデリー代表部事務所は産経新聞の取材に「インド政府の対応を尊重する」としており、インド側の動きを受けた中止措置だったことをのぞかせている。
印英字紙インディアン・エクスプレスなどによると、インド政府高官の参加自粛を流す通知は2月下旬に出されており、中印関係が昨夏のドクラム(中国名・洞朗)地区での対峙などを通じてこじれる中、これ以上の摩擦を回避したい思惑が見える。
モディ政権は、2014年5月の首相就任宣誓式に亡命政府のロブサン・センゲ首相を招くなど、亡命政府側に一定の配慮を見せていたが、今回の措置は「亡命政府の政治的活動に距離を置くという古い立場に戻っている」(ネール大のアルカ・アチャリャ教授)との声が上がっている。【3月8日 産経】
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中国の監視体制強化・国際的影響力拡大にあって、“Xデー”問題を抱えるチベット側は難しい対応を迫られることが多くなりそうです。