孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

戦時中の中国人労働者強制連行をめぐり、三菱マテリアルが「歴史的責任」を認めて大規模和解

2016-06-02 22:44:52 | 東アジア

(1942年(昭和17年)11月27日、東條内閣は、戦中で人材不足していた日本産業界の要請で「華人労務者内地移入二関スル件」を閣議決定。その「自由募集」の建前とは別に、半強制的に連行され、過酷な労働管理(日本への船中で564人が死亡。足尾銅山では到着3か月で60%が死亡)が行われた実態もあったと思われます。
外務省報告書の移入集団別素質によると、日本全国の135事業所に38,935人が送られ、6,830人が死亡していることが記されているとのことです。【ウィキペディアより】
写真は秋田県花岡鉱山で働く中国人労働者【http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2013-09/20/content_30079191_2.htm】)

歴史的責任を認め、深甚なる哀悼の意を表する
戦時中の強制連行をめぐり、中国人元労働者の一部と三菱マテリアルとの間で大規模な和解が成立したことが注目されています。

****三菱マテリアルと和解=元労働者側と全面解決へ―戦時中の強制連行・中国****
戦時中に日本へ強制連行され、過酷な労働を強いられたとして、三菱マテリアル(旧三菱鉱業)に謝罪や賠償を求めていた中国人元労働者側は1日、同社と和解の合意書を取り交わしたことを明らかにした。これにより、同社の強制連行問題は全面的に解決する見通しとなった。
 
関係者によると、三菱側が「歴史的責任」を認め、基金を設けて1人10万元(約167万円)を支払うなどの内容。支払いは同社関係の元労働者3765人全員が対象となり、日本企業の和解では過去最大。
 
強制連行問題では2014年以降、中国各地で企業や日本政府に訴訟を起こす動きが相次いだ。これ以降、日本企業と被害者側が解決に向け和解に達するのは初めて。訴訟とは別に双方の直接交渉が進んでいた。

賠償を求める動きは他の日本企業に波及する可能性があり、韓国の徴用工問題にも影響を与えそうだ。【6月1日 時事】 
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“1972年に発表された日中共同声明で、中国の戦後賠償の請求を放棄しており、日本政府は「国家間と同様に個人の賠償請求権も放棄した」との立場を取ってきた”という日本側にあって、今回三菱マテリアルが和解に応じた背景には、中国国内における訴訟の行方次第では大きな損失を蒙る恐れがあるという現実的理由があるとも指摘されています。

****中国元労働者との和解、日本企業に警戒広がる 敗訴なら財産差し押さえの懸念**** 
三菱マテリアルとの和解成立後、中国人元労働者らが1日午後に発表した声明文で、当事者ではない日本政府やほかの日本企業にも言及した。

「日本政府とほかの加害者企業も三菱マテリアルのように歴史を直視し、強制連行労働者の問題で正しい決断をするよう求める」と呼びかけると共に、「われわれは日本政府が中国人労働者を強制連行した責任を今後も追及し続ける」と宣言した。
 
中国の官製メディアは、今回の和解を日本に対する“歴史戦”の大きな成果として、大きく宣伝している。
 
1972年に発表された日中共同声明で、中国の戦後賠償の請求を放棄しており、日本政府は「国家間と同様に個人の賠償請求権も放棄した」との立場を取ってきたが、中国側は個人の請求権はあると主張している。

1990年代以降、元中国人労働者は日本国内で日本企業を相手にとり損害賠償を求める訴訟を起こしてきたが、ほとんど敗訴しており、2007年に日本の最高裁は、元労働者らの訴えを棄却した。
 
元労働者らを支援する団体が2013年春、北京や河北省など複数の中国国内の裁判所に提訴し、一部受理されたことが今回の和解の背景にあると関係者が指摘する。

中国の司法は中国共産党の指導下にある。近年の日中関係が悪化していることもあって、裁判が始まれば日本企業が敗訴する可能性が極めて高いといわれている。

日本企業の関係者は「日本の大手企業のほとんどは、中国に投資しており、裁判に負けて財産が差し押さえられることをみんな警戒している」と話している。
 
しかし、日本の最高裁が賠償請求を認めなかった中国人被害者に対し、民間企業が自主的に謝罪し巨額な金銭補償に応じたことは、ほかの日本企業に影響することは必至だ。

日中戦争に多くの遺留問題があると中国側は主張しており、今後、同じような訴訟が多発する恐れがある。【6月1日 産経】
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そうした企業としてのリスク判断は想像に難くないところですが、“労働者の人権が侵害された歴史的事実”を認め、“深甚なる哀悼の意”を表した「謝罪文」の“率直さ”は非常に驚きでした。

****謝罪文要旨と和解文書の骨子****
三菱マテリアルの謝罪文要旨と同社と中国人被害者側との和解文書骨子は以下の通り。

<謝罪文>
・第二次大戦中、日本政府の閣議決定に基づき、約3万9000人の中国人労働者が日本に強制連行された。前身の三菱鉱業と下請け会社は、3765人の中国人労働者を受け入れ、劣悪な条件下で労働を強いた。この間、722人が亡くなった。

・「過ちて改めざる、是(これ)を過ちという」。弊社は労働者の人権が侵害された歴史的事実を率直かつ誠実に認め、痛切なる反省の意を表する。当時の使用者としての歴史的責任を認め、労働者と遺族に深甚なる謝罪の意を表する。亡くなった労働者に対し、深甚なる哀悼の意を表する。

・弊社は、日中両国の友好的発展への貢献の観点から、終局的・包括的解決のため設立される労働者と遺族のための基金に拠出する。記念碑の建立に協力し、この事実を次の世代に伝えていくことを約束する。

<和解文書>
・三菱マテリアルは歴史的責任を認め、深甚なる謝罪の意を表す。被害者らは謝罪を受け入れる
・同社は本件の解決のため設立される基金に金員を拠出し、謝罪の証しとして、直ちに1人当たり10万元(約170万円)を支払う
・同社は日本国内で歴史を語り継ぐ慰霊追悼事業を実施し、日本での記念碑の建立に1億円拠出する
・同社は被害者、遺族が追悼行事に参加するための来日費用として1人当たり25万円支払う
・同社は所在不明の被害者、遺族を捜す調査のため2億円を拠出する【6月1日 毎日】
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戦後70年にあたり日中関係を総括した安倍首相談話にしても、先日広島を訪問した先のオバマ米大統領所感にしてもそうですが、こうした微妙かつ影響が大きい文書にあっては言葉の一言一句が問題にされ、また、多くの言葉がちりばめられるなかにあって、率直な気持ちが見えにくい(もっと言えば、“意図的に隠されている”)ことが多々あります。

そうした公的談話・所感に比べると、今回謝罪文は非常にストレートなものになっています。
もちろん民間企業の行為・文書ですから日本政府は関知しないという立場でしょうが、大きな影響を有する問題ですから事前に政府との相談・調整があったと思われます。こうした“率直な”謝罪に対し、日本政府側の反応はどのようなものだったのでしょうか?

【「被害者への謝罪や犠牲者への深い哀悼の表明は我々の心に届いた」】
元労働者や遺族の高齢化が進むなど当事者側にも早く決着させたいという思いがあるということ以外にも、三菱マテリアルの真摯な言動が中国の元労働者やその遺族の「心に届いた」ことが、今回和解の進展にもつながったようです。

****三菱マテ「深甚なる謝罪」 中国人強制労働、和解・支払いへ****
戦時中に日本に強制連行されて過酷な労働を強いられたとして、中国人元労働者らが損害賠償を求めている問題で、三菱マテリアル(旧三菱鉱業)が1日、3人の元労働者と和解した。同社は「深甚なる謝罪の意」を表明。残る元労働者や遺族らと順次、和解の手続きに入る。同様の問題を抱える他の企業にも影響を与えそうだ。

「第2次大戦が終結して70年以上がたち、強制労働問題が一定の解決に至った。これは大きな勝利だ」
和解した3人のうちの1人で、三菱マテリアルの福岡県の飯塚鉱業所で働かされたという閻玉成さん(86)は1日午後、北京のホテルでの記者会見で大きな声で語った。
 
午前にあった和解合意書の調印式に出席した関係者によると、同社幹部は「長い間つらい思いをさせて申し訳ありませんでした」などと発言。調印式の前に、亡くなった元労働者らに黙祷(もくとう)を捧げたという。
 
同じく飯塚鉱業所で父親が強制労働を強いられたという50代の男性は「金額の多少はかまわない。被害者への謝罪や犠牲者への深い哀悼の表明は我々の心に届いた」と語った。
 
ばらばらに活動していた原告団は2013年に入り、統一交渉団を結成。これを機に三菱側との和解協議が進み始め、三菱側は14年末までに、元労働者に1人当たり10万元(約170万円)を支払うことなどを柱とした和解案を提示。1団体を除く5団体は基本的に受け入れ姿勢になったが、支払金を管理する委員会の構成などをめぐり、団体間の調整が続いていた。
 
年々、生存者が少なくなるなか、「生存者がいるうちに解決することが重要」との立場から和解の受け入れを決断したという。
 
ただ、元労働者や遺族の認定作業は簡単ではなく、時間がかかりそうだ。また中国の裁判所に提訴した1団体は、三菱側が中国からの強制連行への関与を認めていないなどとして和解受け入れを拒んでおり、全面的な和解に達するかはなお微妙な情勢だ。【6月2日 朝日】
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****<中国人強制連行和解>被害者代表、三菱側の内容評価****
・・・・記者会見で、被害者代表の閻さんは「和解が成立し、喜んでいる。将来に目を向けて互いに平和的に共存していきたいと思う」と述べた。
 
病気のため代理出席した※(「門」構えのなかに「敢」)さんの娘は「昨夕、電話で父に和解の結果を伝えたら、父はとても喜んだ。長い時間がかかり容易ではなかったが、この良いニュースを中国だけでなく世界に発表してほしい」と強調した。
 
会見場には、和解には賛成だが、調印式を知らされていなかった遺族らも参加を求めて集まり、警察がかけつける一幕も。詰めかけた遺族の一人、戴秉信さんは「和解の金額ではなく、謝罪文と記念碑の建立が関心事だった。三菱側の態度を評価する」と、穏やかな表情で語った。【6月1日 毎日】
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中国政府 日中双方の世論の動向を見極める姿勢
中国国内の反応については、“もろ手を挙げて歓迎”という訳ではないようです。
2日付の中国紙・京華時報が「中国の民間戦争被害者が、日本の責任を追及し賠償を求める上で、重要な象徴的意義がある」として、三菱マテリアルの姿勢を評価する解説記事を掲載していますが、多くのメディアは事実関係を淡々と伝えるにとどめているようです。

人民日報は事実関係を伝えておらず、“今後の日中関係に影響を与える双方の世論の動向を見極める思惑”とも。

****<中国人強制連行和解>日本の責任追及継続か 現地メディア****
日中戦争時の強制連行を巡り中国人被害者や遺族らと三菱マテリアル(旧三菱鉱業、本社・東京都)が和解したことについて、中国メディアは2日、「三菱が正式に謝罪した」との見出しで事実関係を淡々と伝えるにとどめた。

民間同士の和解の意義を強調する日本メディアと対照的に、中国メディアはその意義を「戦後補償問題を動かす大きな作用がある」点に置き「日本政府への責任追及は続く」などとする論調が目立った。
 
北京紙・新京報は「中国民間対日賠償請求連合会」の童増(どうぞう)会長のコメントを紹介。童会長は「(本件の)95%以上の被害者と遺族が和解に同意した」と述べたうえで昨年、中国で初めて強制連行に関する訴訟が受理された点を強調。「これがなければ三菱側は圧力を感じなかった。今後は日本政府と他の(日本)企業が設立した平和基金が、被害者に謝罪と賠償をするよう働きかけたい」と、今後も賠償請求を追求する姿勢を示した。
 
一方、国営新華社通信は中国外務省報道官の「日本は歴史に責任を負う態度に基づき、歴史問題に真剣に対処し適切に処理するよう求める」との発言を引用する形にとどめた。
 
また、中国共産党機関紙・人民日報は事実関係を伝えなかった。今後の日中関係に影響を与える双方の世論の動向を見極める思惑がありそうだ。【6月2日 毎日】
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中国政府の反応については、“中国外務省の華春瑩・副報道局長は1日、「日本が歴史に責任を負う態度に基づき、歴史問題について真剣に対処し、適切に処理するよう求める」とコメントした。現在の日中関係は南シナ海問題で対立しながらも経済分野では互いに相手を必要とする不安定な状態が続く。中国政府にとっても、日本企業が過去の加害の歴史を認める和解方式は受け入れやすかったとみられる。一部の被害者は今回の和解枠組みに同意しておらず、中国国内での訴訟は継続するため、中国側は「裁判カード」を手放してはいない。”【6月2日 毎日】とも。

韓国 徴用工問題と関連づけ
一方、韓国メディアは韓国の徴用工問題と関連づけて報じています。

****<中国人強制連行和解>韓国メディアは徴用工問題に言及****
日中戦争時の中国人強制連行を巡り、三菱マテリアル(旧三菱鉱業、本社・東京都)が和解の枠組みを打ち出したことについて韓国各紙は2日、「韓国人の強制徴用被害者の問題に改めて焦点が当たる」(東亜日報)などと、韓国の徴用工問題と関連づけて報じた。
 
毎日経済新聞は「昨年末の慰安婦問題に関する合意以降、両国関係改善が進んでおり、(日本企業が)従来の態度を変える可能性もある」と期待をにじませた。一方、韓国経済新聞は、日本側が「中国と韓国では法的な状況が違う」と主張していることも強調した。
 
韓国人の徴用工問題を巡っては、1965年の日韓請求権協定で韓国人の個人請求権は消滅したというのが日本政府の立場で、韓国政府もおおむねその認識を共有する。
 
しかし、2012年に韓国最高裁が個人請求権を認める判断を示し、その後、徴用工を働かせた日本企業への訴訟が韓国内で相次いでいる。【6月2日 毎日】
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また、韓国ネットでは、「韓国に対しては頭を下げられないという戦犯企業だ」「中国の被害者にとってはいいことだけど、なんだか悲しい」「三菱が中国市場で食べていくには謝罪や賠償もするけど、韓国市場では特にメリットがないんだろうね」「韓国には存在感がないんだ…」といった、中国には謝罪するのに韓国は無視されているという思いが多く寄せられているようです。【6月1日 Record Chinaより】

日本にとって困難な作業でも避けて通れぬ道であり、将来的には大きな成果も】
日本側、中国側、更には韓国にも、いろいろな思いがあります。
特に日本側には、他の企業への影響、中国側が主張する日中戦争に絡む多くの遺留問題への影響の懸念があります。

際限なく責任を追及されかねないという不安はわかりますが、ある意味、それもやむを得ないことに思われます。
それだけの過去があったということでしょう。

法律的にどうこう、政府間の取り決めでどうこうというより、国民感情に残るわだかまりが重要です。
日本としても、いつまでもその責任を曖昧にした形で“戦後”を引きずり続けるよりは、相手国の国民感情に残るトゲをひとつひとつ抜いて、新たな関係を構築できる方向を目指すべきかと思います。

その作業は長く、困難なものになるでしょうが、避けて通れません。苦しい作業であっても、中国・韓国との関係改善、更には日本自身の過去への向き合い方を通して、結果的には将来に向けて大きな成果をもたらす作業であると考えます。
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