
(10月28日 浙江省寧波市での住民抗議行動 “flickr”より By gary Mao http://www.flickr.com/photos/tmaoone/8131306256/)
【社会安定を最優先、市政府は計画の撤回を表明】
中国では、土地収用問題、地方政府・党幹部の不正、環境問題、警察当局の対応への不満などから、住民による抗議行動が日常茶飯事に頻発していることは周知のところです。
浙江省寧波市で起きた化学工場の建設に反対する住民の抗議活動もそのひとつです。
指導部の世代交代が行われる来月8日の共産党大会を控え、党内部の権力闘争もいろいろ取り沙汰される状況で、社会の安定に敏感になっている党指導部の意向もあって、市政府は住民の意向を受け入れる形で自体の収束を図る形となっています。
****中国:大規模デモ受け、化学工場計画撤回…寧波市政府****
化学工場の建設に反対する住民の抗議活動が続いていた中国浙江省寧波市で28日、約5000人の大規模な抗議デモが発生し、寧波市政府は同日夜、工場の建設計画の撤廃を発表した。
指導部の世代交代が進む共産党大会の開幕が11月8日に迫る中、社会安定を最優先にする中国当局は、計画の撤廃で中央政府への打撃を最小限に抑えたい狙いとみられる。ただ、高まる国民の権利意識は次期指導部にも重い課題を突きつけそうだ。
工場は毒性が高いパラキシレンの生産施設で、市内から約20キロ離れた工業地帯の鎮海(ちんかい)区に建設する計画。10月初旬から、健康被害が出るとして住民が計画撤廃を求め始めた。市政府は24日、環境保護などに36億元(約460億円)を投入するなどの対策を発表。「最も厳しい排出基準をとっている」と理解を求めたが、住民は受け入れを拒否していた。
抗議活動は22日から1週間連続で発生し、香港メディアによると、警察側の催涙弾の発射などで10人以上が負傷。多数が身柄を拘束されたが、住民の反発は中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」などを通じて拡大し、28日も市政府庁舎前や市中心部で大規模なデモなどが繰り広げられた。
市政府庁舎前では28日深夜になっても多数のデモ隊が市長の辞任や拘束者の釈放を求めており、警官隊と小競り合いになるなど緊張状態が続いた。
寧波市政府が計画の撤廃に追いこまれた背景には、住民の批判が共産党にも向き始めたこともある。28日のデモでは、デモ隊の一部が「市長は辞めろ」などと連呼。微博には「市長の腕時計は13万元(165万円)もする。共産党は腐っている」などの声が次々と書き込まれていた。
パラキシレン工場をめぐっては、遼寧省大連で昨年8月、1万人以上が抗議活動を行い、大連市政府が工場の即時停止と移転を決断する事態に追い込まれた。今回の計画撤廃は、住民の環境汚染や健康被害に対する意識が高まる中、社会の不安定化につながる住民の声に当局が敏感にならざるを得なくなっていることを示している。
【10月28日 毎日】
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混乱のなかで、当局の取り締まりで死者がでたとの情報が広まり、警察に対する批判も高まっています。
また、市政府に対する不信感が強く、市政府による計画撤回後も抗議は続けられました
****計画撤回表明「信用できない」*****
29日正午ごろ、寧波市の政府庁舎から車で30分ほどの場所に、約1千人の人だかりができていた。デモ参加者が警察から暴力をふるわれて亡くなったとして、追悼のために集まった。
住民が計画に反対しているのは、毒性の高いパラキシレン(PX)の生産施設。健康被害や環境汚染をもたらすとして、22日からデモが続いた。
寧波市政府は29日、51人を26日のデモで拘束したと発表しつつ、「悪質な事件は発生しておらず、死亡した人は絶対にいない」と否定。住民たちも誰が死亡したのか知らない。しかし、「警察が市民を乱暴に扱ったことに抗議したい」(38歳の女性)といった人たちが続々と訪れた。
午後1時半ごろ、突然、約3千人の警察官が隊列をつくって走ってきた。「ここから離れろ」。その場にいた人たちを排除し、道を真っ黒な制服姿で埋めた。警察との衝突などはなかったが、午後7時過ぎにも、約200人が同じ場所に集まった。
地元政府はこれに先立つ24日、反対の声の高まりを受け、新たな環境対策を示して収拾に動いたが、住民は納得しない。参加者によると、26、27両日のデモ隊は1万人以上にふくれあがり、警察は催涙弾も放った。28日になって、市政府は計画の撤回を表明した。
それでも、市政府庁舎前には反対する約2千人が夜遅くまで居残った。「市長が出てきて説明しないと信じられない。市民をだまそうとしているんじゃないか」(参加者の一人)と疑っているからだ。計画撤回だけでなく、警察の暴力に謝罪を求める声もあった。
警官に髪の毛をわしづかみにされ、引きずり倒された女性がいた。警察が市民を殴ったことに抗議したところ、暴行を受けたという。「何か間違ったことを言ったでしょうか」。女性は泣き出し、「警察には本当に失望した」と語った。(後略)【10月30日 朝日】
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【「生きていくためには声を上げないと政府に見殺しにされる」】
抗議行動の背景には、住民の環境・健康問題への意識の高まりがありますが、当局側は金銭による解決や情報統制で抑え込もうとしており、住民の意識に対応しきれていない当局側の姿勢も抗議行動頻発の大きな原因となっています。
そうした中で、市政府が対応策を発表しても信用されず、計画撤回を発表しても抗議行動が続けられるというように、住民の市政府への不信感は非常に強いものがあります。
****中国化学工場:抗議の住民「声上げないと見殺しにされる」****
化学工場の建設に反対する住民の抗議活動が続く浙江省寧波市で28日、市政府が化学工場事業計画の撤廃に追い込まれた。抗議活動が1週間連続で発生する異例の事態となり、同日には約5000人規模に膨れ上がるなど市政府として抗しきれなくなったためだ。共産党大会開幕を11月8日に控える中、経済発展の「ひずみ」は次期指導部にも重い課題となりそうだ。
寧波市庁舎前では約2000人が集結し、「PX(パラキシレン)事業は寧波から出て行け」などと書いた横断幕を掲げて抗議。沿道の市民も加わり約3000人が市内中心部をデモ行進した。警察が横断幕を奪い取ると、デモ隊は「返せ」などと警察を罵倒し、デモの続行を容認させた。少なくとも2人が拘束された。
市庁舎前の抗議活動に参加した女性(24)は「中国メディアはこの問題をほとんど報じない。デモに参加するのは怖いが、自分たちが生きていくためには声を上げないと政府に見殺しにされる」と話した。
中国メディアによると、26日閉幕した全国人民代表大会(全人代)常務委員会では、環境汚染への抗議や暴動が96年以降、年平均29%のペースで増加していることが判明。司法で解決するのは1%以下という。
工場建設が地方都市でも進む中、環境問題や健康被害、政府の情報開示への住民意識の高まりが抗議デモの背景にある。
当局は中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」で「鎮海」や「PX」などの言葉を検索できなくし、計画同意書に署名した住民に現金を払うなど反対派切り崩しに躍起になったが、抗議活動を抑えきれなかった。
中国では▽昨年8月に遼寧(りょうねい)省でPX工場が停止・移転▽今年7月に四川(しせん)省で金属工場の建設が中止▽同7月に江蘇(こうそ)省で排水管建設計画が撤回−−など住民の反対で工場建設などを断念するケースが相次いでいる。【10月28日 毎日】
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【「市長は辞職せよ」】
今回の抗議行動では住民が公然と地元指導者退陣を求めており、その面では頻発する住民抗議行動にあっても異例の展開となっています。
****市長やめろ…中国・寧波デモ、地元指導者批判に****
石油化学工場建設への反対運動が続く寧波では28日、学生や住民5000人以上が参加して、7日連続となるデモが行われた。
市長辞職を叫んで行進する参加者も現れ、環境問題が発端のデモは、住民が公然と地元指導者退陣を求めるという、中国では異例の事態に発展している。
市庁舎前では、学生グループが「寧波を守れ、中国を守れ」と書いた横断幕を掲げ、「市長は辞職せよ」と叫んで気勢を上げた。
警官隊が横断幕を撤去し、抵抗した学生が連行されると、住民はペットボトルを投げつけて激しく抗議した。デモ行進には通行人も続々と加わり、幹線道路がたちまち埋め尽くされた。
参加者のうち、貿易会社勤務の男性(35)は「共産党は腐敗し、幹部は私欲をむさぼっている」と話し、共産党政権への不満をあらわにしていた。【10月28日 読売】
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【「街頭政治」(デモ政治)の横行】
住民の抗議行動に屈する形で当局側が計画を変更した・・・という点では、住民の声が“勝利”したとも言えますが、本来は議会・行政・司法において解決されるべき問題であり、何か事あるたびに住民抗議行動が大規模に起こされるという“「街頭政治」(デモ政治)が横行する現実”は、政治システムとしては大きな問題を孕んでいます。こうした事態を憂慮する政府系新聞の見解も理解できる部分があります。
****「デモ政治」に危機感=寧波抗議、民意勝利の一方で―安定優先で報道禁止・中国****
中国浙江省寧波市で石油化学工場の建設に反対する数千人規模の抗議行動が発生し、市政府は28日夜、毒性の強いパラキシレン(PX)生産事業の撤回を発表した。
ミニブログ「微博」(中国版ツイッター)には民意が政府の譲歩を生んだ「勝利」という歓喜の声が相次いだが、知識人らの間では、議会や司法が民主的に機能せず、混乱が大きくなるほど事態が動く「街頭政治」(デモ政治)が横行する現実に危機感も高まっている。
胡錦濤指導部は、11月8日の共産党大会開幕を控え何よりも安定を優先。メディア関係者によると、中国当局は国内の新聞・テレビなどに寧波デモを取材・報道しないよう指示、29日付の中国各紙はほぼ報じていない。抗議の拡大や飛び火による社会の不安定化を何より危惧した表れだ。
一方、社会的に敏感な問題を社説で取り上げ、中国当局の見解を代弁する共産党機関紙・人民日報系の国際問題紙「環球時報」(29日付)は「『勝利した』と言う人もいるが、広場や街頭の群衆が複雑な重化学工業プロジェクトの運命を決めるというモデルに勝者はいない。中国全体が敗者だろう」と指摘した。【10月29日 時事】
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【共産党一党支配体制の歪】
住民の意識の高まりに対応できていない地方政府、住民の根深い不信感、直接行動で譲歩を引き出す「街頭政治」(デモ政治)の横行・・・結局のところ、国民の声が政治に反映されるシステムが機能していない、共産党一党支配体制の歪を示すものです。
こうした歪は国民の意識が高まるにつれて先鋭化し、経済格差の拡大に伴う国民の不満増大と相まって、中国新指導部にとって大きな課題となるものと思われます。
こうした不満や歪によって現行政治体制がすぐに崩壊するとは思いませんが、抑え込もうとすればするほど矛盾・問題は社会内部で拡大し、社会の重い足かせとなっていくことが想像されます