
(地震で被害を受けたラクイラ “flickr”より By Le avventure di Giufà http://www.flickr.com/photos/31097008@N05/3419392836/)
【「不完全で、的外れの、不適切で犯罪的に誤っていた」】
地震予知技術は現在のレベルでは実用化の域に達していないというのが一般的認識かと思います。
情報として意味があるためには、“いつ起きるのか”という時の特定が必要になりますが、そのためには広範な常時監視体制が整備されている必要があります。
日本の場合、「そのような体制が整っていて予知のできる可能性があるのは、現在のところ(場所)駿河湾付近からその沖合いを震源とする、(大きさ)マグニチュード8クラスのいわゆる「東海地震」だけです。それ以外の地震については直前に予知できるほど現在の科学技術が進んでいません」(気象庁ホームページ)という状況です。
その「東海地震」にしても、“予知のできる可能性がある”ということで、“予知できる”ということではありません。
2009年4月6日にイタリア中部で発生し、ラクイラなどで309人の犠牲者をだした地震について、その地震予知に失敗し、地震発生6日前に「危険はない」と公表、住民が逃げ遅れるなど甚大な被害を招いたとして、地震学者らが刑事責任を追及されるという裁判がイタリアで行われ注目されています。
****イタリア中部地震、地震学者ら7人に禁錮6年 求刑上回る判決****
2009年4月6日にイタリア中部で発生し309人が犠牲になった地震の危険性を過小評価したとして科学者6人と元政府職員1人が過失致死罪に問われていた裁判で、イタリア中部ラクイラの裁判所は22日、7被告に禁錮6年の判決を言い渡した。
裁判所は7被告に地震被災者に対する900万ユーロ(約9億4000万円)以上の損害賠償の支払いも命じた。
当時ラクイラでは数週間にわたって小規模な地震が続いていたため、国の委員会が2009年3月31日にラクイラで会合を開き、イタリアトップレベルの地震学者らが状況を分析した。会合が開かれたことで住民の間に不安が広がった上、住民の1人が地震を予言したために住民の不安は一層高まったが、会合後に民間防衛庁の副長官が記者会見で「地震活動はラクイラに危険を与えない」と発表していた。
しかし、会合の6日後に地震が発生し、ラクイラとその周辺の村落は中世の教会が倒壊するなどの被害を受け、約12万人が被災した。
■求刑を上回る厳しい判決に科学界から批判
検察側は専門家が「不完全で、的外れの、不適切で犯罪的に誤っていた」分析を提供したため、住民の多くは最初の揺れが起きたときに屋内にとどまったと主張し、住民に地震が起きる危険性を警告することを怠ったとして、各被告に禁錮4年を求刑していた。
弁護側は控訴する意向を示している。イタリアの司法制度では、上訴する2度の機会が尽きるまでは7被告が収監されることはない。
この裁判をめぐっては、専門家が裁判を恐れて自らが得た知見を公表しなくなる恐れがあると指摘されている。5000人を超える科学者がジョルジョ・ナポリターノ大統領にこの裁判は不当だとする公開書簡を送っていた。【10月23日 AFP】
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検察側主張については、“検察側は7人が「不完全かつ的外れで犯罪に値する誤った評価」を行ったとして責任を追及。地震予知ができたかどうかが問題ではなく、中世の歴史的建造物が残るラクイラが地震に弱く、住民へのリスク警告を怠った責任があると主張していた”【10月23日 時事】とのことです。
予知に失敗したことではなく、適切なリスク警告を怠ったことの責任を追及しているということです。
しかし、大規模地震が起きるかどうかわからない、市民の間では“予言”などで不安が高まっている・・・という状況で、パニックを防止するような発表がなされるというのは、わからないこともありません。
また、2009年4月6日以前の段階で仮に地震発生を警告できたとしても、「大きな地震がそのうち起きるかもしれない」といった、規模についても、時についても漠然とした類のものとしかなりえず、それによってどれほど地震発生時の住民の行動が変わったかは疑問です。
【「科学にとって悲しい日だ」】
当然ながら、世界の科学者からは、「科学を裁くことはできない」「専門家は責任追及を恐れ地震リスク評価に協力しなくなる」といった、判決に対する批判がなされています。
****イタリア:地震予知失敗「有罪」に疑問の声…海外の科学者****
09年4月のイタリア中部ラクイラの大地震で、直前の安全宣言が犠牲の拡大を招いたとして過失致死傷罪に問われた地震学者ら7人に22日、禁錮6年(求刑同4年)の有罪判決が下されたことに、海外の科学者らから「科学にとって悲しい日だ」などと判決の妥当性に疑問を投げかける声が出た。
判決を受けたのは、大規模災害のリスクを評価する委員会のメンバーだった地震学者や政府担当者ら7人。裁判では、技術的に困難とされる地震予知を巡り、科学者の刑事責任を問えるかが焦点となった。
被告の一人、イタリア国立地球物理学火山学研究所のエンゾ・ボスキ元所長は判決後、「無罪になると思っていた。意気消沈した」と語った。一方、地震犠牲者の遺族らは判決を歓迎した。
AP通信によると、米科学誌「サイエンス」のブルックス・ハンソン副編集長(物理科学担当)は「群発地震がその後、どうなるかは分からない」と指摘し、警報を乱発すれば誤報とパニックを招くと警告した。
また、英王立バークシャー病院のマルコム・スペリン医学物理学部長は英BBC放送に「科学者が間違った予知で罰せられれば、科学的探求は確実なことに限られ、得られる恩恵も限られる」と懸念を表明した。【10月23日 毎日】
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検察側求刑を上回る“禁固6年”という非常に厳しい判決を下した裁判所の判断内容の詳細はまだ公表されていません。
“リスク警告を怠った責任”があるとしても、禁錮6年というのはあまりにも厳しく、結果として科学を委縮させる、いささか踏み込み過ぎた判決のように思えます。
【「予知ができるという誤解を招いてきた」】
“イタリア政府は地震のあと、裁判とは別に世界9か国の専門家による国際委員会を設け、現状では地震の日時や場所、規模を特定する「地震予知」は実現が難しいため広く一般には地震の発生確率など、中長期的な可能性を示す「予測」の情報を伝えるべきだという報告書をまとめました。
こうした議論を受けて日本地震学会は今月、地震研究の現状を積極的に社会に伝え、「予知」と「予測」を明確に区別するという活動計画をまとめています”【10月23日 NHK】
****“地震予知困難” 「予測」と使い分け ****
地震の研究者で作る日本地震学会は「現在の地震学では、時間と場所と大きさを特定する地震予知は非常に困難で、予知できるという誤解を与えないよう、予知と予測ということばを使い分けるよう努めていく」とする行動計画を発表しました。
日本地震学会は、北海道函館市で開かれている大会で17日、今後の学会としての行動計画を発表し、この中で「地震予知への取り組みを見直す」としています。
具体的には、去年3月の巨大地震をきっかけに、これまでの研究に多くの批判があったとして、地震が起きる場所と時間と大きさを特定する予知は現在の地震学では非常に困難だと位置づけました。
一方で、中長期的に地震が起きる場所や大きさなどの可能性を示す「予測」はできるとしたうえで、誤解を招かないよう、予知と予測ということばを使い分けるよう努めるべきだとしています。
そして、地震発生を予測する研究は今後も基礎研究として継続し、研究の現状を社会に対して丁寧に説明していく必要があるとしています。
学会内部の委員会の「地震予知検討委員会」は、誤解を招くとして名称を変更することにしています。
学会の会長で東京大学地震研究所の加藤照之教授は「広い意味で“予知”ということばを使ってきたが、予知ができるという誤解を招いてきた。現状の説明をするとともに、防災に貢献できる研究を続けたい」と話しています。
一方、国は「東海地震」を唯一、「予知できる可能性がある地震」と位置づけています。
東海地方の地震などの観測データを監視している気象庁地震予知情報課の土井恵治課長は、「地震の予知は難しく、東海地震は予知ができないまま起きてしまう可能性がある。地震に先立つ変化をとらえる可能性が少しでもあるなら、気象庁として、地震予知の情報を出せるよう取り組んでいくことが大事だと考えている」と話しています。【10月17日 NHK】
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今回発表された行動計画のなかでは、前兆現象をとらえ事前に地震発生を国民に警告する「予知研究計画」について、「阪神大震災や東日本大震災を事前に予測することはできず、現時点では実現の見込みはない」と総括されています。【10月17日 産経より】
一方で、学会員(研究者)らの中には「研究対象として(地震予知を)放棄すべきでない」とする意見もかなり多いとのことです。