孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

サウジアラビア・ムハンマド皇太子は「改革者か、それとも悪党なのか」 独裁者を歓迎する風潮

2018-03-14 22:34:04 | 中東情勢

(メイ首相に手厚くもてなされたサウジアラビアの実権を握るムハンマド皇太子 画像は【3月8日 NHK】)

【「改革」と強権・人権無視
従来は保守的イスラム主義で知られていた中東サウジアラビアにあって、実権を掌握したムハンマド皇太子による、女性の自動車運転解禁などの幾ばくかの社会的自由化を含んだ政治・経済・社会における「改革」路線が進行していること、国内的にはこの「改革」が国民から概ね歓迎されていることは、2017年12月19日ブログ“サウジアラビア  国民に支持される経済・社会改革 パレスチナを置き去りにするイスラエル接近”などでも取り上げてきました。

今年に入ってからも、主に女性に対する抑圧・束縛の緩和に関するニュースなどが報じられています。

“サウジ、競技場での女性のサッカー観戦を12日から解禁 同国史上初”【1月8日 AFP】
“初の女性向け自動車ショールーム開店 サウジ”【1月12日 AFP】
“女性に運転を、27年前に握ったハンドル サウジ、6月から解禁”【1月15日 朝日】
“「女性へのアバヤ着用義務付け、必要ない」 サウジの高位聖職者が発言”【2月11日 朝日】
“「牙を抜かれた」サウジの宗教警察、社会に解放感も一抹の不安”【2月15日 AFP】
“女性の省庁次官が初めて誕生、軍勤務も可能に サウジ”【3月1日 CNN】
“サウジ、初の女子マラソン大会を開催 数百人が伝統衣装で参加”【3月5日 AFP】

どうでもいいことではありますが、最後の“伝統衣装で女子マラソン”というのは、酷暑のサウジアラビアにあって、聞くだけで汗が吹き出しそうですが、日差し除けになってかえって好都合なのでしょうか?(イスラム女性の全身を覆う衣装は、乾燥地帯で日差しがきつい中東だからこそ生まれたスタイルだとの指摘もあるようです)

当然ながら保守派からの反発・せめぎあいもあることは、上記“「牙を抜かれた」サウジの宗教警察、社会に解放感も一抹の不安”のほか、下記のようなニュースにも見てとれます。

****人気歌手のコンサートで踊り禁止、サウジアラビアで批判殺到****
サウジアラビアで開催予定のエジプト出身の人気歌手ターメル・ホスニーさんのコンサートを前に、事前販売されているチケットに「踊りや体を揺らすことは禁止」という注意書きが載せられ、ソーシャルメディア上ではこれを嘲笑したりからかったりする批判の投稿が殺到している。(中略)
 
サウジアラビアは現在、近代化に向けた社会改革に取り組んでおり、最近では海外から著名アーティストを招待してコンサートを開催している。会場では男女が踊り出す様子も見られるが、そのような光景はつい近ごろまで考えられなかったことだという。
 
社会改革を進めるムハンマド・ビン・サルマン皇太子はエンターテイメントに関する選択肢を増やし、原油価格の下落による助成金の削減に対する不評との均衡を図ろうとしている。

一方、サルマン皇太子の改革にイスラム強硬派の聖職者たちは反発している。【3月7日 AFP】
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ムハンマド皇太子の一連の社会改革は、社会の在り方に関する皇太子の考えを反映したものでしょうが、同時に、女性や若者の支持を背景に権力掌握を確かなものにしようという政治的意図もあってのことでしょう。

「改革」にあっては、「反腐敗」名目の一斉捜査で王族ら350人が逮捕された財産を没収される政治的動きも平行しています。

****大富豪のサウジ王子が釈放 「反腐敗」捜査、権力固めか****
サウジアラビア政府による「反腐敗」名目の一斉捜査で逮捕された王族ら350人の一人、大富豪のアルワリード・ビン・タラル王子が27日、釈放された。

次期国王候補のムハンマド皇太子が率いた大規模捜査は、個別の容疑や処分内容が公表されぬまま、同皇太子の対抗勢力になり得る有力者の多くが失権する形で幕引きとなりそうだ。一連の捜査が、同皇太子の権力固めの一環だったとの見方が強まっている。(中略)

「聖域なき改革」を掲げるサウジ政府は昨年11月以降、ムハンマド皇太子が率いる「反腐敗最高委員会」の主導で王族や閣僚らを含む350人を逮捕。贈収賄や着服の容疑をかけた。

同国の衛星テレビ局アルアラビアによると、1月下旬までに多くが容疑を認めて「和解」に応じ、現金や不動産などの資産を国庫に納めた。一方、90人は嫌疑なしとして釈放された。【1月29日 朝日】
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国民受けのいい「聖域なき改革」によって政敵を打倒し権力を確実なものにするというのは、中国・習近平国家主席の「トラもハエも・・・」にもよく似ています。

この汚職取り締まりは、相当に強権的・暴力的に行われているとの指摘もあります。

****サウジ汚職取り締まり、被拘束者らへの虐待が横行 米紙報道****
米紙ニューヨーク・タイムズは12日、サウジアラビアで進められている大規模な汚職取り締まりで、身柄を拘束されている人々が威圧や身体的な虐待を受けており、釈放後も恐怖心や不安感にさいなまれていると報じた。
 
同紙によると、虐待を受けて少なくとも17人が入院。また目撃証言によると、拘束中に死亡したある将軍は首の骨が折れていたという。
 
王子や閣僚、大物実業家を含む容疑者381人の多くが依然軍の監視下に置かれており、中には位置追跡用の足輪の着用を強制されている人もいると、同紙は伝えている。(後略)【3月12日 AFP】
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イエメンへの軍事介入、カタールとの断交、といった外交上の強硬姿勢も、ムハンマド皇太子が主導しているといわれています。

そのイエメンは、サウジアラビアの激しい空爆もあって、国連も人道危機を懸念する悲惨な状況になっています。

****<国連事務次長>イエメン支援訴え「深刻な人道危機****
来日中のマーク・ローコック国連事務次長(人道問題担当)が20日、東京都内で毎日新聞の取材に応じた。

内戦が続き、感染症も拡大しているイエメンについて、人口約2700万人のうち2200万人以上が食料や医療の支援を必要としており、「世界で最も深刻な人道危機に直面しており、国際社会の支援が必要だ」と訴えた。
 
ハディ暫定政権とイスラム教シーア派系武装組織フーシの争いが続くイエメンでは、暫定政権を支持するサウジアラビア主導の連合軍の介入で戦闘が激化。

国連人道問題調整事務所(OCHA)のトップでもあるローコック氏は「支援が届くように国内のアクセスを改善し、内戦の当事者らに戦闘の縮小を働きかける必要がある」と主張した。(後略)【2月20日 毎日】
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ユニセフは1月16日、イエメンで内戦が激化した2015年3月以降に死傷した子どもが5000人余りに達したこと、また、深刻な栄養失調に陥り命の危険にさらされている子どもも40万人に上っていることを報告しています。

国際的批判も強く、また、サウジアラビアにとって財政的負担も大きいイエメンの“泥沼”に、ムハンマド皇太子も相当に焦っているとの指摘もあるようです。

以上のようにムハンマド皇太子の施策には、女性の権利拡大などの評価される側面だけでなく、暴力的な政敵打倒とか国際的人道危機を招いているといった側面もあります。「改革者」とは言っても、基本的には人権を尊重しているとは言い難い独裁的強権支配者でもあります。

ムハンマド皇太子の訪英を手厚くもてなしたメイ首相
ただ、多くの国にとっては、サウジアラビアの資金力は魅力的であり、イギリス・メイ首相もムハンマド皇太子の訪英を手厚くもてなしています。

****サウジアラビア皇太子が訪英「改革者か悪党か****
中東サウジアラビアの王位継承者ムハンマド皇太子は、就任後、初めてイギリスを訪問し、メイ首相から自身が主導する改革への協力を取り付けた一方、軍事介入を続けるイエメンの内戦が人道危機を招いているとの批判にも直面していて、賛否が分かれる中での外遊となっています。

サウジアラビアのムハンマド皇太子は、石油に依存した経済からの脱却を進めるため、世界で唯一禁止されてきた女性の運転解禁を決めて、社会進出を促すなど、父親のサルマン国王とともに改革を進めています。

ムハンマド皇太子は、国内への投資を呼び込み、改革を加速させるため、就任後、初めてとなる外遊に乗り出していて、欧米では最初の訪問国になるイギリスに滞在しています。

7日にはメイ首相と会談し、今後数年間で、およそ9兆5000億円を目標に両国間の貿易・投資案件を進めることで合意し、改革への協力を取り付けました。

イギリスの首相府は、改革によって女性の権利が向上している点を評価するとともに、イギリスがEU=ヨーロッパ連合から離脱を進めるうえで関係強化が重要だと意義を強調しました。

一方、サウジアラビアが軍事介入を続けるイエメンの内戦が人道危機を招いているとして、抗議デモが行われるなど、皇太子が主導する軍事作戦に批判の声も上がっています。

イギリスメディアは、ムハンマド皇太子を「改革者か、それとも悪党なのか」と表現するなど、内政と外交で相反する評価を伝えていて、賛否が分かれる中での外遊となっています。【3月8日 NHK】
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ブレア元首相やブラウン元首相らの「ニューレイバー」に対して「オールドレイバー」とも称される、伝統的左翼を堅持するコービン労働党党首はさすがに、「イギリス政府は、イエメンにおけるサウジアラビアの犯罪を支持するため欺瞞行為に訴えている」【3月11日 Pars Today】と噛みついています。

【“彼が改革を実行する基本的な手法は、権力をできる限りかき集めることだ”】
コービン党首のような批判はありますが、昨今の国際政治の環境にあっては、メイ首相がムハンマド皇太子を手厚くもてなしたように、独裁的指導者が高く評価される傾向にもあるようです。

*****改革派」皇太子に期待し過ぎるな****
欧米にもてはやされた独裁者たちの見果てぬ夢 抑圧的支配による民主的改革という矛盾

(中略) 独裁的指導者の人気が高まっている理由の1つは、ドナルド・トランプ米大統領だ。トランプは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領やフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領、エジプトのアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領など「タフガイ」への共感を隠そうとしない。
 
欧米の政府が他国の支配者を選ぶことはできないが、彼らは独裁者が安定をもたらすという考えを信じているようだ。しかし現実には、強権的支配者は善意のあるなしにかかわらず、優れた実績を残していない。
 
50年代~60年代、アラブ革命によってエジプトでガマル・アブデル・ナセルが、アルジェリアでウアリ・ブーメジエンが、シリアでハフェズ・アサドが政権に就き、発展と社会改革と国力の増強を約束した。ただし、彼らが築いた国家は、機能したとしても短期間だった。 

革命の情熱が薄れ、穏やかな経済成長が尻すぼみになるとその空白を武力が埋めた。彼ら革命指導者の後継者はイデオロギーで世論を動かそうとしたが、中途牛端でしかなかった。

「チャベス革命」の末路
(中略)その後、エジプトのホスニ・ムバラクや、アルジェリアのシヤドリ・ベン・ジェディド、シリアのバシヤル・アサドがそれぞれ大統領の座を継いだ頃には政権の正統性が弱まっていた。

国が方向を見失いかけた状況では市民を抑圧的に支配する以外に、統制を取る方法はほとんど残されていなかった。
 
これはアラブ世界だけの問題ではない。ベネズエラでウゴ・チャベスが始めた「民主的革命」は、後継大統領のニコラス・マドゥロが経済破綻という形で完成させようとしている。

オスマン帝国を倒してトルコ共和国を樹立したムスタフア・ケマル・アタチュルクによる政教分離の世俗主義さえ、今では多くの国民にとって魅力が薄れている。

(中略)大規模で複雑な社会で改革を実現するためには、ある程度の国民の合意と権限の移譲が必要だ。どちらも典型的な独裁者にとっては、いくら改革志向が高かったとしても受け入れ難い。
 
その結果、強権政治は社会の不安定を招き、暴力や腐敗、過激化などの病をもたらす。

これは分かり切った事実に思えるのだが、欧米諸国は強権的支配者の考えに迎合するだけでなく、促進してきた。
 
エジプトのシシは、欧米からムハンマドほど温かく歓迎されているわけではないが、テロリストを残虐に殺害し、経済改革を推進する姿勢が主要国から称賛されている。

政敵や批判を徹底的に封じるやり方も、形式的に非難されているにすぎない。
 
欧米の為政者にしてみれば、独裁者のほうが付き合いやすく見えるに違いない。何しろ、民半王義は厄介なものだ。
世論に敏感な民主主義者より独裁者のほうが、例えばアメリカに迎合しても、それほど国内に気を使う必要はない。

民主主義は扱いにくい?
さらに、民主主義が選ぶ指導者は、欧米から見れば独裁者よりはるかに都合が悪い場合もあるだろう。リビアとイエメンが現在の混乱を生き延びることができるとしたら、おそらく強権的な支配者の下でのことだ。

国際社会の指導者も基本的に彼らを歓迎し、流血と混乱がようやく終わることに安堵するというわけだ。
 
ただし、独裁者がもたらす安定と治安は決して堅固ではない。彼らの権力を脅かすような社会のひずみが生まれ、反発、抑圧、急進化、暴力の悪循環が繰り返されることになる。 

それでも、ムハンマドのような人物の登場に内外からの期待を感じずにいられない。隣国イエメンの内戦への介入は泥沼化を招いているが、自国では新しい社会契約を築こうとしている。

サウジアラビアを「投資のハブ」にして、女性に自動車の運転を認め、若者に機会を与える。これらの改革は、サウジアラビアが崩壊するか、崩壊する危機よりはるかに好ましい。 

しかし、欧米がムハンマドを歓迎する本当の理由は、彼がイスラム教を「正す」と改革を約束していることだ。同じ目標を掲げるシシよりも、メッカとメディナという「二聖モスクの守護者」であるサウジ国王の後継者ムハンマドのほうが言動に重みはある。(中略)

とはいえ、サウジアラビアの人々や欧米の支配層がムハンマドに熱い視線を送るのは筋違いだろう。彼が改革を実行する基本的な手法は、権力をできる限りかき集めることだ。
 
ムハンマドが改革を達成できず、国民に約束している生活と現実の差が明らかになって、抗議の声が広がったときに、代償を払うのは彼を支持している人々だ。
 
失敗するとは限らないが、強権的な支配者が民主的な改革に成功するとしたら、予想外であり皮肉な結果だ。【3月20日号 Newsweek日本語版】
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そもそも「今の私たちはリベラルな民主主義型の政治形態こそが標準的だと捉えがちだが、それは違う。人類史全体で見れば、民主主義の歴史は国際秩序の観点ではとても浅い」(英オックスフォード大学中国センターのジョージ・マグヌス准教授)という基本的問題があります。

****深刻な危機に直面している民主主義****
(中略)一方、人権活動家らは、世界各地にみられる権威主義者や独裁者が、グローバル化や産業の衰退、テロ、移民流入に対する国民の不満を利用して自らの行為を正当化していると警鐘を鳴らしている。
 
人権監視団体「フリーダム・ハウス」によれば、民主主義は2017年に個人の自由が12年連続で衰退したことが分かっており「この数十年で最も深刻な危機に直面」しているという。
 
また、トランプ政権下の米国は、他国で起きた問題行為を非難する立場でいられるほどの倫理的権威をもはや失い、欧州はハンガリーとポーランドで台頭したナショナリストに悩まされていると指摘する声もある。
 
1990年代、フランシス・フクヤマ氏をはじめとする知識人は、リベラルな民主主義と資本主義が共産主義や全体主義に対して優越する正当性を獲得し、人類がついに「歴史の終焉(しゅうえん)」に到達したのではないかと問い掛けた。
 
しかし20世紀の終わりを待たずして、専門家らは半独裁国家の台頭に警鐘を鳴らした。民主主義と独裁制の中間に位置しているのはトルコやロシアなどの国だ。
 
中国は、政治的自由のある多元的社会を構築するという考えからは徹底的に距離を置いてきた。しかも急速に経済成長を遂げ、軍事力を拡大してきたことと相まって、反民主主義型の政体の見本としてその役割を果たしている。【3月13日 AFP】
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“国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのケネス・ロス代表は、民主主義的な指導者には、独裁政治や、著しい抑圧によって権力を握り続けようとする独裁者を非難する責任があると主張する。”【同上】とも。

真ん中から突き落とされた人々の、真ん中的な政治への逆襲
最近は、ポピュリズムという形で国民の不満を利用して権力を握る勢力も目につきます。国民がこうしたポピュリズム勢力を受け入れがちな背景としては、イタリアでの「同盟」や「五つ星運動」の台頭に関して以下のようにも。

****浜矩子「真ん中から突き落とされた人々の恨みつらみが、真ん中的な政治に逆襲」****
(中略)なぜ、政治的真ん中が拒絶されたのか。それは経済社会的な真ん中が抜け落ちたからである。いわゆる中間層からどんどん人々が追い出され、突き落とされ、下層へと転落していく。真ん中が空洞化していく。

真ん中から突き落とされた人々の恨みつらみが、真ん中的な政治に逆襲の声を上げている。この声を煽り立てているのが、現代の偽預言者たち、すなわち、いわゆるポピュリストどもである。その扇動にいくら乗っても、人々は真ん中に戻れはしない。

真ん中から縁辺に追いやられた人々は、真ん中に連れ戻してあげなければいけない。さらにいえば、何人も縁辺に置き去りにしておいてはいけない。そこが肝心なところだ。

だが、偽預言者たちにそれはできない。彼らは外敵を指し示すばかりだ。それに人々が気づいた時には、既に手遅れかもしれない。

ふと我に返った時、人々は得体の知れない排外的独裁体制下で、二度と真ん中には戻れない場所に封じ込められてしまっているかもしれない。これは他人事ではない。【3月13日 浜矩子氏 AERAdot.】
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