
(【6月26日 Poste】閉鎖されたタイ・カンボジア国境)
【再燃したカンボジア・タイの国境問題】
タイとカンボジアの間で国境紛争が以前からあること、その問題が最近また悪化していることなどは、6月6日ブログ“タイ 再燃するカンボジアとの国境紛争 安定的な大連立ペートンタン政権 解党命令の前進党の今後”でも取り上げました。
****2025年カンボジア・タイ国境危機****
2025年5月28日から、国境紛争地域をめぐるカンボジアとタイの危機が、短い小競り合いの後に始まった。国境の一部は、長い間、双方によって争われており、以前の小競り合いや緊張の対象となってきた。(中略)
国境地域をめぐる緊張は2025年初頭に高まった。2月13日、タイ軍は、係争中のプラサート・タ・ムエン・トム寺院でカンボジア人観光客がカンボジア国歌を歌うのを阻止し、さらなる緊張を引き起こした。
5月28日、カンボジアとタイの兵士は、両国とラオスが共有するエメラルドトライアングルの三国国境地帯で短時間銃撃戦を繰り広げ、カンボジア兵1人が死亡した。両国は、小競り合いを扇動したとしてお互いを非難した。
カンボジアのフン・マネット首相は、この事件に対して、タイとの紛争を見たくなかったとして、ICJに裁定を求める計画を開始した。
タイのプムタム・ウェチャヤチャイ国防相は、どちらの側も紛争をエスカレートさせたくはなく、紛争は解決したと述べた。カンボジア軍とタイ軍の間で協議が5月29日に行われた。【ウィキペディア】
*******************
【大連立ペートンタン政権崩壊の危機】
6月6日時点では、大連立ペートンタン政権は不信任案を否決して安定性を示していましたが、上記カンボジアとの国境問題も絡んで連立崩壊の危機にも瀕しています。
2024年8月に就任したペートンタン首相はタクシン元首相の次女で、タクシン派のタイ貢献党党首。現政権の枠組みは、23年の総選挙で第2党となったタクシン派と、親軍保守派の複数の小政党が手を結んで成立した「大連立」です。
両派は当時、革新系の前進党を政権から排除することで思惑が一致。政権を追われ、15年間国外逃亡していたタクシン元首相(ペートンタン首相の父)も帰国を果たしています。
仇敵同士でもある両者の間では、大連立成立後も軋轢が続き、政治プロセスは遅延してきました。
それでも、前述のように不信任案を否決するなど「大連立」の安定性も示してはいました。
しかし、カンボジア国境紛争でペートンタン首相がカンボジアの実力者フン・セン元首相に“媚びる”ような、また、カンボジアに強硬姿勢をとるタイ有力将軍をタイ首相が“opponent(敵、反対者)”と呼ぶ電話内容がリークされ、政局は一気に流動化しています。
【ペートンタン首相とカンボジアの元指導者フン・セン氏との電話会話が流出 フン・セン氏をuncle、自国有力将軍を“opponent(敵、反対者)”と呼ぶ。】
****政権転覆の危機に瀕する中、タイ首相、フン・セン首相との通話内容が流出した件で謝罪****
ペートンタン・シナワット首相は、カンボジアの元指導者と電話会談を行い、国境紛争について協議し、彼を「おじさん」と呼んだ。
タイのペートンタン・シナワット首相は、カンボジアの元指導者フン・セン氏との電話会話が流出し、国民の怒りを招き、政権崩壊の危機に瀕したことを受け、謝罪した。
流出した通話記録の中で、ポピュリストのタクシン元指導者の娘であるペートンタン氏は、家族の友人として知られるフン・セン氏と、現在進行中の国境紛争について話し合っている。
録音には、タイ軍の高官を「ただ強気な態度を取りたかっただけ」と批判する声が収録されている。彼女はフン・セン氏を「おじさん」と呼び、「何かあれば言ってくれれば、私が対応する」と付け加えた。
ペートンタン首相は木曜日の記者会見で、「カンボジアの指導者との会話の音声が流出し、国民の憤りを招いたことについて、お詫び申し上げます」と述べた。
カンボジアを40年近く統治したフン・セン首相は、2023年に息子で現首相のフン・マネ氏に後を継がれたが、依然として政治的な影響力を保っている。
ペートンタン氏は、自身の発言は交渉戦術だったと述べたが、国民の怒りを鎮める効果はほとんどなかった。
タイ外務省は木曜日、カンボジア大使を召喚し、通話内容の漏洩に対する抗議文を届けさせた。最初の音声クリップが漏洩した後、フン・セン首相が全文を公開した。
この通話はパトンターン政権を混乱に陥れ、彼女の家族と軍部内のかつてのライバル関係との間に築かれた不安定な関係を崩壊させる恐れがあった。
連立政権で第2位の保守系政党であるブムジャイタイ党が連立政権から離脱したため、ペートンタン政権は僅差で過半数を獲得した。チャータイパタナ党、統一タイ国民党、民主党の党首は木曜日午後、この危機に関する緊急協議を行ったが、離脱はしていない。
もし連立政権の他のパートナーが離脱すれば、ペートンタンン政権の立場は維持できなくなり、総選挙を迫られるか、あるいは他の政党が新たな連立政権を組もうとする動きに発展する可能性がある。
野党人民党のナタポン・ルーンパニャウット党首は、ペートンタン首相に対し、状況を利用して「民主主義を損なうような事件を扇動する」集団を阻止するため、議会を解散するよう求め、軍事クーデターを警告した。
タイ政府は1932年の絶対王政終焉以来、12回のクーデターに見舞われており、過去20年間、国の政治は軍とペートンタンペートンタンペートンタン首相の家族であるシナワット家との権力闘争に支配されてきた。彼女の父、タクシン・シナワットは2006年のクーデターで追放され、叔母のインラックは裁判所の判決とそれに続く2014年のクーデターによって権力の座から追われた。
木曜日、数百人の反政府デモ参加者(中には2000年代後半の王党派・反タクシン派「黄シャツ運動」のベテランも含まれる)が政府庁舎前でデモを行い、ペートンタン首相の辞任を要求した。
タイの政治アナリスト、ケン・ロハテパノン氏は、「クーデターはもはや全く考えられないわけではない」としながらも、まだ可能性は低いと述べ、「民主化プロセスはまだ行き詰まりに陥っていない」と付け加えた。
タイ軍は声明で、パナ・クラーウプロットゥーク陸軍司令官が「民主主義の原則と国家主権の擁護へのコミットメントを表明する」と述べた。 「陸軍司令官は、『タイ国民が団結して国家主権を集団的に守る』ことが最優先事項であると強調した」と軍は述べている。
就任から1年も経っていないペートンタン首相は、法的脅威にも直面している。漏洩された電話会議をめぐり、国家汚職対策委員会(倫理違反と憲法違反を告発)と中央捜査局(国家安全保障違反を告発)を含む少なくとも3件の申し立てが首相に対して提出されている。選挙管理委員会にも調査が求められている。
この危機は、中国人観光客の減少が観光産業に打撃を与え、米国による36%の関税導入の脅威が迫るなど、タイ経済が苦境に立たされている時期に発生した。
ペートンタン首相は辞任を求める声には応じていないが、カンボジアとの紛争に対処するにあたり、政府は軍と一体であることを国民に納得させようとしている。
「今、我々には争っている暇はありません。我々は主権を守らなければなりません。政府はあらゆる手段を用いて軍を支援する用意があります。我々は共に協力していきます」と彼女は述べた。
ペートンタン氏は金曜日、衝突が発生したタイ北東部を訪れ、タイ北東部の軍司令官であるブンシン・パドクラン中将と会談する予定だ。彼女は電話会談で同氏を批判した。【6月20日 The Guardian】
******************
“彼女はフン・セン氏を「おじさん」と呼び、「何かあれば言ってくれれば、私が対応する」と付け加えた。”
タイ女性の日本語ガイドと一緒に観光していると、妙に馴れ馴れしい雰囲気を感じることもあります。このちょっと媚びるような感じはタイ女性にときどき見られるものなのかも・・・・ただし、首相と相手国最有力者の間の国境紛争を語る場面で見せてはいけないものです。
また、「(カンボジアと)戦う準備ができている」と発言していたタイ軍の第2軍管区の司令官をタイ首相が“opponent(敵、反対者)”と呼び、「彼の言うことは聞かないで」などと批判してもいます。
****タイの連立政権が崩壊の危機-電話協議の内容流出で首相に辞任圧力****
タイの連立政権が崩壊の危機に直面している。ペートンタン首相の電話協議の内容が流出し政治的混乱が深まったためだ。政権第2党「タイの誇り党」が離脱を決め、同首相の辞任を求める声が強まっている。
ペートンタン首相はさらなる打撃を受ける可能性もある。連立政権に参加する政党のうち、少なくともさらに3党が19日に協議を行い、「タイの誇り党」に追随して離脱するかどうかを決める予定だ。
「タイの誇り党」は連立離脱について、カンボジアのフン・セン前首相との電話の内容が流出し、政府と軍部の間の緊張が示唆され首相への信頼が損なわれたとしている。
電話協議の中で、ペートンタン首相は国境紛争におけるタイ軍の役割を批判したように受け取られる発言をしていた。その後、同首相は緊張緩和を図る交渉戦略の一環だったと説明している。
ノースカロライナ大学チャペルヒル校のアジア研究の名誉教授ケビン・ヒューイソン氏は「深刻な危機に直面している」とし、フン・セン氏によって「首相の立場は極めて厳しくなっている」と指摘した。
今回の政治混乱は海外投資家にも影響を与える見通しだ。タイの主要株価指数は19日、一時2.4%下落。このままいけば、約5年ぶりの安値で取引を終えることになる。通貨バーツは対ドルで5営業日連続で売られ、4月28日以降で最長の下げ局面となっている。
「タイの誇り党」の離脱で脆弱(ぜいじゃく)な連立政権が揺らいでいる。同党を失えば、連立政権は辛うじて過半数を維持する状態となり、重要法案の可決が困難になる可能性もある。【6月19日 Bloomberg】
*********************
それにしても、フン・セン元首相も、電話内容を録音してリークするというのは、明らかに外交ルールに反します。
【全ての国境検問所を閉鎖 貿易上の規制・制限も】
上記のような自ら招いた政治危機のなかにあって、ペートンタン首相としてはカンボジア側に対する“弱腰”は見せられない・・・という事情もあってのことでしょう、タイ軍はタイとカンボジア間の全ての国境検問所を閉鎖したことを発表しています。
****タイ王国軍がカンボジア間の国境を全面閉鎖、貿易制限措置の応報も****
タイ王国軍は6月23日、タイとカンボジア間の全ての国境検問所を閉鎖したことを発表した。国境閉鎖は同日の発表時から有効な措置となっている。
タイ国営放送PBS(6月23日付)によると、サケオ県の国境通過を監督する第1軍管区の命令により、すべての種類の車両、タイ人および外国人旅行者、あらゆる種類の貿易が禁止される。ただし、緊急の患者や学生の移動、日常生活に必要な活動など、人道的な目的による国境通過は例外となる。
スリン県、シーサケート県、ブリラム県の国境通過を担当する第2軍管区や、チャンタブリー県、トラート県を管轄する海軍国境防衛司令部も、同様の命令を出している。
タイ王国軍は、今回の措置について、カンボジアによるタイ領土への侵入の脅威(無許可の巡回、軍隊の増強、地形の改変など)や国境を越えた犯罪、コールセンター詐欺などの広範な影響に対応するために発令したもの、と説明している。
同軍は6月7日以降、カンボジアとの国境紛争に対して、段階的な国境管理を実行していた。
貿易上も制限措置の応酬
カンボジア側では、フン・マネット首相が6月22日、タイからの石油・ガスの輸入を停止すると発表している。フン・マネット首相は、国内のエネルギー会社が他国から十分に輸入調達することで国内需要を満たすことが可能と説明している。
タイ側でも、ピチャイ・ナリプタパン商務相が6月21日、商務省・外国貿易局(DFT)に対して、カンボジア産キャッサバ製品の輸入管理強化を指示。輸入者は事前登録・通知が必要で、カンボジア産キャッサバは国内産と分けて保管し、品質基準に満たない輸入を行った場合は登録資格が停止される。(後略)【6月24日 JETRO】
****************
****今後どうなる?****
交渉・国際対応:カンボジアはICJにまた持ち込みを検討中。一方タイはICJの管轄を認めず、まずはASEAN内協議あるいは両国間の二国間協議を志向しています。
ASEANの停滞:ASEANの慎重姿勢が目立ち、実効的な調停の声があるものの、域内合意が必要な同機構では進展が遅い現状です。
地域・経済への波及:物流網の再構築、価格高騰、観光業の低迷、地域住民の生活への影響が広がり、事態長期化のリスクも。【ChatGPT】
*************************
タイとカンボジア間の国境貿易が壊滅的打撃を受け、現地企業は物流迂回(ラオス経由・海上輸送)など対応を迫られています。輸送距離は500 kmから最大1,500 kmへと延び、コストが3倍にもなります。
SNS等で情報発信ができる現代社会では、この種の民族間の問題はポピュリズム的に煽られて、政権が柔軟な対応をとることが困難になりがちです。