孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

アフリカ  中国をはじめ多くの国から“求愛”を受けながらも貧困から脱却できない事情

2024-09-18 22:56:19 | アフリカ

(6日、アンゴラ・ルアンダで中国海軍病院船「平和の方舟」の中国人医師の診察を待つ患者ら。【9月14日 新華社】)

【習近平主席 「中国とアフリカの関係は新時代の『全天候型運命共同体』にレベルアップする」】
9月3日ブログ“中国 中国・アフリカ協力フォーラムサミット開催 変化するアフリカ向け融資”でも取り上げたように、中国の対アフリカ支援に近年“バラマキ”から“収益性重視”という変化が見られます。

****中国、「ばらまき」から収益性重視か-曲がり角の対アフリカ融資****
中国は10年以上にわたり「一帯一路」構想を通じ1200億ドルを支援
「債務のわな」や搾取、汚職といった批判がつきまとう

中国の習近平国家主席がアフリカ各国の首脳を北京に今週迎える際、習氏はアフリカ側への貸し付け規模を縮小し、中国が引き換えに何を求めているのかをより明確に示すとみられる。つまり、リターンの向上とトラブルの減少だ。(後略)【9月3日 Bloomberg】
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****中国の対アフリカ開発融資、最盛期の6分の1 撤退した分野とは?****
中国が2023年にアフリカ諸国向けに決定した開発融資は総額約46億ドル(約6700億円)で、最盛期のおよそ6分の1だった。米ボストン大グローバル開発政策センターの集計で判明した。経済が停滞した新型コロナ禍以降では初めて上昇に転じたが、中国がある分野からは手を引いたことがうかがえるという。

中国は00年代以降、巨大経済圏構想「一帯一路」に沿って、豊富な天然資源を有するアフリカへの進出を強化してきた。エネルギー・資源開発や、道路や空港・港湾といった輸送インフラ整備、防衛、農業など分野は多岐にわたり、ピークの16年には計288億ドル(約4兆2300億円)に達した。

ただコロナ禍では、経済基盤が弱いアフリカ諸国の国家財政は大きな打撃を受け、対外債務の返済が厳しくなるケースが続出。中国も不良債権化を恐れて新規融資を抑えるようになり、22年には融資総額が10億ドル(約1470億円)にまで落ち込んだ。

23年にはこういったコロナ禍のダメージからの回復傾向が見られる。同センターによると中国は23年、ナイジェリアでの鉄道網整備▽マダガスカルでの水力発電所の建設▽アンゴラでのインターネット網整備――など8カ国と13件の融資契約を結んだ。

一方、中国が最近アフリカで融資を行っていないのが、石炭火力発電所計画だ。習近平国家主席は地球規模の気候変動対策の一環として、21年9月の国連総会で「石炭火力発電所の新たな輸出はしない」と発言した。同センターの集計でも、19年以降は新規の石炭火力発電所融資は確認されていない。中国がアフリカでも「脱炭素」にかじを切っていることが読み取れる。

中国の海外開発融資は「外交機密」を理由に詳細が公表されないケースがある。また中国の企業や人材を利用することが前提の「ひも付き」の融資が大半だ。支援を受ける側が返済に窮し、資産などを差し押さえられてしまう「債務のわな」に陥るリスクが高いと国際的に批判されてきた。

同センターによると、中国は近年、アフリカ輸出入銀行(エジプト・カイロ)やアフリカ金融公社(ナイジェリア・ラゴス)といった国際的な開発金融機関を通じた融資にも力を入れている。中国政府が前面に出ることがないため、融資に伴うリスクや批判を回避できるメリットがある。

中国が00〜23年に行ったアフリカ向け融資は、49カ国と七つの開発金融機関などに対して計約1823億ドル(約27兆円)だった。中国は今後、従来の「重厚長大」から「量より質」を重視する路線にかじを切りつつ、アフリカへの影響力を維持・拡大していく狙いとみられる。【平野光芳】
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そうした支援・融資の質・量の変化はあるものの、中国は毛沢東時代から一貫して対アフリカ外交を重視しており、そのことは今も変わりません。

****中国が6年ぶりにアフリカ諸国と首脳会合 グローバルサウスを取り込みへ 北京で6日まで****
中国とアフリカ諸国が参加する「中国アフリカ協力フォーラム」の首脳会合が4日、北京で開幕。2018年以来6年ぶりの開催となる。

習近平国家主席は会合出席のため訪中した各国首脳と相次いで会談し、グローバルサウス(南半球を中心とした新興・途上国)の取り込みを図った。

2000年に発足した同フォーラムには50カ国以上が参加している。6日まで開かれる今回の首脳会合について、中国メディアは「中国が近年主催した外交行事中で最大規模」と強調する。(中略)

習氏は4日までに20カ国以上の首脳と個別に会談し、南アフリカやナイジェリアなどと2国間関係の格上げを宣言した。ロイター通信によると、4日にはタンザニアとザンビアを結ぶ鉄道の改修に向けた合意文書の署名に習氏も立ち会った。

中国としては、米欧との対立激化も念頭にグローバルサウスとの関係強化を進める狙いとみられる。習氏は2日に行った南アフリカのラマポーザ大統領との会談で、「国際情勢が複雑になるほど、グローバルサウス諸国はますます独立自主、団結、協力を堅持し、国際的な公平や正義をともに守る必要がある」と発言した。【9月4日 産経】
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****習主席「運命共同体だ」関税ゼロに200億円の食糧援助…会議にアフリカ50カ国超が参加****
中国が主催し、アフリカの50以上の国の首脳らが参加する会議が北京で開かれ、習近平国家主席が「中国とアフリカは運命共同体だ」とアピールしました。

中国 習近平国家主席 「中国とアフリカの関係は新時代の『全天候型運命共同体』にレベルアップする」

「中国アフリカ協力フォーラム」の開幕式で習主席は貿易や農業など10分野での協力を打ち出しました。
貿易では発展途上国33カ国の製品の関税をゼロにする優遇措置を取るほか、食糧援助として10億元、約200億円を提供するとしています。

また、安全保障分野でも同じく10億元を無償援助し、アフリカの軍人などの育成に協力するとしました。

中国はこれらの援助を通じ、「グローバルサウス」と呼ばれるアフリカ諸国への影響力を高めたい考えです。

アフリカ記者 「中国はウガンダに友好的なローンを提供してくれる。多くのインフラのメガプロジェクトが役に立つ」

会議にはアフリカ各国から多くの記者も招待され、各国に成果を強調する狙いもあります。【9月5日 テレ朝news】
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****対アフリカで7兆円支援へ=「米欧との違い」アピール―中国主席****
中国の習近平国家主席は5日、北京で開催中の「中国アフリカ協力フォーラム」首脳会合で基調演説を行った。アフリカ諸国首脳が一堂に会する中、今後3年間で3600億元(約7兆3000億円)の資金援助を実施することや、軍事協力の強化を表明した。

首脳会合は4〜6日の日程で、中国外務省によると、50以上のアフリカ諸国・機関の首脳らが出席した。習氏は5日の演説で「中国とアフリカの関係は史上最良だ」と強調。

対立する米国を念頭に「西側諸国は近代化の過程で多くの発展途上国に苦難をもたらしたが、中国とアフリカは絶えず歴史の不公平を正そうとしてきた」と述べ、米欧との違いをアピールした。【9月5日 時事】
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また、経済・安全保障だけでなく、医療支援といったイメージアップ活動も行っているあたり、明確な国家戦略が窺えます。

****中国海軍の病院船「平和の方舟」、コンゴ共和国訪問へ****
海外医療支援任務「和諧使命−2024」を遂行中の中国海軍病院船「平和の方舟」が11日、アンゴラでの7日間にわたる友好訪問を終え、同国のルアンダ港を離れて7カ所目の訪問先となるコンゴ共和国に向かった。【9月14日 新華社】
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また、国家レベルの支援だけでなく、人的レベルでの交流も盛んに行われています。

****中国の若者はアフリカ就職を目指す 年々深まるアフリカとの関係 習主席「歴史上もっとも良い」背景に失業率や激しい競争****
近年、中国とますます関係を深めているのがアフリカの諸国です。こうした中、今、国では就職先としてアフリカを目指す若者が増えています。(中略)

中国で始まった中国アフリカ協力フォーラム。習近平国家主席は今後3年間で7兆円を超える規模の資金を拠出すると表明しました。

中国 習近平 国家主席 「中国とアフリカ諸国の関係は現在、歴史上、最も良い時期にある」

習主席が強調するように、中国とアフリカの関係は年々深まっています。現在、中国とアフリカの貿易額は過去最高を記録。ここ10年だけでもおよそ1.5倍に拡大しました。農業やインフラ建設に加え、最近は電気自動車やIT分野での経済的な結びつきが顕著です。

こうした中、今、就職先としてアフリカを目指す中国の若者が増えています。

劉さん 「私は今、ナイロビにいます。このような決断をするとは思っていませんでした」

ケニアの首都・ナイロビで半年前から不動産関連の企業で働く劉さん(23)。なぜ、アフリカで就職しようと思ったのでしょうか?

劉さん 「中国の深センで働いていましたが 仕事は好きではありませんでした。競争が激しく、残業が当たり前で、給料もよくなかったからです」

彼女のように激しい競争を避け、アフリカを目指す若者が、ここ数年、増えているといいます。また、若者の失業率が高いこともアフリカへの就職に拍車をかけていると中国メディアは伝えています。

今ではケニアでの暮らしに満足しているという劉さん。

劉さん 「来る前はアフリカは貧しく、安全ではないという情報ばかりでしたが、来てみたら良かったです。アフリカには、まだ多くのチャンスがあります」

今後、新たな活躍の場を求め、新天地を目指す若者はますます増えそうです。【9月5日 TBS NEWS DIG】
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日本では“アフリカでの就職を目指す”若者・・・まず見ないですね。このあたりが、アフリカに対する姿勢に関する日中の違いでもあります。その姿勢・認識が変わらないと日本がTICADでいくらカネをバラまいても余り効果も上がらないかも。

【中国をはじめ多くの国から“求愛”を受けながらも貧困から脱却できないアフリカ 債務問題と内戦等による人道的危機の問題が重大な制約に】
“グローバルサウス”重視の昨今、中国だけでなく、日本や欧米、更にはインドや中東湾岸諸国をはじめとする多くのミドルパワーがアフリカへの働きかけを強めていますが、“21世紀はアフリカの世紀”と言われつつも、アフリカの現状は芳しくありません。

****<“ミドルパワー”から求愛されるアフリカ>盛んな投資を受けるも貧困から脱却できない複雑な背景****
フィナンシャル・タイムズ紙(FT)の8月30日付社説‘The middle-power competition in Africa’が、アフリカにおいて湾岸諸国等のミドルパワーの影響力争いによりもたらされている成長の機会をアフリカ諸国が無駄にしている、と論じている。要旨は次の通り。

アフリカが世界の主要議題となることはほとんどない。しかし、このような明白な経済的、戦略的影響力の欠如にもかかわらず多くのアフリカ諸国は、トルコ、ブラジル、ロシアなど様々な国から求愛されている。

このような「ミドルパワー」の関心は、アフリカの指導者たちに投資と戦略的パートナーに関する多くの選択肢を提示している。

このような多様な選択の可能性を巧みに利用すれば、各国が貧困から脱却できる機会になるかもしれない。重要なインフラ・プロジェクトに関しより良い取引ができ、一次産品取引に原材料の国内加工を伴うことを主張することもできる。アフリカ大陸自由貿易地域を加速させるべきであり、それだけで分断された経済を魅力的な単一市場に変えることができる。

英、仏といった旧植民地大国は長年にわたり、アフリカ大陸に生産的に関与しようと苦闘してきたが、かえって反発を招いてきた。

米国は、冷戦後、冷淡になった。投資家は、アフリカとの距離と厳しい贈賄防止法によって意欲をそがれた。ワシントンはアフリカをほとんど安全保障の観点からしか見なかったが、バイデン大統領のもとで、戸惑いながらも再関与の兆しを見せている。

米国と欧州の影響力の相対的な低下による空白を最初に埋めたのは中国である。その後にインドや湾岸諸国をはじめとする多くのミドルパワーが加わった、アフリカは国連に人材と票を提供している。

長期的には、アフリカには市場が約束されている。2050年までにアフリカの人口は25億人に達しその半分は25歳以下である。彼らがそこそこの生活水準に達するだけで、それは大量の消費者となる。また、コバルト、リチウム、マンガン、銅などのエネルギー転換鉱物をめぐる競争も激化している。

アフリカから見れば、この新たな関心は選択肢を意味する。タンザニアはドバイが運営する港を、ガーナとニジェールはトルコが建設する空港ターミナルを、中央アフリカとマリはロシアの傭兵を選んだ。

選択肢にはコストが伴う。欧州のアフリカへの投資は、中国にはない国内的な精査を受けることになる。しかし、中国からの借金の累積は、ザンビアからエチオピアに至るまで、債務不履行の波につながっている。

無用の長物のような投資が多すぎるのだ。ケニアに建設された40億ドルの中国鉄道は、経済の生産性向上よりも、政治家の取り巻きのために建設された。

ミドルパワーは、新たな安全保障上の絡みをもたらしている。スーダンの内戦へのアラブ首長国連邦(UAE)の介入は、世界最悪の人道的大惨事を長引かせている。金やダイヤモンドで報酬を得るロシアの傭兵は、経済的、社会的発展の面では何も提供しない。

ケニアの抗議者たちが指摘しているように、アフリカの指導者たちは、国家の発展のためではなく、自分たちの利益のために行動することがあまりにも多い。

アフリカにおける競争は、より多くの成長、より多くの製造業、そしてより多くの雇用の拡大が期待できるが、提供されている新たな関与のパターンによる機会を、今のところ、ほとんどのアフリカの政府が浪費している。

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アフリカの発展へ考慮すべき点
上記の社説の、ミドルパワーのアフリカへの関心を効果的に利用すべきだとの指摘は、現状の一面において的確な指摘ではあるが、アフリカの発展について論ずるのであれば、社説中に簡単に言及のある、債務問題と内戦等による人道的危機の問題が重大な制約となっていることを無視することはできず、これらの面を合わせて考慮しなければバランスが取れない。

8月28日付ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙の解説記事によれば、アフリカの対外債務は昨年末で1兆1000億ドル以上に達し、20カ国以上が過剰債務を抱え、外国債権者の数と多様性が従来になく際立ち、解決を困難にしている。

対外債務はナイジェリアで400億ドル、ケニアで350億ドル、ウガンダで120億ドルに達し、債務返済のための増税に反対する大規模な抗議活動やインフレ、極度の貧困の下での反政府デモが頻発している。

これらの国の債務の70~80%は中国が債権者であるが、中国は、債務救済に消極的で、債務不履行に陥ったザンビアは、債務再編まで4年近くかかった。この債務問題は、アフリカから成長の機会を奪い、社会的不安定を煽るものである。

また、人道的危機については、現在、スーダン、マリからナイジェリア北部に至るサヘル地域、中央アフリカ、コンゴ民主共和国東部、ソマリア、リビアといった地域で、内戦や過激派イスラム組織との武力衝突といった状況がある。

特に、スーダンでは、1年以上続く内戦で850万人の避難民が生じており、反乱軍を支援するアラブ首長国連邦が紛争終結の鍵を握るとされている。また、コンゴ民主共和国東部ではルワンダが介入する長年の紛争で730万人が故郷を追われた避難民となっているとされる。(後略)【9月16日 WEDGE】
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9月5日、国連のグテレス事務総長は中国アフリカ協力フォーラム首脳会合でアフリカ諸国について、不十分な債務救済や資源の乏しさが社会不安につながっているとの認識を示し、国際的な金融構造の改革を促しています。

****国連事務総長、不十分な債務救済がアフリカの社会不安の原因と警告****
国連のグテレス事務総長は5日、アフリカ諸国について、不十分な債務救済や資源の乏しさが社会不安につながっているとの認識を示し、国際的な金融構造の改革を促した。

ケニアでは増税に反対するデモ隊と警察が衝突し、ナイジェリアや ウガンダでは生活費を巡り抗議デモが発生した。

アフリカ諸国は20カ国・地域(G20)が提唱した「共通枠組み」を通じた債務再編を模索してきたが、協議は期待通りに進んでいない。

ザンビアは6月、債務不履行から3年以上を経て、このスキームを活用した債務再編に成功した最初の例となった。

グテレス氏は北京で開催された中国アフリカ協力フォーラム首脳会合で、アフリカの債務は「持続不可能で社会不安の原因となっている」と指摘。

「アフリカは効果的な債務救済を受けることができず、資源も乏しく、国民の基本的なニーズに応えるための資金も明らかに不足している」と述べた。

その上で「時代遅れで非効率的な国際金融構造の抜本的改革」の重要性を指摘し、中長期的な解決策を模索しつつ流動性の提供を可能とする政策の必要性を訴えた。【9月5日 ロイター】
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ミャンマー  徴兵実施、就労国外出国禁止に翻弄される若者 水害で“異例”の国際社会への支援要請

2024-09-17 23:23:59 | ミャンマー

(ミャンマー・ネピドー近郊で物資を運ぶ人たち【9月14日 共同】 首都ネピドーはいいですが、問題は戦闘が続いているような奥地に支援が届くかどうかです)

【徴兵実施、就労国外出国禁止に翻弄される若者】
国軍と少数民族武装勢力及び民主派武装組織との戦闘が続くミャンマーでは、国軍の兵員不足を補うために2月10日に徴兵制の実施が宣言されました。

その内容や時期については二転三転しており、若者たちの人生が翻弄されていますが、同時に就労のための国外出国が禁止になるなどの措置も。

周知のように、ミャンマーでは多くの若者が日本での就労を希望して日本語学校で学んできましたが、彼らの道も閉ざされた形になっています。

****ミャンマー「徴兵宣言」から半年、苦渋の選択を迫られる日本語学習者たち****
2021年にクーデターを起こしたミャンマー軍事政権は、今年2月10日に徴兵制の実施を宣言したが、対象者や実施時期に関する発表が二転三転し混乱を招いている。民主化時代に日本企業への就職を目指して日本語を学び始めた若者たちは、不条理な現実と折り合いをつけながらそれぞれの未来を選択している。(中略)

ミャンマー人は祝日がころころ変わることなど日常茶飯事と笑い飛ばす。実際、徴兵制度という人の一生を左右するほどの重大事でさえ、猫の目のように内容変更が繰り返されている。

▽2024年2月10日に徴兵制の実施を発表。
▽2月20日に女性の徴兵対象外とする⇒現在は徴兵の対象としている。
▽特定技能・育成就労など就労目的の出国禁止令を発令⇒撤回⇒現在は男性にのみ就労目的の出国を禁止。
▽徴兵制は4月下旬からと発表⇒3月末に開始。

現在もいつ実施内容が変更されるかわからない状況だ。国軍メディアと独立系メディアの報道が入り混じり、さらにSNSの無責任情報や町中での噂話が混在している。その中に、それらの情報に振り回される個人の現実が存在する。

「もう日本には行けない」――授業も希望も捨てた生徒
あるヤンゴンの日本語学校の教師が「まるで防空壕の中で震える人を見ているかと思った。戦争経験などないのに」と話してくれたことがある。2月10日、軍が徴兵制の実施を発表した日の話だ。

日本語教師は前日となんら変わらない朝を迎え、いつものように授業に向かったところ、教室の教え子たちがみな土気色をした顔で表情がないことに驚いたという。昨日と何が違うのか? 重い空気だけが教室に淀んでいる。みな平静を装い受講しているものの、休憩時間にはひそひそ話が始まる。

異様な様子に驚いている日本語教師にスタッフが、徴兵制の発表があったのだと説明した。日付が変わった頃からSNSで情報が出回っており、そのスタッフも昨晩は一睡もできなかったという。一方、日本人である教師は、徴兵制がもたらす現実の重みをすぐには理解できなかった。

徴兵の対象は男性18歳〜35歳、女性18歳〜27歳。学生、公務員は猶予するという発表だった。ミャンマー報道の難しさに定義の曖昧さがある。年齢を出生時で1歳とする場合(数え年)と出生後1年目に1歳とする場合(満年齢)があり、場合によってどちらを使用するかもまちまちであるため、発表された年齢を正確に把握することができない。

ミャンマーの徴兵制は2010年に導入されていたが未実施のままであった。民主派や少数民族武装勢力と軍の攻防が激化し、軍が劣勢になり始めたという情報が飛びかう中での実施発表だった。しかし、発表と同時に疑問の声があがった。

投降・脱走などによる兵士不足を補うための徴兵制ということだが、「軍事政権」と「民主派」がもめている状況下、後者の側に立って軍に抵抗する傾向が強い一般の若者たちを徴兵して、軍人にできると考えているのか?
「だから、軍はバカなんですよ」と嬉しそうに耳打ちする人もいる。大声では言えないが言わずにはいられないのだろう。しかし、軍を批判したところで若者が徴兵制に震えていることは事実なのだ。(中略)

それぞれの意見・分析がどうであろうと、現政権(軍)の決めたことに抗うことはできない。国民がいうところの「めちゃくちゃ」な内容変更も続く。

ミャンマーの海外人材派遣協会(MOEAF)は2月13日、海外就労に対する求人の情報更新を停止すると発表。在ミャンマーの日本の送り出し機関には労働局から、徴兵条件に当てはまる若者に対しての送り出し中止の通達が届いた。関係者の話によるとこの通達は電子メールなどで各送り出し機関に伝えられ、軍評議会労働省からの公的な正式発表はなかったという。

それでも、就労目的のミャンマー人が通う日本語学校が次々と休校(時には閉鎖)しているという話が広がった。事実がどうであれ、軍の思惑に従うポーズは必須と考えるのは事業者として当たり前だろう。

逆に、できるだけ早く教え子たちを日本に脱出させる必要を唱える人々もいた。ある日本語学校のミャンマー人校長は「軍の決めたことはすぐに変わる。私の学校は休校にしませんでした。就労目的の授業は普通に行っていますよ。でもね、徴兵制の発表直後に“もう日本に行けない”と落胆しきった一人の生徒は、授業を放棄して、つまり今までの努力も希望も放り出して田舎に帰ってしまいました。止めるわけにはいきません。私は田舎までの道のりのほうが危険だとは思いましたが……」 徴兵制の実施が発表された2月はこのような混乱が続いていた。

留学か就労か、それぞれの選択
(中略)このように大きな混乱を呼んだ徴兵発表の日から、半年がたった。ヤンゴンで日本語を学ぶ若者たちは今何を考えているのか。旧知の日本語教師に教え子を紹介してもらい、今後の人生プランについて聞いてみた。

〈介護奨学金で脱出する〉男性・27歳
A君は日本語能力がN3(日常的な会話をある程度理解できるレベル)、通信大学中退(中退の理由はクーデター)の27歳だ。

男性の就労目的の出国は24年8月現在では認められていない。だから、A君は特定技能や育成就労のような申請で日本へ行くことはできない。そうかといって、自費で学生として留学することなど完全に不可能な経済状況だ。「選択肢は介護奨学金留学生の立場での出国一択になります」という。

介護奨学金制度では、介護福祉士の資格を取るための約2年間の学費を介護施設が提供し、その奨学金の返済期間として約5年間の就労が条件となる。7年間の拘束期間が確実となる選択であるが、本人はなるべく早く国を出ることを最優先する選択に迷いはないという。20代後半〜30代半ばという貴重な時期を、自分の意志での進路変更が不可能な環境で過ごすと決めた。

A君の友人は「ふた月前はちょっと長めの黒髪のイケメンでしたが、あっという間に白髪が増えたんですよ」と彼の胸中を察していた。「介護奨学金を受けるには日本語能力N3が絶対に必要。A君はのんびり屋さんの印象でしたが、これだけの短期間に日本語学習をしたことをほめてやりたいです」

〈大卒でも「特定技能」を選ぶしかない〉女性・20代後半
介護奨学金で渡日することができない例も存在する。Bさんは日本語能力N2(上から2番目のレベル)の大卒。面倒見のいい女性であり、介護分野は自分に向いていると思っていたと話す。しかし、介護奨学金ではなく特定技能の在留資格で渡日を目指すこととした。

「私のパスポートはPJなんです」
ミャンマーのパスポートには種類がある。PJとは「パスポート・ジョブ」のことで、就労用パスポートを意味する。コロナ禍前、特に渡航目的を定めずにパスポート申請をしたBさんは、PV(パスポート・ビジット=観光用パスポート。留学も可)より使い勝手が良いかもしれないとPJを選択していた。

ところが人によっては、パスポートがPJであるかPVであるかが、ミャンマー出国の成否を分けることになる。就労目的で出国しようとして、パスポートがPVであったため出国できなかったという事例があった。飛行機にチェックインし、いざ出国というときにはじかれたのである。

(中略)たまたま選んだパスポートの種類によって、人生の選択肢が絞られてしまったのである。

パスポートの新規取得さえ難しくなっている今、PJをPVに変更するのにどれほど時間とお金がかかるかわからない。手持ちの条件の中で少しでもマシな人生を選択することが賢明だ。BさんはPJの有効な使い道は特定技能での渡日と判断。14種ある特定技能のうち、介護ではなく宿泊業を選ぶそうだ。(後略)【9月12日 新潮社 Foresight】
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【軍事政権 台風11号水害で“異例”の国際社会への支援要請】
台風11号は9月6日(金)に中心気圧925hPaの非常に強い勢力で中国の海南島に上陸し、その後7日(土)にはベトナムに上陸しました。この台風は戦闘に疲弊するミャンマーにも大雨を降らし、甚大な洪水被害をもたらしました。

****ミャンマー軍“大雨による洪水などで死者226人、行方不明者77人” 東南アジアで被害拡大 4か国で約500人死亡****
ミャンマー軍事政権は、連日の大雨による洪水や土砂崩れで226人が死亡し、77人が行方不明となっていると発表しました。

ミャンマーでは今月9日以降、大雨による洪水や土砂崩れの被害が各地で相次ぎ、首都・ネピドーでも多くの家屋が浸水しました。

国の実権を握るミャンマー軍は17日、これまでに全土で226人が死亡したほか、77人が行方不明になっていると発表しました。

OCHA=国連人道問題調整事務所は「63万1000人が被災したと推定される」としたうえで、通信の遮断や道路の寸断などに加え、クーデター以降続いている軍と抵抗勢力の武力衝突で救援活動が妨げられているとしています。

戦闘の長期化で、国内の避難民はすでに200万人を超えており、人道危機のさらなる悪化が懸念されています。

東南アジアでは、台風11号が熱帯低気圧に変わったあとも大雨の被害が拡大していて、ベトナム、タイ、ラオス、ミャンマーの4か国で、死者はあわせておよそ500人に上っています。【9月17日 TBS NEWS DIG】
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この種の災害被害に関し、ミャンマー軍事政権には深刻な“前歴”があります。
2008年5月、サイクロン「ナルギス」によって死者・行方不明者13万人超という甚大な被害を被ったにもかかわらず、軍事政権は大部分の国際支援が入るのを拒否し、新憲法の国民投票実施を強行しました。

国民の生命より政治日程を優先させる軍事政権の姿勢は当時国際社会から強い批難を浴びました。

*****ミャンマー  国民投票強行、進まない救援活動、物資横流しも・・・****
(中略)
被災地を封印
サイクロン被害の救援活動については、外国・国際機関からの人的支援を拒んできましたが、タイ・インドといった近隣の比較的良好な関係を持つ国々からの支援は認めたものの、その他については以前頑なな姿勢を崩していません。

軍政は被災地の封印を図っているとも伝えられます。【5月15日 毎日】
ヤンゴンから被災地に向かう道路に検問所を設け、通過車両を1台ずつチェック。外国人が乗っていると、強制的に引き返させています。

被災地に入る援助関係者には事前に「特別許可」を取得するよう求めていますが、国連関係者によると、許可はわずかしか発行されません。

一般市民が食糧など救援物資を直接持ち込むことも禁止し、政権の翼賛団体に寄付するよう求めています。
 
そんななか、国連事務総長から軍政トップの国家平和発展評議会議長に全面的な支援受け入れを求めた3通目の書簡を託された緊急援助調整官室の事務次長が、18日にミャンマーを訪問する予定です。

援助物資横流しも
現地からは、軍政の救援活動の不十分さ、あるいは物資横流しなどの情報が多数報じられています。

「(被災地で)軍による救援活動を一度も見なかった」「援助なんて何も来ていない」「あれだけ軍隊がいるのに、何をやっているのか」「軍事政権は被災地での被害状況調査も一切行っていない」【5月17日 毎日】

「役人が救援物資の国際援助食糧を質の悪いものにすり替え、被災者に渡しているのを目撃した」
「軍人が小袋の米を1万チャット(約1000円)で売っていた」
ヤンゴン空港に届いた被災地用の発電機が新首都ネピドーに転送されたとの目撃情報もある。【5月16日 読売】

タイが送った援助用食料が同市内の市場で売られているほか、援助物資として届いた防水シートや蚊帳、即席めんなどが市場の内外に立つ露天で販売されている。【5月14日 時事】

海外から届いた援助物資に「○○将軍から○○地区への寄付」と書いた紙が貼られていた。【5月16日 IPS】(後略)【2008年5月17日ブログより再録】
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2023年5月14日にも、猛烈なサイクロン「モカ」が上陸。西部ラカイン州などが大きな被害を受け、500人以上が死亡したと報じられていましたが、国連の支援などを制限、避難民に救援物資を届けようとしたASEAN代表団を乗せた車列が銃撃されるなど、支援活動はうまく進みませんでした。

そうした“前歴”を踏まえてのことでしょうか、今回は“異例”の国際社会への支援要請を行っています。

*****ミャンマー軍政、台風被害で国際社会に異例の支援要請 32万人避難****
ミャンマーで台風による洪水被害が拡大し、軍事政権が国際社会に支援を求める異例の事態になっている。

軍政によると、今月上旬に東南アジアを襲った台風により、国内で少なくとも113人が死亡し、32万人が避難しているという。軍政はこれまで外部の介入を嫌ってきたが、抵抗勢力との戦闘の長期化で疲弊し、支援に頼らざるをえない状況とみられる。

国営メディアは14日、ミンアウンフライン最高司令官が「救助や物資の支援を受けるため、外国と連絡を取る必要がある」と述べたと報じた。

東南アジアとの関係強化を進めるインド政府は15日、ミャンマーに医薬品など10トンの緊急支援物資を送ったと発表。インドのジャイシャンカル外相は同日、X(ツイッター)にミャンマーやベトナム、ラオスに送る物資を軍艦などに積み込む写真を公開した。

ミャンマーでは2023年5月にも大型サイクロンによる甚大な被害が出た。当時、国連などが支援を申し出たが、国軍は軍の関与なしに物資を市民に届けられないように制限。そのため、復興が難航し、国連人権高等弁務官が国軍を非難した経緯がある。

21年にクーデターで全権を掌握した国軍は国際社会から孤立し、内戦の長期化で社会や経済の混乱を招いてきた。国内避難民は既に300万人を超えたとされ、災害が国民生活に追い打ちをかけている。【9月16日 毎日】
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17日発表では死者は226人に。

“独立系地元メディア「イラワジ」によると、16日現在で30万人以上が避難している。国軍のほかミャンマーの民主派勢力が樹立した「国民統一政府(NUG)」なども17日、食料や医薬品など物資の提供を国連などに呼びかけた。”【9月17日 読売】

支援物資は戦闘によって阻害されることなく速やかに被災地に届くことを願います。

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中米エルサルバドル  ブケレ大統領の超法規的治安対策 成果の一方で冤罪も

2024-09-16 22:54:25 | ラテンアメリカ

(【9月12日 TBS NEWS DIG】)

【ブケレ大統領 治安対策が評価され得票率は83%前後で圧勝】
今年2月、中米エルサルバドルでは現職のブケレ大統領が国民の圧倒的支持を受けて再選されました。

ギャングが横行し、「世界一治安の悪い国」であったエルサルバドルにおいて、徹底したギャング対策を行い治安を大幅に改善させたことが評価された理由です。

しかし一方で、憲法で保障された一部権利を制限した上での強硬なギャング対策、事実上の一党独裁に近い形態については、民主主義の観点からの懸念も強く存在します。

****エルサルバドル大統領選、現職ブケレ氏圧勝で1党独裁の懸念****
エルサルバドルで4日実施された大統領選は、現職のブケレ大統領が地滑り的勝利を収めた。ギャング弾圧による治安改善が支持された形だが、事実上の1党独裁国家になり、民主主義が脅かされるとの懸念も広がっている。

5日時点で開票は続いているが、ブケレ氏の得票率は83%前後に達するもようで、議会選(定員60)でも同氏の与党・新思想党が58議席を制する勢いだ。

人権団体は、権力の集中が進んで公民権がさらに抑圧されると懸念している。中米大学・人権研究所のディレクター、ガブリエラ・サントス氏は「ここまで権力が集中したということは、エルサルバドルに(公民権の)保証はなくなったことを意味する」と述べた。

しかし支持者らは、法的手続きに基づかずに多くの市民を拘束するなどの独裁的手法を意に介さず、むしろギャングによる暴力が減って夜間に外出できるようになったことに感謝している。

一部の中米諸国は、左派ゲリラと、米国を後ろ盾とする右派独裁体制との紛争を経て、持続的な民主主義モデルを立ち上げるのに苦慮してきた。ブケレ氏の人気ぶりは、そうした実情を浮き彫りにしている。

ブケレ氏は大統領の任期制限を撤廃し、隣国ニカラグアのオルテガ大統領のように終身統治を目指すのではないか、との懸念もある。

一方、野党の大統領候補はいずれも得票率が1桁台にとどまる見通しで、支持率回復は遠い道のりだ。ブケレ氏は、インターネット上でジャーナリストや政敵を攻撃してくれる「部隊」を雇ってメディアを巧みに操り、選挙戦で野党を「ギャングの仲間」と位置付けることに成功した。

ここ数年、議会はブケレ氏の提案を右から左へ通すだけで、成立した法律の大半は大統領府の提案によるものだった。【2月6日 ロイター】
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【「例外措置体制」で人口の1%超を逮捕 「世界一治安の悪い国」から米大陸ではカナダに次ぐ2番目の低さへ】
ブケレ大統領の治安対策「成功」は、同様に治安の悪化に直面している中南米のほかの国々からはモデルケースとして注目されています。

*****約7万5000人を拘束 「世界一治安の悪い国」からの脱却****
最も成果を上げているのが治安対策です。

2019年6月に「犯罪地域コントロール計画」を打ち出し、警察と軍の装備を強化してギャングの取締りを進めました。

2022年3月に、取締りに反発したギャング側が1日に62人を殺害すると、議会に要請し、憲法で保障された一部の権利を制限する「例外措置体制」を発動しました。

「例外措置体制」のもとでは逮捕状なしでギャングのメンバーを大量拘束でき、これまでに人口の1%を超えるおよそ7万5000人が拘束されたとされています。

ブケレ大統領は拘束した大量のギャングのメンバーを収容するために4万人を収監できる刑務所を新たに建設し、ギャングのメンバーを厳しい監視下に置きました。

エルサルバドルは長年、「世界一治安の悪い国」とされてきましたが、こうした治安対策で人口10万人あたりの殺人事件の件数はブケレ大統領が就任する前の2018年に世界最悪の51人だったのが、2023年には2.4人にまで減少し、アメリカ大陸ではカナダに次ぐ2番目の低さにまで治安が改善しました。

ブケレ大統領の治安対策は、人権を侵害しているうえ刑務所では拷問も行われているなどとして国際社会や人権団体から批判の対象となっていますが、治安の悪化に直面している中南米のほかの国々からはモデルケースとして注目されています。【2月3日 NHK“エルサルバドル 現職大統領の再選確実視 ギャング対策を徹底”】
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これまでにギャング関係者として逮捕された8万2000人におよび、人口634万人の1.3%に達します。(日本の人口に換算すると約160万人)

【「社会復帰させない」ことを前提にした隔離のための巨大刑務所】
この膨大な逮捕者を収容すべく、定員4万人の巨大刑務所が建設されています。

****“世界一恐ろしい”エルサルバドルの4万人巨大刑務所を日本メディア初取材 「ギャング撲滅作戦」の壮絶さとは…****
(中略)
中米・エルサルバドルの巨大刑務所「テロリスト監禁センター」。定員は4万人。収監されているのは殺人や誘拐など、複数の凶悪犯罪にかかわったギャングの元メンバーとされています。

記者 「このエリアを見下ろすように監視員が立っていて、銃を持っています」

政府はギャングを「テロリスト」と定義し、安全の確保を最優先にしています。

受刑者は誰もが丸刈りで、枕も毛布も使えません。フォークやナイフなどは凶器として使われる可能性があるため、食事は「手づかみ」と決められています。そして、家族はもちろん、外部との接触は一切禁じられています。

殺人や強盗など500以上の犯罪にかかわったという受刑者に、本人の意思を確認したうえで、特別な許可を得て話を聞きました。

ギャンググループの元リーダー
「ここは厳格な規律と厳しい服従を求められる刑務所だ。5つ星のホテルではない。若者はもちろん、『かつての敵』であっても誰もここに収容されてほしくない」

エルサルバドルは30年近くにわたってギャングが縄張り争いを繰り広げ、「世界で最も治安が悪い国」と呼ばれるほど国民生活は荒廃していました。

しかし、近年、政府は非常事態を宣言し、「超法規的な措置」でギャング撲滅作戦を展開しています。例えば、ギャングと関係するタトゥーが体に見つかったり、第三者からの通報があったりすれば、司法手続きを経なくても逮捕が可能となっています。

それにより、2010年代に世界最悪だった殺人事件の発生率は劇的に改善。「中南米で最も安全な国」と言われるまでになりました。

今、街中からギャングの姿は消え、平穏を取り戻した国民の多くは現政権を熱狂的に支持しています。ただ、なりふり構わぬ治安対策の「負の側面」も表面化しています。

ドゥラン・ロドリゲスさん。ギャングとの関係を疑われた22歳の息子が去年、刑務所で死亡しました。

ドゥラン・ロドリゲスさん
「息子はギャングのメンバーではありませんでした。息子に会いたいです。でも、もうそれはできません」

ロドリゲスさんによると、ある晩、匿名の通報を受けた警察が突然、家にやってきて、息子を逮捕したといいます。「拳銃を持っているはずだ」と捜索を受けましたが、結局、銃は見つかりませんでした。

しかし、息子はそのまま刑務所で亡くなり、当局からも詳しい説明などはないということです。

ドゥラン・ロドリゲスさん
「ギャングを捕まえるのは素晴らしいことですが、もう止めてもらいたい。多くの母親たちが私と同じように苦しんでいます」

地元の市民団体などから冤罪や人権侵害を批判する声もあがっていますが、政府は「最後のギャングを逮捕するまで撲滅作戦を継続する」としています。【9月4日 TBS NEWS DIG】
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【超法規的措置による冤罪も多発】
****殺人に誘拐…凶悪犯罪 “世界最恐”ギャング刑務所の実態「世界一治安が悪い国」が“ギャング撲滅作戦”で激変も…えん罪訴える人続出【news23】*****
(中略)
世界で最も治安が悪い国 エルサルバドルの"日常" 80ドル払えずギャングから銃撃
エルサルバドルは30年近くにわたって、ギャングが縄張り争いを繰り広げ「世界で最も治安が悪い国」とも呼ばれました。

最悪だったのは、2015年で10万人あたりの殺人事件は106.3件。単純比較はできませんが、直近の日本(0.7件)の約150倍。エルサルバドルの治安は崩壊状態でした。

当時、人々を苦しめたものの1つが、ギャングの「みかじめ料」でした。露天商として生計を立ててきたホセ・アントニオさん。 

7年前にギャングに銃で撃たれました。商売をするために要求された80ドルのみかじめ料を払えなかったからです。(中略)

アントニオさんは病院に運ばれ一命をとりとめましたが、これがエルサルバドルの「日常」でした。

政府“ギャング撲滅作戦” 殺人事件の発生率は劇的に改善
こうした状況を一変させたのが、2019年に発足した現政権による"ギャング撲滅作戦"です。

大橋記者 「日が暮れたところですが、軍による治安維持のオペレーションが始まりました。一軒一軒家をまわって、不審者がいないかどうか確認するということです」

政府は、治安対策を最優先課題に軍隊や武装した警察官をギャングの取り締まりに投入。 特に成果を挙げているのが、例外的な位置づけで導入された「超法規的措置」です。

ギャングと関係するタトゥーが体に見つかったり、第三者からの通報があったりすれば、司法手続きを経なくても逮捕が可能となっています。

強権的な措置は功を奏したのか、世界最悪だった殺人事件の発生率は劇的に改善。わずか数年のうちに「中南米でもっとも安全な国」と言われるまでになりました。

なりふり構わぬ治安対策 “負の側面”も
いま街からギャングの姿は消え、平穏を取り戻しました。(中略)国民の多くは政府を支持していますが、なりふり構わぬ治安対策の「負の側面」も表面化しています。(中略)

ドゥラン・ロドリゲスさん。 ギャングとの関係を疑われた22歳の息子が2023年、刑務所で死亡しました。(中略)

こうした“冤罪”を訴える人がエルサルバドル全土で続出していて、国際社会からも非難の声があがっています。
例外的な「超法規的措置」はいつまで続くのか?政府の責任者は…

地元の専門家は、政府がギャング対策の名のもとに人権侵害を正当化していると指摘します。

セントロアメリカ大学 ガブリエラ・サントス教授
「安全の確保のため人権を犠牲にするのは、本来あってはいけないことです。 『超法規的措置』は一時的なものだったはずですが、もはや恒久的な政策です」

国民の安全を守るためには、一定の人権侵害はやむを得ないのか。
例外的な「超法規的措置」はいつまで続くのか?

私たちは政府の責任者を訪ねました。

ビジャトロ司法公共治安大臣 「私たちエルサルバドル政府は、国内でギャングのメンバーの最後の1人とすべての連続殺人犯を捕まえるまでは現在の”緊急態勢”を維持し続けるつもりだと公言してきました。これ以外の方法はあり得ません」

政府は「法律は順守していく」とする一方、国民からの支持を背景に“ギャング撲滅作戦に変更はない”という方針で、巨大刑務所の受刑者は当分増え続ける見通しです。【9月12日 TBS NEWS DIG】
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****「無実の被害者」解放を ギャング取り締まりのエルサルバドル****
エルサルバドルで15日、ナジブ・ブケレ大統領が推し進める犯罪組織対策で拘束された「無実の被害者」を解放するよう訴えるデモ行進が行われた。

息子が拘束されたという母親は、「私の息子は無実。私の息子は犯罪者ではない」と訴えた。息子のエデニルソンさんは2022年5月、ザカテコルカ市の職場で、正当な理由もなく身柄を拘束されたという。

ブケレ大統領は2022年3月、ギャングを取り締まるための「戦争」を開始し、非常事態を宣言。逮捕状が不要になるなど、憲法で保障された権利の一時制限措置を発令した。

ブケレ氏の手法は人権団体らに批判されているが、暴力に疲弊していた市民の大半は、殺人事件の発生率低下を歓迎している。

人権団体らは、これまでにギャング関係者として逮捕された8万2000人のうち、約30%は無実と推定されるとしている。 【9月16日 AFP】AFPBB News
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エルサルバドル同様の超法規的治安対策で圧倒的成果を収め、高い国民支持を獲得したのがフィリピン・ドゥテルテ前大統領も麻薬対策でした。

フィリピン・ドゥテルテ前大統領の場合は、“超法規的”殺人が横行し、警察だけでなく、謎の集団が麻薬取引関係者と見られる者を大量に殺害しました。

その中にはもちろん無実の罪で殺害されるケースもありましたし、警察(こういう国では大抵犯罪組織と癒着しています)に都合の悪い者を“抵抗した”という理由をつけて“口封じ”的に殺害することも。

おそらく、エルサルバドル・ブケレ大統領はフィリピン・ドゥテルテ前大統領の取組を参考にしたのではないでしょうか。(ブケレ大統領の場合は、殺害するのではなく、逮捕して巨大刑務所に隔離して外に出さない・・・ということで、ドゥテルテ比大統領に比べたら穏健かも)

ドゥテルテ前大統領が教える教訓は、”どんなに強引な方法であっても、治安改善という結果を出せば、多くの国民はこれを支持する”ということでしょうか。

超法規的対策の被害が及ばない圧倒的多数の一般国民にとっては、犯罪者がどいう扱いを受けようが知ったことではなく、治安が改善すれば「大成功」と評価します。

国民の多くがそういう観点で投票すれば、超法規的対策が選挙で民主的に支持されます。

民主主義というものは、有権者が自分にとっての利害だけでなく、ある特定の者が負わされる不当な状況に関して思いを寄せる想像力を有するのでなければ、単なる“数”によるポピュリズムに堕します。

もちろん、ギャング・麻薬組織が横行する状況では、従来のような生ぬるい対応では治安は改善せず、多くの国民がその被害を被る・・・というのもわかります。どこまでが許されて、どこからが許されないのか、一概に言うのは難しいところですが、バランスの問題でしょう。

“超法規的”殺人はレッドカードだと思いますが、“超法規的”逮捕となると・・・その中身でしょう。
“超法規的”が(もしどうしても必要ということであれば)許されるのは危機的状況のなかでの一時的なことで、速やかに明確なルールが定められるべきで、併せて警察以外の第三者によるチェックが必要でしょう。

また、犯罪組織と癒着した権力内部・警察の改革断行も必要でしょう。
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アフガニスタン  女性抑圧を法制化 女子教育にインターネットや衛星放送を利用する国外取組も

2024-09-15 23:23:26 | アフガン・パキスタン

(カブールで、人道支援団体から配給される食糧を待つアフガニスタンの女性たち(2023年5月23日)【8月26日 HUFFPOST】)

【女性が全身と顔を覆うことを義務化する新法 タイトな服、歌声も禁止】
アフガニスタンでは国際批判にもかかわらず、タリバン暫定政権による女性教育の制限など、女性の権利に対する侵害が続いていますが、タリバン暫定政権は8月21日、女性が公の場で全身と顔を覆うことを義務化するなどした新たな法律を発表しました。

イスラム法に基づくと主張している現行の抑圧政策を法制化し、規制の徹底を図る方針だです。女性が公の場で全身と顔を覆うことを義務化するのは「誘惑」を避けるため・・・だそうです。

****女性は顔出しも歌声も禁止。アフガニスタンのタリバン政権が女性の権利をさらに規制****
アフガニスタンの実権を掌握している武装勢力タリバンは8月21日、公共の場で女性が顔を出したり、歌ったりすることを禁止する法律を発表した。

AP通信によると、規制は35条から成る「悪徳の防止と美徳の促進法」の一環で、このうち第13条では、女性は公共の場でベールを着用し、他人を誘惑したりされたりすることを避けるために顔を覆うことが義務づけられている。

着用する衣服は、薄い生地やタイトなデザインであってはならず、堕落を避けるために、性別に限らずイスラム教徒以外の前では身を隠す義務があると定められている。

また、血縁や婚姻関係のない男性を見ることや見られることも禁じられている。

さらに、女性の声は「親密」なものとみなされ、人前で歌ったり、朗読したり、大声で読み上げたりすることが禁じられている。

法律には、メディアの制限や、女性の一人での移動に送迎手段の提供を禁じる内容も含まれており、タリバンが設置した「勧善懲悪省」の役人が、法律に違反したと判断すれば、警告や逮捕などの罰を与えられるという。

勧善懲悪省の報道官は22日、「このイスラム法は美徳の推進と悪徳の撲滅に大いに役立つだろう」とコメントしている。

一方、国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)は25日、新法はアフガニスタンの人々を厳しく規制するものであり、恣意的で厳しい強制力を持つ可能性があると懸念を表明した。

UNAMAトップのローザ・オトゥンバエワ氏は、「法律は、アフガニスタンの女性と女の子の権利に対する、すでに耐え難い制限を拡大するものです。家の外での女性の声でさえ道徳的に違反とみなされるのです」とコメントした。

タリバンは2021年にアフガニスタンを掌握した後、女性や少女の権利を制限してきた。女子は中学校以上の教育が受けられなくなっており、美容サロンを閉鎖するなどして働く場を奪い、女性を公共の場から排除する動きも強まっている。

オトゥンバエワ氏は「アフガニスタンの人々は数十年にわたる戦争を経験し、悲惨な人道危機の真っただ中にあります。礼拝に遅れたり、家族以外の異性を見たり、愛する人の写真を持っているだけで脅迫されたり、勾留されたりすべきではない」と述べている。(後略)【8月26日 HUFFPOST】
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なお、「反イスラム的」であることを理由に、打撃や関節技などを交えた総合格闘技も禁じられています。
TV・映画・ビデオ・凧あげ・闘鶏など全ての娯楽が禁じられた旧タリバン政権時代に戻っています。

旧タリバン政権時代から、一定に外部との接触などもあって、タリバンも“以前のタリバンと同じではない”かも・・・とも政権復活当時やや期待もされましたが、期待外れだったようです。昔と同じです。

【タリバン “法律を批判した者は裁判にかける” 国際批判には「内政問題 政策の違い」】
今回の法律について国連の安全保障理事会の12の理事国は9月6日、共同声明を発表し「タリバンによる女性に対する抑圧を最も強い言葉で非難する」としたうえで、「女性の人権と基本的自由の享受を制限するすべての政策と慣行を速やかに撤回するよう求める」と訴えています。
しかし、タリバンは女性の権利の問題は内政問題であり、「政策の違い」であるとの立場で、歩み寄る兆しはありません。

****アフガニスタン タリバン “法律を批判した者は裁判にかける”*****
アフガニスタンで実権を握るイスラム主義勢力タリバンは、女性に対して全身を布で覆うよう義務づける法律を施行するなど、イスラム法を独自に解釈した統治を進める中、「法律をメディアや集会などで批判した者は裁判にかける」と警告し、批判を封じる強硬な姿勢を示しました。

タリバンの暫定政権は8月、女性に対して公の場で全身や顔を布で覆うことを義務づけ、大きな声で話したり歌ったりすることなども禁じる法律を施行し、女性の人権をさらに制限するものだとして国際社会の懸念が強まっています。

こうした中、暫定政権の法務省は12日声明を発表しました。
この中では、タリバンが制定したすべての法律や法的文書はイスラム法に基づいているとしたうえで「偏見に基づいて法的文書を批判する者がいればそれはイスラム法に対する批判であり、決して受け入れられない」と主張しました。

そして、今後、メディアや集会などの場で法律を批判すれば「イスラム法にのっとり、裁判にかけられることになる」と警告しました。

タリバンは8月、女性の人権状況の改善を求めていた国連の特別報告者の入国を禁止する措置をとるなど、国際社会への反発を強めていて、国内外の批判を封じる強硬な姿勢を改めて示した形です。【9月13日 NHK】
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【アフガニスタンの少女向けのオンライン授業】
タリバンの頑なな姿勢に悲憤慷慨してばかりでは何も改善しないので、少しでもアフガニスタンの女性教育に資する取組を・・・ということで、外国からアフガニスタンの少女向けのオンライン授業を行う取組などもなされています。

****教育規制下のアフガニスタンの少女たち オンライン授業が生きる原動力に****
教育を受ける権利を奪われたアフガニスタンの女性たちにオンライン授業を行う草の根運動が、遠くバングラデシュやスイスにも広がる。権利擁護団体は、今こそタリバン政権に圧力をかけ、この基本的人権を取り戻すべきだと訴える。

19歳のマフブベ・イブラヒミ氏は勉強熱心だ。祖国アフガニスタンからスイスに逃れてまだ2年ほど。定住したチューリヒで中学校をもうすぐ修了する。もし今もアフガニスタンに残っていたら自宅を出ることもままならず、他の少女や女性たちと同様、小学校以降の教育を受けることを禁じられていただろう。

祖国の状況を憂いたイブラヒミ氏は2023年、アフガニスタンの少女向けのデジタル学習プラットフォームを立ち上げた。

非営利団体「ワイルド・フラワー」は現在ヨーロッパに70人のボランティア教師がおり、アフガニスタンにいる少女約120人が数学、コンピューターサイエンス、英語などの科目を熱心に学ぶ。イブラヒミ氏の目標は生徒数を500人まで増やすこと。自身の事業の持つインパクトに喜ぶ。

イブラヒミ氏は「支援以上の意味がある」と話す。幼少期、家族と共にアフガニスタンから逃れ、イランで育った。「多くの少女たちにとって、単なる学び以上の意義がある。世界の他地域に友人ができる。そしてアフガニスタンの外に住む人たちが、彼女たちの置かれた現状を認識しているということを知っている」

2021年8月の政権復帰を機に、タリバンは女性たちに対し初等教育以降の教育、ほぼ全分野での就労、男性同伴者なしの外出を禁じるなど権利を大幅に制限した。困難な状況に置かれた少女たちの無償教育を支援する「マララ基金」によると、アフガニスタンでは現在、教育の機会を奪われた少女たちは200万人超に上る。

ワイルド・フラワーのほかにも、亡命したアフガニスタン人や国内外の非営利団体が立ち上げたデジタル学習の取り組みは数多くあり、少女・女性たちが安心して学び続けられる場を提供している。

こうした教育格差を埋める草の根運動が進む一方で、タリバンに女性の人権状況改善を求める国際社会の動きは3年前から進展していない。

女性の権利 「目標というより障害」に
(中略)
だが今日、タリバンと交渉しその姿勢を改めさせようとする動きに陰りが見え始めている。今年6月にドーハで開かれた国連主導の会合(スイスを含む25カ国・組織が参加)にタリバンが参加することに同意したが、女性を招待しないことが前提だった。

アフガニスタン政権との関係を模索する国連主導の取り組みの一環として行われた同会合では、人権問題も議題に除外されたままだった。(中略)

タリバン代表団を率いるザビフラ・ムジャヒド報道官は少女・女性の権利に対するタリバンの姿勢は他国との『政策の違い』に過ぎず、アフガニスタンの内政問題であり外交とは無関係だと述べた。(後略)【9月13日 Swissinfo.ch】
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アフガニスタンではインターネット接続が不安定ですが、オンライン授業が困難な場合、ワイルド・フラワーの教師たちは授業を即席でビデオやボイスメッセージ形式にして届けているとも。

【衛星放送によるテレビによる授業も】
ただ、やはり現在のアフガニスタンでインターネットを利用できる環境にある少女は僅かでしょう。

より広範な少女を対象とするためにはTVでしょう。国内放送はできませんので衛星放送を利用する形になります。
アフガニスタン国民の半数以上が衛星テレビを視聴できるようです。

****学校から排除されたアフガン少女、頼みの綱は衛星放送****
アフガニスタンで暮らす16才のプリナ・ムラディさんは、毎日、朝食を済ませるとテレビに向かう。映画やアニメを見るためではない。数学や科学、文学の勉強が目的だ。

2021年以降、学校には行っていない。イスラム主義組織タリバンが国内を制圧し、女子が中等教育を受けることを禁じてしまったからだ。

だが彼女は今、大急ぎで遅れを取り戻しつつある。学校から締め出されてしまった少女たちのために、アフガニスタンのカリキュラムを丸ごとフランスから放送する衛星テレビ番組のおかげだ。

首都カブールの自宅で、ムラディさんは「希望がよみがえった」と語る。「これは無知との戦いだ」

この「ベーグムTV」は、アフガン系スイス人の起業家ハミダ・アマン氏の発案によるものだ。アフガニスタンの少女と女性を支援する非営利団体「ベーグム・オーガナイゼーション・フォー・ウィメン(BOW)」の創設者である。

昨年11月、BOWは「ベーグム・アカデミー」を立ち上げた。アフガニスタンの中等教育課程を網羅する約8500本の動画を、同国の公用語であるダリー語、パシュトー語で配信するデジタルプラットフォームだ。

ところが、アフガニスタンの少女の大半はインターネットを利用できない。そこでアマン氏は3月、より多くの視聴者に向けて「ベーグムTV」を開始した。

アマン氏はトムソン・ロイター財団に対し、「アフガニスタンで最も有力なメディアはテレビだ」と語った。

「政治への介入や体制打倒といったことを考えているわけではない。私たちの使命は、日々苦しんでいる姉妹たちを支援し、教育面で子どもたちを支えることだ」

学校教育から女子を排除している国は、世界でもアフガニスタンだけである。

またタリバンは、女性が大学で学ぶことや大半の職業に就くことを禁じ、移動の自由を制限するなど、1996年に最初に権力を握った時期に課した厳しい制限を復活させつつある。

公共の場で女性が話したり顔を見せたりすることを禁じる新たな法律は、新たに国際的な怒りを呼び起こしている。

<非合法の学校も>
最初のタリバン政権が終焉(しゅうえん)を迎えた2001年以降、女子教育は大きな前進を見せ、学位を取得しキャリアを重ねる女性の数は増加した。だが今、その成果は損なわれつつある。

ムラディさんは、学校から追い出された日について「胸が張り裂けるような思いだった」と語る。

「弁護士かジャーナリストになりたかった。でもアフガニスタンの崩壊とともに、私の夢も崩れ去ってしまったような気がした」

国連教育科学文化機関(ユネスコ)によれば、中等教育からの女子排除はすでに約140万人の少女に影響を及ぼしている。毎年、初等教育を修了する女子生徒の分だけ、この数字は増えていく。

ムラディさん一家は2022年にアフガニスタン北部から首都カブールに引っ越してきた。この街で密かに運営されている「地下学校」にムラディさんを通わせるためだ。

だが両親は、ムラディさんが捕まるのではないかといつも心配していた。それだけに、ベーグムTVが登場し、自宅でも学習が可能になったのはありがたかった。

2人の兄弟が学校に向かう一方、ムラディさんはテレビの前でノートを広げる。学ぶのは、兄弟と同じ全国共通カリキュラムだ。ただし、停電のせいで授業は頻繁に中断される。

得意科目は数学とダリー語文学だという。

<メディアへの圧力>
(中略)
ベーグムTVは複数の国際機関と民間の慈善財団から資金提供を受け、10人のアフガニスタン出身、フランス在住の女性ジャーナリスト、司会者により、パリから放映されている。

夜は、ムラディさん一家がお気に入りのインド「ボリウッド」発のドラマといった娯楽番組や、音楽、トークショーなどを放映している。

トークショーでは、健康問題から女性の権利に至るまで、家庭内暴力などセンシティブな問題も含めて、あらゆるテーマが取り上げられる。

アマン氏は「これが、衛星放送を利用することによる自由だ」と言う。「アフガニスタンのメディアは現在厳しい監視下に置かれているが、衛星テレビを使えば検閲をかいくぐることができる」

アマン氏は、生活への束縛が強まる中で少女や女性たちのメンタルヘルスは深刻な影響を受けており、その面での支援として娯楽番組が重要だと指摘する。

<小学校を離れる子どもたち>
BBCメディアアクションによる2023年の報告では、アフガニスタン国民の半数以上が衛星テレビを視聴できるとされている。

タリバンが娯楽や情報の自由なやり取りに対する圧迫を強める中で、どうやら衛星テレビの人気は上昇しているようだ。

ベーグムTVの視聴者のほとんどはアフガニスタン在住だが、パキスタンやイランにもいる。両国にはアフガニスタン出身の難民が多い。

ベーグム・アカデミーは今年12月、生徒たちがオフラインでも授業にアクセスでき、教師との交流も簡単にできるようなアプリを発表する予定だ。また、優秀な生徒がオンライン大学に参加できるよう、試験も実施している。

親や生徒たちの要求に応え、初等教育の授業についても準備が進められている。

初等教育の年代の少女はまだ学校に通うことができるが、ユネスコによれば、教育の質は低下しており、男女を問わず、学校から落ちこぼれていく子どもは多いという。

その背景には、貧困の深刻化や、女性が男子生徒に教えることをタリバンが禁じたために悪化した教員不足などがある。

また、もっと広範囲に及ぶ課題もある。

アマン氏は頻繁にアフガニスタンを訪問しているが、女子教育の禁止があっというまに日常化してしまっていることに恐怖を感じると話す。

「残された道は結婚しかなく、少女たちは絶望している」とアマン氏は言う。

カブールで暮らすムラディさんは、学校教育を受けられなくなってしまい、10代半ばで結婚する少女も多いと話す。彼女の親友も15才で結婚した。

ムラディさん自身には別の計画がある。「何が何でも勉強を続けなければ」とムラディさんは言う。「アフガニスタンの少女、女性でも大きな成功を収めることができると世界に知らせてやる、と心に決めたから」【9月15日 ロイター】
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タリバンがこの状況に更に介入・制限するようなことにならないよう願いますが・・・・。
国際社会も、現実問題としてタリバンに女性の学校教育復活を認めさせることは困難なので、せめて上記のような取組は黙認するように働きかけることが重要でしょう。

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欧州  拡大する反移民の流れ

2024-09-14 22:27:07 | 難民・移民

(英中部ロザラムにも広がった反移民暴動(8月4日)【8月28日 Newsweek】)

【反移民・右傾化の流れ】
欧州で失業や生活苦への不満の受け皿となる形で反移民・右傾化のうねりが広がっています。

****反移民、欧州で強まる右傾化 独仏英、結束に影****
ドイツ東部の2州の州議会選で排外主義を掲げる右派「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進した。欧州では、欧州議会選で欧州連合(EU)に批判的な極右や右派が議席を増やし、フランスや英国では極右や右派ポピュリスト政党が台頭するなど右傾化が強まる。特に欧州をけん引する大国に顕著な動きで、結束の弱体化が懸念される。

ドイツやフランス、英国で躍進した右派や極右政党は反移民を掲げる。移民流入が高い失業率や労働賃金の引き下げなどを招いたとする声も少なくなく、不満の受け皿となって支持を拡大した。

6〜7月のフランス国民議会総選挙では、反移民、反EUを掲げる極右「国民連合(RN)」が第3勢力にとどまったものの党史上最多の議席を獲得。7月の英下院総選挙では、反移民の右派ポピュリスト政党「リフォームUK」が二大政党に次ぐ得票率で初めて議席を獲得し、存在感を示した。

6月の欧州議会選でドイツやフランスの与党が大敗を喫する中、イタリアのメローニ首相率いる右派政党は伸長した。【9月2日 共同】
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【イギリス 反移民暴動】
反移民の右派ポピュリスト政党「リフォームUK」が総選挙で躍進したイギリスでは、少女3人が刺殺された事件がイスラム教徒移民による犯行との誤情報に扇動された反移民暴動が発生。反移民・極右暴動に対抗してカウンターデモも行われ、社会を揺るがせました。

****英暴動の逮捕者1000人超に、少女刺殺事件巡るデマ発端****
英国では、放火、略奪、イスラム教徒など移民を標的とする人種差別的攻撃を伴う暴動が続いており、警察当局によるとこれまでに1000人以上が逮捕された。

暴動は、7月29日にイングランド北部サウスポートで少女3人が刺殺された事件がイスラム教徒移民による犯行との誤情報がインターネット上で流れたのを発端に始まり、イングランド各地と北アイルランドに波及した。その後、暴動関与者を特定する取り組みが強化されたことで、先週以後は収束しつつある。

当局によると、英国全土で1024人が逮捕、575人が起訴された。【8月14日 ロイター】
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イギリスでは保守党前政権時代の移民ルワンダ移送計画を労働党政権が中止するなど、移民対応が政治の中心課題となっています。

【ドイツ 国境管理強化】
ドイツでは冒頭記事にあるように、東部の2州の州議会選で排外主義を掲げる右派「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進しましたが、中道左派・社民党を軸とする連立政府もAfD躍進の背景にある反移民の空気を考慮せざるを得ず、移民対応を強化しています。

****ドイツ、全ての陸上国境管理で不法移民に対応 16日から6カ月間*****
ドイツ政府は9日、不法移民に対応し、イスラム過激主義などの脅威から国民を守るため、全ての陸上国境で管理を強化すると発表した。16日に開始し、少なくとも6カ月継続する。

フェーザー内相は「国内の治安を強化し、不法移民に対する厳格な姿勢を維持する」と表明。政府が欧州委員会と隣接国に国境管理計画を通知した述べた。

政府は当局が国境で直接、より多くの移民を拒否できるようにする制度も設計したという。

ドイツではこのところ、反移民を掲げる右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持を拡大。政府は主導権を取り戻すため、移民問題への姿勢を強めている。

8月に西部で起きた刃物による襲撃事件の容疑者が難民施設に所属していたことを受け、移民を巡る懸念が高まっている。同事件では3人が死亡。過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出した。

ドイツは昨年、初回の難民申請の急増に対応し、ポーランド、チェコ、スイスとの国境で管理を厳格化した。

これら3カ国およびオーストリアとの国境の管理により、2023年10月以降3万人の移民送還が可能になったという。

フェーザー氏は新たな制度により政府はさらに多くの移民を送還できるようになるが、保守派との非公開協議を控えているとし、内容への言及を避けた。

ドイツは前出の4カ国のほか、デンマーク、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フランスと国境を接している。【9月10日 ロイター】
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メルケル前首相は中道右派ながら移民に寛容な姿勢でしたが、流れは変化しつつあります。

【スウェーデン 帰国すれば最大480万円】
北欧・スェーデンも、反移民を掲げる極右の野党、民主党の閣外協力を受ける右派連立政権が移民帰還を促す方向に向かっています。

****帰国すれば最大480万円、スウェーデンの新たな移民抑制策****
戦争や迫害を逃れた人々の安息の地となってきた北欧スウェーデンの右派連立政権は12日、自主帰還する移民に支給する給付金を最大35万クローナ(約480万円)に増額する計画だと明らかにした。

スウェーデンは数十年にわたり「人道大国」と見なされてきた。だが近年、移民の社会的統合を進めているにもかかわらず、多くは溶け込めていない。

反移民を掲げる極右の野党、民主党の閣外協力を受ける政権は記者会見で、2026年から自由意志に基づき出身国に帰還する移民は、最大35万クローナを受け取ることができると述べた。

ヨハン・フォシェル移民相は最新の移民抑制策を発表する際、「われわれは移民政策におけるパラダイムシフトの真っただ中にある」と述べた。

現在、帰国する移民に支給される金額は、成人1人当たり最大1万クローナ(約14万円)、子ども1人当たり5000クローナ(約7万円)で、1家族当たり4万クローナ(約55万円)までとなっている。

この措置について移民団体にコメントを求めたが、コメントは得られていない。 

欧州で帰国する移民に給付金を支給している国はスウェーデンだけではない。デンマークは1人当たり1万5000ドル(約210万円)以上、ノルウェーは約1400ドル(約20万円)、フランスは2800ドル(約40万円)、ドイツは2000ドル(約28万円)を支給している

スウェーデンは1970年代から多額の外国に開発援助を惜しみなく行い、1990年代からは主に旧ユーゴスラビアやシリア、アフガニスタン、ソマリア、イラン、イラクなどの紛争地帯から多数の移民を受け入れてきた。

欧州移民危機のピークを迎えた2015年だけでも、スウェーデンは庇護希望者16万人を受け入れ、人口当たりで欧州連合最多となった。

スウェーデンでは、外国出身者の失業率が極めて高いために経済格差が拡大し、「揺り籠から墓場まで」と呼ばれるほど充実した社会保障制度にとって重荷となった。

欧州移民危機が転換点となり、当時の与党・社会民主党は、移民への門戸開放政策をこれ以上続けることはできないと表明。

以来、歴代政権は左右を問わず移民抑制策を講じてきた。それには、難民認定申請者の在留資格を短期滞在に限定したり、家族を呼び寄せる条件を厳格化したり、欧州連合域外出身者の就労ビザの申請に必要な収入基準を引き上げたりするなどの措置が含まれる。

ウルフ・クリステション政権はさらに、薬物乱用、犯罪組織への関与、スウェーデンの価値観を脅かす発言などを行った移民の強制送還の容易化も計画している。 【9月13日 AFP】AFPBB News
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帰国すれば最大480万円・・・・現在の“1家族当たり4万クローナ(約55万円)まで”と比べても破格の金額ですが、それだけ支払っても移民を受け入れるコストの方が大きいということでしょう。

失業手当などを考えるとそうなるのでしょう。外国出身者の雇用を促進して、税負担も自国民と同じようにしてもらえれば、そういう問題もでないのでしょうが。問題の根っこは、なぜ外国出身者の失業率が極めて高いのか、それはどうにもならないのか?というあたりでしょう。

なお、移民受け入れで以前は寛容とされていたスウェーデンですが、ヘニング・マンケルのミステリーなど読むと、2000年代の頃から移民に反対する勢力の活動で陰鬱な空気が社会に漂っていたことが窺えます。反移民感情は決して昨今のものではありません。

【オランダ EU共通難民庇護制度から離脱申請】
オランダはウィルダース党首率いる極右、自由党主導の4党連立政権ですが、そうした政権の性格を反映して移民政策も厳格化し、EU共通の難民庇護制度からの離脱を要請する方針を示しています。

****オランダ、厳格な移民政策発表 EU共通難民庇護制度から離脱へ****
2オランダのディック・スホーフ首相は13日、同国史上最も厳格な移民政策を発表するとともに、来週には欧州連合共通の難民庇護制度からの離脱を要請する方針を示した。

ヘルト・ウィルダース党首率いる極右、自由党主導の4党連立政権は、「難民危機」を宣言し、国境管理をはじめとする一連の厳格な措置によって移民の流入を抑制する意向を明らかにしている。

スホーフ氏はハーグでの記者会見で、今後3年間の政府計画を発表。「わが国は大規模な移民の流入に耐え続けることはできない」「国民は難民危機に直面している」とし、「よって近々、移民・難民の受け入れ厳格化などの緊急措置を講じる」と表明した。

昨年11月の下院総選挙から約7カ月を経て成立した連立政権は、難民認定申請者や不法移民の入国阻止に向けて強硬姿勢を取ると明言している。

しかし、法律の専門家だけでなくウィルダース氏自身も、EU共通の難民庇護制度からの離脱には数年かかると認めている。

ウィルダース氏は5月、AFPに対し、「デンマークが実施しているように、わが国も難民庇護制度からのいわゆる離脱を試みていく。成功するとしても、数年かかるだろう」と述べた。

デンマークはEU共通の難民庇護制度からの離脱を交渉しており、オランダ政府もそれに続く方針だ。 【9月14日 AFP】
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【先進国の人出不足で移民増加】
移民対応厳格化に舵を切る欧州各国ですが、欧州など先進国で移民流入が増加したのは先進国側の都合もあってのことです。

****昨年の移民、過去最多=先進国の人手不足背景―OECD****
経済協力開発機構(OECD)は23日、日米欧など加盟38カ国への2022年の新規移民が推計610万人に上り、過去最多を記録したと発表した。難民認定者の増加や先進国での人手不足が背景で、前年比で26%、コロナ禍前の19年比でも14%増えた。

不法移民や短期就労者、ロシアによる侵攻で国外へ避難したウクライナ人らは除いて集計した。国別の移住先は米国が前年比25%増の105万人と最多で、次いでドイツが21%増の64万人、英国が35%増の52万人。日本は58%増の10万6000人だった。

OECD加盟国に逃れたウクライナ人は、23年6月時点で約470万人。このうちドイツが100万人強、ポーランドが100万人弱、米国とチェコが各40万人弱を受け入れている。【2023年10月24日 時事】 
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【強気のハンガリー・オルバン首相】
上記のような反移民・難民の流れが強まる欧州で、以前から反難民姿勢を貫くハンガリー・オルバン首相は強気。

****ハンガリー、難民対応巡り欧州委と対立 「境界守った」逆提訴の構え****
欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会と加盟国のハンガリーが、難民申請者への対応を巡り対立を深めている。

EUの欧州司法裁判所は6月、ハンガリーが難民申請者の権利を保護しなかったとして制裁金2億ユーロ(約313億円)の支払いを命じた。だが、ハンガリーは応じず、欧州委に対し、EUの境界を「守った」費用として、逆に20億ユーロの支払いを求める訴訟を起こす構えを見せている。

ハンガリーのグヤーシュ首相府長官は9月12日、「ハンガリーは近年、(域内の自由な移動を可能にする)シェンゲン協定の域外との境界の防御に約20億ユーロを費やしたが、EUから補償金を受け取っていない」として、「欧州委を相手取り、費用を回収するため訴訟を起こす用意がある」と述べた。

欧州司法裁は6月13日、欧州委の提訴を受け、ハンガリーが難民申請者を不法に留め置いたり、申請手続き中の滞在を認めず国外に追放したりするなど、EUの難民保護のルールに違反し続けているとして、2億ユーロの制裁金の支払いなどを命じた。

これに対し、ハンガリーのオルバン首相は「EUの境界を守る我が国への制裁金は言語道断で容認できない」と反発し、支払いを拒否した。欧州司法裁はハンガリーが是正措置を講じるまでの間、1日100万ユーロの追加制裁も科しており、制裁金の総額は膨らんでいる。

ハンガリーは強硬姿勢を見せることで、制裁金の支払いを巡り、欧州委の譲歩を引き出す戦術とみられる。AP通信によると、ハンガリー政府は9月12日、欧州担当相に問題解決に向けて欧州委と協議するよう指示した。

ハンガリーは6日にも、難民申請者を対象に、セルビアとの国境地帯からEU本部のあるベルギーの首都ブリュッセルまでの片道バス利用券を提供する方針を明らかにし、EUに圧力をかけている。

これに対してベルギー政府は9日、「EUの結束と協力を損ねる」と批判し、ハンガリーからのバスによる難民申請者を受け入れない方針を発表した。

欧州委員会の報道官は10日、「もしハンガリーが(バスによる移送を)実行すれば、明らかなEU法違反であり、加盟国の協力や相互信頼の原則に反する」と非難。欧州委は通過ルートとなる可能性がある加盟国と対応を協議した。

近年、中東やウクライナなどからのEUへの難民申請者は増加し、2023年は計約114万人に達した。受け入れに必要な公的費用の増加などから、加盟国が対応に苦慮している側面もある。

こうした中、ドイツ政府は9月9日に国境での検問を強化する方針を発表し、10日には難民申請者の受け入れを厳格化した。オルバン氏はX(ツイッター)で、ドイツに対して「ようこそ移民停止クラブへ」と皮肉を込めた投稿をした。

ハンガリーは7月から、EUの加盟国で構成する欧州理事会の議長国(任期6カ月)を務めている。ウクライナ支援への消極姿勢やロシアとの友好関係が目立つなど、他の加盟国との摩擦が続いている。【9月13日 毎日】
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【外国人労働者の社会統合】
移民問題の根幹は社会統合が進まず、雇用が不安定で、失業したり、なかには犯罪に走ったり・・・ということでしょう。

日本は正確には“移民・難民”ではなくあくまでも技能実習制度や育成就労制度に基づく外国人労働者ですが、コンビニ・飲食店でよく見かける外国人については、「不愛想な日本人店員より外国人のほうが感じがいい」という声もよく聞きます。

もちろん、日本における外国人労働者についても差別・人権侵害、劣悪な雇用環境など問題は多々あります。ただ、その一方で、上記のような“とけ込んでいる”ようにも見える部分も。そのあたり、工作機械・ロボットにすら名前をつけて愛着を寄せる日本社会は欧米社会とはまた違う側面もあるのかも・・・というのは期待しすぎでしょうか。
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韓国  研修医職場離脱のその後 政府は秋夕(チュソク)を迎え緊急対応

2024-09-13 23:17:12 | 東アジア


(「秋夕(チュソク=中秋節、今年は9月17日)連休非常救急対応週間」の運営が始まった11日午前、ソウル市内のある大学病院救急医療センター【9月11日 chosun Online】)

【2月に始まった研修医スト 双方譲らず未だ継続】
韓国の主要病院では2月20日、医師不足に対処するため医学部の入学定員を増やす方針(2000人増やし、約5000人にする)を打ち出した政府に反発した研修医らが何千人と職場を放棄し、医療現場に混乱が広がりました。

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約1万3000人の研修医が全国221の病院で指導教授のもと医療に従事していたが、4分の3に相当する9900人が退職届を提出し、最終的に7600人余が医療現場を離れた。

研修医は専攻医指導病院で1年間のインターンと3〜4年のレジデントを経て専門医資格を取得する。労働6割、研修4割といわれている研修医は指導病院にとって欠かせない人材だ。

ビッグ5と呼ばれるソウルの5大病院をみるとソウル大学病院は全医師の46.2%を研修医が占めており、セブランス病院も40.2パーセント、サムスンソウル病院は38.0パーセント、ソウル峨山(アサン)病院は34.5パーセント、ソウル聖母病院は33.8パーセントが研修医だ。

彼らの大量離脱でそれまで研修医が補助を担っていた手術や入院患者の受け入れに支障をきたすようになった。【9月12日 佐々木和義氏 Newsweek】
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歴代政権にとって、医学部定員増は医療サイドの激しい抵抗で対応に苦慮する問題となってきました。

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2006年から基本的に変わっていない医学部の定員を増やすことは、国民から広く支持されている。韓国の人口1000人当たりの医師数は約2.6人で、経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の3.7人を下回る。

入学定員を増やさなければ1万人以上の医師不足に
尹大統領の計画では、医学部入学定員は年間3000人から約5000人に引き上げられることになる。入学定員を増やさなければ、2035年までに韓国の医師数は医療需要に対して1万人以上足りなくなると当局は予測している。

ここ何年かで韓国政府が医師を増やす政策を推進するのは、今回が初めてではない。2020年には文在寅(ムン・ジェイン)政権が、10年間で医学部入学定員を4000人増やす計画を掲げたが、今回と同様の懸念を軸とした医療界からの反発と、医師らによる1カ月にわたるストライキを受けて、計画はお蔵入りとなった。【2月25日 The NewsYork Times 東洋経済online】
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離脱研修医側の言い分は・・・

****韓国で「若手研修医の半分以上が辞職」した裏側****
(中略)
足りないのは救急医療の医師
手頃な価格の医療制度を誇る韓国だが、人口当たりの医師数は先進国の中でも最も少ない部類に属する。急速に進む高齢化に伴い、とくに地方と救急医療分野の医師不足が深刻化していると韓国政府は指摘している。

抗議行動を展開しているのは病院の運営に不可欠な研修医らで、彼らによると、医師不足は医療業界全体ではなく、救急医療など特定の専門分野に限ったものだという。こうした専門分野で働く魅力を失わせている、研修医の過酷な労働条件や低賃金といった問題を政府は無視していると、彼らは主張する。

調査によると、研修医は日常的に24時間を超えるシフトを複数こなしており、勤務時間が週に80時間を超える研修医は多い。

ソウルにあるセブランス病院の救急病棟の職を辞した大韓専攻医(研修医)協議会のパク・ダン会長は19日、「医療制度は崩壊して久しい」と語った。「この先5年も10年も、自分が救急で働くことは考えられなかった」。

パク・ダン会長はさらに、現在の保険と政府の支払いシステムでまともに暮らしていけるのは、美容外科など一部の診療科の医師だけだと語った。

抗議している医師らはまた、政府が医師の数を増やして競争を激化させれば、患者の過剰治療につながる危険性があるとも主張している。【同上】
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ただ、少なくとも問題発生当時、世論は研修医や、彼らを煽る医療界の対応には「自分たちの待遇改善のために患者の命を人質にしている」と批判的で、日頃厳しく保守派政府を批判する左派メディア「ハンギョレ」も研修医を批判しています。

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研修医の動きへの国民の支持は広がっていない。韓国ギャラップが16日に発表した世論調査によると、尹政権の医学部定員増加の方針については76%が肯定的な評価を示した。尹政権に厳しい論調の左派系のハンギョレ新聞は社説で「正当な理由なく、国民を人質に脅迫している」と研修医らを批判した。【2月22日 読売】
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前出の表向きの理由はともかく、厳しい受験戦争を勝ち抜いてようやく手にした医師への道が、定員増となれば医療現場の競争も激しくなり、報酬も下がることにもなってしまう・・・・というのが本音ではないか・・・とも勘ぐられます。

また医療界全体が立場の弱い研修医を煽り、自分たちの権益を守ろうとしている・・・とも。

その後も、尹大統領も研修医側も基本線では譲らず、半年以上経過した現在に至っています。(このあたり、伊大統領は世論の批判が強い日韓関係重視でもそうですが、なかなか信念を曲げず強気です。 良くも悪くも、周囲の声を聞いて妥協する“政治家”タイプではありません。)

なお、政府は一時、離脱した研修医の医師免許停止処分とする強硬な計画を示しましたが、これについては現在の医療サービス不足を解消することが「より緊急」だとして、7月8日に取下げています。

【救命救急センターを訪れる患者が増加する秋夕(チュソク)への対応】
そうこうしている間に韓国は、秋夕(チュソク)を迎えます。

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秋夕は旧歴8月15日とその前後に祖先を祀り、墓参りなどをする韓国国民にとってもっとも重要な祝日で、今年は9月14日から18日まで5連休となっている。この時期は多くの企業が休業となり、病院でも外来は休診となることから救命救急センターを訪れる患者が増えると予想されている。【9月12日 佐々木和義氏 Newsweek】
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政府も秋夕に向けて緊急体制を指示しています。

****研修医スト続く韓国、来週の祝日前後を特別医療対応期間に****
韓国政府は12日、来週の「秋夕」の祝日に合わせ、2週間を緊急医療特別対応期間とし、あらゆる資源を活用して医療サービスを確保すると発表した。

韓国では政府の医療制度改革に盛り込まれた医学部増員に反対する研修医らが職場離脱する状態が2月から続いている。

韓悳洙首相はブリーフィングで「医療関係者の献身に少しでも報いる」ため、特別対応期間は医療保険から医療機関に支払う診療報酬を一時的に引き上げると述べた。全国約8000の診療所や病院が祝日期間も診療を行うとした。これは今年の旧正月期間(約3600)を上回るという。

国民には、症状の程度に応じて、大病院でなく地元の診療所の受診を検討するよう呼びかけた。

聯合ニュースは12日、医学教授会の発表として、全国53の病院を調査したところ救急外来の医師数が42%減少しており、7病院が救急外来の一部閉鎖を検討していると報じた。【9月12日 ロイター】
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緊急対応として軍医を投入。

****ストで救急センター運営に支障 政府が軍医ら投入へ****
政府が進める大学医学部の定員拡大に反発して、研修医が集団で退職するなど医療界のストライキが続いている影響により、全国の救命救急センターの運営が支障をきたしていることを受け、政府は軍医や、兵役の代わりに保健所などに勤務する公衆保健医師を救急センターに緊急配置することにしました。

保健福祉部は、2日に行ったブリーフィングで、救急センターの運営を円滑化するため、軍医と公衆保健医師など230人あまりを順次、投入すると明らかにしました。(中略)

さらに、今月中旬の中秋の名月にあたる、秋夕(チュソク)の連休中、病院の休業により救急センターに患者が集中し、混乱が増す場合に備え、11日から25日を非常救急対応期間に指定し、救急医療を支援することに決めました。

一方、政府は、「救急センターの99%にあたる406か所は24時間運営中だ」として、救急センターの運営が支障をきたしているのは、一部に過ぎないとしています。

政府によりますと、病床を縮小し運営している救急センターは27か所で、全体の6.6%だということです。

しかし、政府が発表したとおり、ほとんどの救急センターが24時間体制で運営されているのは事実ですが、研修医が医療現場を離れた影響で、救急センターで勤務中の医師は、平時の7割ほどとなっていて、搬送先の見つからない救急患者が増えています。

消防庁の資料によりますと、ことし上半期に発生した救急車の再搬送件数は2645件でしたが、このうちおよそ4割が「医師不足」によるものだったということです。

全国医科大学教授非常対策委員会は2日、声明を発表し、政府の発表とは異なり、すでに多くの救急センターが医師不足により、正常な診療ができておらず、秋夕の連休を起点に診療が制限されたり、運営を中断するところも出てくるだろうと懸念を示しています。【9月3日 KBS News】
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ただ、いきなり救急センターに投入された「軍医」は、うまく対応できなかったとの評価も。

****大型連休控え医療混乱ピークの韓国 病院・研修医・患者が苦境のなか、漁夫の利を得たのは?****
<年に1度の大型連休を控え韓国の医療は危機的状況に陥っているが──>

(中略)
秋夕に向け軍医を病院へ派遣したが......
韓国保健福祉部は、軍医官と公衆保健医を公立病院や民間病院に派遣してきたが、秋夕前後に250人を救命救急センターに派遣することにした。公衆保健医は兵役に代えて公衆衛生にあたる医師免許保持者である。

同部は9月4日、軍医官15人を運営に支障が出ている救命救急センターに派遣し、9日以降、235人の軍医官と公衆保健医を緊急度の高い医療機関に派遣すると明らかにした。

ところがだ。軍医官や公衆保健医の評判はお世辞にも良いとはいえない。ソウル大学病院が行ったアンケート調査で、軍医が「役立った」と答えた教授は30.9パーセントにとどまる一方、31.8%が「役に立たない」と回答した。

未回答者は軍医等が派遣されなかった科目の教授で、派遣を受けた教授の半数以上が「軍医は役に立たない」と回答したのである。「軍医らを救急室に配置すれば、患者未収容がなくなるか」という質問にも教授らは「彼らは重症患者の診療に参加して、責任を負わなければならない状況となることを恐れている」と回答した。

軍医官3人が派遣された梨花女子大学木洞病院は、救急室勤務は適していないとして帰るよう通知した。江原大学病院では派遣された5人のうち実際に勤務できたのは1人だけだった。

保険福祉部が派遣する250人の軍医官と公衆保健医には救急医学の専門医が8人いるが、その専門医でさえ役に立たないという。救急専門医が2人派遣された世宗忠南大学病院は、軍医は診療できないと判断している。【9月12日 佐々木和義氏 Newsweek】
***********************

一方、大韓医師協会のイム・ヒョンデク会長が政府への抗議のハンストを行いましたが、6日目で体調を崩し断念しています。 韓国でよくある政治パフォーマンスですが、対政府というより、医療界の都合に踊らされて人生の岐路にたたされている離脱研修医向けのエクスキューズでしょうか。

****韓国、医学部定員増めぐる問題の混乱続く=韓国医師協会長がハンストに踏み切るも6日目で断念****
(中略)
医師協会の林会長は先月26日、記者会見を開き、「韓国の医療は死の直前まで来ており、国民の命が脅かされている」と訴えた。林会長は、現場ではこれまで離脱せずに踏みとどまっていた医学部教授たちが「燃え尽き症候群」となり、相次いで辞職していると指摘。医療危機を収拾するには大統領と国会が決断するほかないとして、定員増の撤回を求め、この日からハンストを開始した。

今年5月に医師協会長に就任した林会長は、協会内でも激しく政府と対立してきた人物として知られる。今年3月に会長選に当選した際は、政府の医学部定員増員の方針に端を発した医療現場の混乱について「今の状況は研修医や医大生、医大教授らがつくった危機ではなく、政府がつくった危機だ。事態の責任は政府と与党にある」と批判。翌月に控えた韓国総選挙で、議員の落選運動を行うこともちらつかせた。

一方、尹大統領は先月29日に行った国政に関する記者会見で医療改革に言及し「もう医学部の増員が終わった(決まった)ため、改革の本質である地域・必須医療の再生に政策の力量を集中する。2025年度の医学部の定員募集は現在、滞りなく進んでいる」と強調した。(中略)

ハンストを続けていた林会長は、6日目の31日に体調を崩し、病院に搬送された。ハンストは、韓国では政治家らがしばしば行うパフォーマンスだ。昨年8~9月にかけては「共に民主党」のイ・ジェミョン(李在明)代表が、福島第一原発の処理水海洋放出に抗議することなどを目的にハンストを行った。

しかし、国民から多くの支持を得ることはできなかった。今回の林会長によるハンストについて、韓国メディアのマネートゥデイは「今回の断食は、大きな世論化を形成できず、医療界内では『得るものがなかった』との雰囲気が漂っている」と伝えた。【9月3日 WoW!Korea】
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【離脱した研修医の厳しい現実 戻りたくても「裏切り者」扱いが怖い】
すでに来年の医学部定員増員も当初計画よりやや縮小はしたものの実施に移されており、離脱した研修医はこの現実をどのように見ているのか、なぜあきらめて職場復帰しないのか・・・彼らは厳しい状況に置かれています。

****漁夫の利を得たのは......*****
一方で辞職した研修医たちは就職難に直面している。兵役未了者は公衆衛生医を目指すが、服務期間は3月からで、志願者が多いと翌年以降に延ばされる。軍服務が終わった研修医や女性専攻医は一般医として勤務できるが、離脱研修医の急増で給与水準が下がっている。

専門医資格を得た後、専攻医指導病院に残って勤務するフェローの給与は700万ウォン、中小病院で週5日勤務する契約医師は1200万ウォンから2000万ウォンが一般的だが、離脱研修医は300〜400万ウォンでも仕事がないという。

患者と病院、離脱研修医のいずれも良い結果を生まないなか、この状況を歓迎する医療機関もある。美容整形外科と療養型病院だ。ソウルのある美容整形外科が月400万ウォンで求人を出したところ応募が殺到したという。手術は任せられないが看護師並みの給与で医師を採用できるとして「営業拡大」を図る動きもある。

療養型病院は「専門医資格がなければ昼に勤務できる病院が少ないため、夜間の当直を一般医に任せているが、確保が難しい状況だった」といい、「離脱研修医は恵みのようだ」と歓迎する。

一般医は専門医と比べて勤務先が限られるうえ、給与水準も低いが、離脱研修医に対する目は冷ややかで、政府も手を差し伸べる考えはないようだ。【9月12日 佐々木和義氏 Newsweek】
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現場に戻りたくても、戻ると「裏切り者」扱いされ、実名をさらされるという恐怖もあるようです。
救急救命室の医師たちの実名が「医療の混乱を防ぐために努力している方々に感謝」などと揶揄する形で公開されています。

****医療大乱の韓国。救急救命室の医師が「悪意あるリスト」で実名を晒される異常事態****
(中略)
救急救命室のブラックリスト
救急救命室の緊急事態でバーンアウトに耐えながら耐えている救急救命室の医師たちの実名を公開した「ブラックリスト」が出てきて国民の公憤を買っている。救急救命室の危機警報が鳴り、重症患者が救急救命室の「たらい回し」によって死亡する事態まで起きている現実の中で、医師倫理を破った反生命体・反社会的の行動の極致だ。

(中略)医療現場に戻ろうとする心ある専攻医も多いのだろうが、こういう「ブラックリスト攻撃」があるために現場に戻れないでいる医師の卵たちも多いのだ。

医師でありながらこのような反生命・反倫理犯罪を犯すとは。開いた口が塞がらない。自分の稼ぎ(儲け)がn分の一になるからという極めて利己的な理由で政府の医療政策に反対している反社会的医師ら。(後略)【9月13日 MAG2NEWS】
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医師会の対応は相変わらずです。

*****韓国医師協会「政府の態度変化が必要」 医療混乱巡る協議不参加を表明*****
韓国の大韓医師協会(医協)は13日に開いた記者会見で、研修医らの職場離脱による人手不足など医療現場で生じている混乱などについて協議する与野党と政府、医療界の4者による協議体について、政府の態度に変化がない現時点では医療界側は参加しないとの立場を表明した。(後略)【9月13日 聯合ニュース】
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一方、伊大統領は・・・

****尹大統領が国民にメッセージ 「連休中も病院で働く医師らに感謝」****
韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は秋夕(チュソク、旧暦8月15日)を控えた13日、映像メッセージで国民へのあいさつを伝えた。

尹大統領は韓国伝統衣装の韓服姿で、中秋の名月のように豊かな時間を過ごすことを願うとし、「連休中も国民のために働いている国軍将兵、警察官、消防官、そして救命救急センターを維持している医療関係者の皆さまに深く感謝する」と述べた。(後略)【9月13日 聯合ニュース】
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日本でもコロナ禍の頃「エッセンシャルワーカーの皆様、ご苦労様です」ってありましたね・・・。
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アルゼンチン  反中国の立場ながら、政経分離で中国との経済関係は維持するミレイ大統領

2024-09-12 22:51:57 | ラテンアメリカ

(アルゼンチンのインフレ率【Trading economics】
このグラフを見る限りでは、以前に比べると安定化しているようにも見えます。 高値安定ではありますが)

【先進国から途上国に転落した例外的な国】
今でこそ中国や韓国など、目覚ましい経済成長を実現している国もありますが、以前は「先進国はいつまでも先進国、途上国はいつまでも途上国、ただし、例外を除いて」という考えが一般的でした。

現在でも途上国からのテイクオフは容易ではなく、経済だけでなく社会の在り様まで含めて「先進国」入りするのは容易ではありませんが。

1971年にノーベル経済学賞を受賞した、アメリカの経済学者サイモン・クズネッツの言葉から。

****「世界には4つの国しかない」- サイモン・クズネッツ(米)*****
「世界には、4つの国しかない。先進国と発展途上国、そして日本とアルゼンチンである。」

これは、1971年にノーベル経済学賞を受賞した、アメリカの経済学者サイモン・クズネッツの言葉である。
この言葉は、マクロ経済学の大家から見て、日本とアルゼンチンが例外的存在だったということを意味しているが、経済学の世界で広く知られるこの言葉は、今や我々日本人にとっては軽視できない警句になりつつある。

■例外①日本:途上国 → 先進国
(中略)従って、クズネッツにとって日本は例外的な存在で興味深かった。

■例外②アルゼンチン:先進国 → 途上国
もう一つの例外が、アルゼンチンである。世界第8位という広大で肥沃な国土を持つこの国は、ヨーロッパ諸国からの投資により1850年から全土に鉄道網を張り巡らせ、またイタリア・スペインなど南欧諸国から移民を積極的に受け入れ、内陸部の開拓を進めた。

農業生産量は飛躍的に拡大し、穀物、肉類の輸出により、1929年にアルゼンチンは世界第五位の経済大国になるまで発展していたのである。しかし、ここからの転落が凄まじかった。

1929年からはじまった世界恐慌とそれを受けた英国のブロック経済圏への参入と経済的従属。経済格差拡大による国民の不満を背景としたナショナリズムの台頭、イギリス資本による産業支配への反発、ポピュリズム政治による放漫財政、経済政策の混乱。軍部によるクーデターと内乱、財政破綻。

第二次大戦後に復興が進む欧州、日本とは対照的に経済的没落の一途をたどった。先進国から途上国への転落。経済学者から見て例外事例ということだ。(後略)【ITマーケッティング研究所】
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クズネッツ氏は上記のような意味合いで“日本とアルゼンチン”という例外をあげたのですが(この言葉がいつ頃のものかは知りません)、現在ではまったく別の意味合いを帯ています。

それは、日本経済の停滞を受けて、「先進国から脱落したのは“日本とアルゼンチン”だけだ」といった主旨です。
日本経済・社会の萎縮・縮小・停滞、アジア各国の成長を受けて、やがて本当に日本はアルゼンチンと同タイプの例外国になるかも・・・・

その話は脇に置いて、今回はアルゼンチンの話。

【インフレで牛肉消費量はかつてないほどの水準に落ち込んでいる 大都市ではホームレスが増加】
アルゼンチンは経済苦境、債務返済ができなくなるデフォルトを繰り返していますが、目下の経済的問題はインフレ。

****300%インフレのアルゼンチン、「主食」の牛肉も消費減る****
アルゼンチンといえば、ステーキハウスと広大な肉牛牧場、「アサード」と呼ばれるバーベキューが名物だ。だが、年率3桁のインフレと景気後退で人々は財布のひもを引き締めざるを得ず、牛肉消費量はかつてないほどの水準に落ち込んでいる。

サッカーやマテ茶と並んで、牛肉は常にアルゼンチン社会に不可欠なものだった。にもかかわらず、消費量は年初から既に約16%減少した。

多くのアルゼンチンの住宅には作り付けの「パリージャ(アルゼンチン風焼き肉)」用のグリルがあり、家族が顔をそろえる場になっている。ブエノスアイレスの街並みのあちこちにはステーキハウスが見られ、建設現場や抗議集会の会場でさえ、即席のバーベキュー台の周りに人々が集まり、牛肉に舌鼓を打つ。

肉屋の行列に並ぶ年金生活者のクラウディア・サンマルティンさん(66)は「牛肉はアルゼンチンの食生活になくてはならないものだ。たとえるなら今は、パスタを取り上げられたイタリア人のような状態だ」とロイターに語った。洗剤など他の買い物に関しては積極的に節約しているが、牛肉は「聖域」だと語った。

「こんなご時世だから、アルゼンチン人はどんなことでも我慢できるとは思う。だが、肉なしでは生きていけない」とサンマルティンさんは言う。

ただ最新のデータでは、アルゼンチン国民の今年の牛肉消費量は年間約44キログラムのペースとなっており、52キロを超えた昨年や、100キロ以上消費していた1950年代に比べ激減している。

牛肉消費量の長期的な減少の背景には、ブタやニワトリなどほかの肉や、パスタなどもっと低価格な食品へのシフトがある。

だが今年の急減を引き起こした原因は、300%近いインフレと、リバタリアン(自由至上主義)のハビエル・ミレイ大統領による厳格な財政緊縮策に伴う経済成長の失速だ。

貧困は拡大し、大都市ではホームレスが増加してスープキッチン(無料の炊き出し)の行列が長くなっている。肉、牛乳、野菜といった食材の消費を減らす家庭も多い。前月比での物価上昇は鈍化しているが、実感はないと人々は言う。

国内の食肉業者組合CICCRAのミゲル・スキアリティ会長は「今の状況は危機的だ。消費者は何でも、財布の中身と相談の上で決めている」と語り、肉消費の低迷は続くと予想する。「国民の購買力は月を追うごとに低下している」

<肉よりパスタ>
ブエノスアイレス州の農業地帯では、肉牛を育てる牧場主らが危機感を募らせる。

ギリエルモ・トラモンティニさん(53)は、昨年の干ばつで多くの家畜に被害が出たせいで投入原価が上昇したと分析。「牛肉が高いというわけではなく、人々の購買力がひどく低下した」と述べ、畜産農家は従業員の解雇を避けるために設備投資に慎重になっていると語った。

国内消費が減少する中で輸出は増加しているものの、国際価格は下落しており、農家の増収にはつながっていない。アルゼンチン産牛肉の輸出先は中国の比率が圧倒的に高いが、購入されるのは、アルゼンチン国内では買い手がなかった安価な部位の肉だ。

CICCRAのスキアリティ会長は「輸出量こそ高水準を維持しているが、輸出部門は非常に厳しい時期を迎えている。国際市場における価格は大幅に下落した」と語る。

<売れるのは「最も安い部位」>
ヘラルド・トムシンさん(61)は、ブエノスアイレスの肉屋で働くようになって40年になる。人々は今も牛肉を買いに来るが、なるべく低価格な商品を探すのが常だと語る。

「客足は変わらないが、問題は買う量が減っていることだ。ほかの肉に乗り換える人もいるし、いつもお買い得品ばかり探している」

肉屋を営むダリオ・バランデグイさん(76)は、牛肉の中でも最も安い部位か、もっと安い肉が売れるようになっていると話す。「このところ鶏肉と豚肉の消費がかなり増えている」とバランデグイさんは言う。

自称「無政府主義的資本主義者」で、自由市場を信奉するエコノミストであるミレイ大統領は、前任のペロン党政権による牛肉価格の凍結を解除した。

「物価が非常に上がっており、牛肉もここまで高くなると手が出ない」と語るのは、教師のファクンド・レイナルさん(41)。バーベキューで交流する時間も減っていくと予想している。

「全般的にバーベキューの機会が減っている。このアルゼンチンの文化にとっては大切な要素なのに」【6月29日 ロイター】
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インフレの現状は・・・まだ落ち着くには至っていません。

****アルゼンチンCPI、8月は前月比+4.2%に加速 予想上回る****
アルゼンチン国家統計センサス局(INDEC)が11日発表した8月の消費者物価指数(CPI)は前月比4.2%上昇し、前月から伸びが加速した。アナリストは3.9%に鈍化すると予想していた。

前年比では236.7%上昇し、なお世界最高水準。ロイターがまとめた予想の235.8%も上回った。INDECは、前月比のインフレ加速は生活費、公共料金、教育、輸送費用が押し上げたと分析した。

前月比インフレ率は5月から4%前後で推移している。

一方、最近の調査によると、コスト高騰により今年の貧困率は少なくとも20年ぶりの高水準に達している。【9月12日 ロイター】
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しかし“前月比のインフレ率は直近4カ月でいずれも4%台を維持しており、沈静化の兆しも見られる”【9月12日 共同】という見方もあります。
確かに毎月4.2%で推移すれば年間では63%程度の上昇におさまりますし、ミレイ大統領が就任してからはひと頃の“狂乱”状態からは回復しています。

【自由放任主義者のミレイ大統領 政治的には中国と対極にあるものの、中国との経済関係を維持する現実路線】
昨年末の大統領選挙に当選したのが、チェーンソーを振り回して公的支出をぶった切ると叫ぶようなパフォーマンスでも有名になった自由主義を信奉する経済学者出身のミレイ氏。

従来の価格規制を廃止して経済を正常化させようという試みは「壮大な社会実験」ともなっています。

大統領就任後、さすがに中央銀行の廃止や経済のドル化などの過激な政策は手をつけていませんが、中央省庁削減やエネルギー・公共交通の補助金削減による財政健全化、通貨ペソの50%切り下げなど「ショック療法」を実施しています。

“その様相はまさに国民の耐久レース、いつまでの辛抱になるのかは誰もわかりません”【4月22日 西原なつき氏 Newsweek】

ミレイ大統領は“自称「無政府主義的資本主義者」”とのことですから、社会主義・中国とは対極に位置しています。
従来の左派政権が中国に接近したのに対し、選挙戦では“中国指導者を暗殺者と呼び、中国との経済関係を抑制する”と主張していました。

しかし、アルゼンチン経済にとって中国はアメリカ以上の重みがある存在、しかもアルゼンチンは上記のような「ショック療法」「壮大な社会実験」「耐久レース」の最中。

さすがに就任後は政治と経済は別物と切り分け、経済面での中国との軋轢は回避する現実路線をとっています。それは中国にとってもメリットのある関係です。

****〈中国との経済関係は断てない〉反共主義のアルゼンチン大統領が変えた現実路線と越えない一線****
 ウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)のラテンアメリカ特派員が、8月18日付け解説記事‘Argentina’s Milei Finds It Hard to Decouple From China’で、反中国的な言動で注目されていたアルゼンチンのミレイ大統領が中国との経済関係のデカップリングは困難と認め、現実的な対応を取っている旨解説している。要旨は次の通り。

中国は6月、数十億ドル相当の通貨スワップ協定を更新し、アルゼンチンの準備金に関する懸念を和らげ、多くの人を驚かせた。

強固な反共主義者のミレイは、米国との緊密な関係を維持しながらも、中国の投資と貿易はアルゼンチンの将来にとって不可欠であると述べ、より現実的なアプローチを取っている。中国は、リチウム採掘から農業に至るまで、主要な経済分野でアルゼンチンとの関係を深めている。

中国はブラジルに次ぐアルゼンチンの第2位の貿易相手国であり、昨年の貿易額は約200億ドル、米国の140億ドルを大きく上回っている。中国のアルゼンチン向け対外直接投資残高は2015年以降500%、30億ドル以上増加したとみられている。

ミレイは、長年の主要投資国である米国は最大の同盟国だと述べ、米国は依然としてアルゼンチンで影響力を保持している。ミレイ政権は、主要新興国によるBRICSへの参加を取りやめ、代わりに北大西洋条約機構(NATO)のパートナー国になることを求めた。

しかし、中国は依然として重要な経済大国であり、ミレイは西側諸国との地政学上の利益と中国との間の商業的利益のバランスを取ることを余儀なくされている。経済学者らは、アルゼンチンの経済危機を好転させるには、中国との経済関係の維持が不可欠だと指摘する。

18年の金融危機以来、国際市場にアクセスできずに債務不履行を繰り返しているアルゼンチンにとって、中国は重要な資金源である。アルゼンチンはラテンアメリカで中国の商業ローンの最大の受取国で、その大半は、現地本部を置く中国工商銀行からのものである。

前政権下で、アルゼンチンは中国の一帯一路構想に参加し、アジア投資銀行のメンバーとなり、地元企業が中国との取引に希少なドルの代わりに人民元を使えるための取り決めを確保した。

政治アナリストによると、トランプが11月に再選されれば、アルゼンチンや他の開発途上国に対し、中国との関係を断つよう圧力を強める可能性がある。ミレイはトランプを尊敬しており、昨年12月の就任以来、米国を5回訪問しているが、まだ中国を訪問していない。

ミレイは、中国との政治的な意見の相違が経済関係に影響すべきではなく、貿易問題は基本的に民間が決めることなので、自分が口出しする必要はない、とWSJのインタビューで語った。

アルゼンチンの中国専門家は、中国はこれまでのところアルゼンチンに対し、オーストラリアやリトアニアに対して行ったように外交問題について経済力で報復するのではなく、「戦略的に忍耐強い」アプローチを取っていると述べた。

中国がアルゼンチンに対して強硬な姿勢を取れば、アルゼンチンは間違いなく米国の懐に入り込むだろう。

アルゼンチンの国際貿易専門家は、中国は南米の膨大な天然資源を利用する必要があり、アルゼンチンは世界第3位のリチウム埋蔵量を持ち、家畜の飼料として使われる大豆粕の最大の輸出国であり、地政学的にアルゼンチンは明らかに中国と距離を置いているが、中国側のニーズを考えると、アルゼンチンとの貿易を制限するとは考えられず、商業面での影響はないと見ている。

*   *   *
就任後は鳴りを潜めた過激な言動
 昨年の大統領選挙キャンペーンにおいて、過激な言動で注目を集めたミレイの主張の1つが中国指導者を暗殺者と呼び、中国との経済関係を抑制するとの発言であった。これはリバタリアンとしてのイデオロギーに基づくと共に、これまでの左派政権との路線の違いを際立たせるものであった。

しかし、当選後はそのような烈しい中国批判は影を潜め、4月にはモンディーノ外相が北京を訪問し経済関係を強化することで合意し、ミレイは中国との貿易関係を抑制することはなく、通貨スワップも継続すると述べた。

アルゼンチンは、経済関係で中国に対して、金融面、貿易面、鉱業投資、交通インフラ、電力インフラ、ITインフラなどで、既に中国に相当に依存しており、300%近いインフレ、外貨準備の枯渇、経済の停滞と貧困の悪化の中で、中国との経済関係なしには経済再建はとても望めないのが現状である。

6月には、中国側が通貨スワップ協定の延長に応じたことにより外貨準備の最大の財源を確保することができ、貿易面では、中国からの輸入の増大による貿易赤字を埋め合わせるべく、大豆、牛肉、大麦に加えて小麦やトウモロコシの輸出を計画しており両国間の貿易関係はさらに拡大するであろう。

中国は、元々ラテンアメリカ地域においてアルゼンチンを重視してきており、12年にアルゼンチンでの宇宙レーダー基地建設の合意を取り付け、14年に二国間関係を「総括的戦略的パートナーシップ」に格上げした。アルゼンチン側も17年にはアジア投資銀行に加盟し、22年にはフェルナンデス大統領の下で一帯一路構想に参加した。

前政権までのペロン派政権の下で、中国は、多くのインフラプロジェクトへの融資や世界最大規模の通貨スワップでアルゼンチン経済を支え、その見返りとして、世界第3位の埋蔵量を誇るリチウム採掘への投資、中国工業製品の市場の確保といった経済面での利益の確保を目指すと共に、宇宙レーダー基地の増強、マゼラン海峡に臨む戦略上の要所での港湾建設、中国製戦闘機の売り込み等の地政学面での関係強化に努力を重ねて来た。

政治的には一定の距離
中国との経済関係の抑制を公約していたミレイが、大統領就任後このような中国との相互依存関係に理解を深め、対中経済関係を維持する方針に転換したことは確かだが、政治面では必ずしも中国に歩み寄っているわけではない。むしろ、政経分離で中国とは距離を置こうと努めているようにも観察される。

BRICS加盟への招待を断り、他方でNATOのパートナー国としての地位を求めたことが象徴的だ。6月頃にはミレイが訪中するとの報道もあったが、その後実現していない。

ミレイ自身が自由貿易派であり貿易は民間がやることなので政府としては口を出さないとも述べており、中国との貿易拡大についても歓迎はするが冷ややかな態度である。中国側から見て最近の対アルゼンチン関係は決して順調とは言えない。

アルゼンチン経済立て直しに中国による協力が不可欠とする立場からは、政経分離はいずれ経済面でも悪影響を及ぼすのではないかとの懸念もある。しかし、二国間の関係悪化は、アルゼンチンをラテンアメリカ外交の拠点国と位置付けようとしてきた中国の方にむしろ失うものが多く、強硬策は取らないと思われる。

逆にミレイ側は、経済的デカップリングは行わず対中国関係の経済的利益は享受するが、政経分離で政治面では中国寄りの対応は取らず、その限りにおいて政府間で水面下での緊張関係が継続する可能性もあると思われる。【9月12日 WEDGE】
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ロヒンギャ  隔離された難民キャンプ 「ナフ川大虐殺」はAA? バングラから国軍への強制徴用

2024-09-11 22:43:12 | ミャンマー

(【9月11日 増保千尋氏(ジャーナリスト) Newsweek】 後出の記事本文を読まないと理解できない複雑な関係ですが、ARSAにしてもRSOにしても、そのご立派な名称に関わらず、ロヒンギャ住民を代表する組織ではなく単なる犯罪者集団に過ぎないと考えれば、多少は理解しやすくなります。)

【ミャンマー国内のロヒンギャ難民キャンプ 周囲から隔離され、仕事も許されず、国際支援も届かない】
ミャンマー西部ラカイン州に暮らすイスラム系少数民族ロヒンギャの窮状については、このブログでも再三取り上げてきましたが、一口にロヒンギャと言っても、現在の居住地によって生活環境・状況は異なります。

まず、ミャンマー国内の難民キャンプで、国際支援も届かず“隔離状態”に置かれているロヒンギャ。

****【大規模迫害から7年】長期の隔離で「表情がない…」 ロヒンギャを撮り続ける新畑克也氏 クーデター後のミャンマー 世界に黙殺される悲劇****
ミャンマーの少数派イスラム教徒のロヒンギャ。2017年8月25日に大規模な迫害を受けてから7年が経つ。主な居住エリアのミャンマー西部ラカイン州に隣接するバングラデシュ南東部コックスバザール県には100万人規模の難民キャンプが形成されている。(中略)

「いるはずのムスリムがいない」賑わう市場で感じた違和感
ミャンマー西部ラカイン州の州都シットウェ(Sittwe)。人々の日常が垣間見える中央市場の賑わいに心が弾む。

しかしこの町に来る度にいつも大きな気がかりが付きまとう。「仏教国」の印象が強いミャンマーだが、多民族、多宗教国家でもあり最大都市ヤンゴンやマンダレー、モウラミャインやパテインなど大抵の町でイスラム教徒を見かける。

だがムスリムが大多数のバングラデシュに近い地域にも関わらず、この町に本来居るはずのムスリムの姿を見かけない。(中略)

シットウェ市街に「アウンミンガラー地区」と呼ばれる区画がある。ここには2012年から約4,000人のロヒンギャ住民がバリケードで隔離され、移動や外部との接触が禁じられている。(中略)

シットウェ市街から北西に7〜8キロ離れた場所に在る国内避難民キャンプ。2012年のラカイン族住民との衝突から「避難させる」という建前で13万人のロヒンギャ住民が劣悪な環境に隔離・収容されている。中でもこのタントゥレキャンプではWFP等の国際支援も届かず、人々は別のキャンプに物乞いに行かなければ生きていけない状況にあった。ロヒンギャは世界で最もタフな人たちだと思っているが、ここに居る人々はみな憔悴しきっていた。

「仕事をすることも許されていない」
今にも崩れそうなシェルターの前に座り込みうつむく男性。「ここでは仕事をすることも許されていない。1日中ここでこうしていることしかできないんだ」。

幼子を抱える若い母親も疲れ果て表情を失っていた。私が初めてロヒンギャに出逢ったミャウー郊外の村で暮らす人々は移動の制限や差別を受けていても、人々には喜怒哀楽があった。

ロヒンギャが隔離されている国内避難民キャンプ。狭く薄暗い小屋の中で若い女性たちが子供たちにコーランを読み聞かせていた。彼らにとって子どもたちの存在は唯一の希望なのかもしれない。

2012年からロヒンギャ住民が閉じ込められている国内避難民キャンプ。シェルターにはラカイン州政府が管理するためか数字が書かれていた。国内避難民キャンプとは名ばかりの強制収容所だ。

キャンプ内ではお腹を大きく腫らした子どもを多く見かけた。後日写真を医師の知り合いに見てもらうと「寄生虫が原因」とのこと。虫下しを飲めば治るが生活用水の質の悪さや教育がないために、すぐ寄生虫に感染してしまうだろうと。

国際支援のあるバングラデシュの難民キャンプではプロパンガスが配給されているが、ここでは薪もなく牛の糞を竹に巻き付け乾燥させた効率悪く非衛生的な燃料を使わざるを得ない環境だった。

シットウェ郊外のダーペイン国内避難民キャンプ。無邪気な笑顔で歓迎してくれたロヒンギャの少年たち。彼らは町から完全に切り離された世界で生きている。

今年はラカイン族の武装組織アラカン軍(AA)との紛争で劣勢に立たされている国軍がこの地域のロヒンギャ住民を強制的に徴兵し(国籍や市民権が剥奪されているにも関わらず)「人間の盾」として戦地に送られているとの報告もある。彼らが国際社会に助けを求めようとしても、その声はミャンマー国内で根深い差別や無関心でかき消されてしまう。(後略)【8月24日 テレ朝news】
*******************

【バングラデシュとの国境で起きた「ナフ川大虐殺」はアラカン軍(AA)によるものか 差別の重層構造】
次にラカイン州におけるラカイン族武装組織アラカン軍(AA)とミャンマー国軍の戦闘に巻き込まれるロヒンギャ。

****ミャンマーの少数民族ロヒンギャ、ドローン攻撃で200人死亡か****
内戦が続くミャンマーの西部ラカイン州で先週、戦闘から逃れようとする少数民族ロヒンギャの集団がドローン(無人機)攻撃を受け、多数の死者が出たことが分かった。

CNNが位置情報を確認したSNS上の動画には、バングラデシュ国境を流れるナフ川の岸に数十人の遺体が散乱した場面が映っている。

同州マウンドーの西の端に位置する川岸の町で撮影された動画の中では、男性が血痕の残る泥道を歩きながらすすり泣いている。砂や草の上、水たまりなどに男女、子どもらの遺体が横たわり、近くで衣類や家財が一部水につかっている。

目撃者や活動家らがCNNに語ったところによると、ドローン攻撃があったのは5日。ロヒンギャの家族らは川を渡ってバングラデシュ側へ逃げようと、川岸で待機していた。

未確認情報によると、死者は約200人に上った。2021年の軍事クーデター以降続く内戦で民間人が受けた攻撃のなかでも、最大規模の死者数とみられる。

目撃者らはCNNに、国軍と敵対する少数民族の武装勢力「アラカン軍(AA)」による攻撃との見方を示した。マウンドー周辺では数週間前からAAと国軍の戦闘が激化している。

AAは「死者が出たのはわれわれの支配する地域ではない」とする声明を出し、関与を否定した。マウンドー付近で国軍を攻撃し、住民には6月から避難を呼び掛けてきたことを認めたうえで、ロヒンギャ避難民を殺害しているのは国軍側だと主張した。

これに対して国軍は国営メディアを通し、「AAのテロリスト」がラカイン州の町や村を重火器とドローンで攻撃したり、村人たちを拷問したりしていると非難した。

ミャンマーでは軍政による通信、立ち入り制限のため、国内の動向を外部から正確に把握することはほぼ不可能だ。
現地の活動家やメディアによると、ナフ川沿いの村では5日以降も攻撃が続き、AAによる住民殺害、性暴力、民家への放火、強制的な徴兵が横行しているという。

米航空宇宙局(NASA)の遠隔探査データは、マウンドーの中心街で6日未明に火災が起きたことを示している。衛星画像でもマウンドーのロヒンギャ居住地区に火災の跡がみられる。

国際医療組織「国境なき医師団(MSF)」は9日、ロヒンギャ難民キャンプのあるバングラデシュ側のコックスバザールで、ミャンマー側から川を渡ったロヒンギャ39人が迫撃砲や銃撃などで負ったけがを、MSFのチームが手当てしたと発表した。負傷者は4割以上が女性や子どもで、船に乗ろうとする人々が攻撃されるのを見たなどと話したという。

国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」は最新の報告書で、ミャンマー国軍とAAの双方がこの数カ月、ラカイン州でロヒンギャなどの民間人に対する超法規的殺人や放火を繰り返し、「民族浄化」への懸念が強まっていると指摘した。【8月13日 CNN】
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仏教徒「アラカン軍(AA)」も国軍も責任を否定していますが、状況的にはAAによる攻撃の可能性が高く、ドローン使用はAAのラカイン州での作戦の特徴であるともされています。

かつ、オペレーターによって操作された“ドローン攻撃”ということは、自分たちがどういう状況にある誰を攻撃しているのか分かった上での意図的な殺戮だった可能性が高いと言えます。(もちろん、こうした状況に追い込んだ国軍も同罪ではありますが)

従来から、ミャンマー多数派から差別される仏教徒少数民族ラカイン族(アラカン)、そのラカイン族から敵視されるイスラム教徒ロヒンギャという差別の重層構造があります。

****ナフ川大虐殺についてのロヒンギャ団体による共同声明****
(中略)AAとその指導部がこのような攻撃を繰り返し、ロヒンギャに対するヘイトスピーチを使用していることは、ラカイン州の民族的、宗教的マイノリティであるロヒンギャを標的にしようという意図の存在をよりはっきりと示している。

これらの事実を総合すると、自分たちが何を標的にし、その標的がどこにいたかをAAが知っていたという私たちの確信は強まる。

ナフ川大虐殺の置かれる文脈
今回の攻撃は、最近AAがマウンドーの人口密集地区やロヒンギャの村々で行い、数人のロヒンギャ民間人死者を出した、類似するドローン攻撃のパターンを踏襲している。

アラカン軍がマウンドーの町に向けて前進するにつれ、ミャンマー軍は人口密集地域に増援部隊を送った。戦闘が激化することを恐れ、逃げ場を失ったロヒンギャ民間人は、ナフ川の河岸に逃げた。8月5日の攻撃の犠牲者たちは、比較的安全であるバングラデシュに行くために川を渡る方法を見つけようとしていたところ、アラカン軍によって残忍に殺された。

マウンドー郡にいるロヒンギャの民間人は、アラカン軍とミャンマー軍との激しい戦闘によって身動きがとれない状態である。彼らは国際的な保護と人道支援を緊急に必要としている。

アラカン軍は、ブティダウン郡の支配権をめぐって残忍な作戦を行い、その作戦が5月18日に終わってからは隣のマウンドー郡を支配下に置くことに狙いを定めた。この作戦の最中、アラカン軍はロヒンギャの家屋や村に焼き討ちをかけて2,000人以上のロヒンギャを殺しただけでなく、ロヒンギャ民間人に対してその他の重大な人権侵害を行った。

アラカン軍は、火事が起きたのはミャンマー軍による空爆のせいだとしようとしたが、この主張に対しては広く異議が唱えられている。アラカン軍は8月5日の攻撃についても関与を否定している。

数十年にわたり、ロヒンギャはすでにミャンマー軍から様々な形の暴力と抑圧を受けて苦しんできた。最近、ミャンマー軍はアラカン・ロヒンギャ救済軍(ARSA)、アラカン・ロヒンギャ軍(ARA)、ロヒンギャ連帯機構(RSO)など、自らの代理となる犯罪者集団を使ってバングラデシュのキャンプにいるロヒンギャ難民を拉致し、マウンドーでミャンマー軍とともに戦わせている。

これらは犯罪者集団である。私たちはこれらの集団を強く非難し、それらの集団がロヒンギャのコミュニティの代表ではなく、ロヒンギャのコミュニティのために行動しているのでもないことを明言する。私たちは最大限強い言葉で彼らの行動を非難する。

署名団体 28のロヒンギャ団体
共同声明にはアラカン軍(AA)、ロヒンギャのコミュニティ、国民統一政府(NUG)やミャンマー市民社会等、バングラデシュ政府、そして国際社会に対する要求や要望も含まれている。

国際社会に対しては、国連安保理で緊急会合を開くこと、アラカン軍とミャンマー軍に民間人への攻撃を直ちに止めるよう圧力をかけること、難民を受け入れているバングラディシュに際する援助などが求められている。(中略)

共同声明を出したのは英国ビルマ・ロヒンギャ団体ほか28のロヒンギャ団体で、このほかに115の団体(公開59、非公開56)が連帯を表明した。【9月6日 メコン・ウォッチ】
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【バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプから難民をミャンマー国軍が強制徴用 その実行部隊はロヒンギャ組織という奇妙な構造 バングラデシュ当局も関与か】
一方、国軍側もロヒンギャを強制徴用してAAとの戦闘に送り込んでいます。そうしたことがあるため、上記のようなAAによるロヒンギャ虐殺もまた起こるとも考えられます。

さらにバングラデシュ側に避難した難民までもが強制徴兵されて戦場で「人間の盾」にされています。しかもそうした強制徴用をバングラデシュ当局は許容し、その実行部隊となっているのがロヒンギャの実質的犯罪者集団であるという奇妙な形になっています。

****ミャンマー内戦に巻き込まれ、強制徴兵までされるロヒンギャの惨****
(中略)
戦場に送り込まれる難民
もう1つロヒンギャを苦しめているのが、強制徴兵だ。ミャンマーでは軍事クーデター以降、民主派や少数民族武装勢力が各地でミャンマー軍と戦っている。この戦線拡大による兵力不足を補うため、ミャンマー軍は今年2月に徴兵制開始を発表した。

ラカイン州でも、州内はおろかバングラデシュの難民キャンプでロヒンギャを無理やり徴兵し、前線に動員。AAの兵士は「ミャンマー軍に加担している」という理由でロヒンギャの村を襲っているという。

ロヒンギャへの強制徴兵の実行部隊となっているのが前出のARSA(武装組織「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」 17年8月のARSAの武装蜂起を機に、ミャンマー軍やラカイン人の強硬派の仏教徒らが、ロヒンギャの村で大規模な武力弾圧を行い、75万人以上のロヒンギャが隣国バングラデシュに逃れるジェノサイドが起きました)と「ロヒンギャ連帯機構(RSO)」だ。

ARSAは13年頃、サウジアラビア育ちのロヒンギャによって設立され、当初は市民権の回復などを目標に掲げていた。他方、RSOは80年代に結成されたロヒンギャの古参の武装組織だ。

90年代初頭にミャンマー軍の掃討作戦に遭った後、最近までその活動が話題に上ることはほぼなかったが、昨年からバングラデシュの難民キャンプ内でARSAと権力抗争をしている。

両組織はお互いのメンバーだけでなく、キャンプ内のリーダーや教育者などを殺害したり、身代金目当てに難民を誘拐したりといった事件を相次いで起こしており、現在の実態は「ならず者」に近い。ロヒンギャも自分たちを代表する組織とはつゆほどにも思っておらず、むしろ恐れている。

これまで市民権を認めてこなかったロヒンギャを、なぜ自軍の兵としてミャンマー軍は使うのか。敵であるはずのミャンマー軍のために働くARSAやRSOの動きも不可解だ。だがそもそも彼らに道義心はなく、これまでも正当性より実利を取る戦略を取ってきたと、ミャンマー軍内部の事情に詳しい京都大学の中西嘉宏准教授(比較政治学)は指摘する。

「ラカイン州の戦闘で劣勢に立つミャンマー軍は、(これまで差別の対象にしてきた)ロヒンギャを取り込まなければいけないほど、深刻な兵力不足に陥っているとみられる。一方、ARSAとRSOは『敵(ラカイン人のAA)の敵(ミャンマー軍)は味方』の論理によって軍に協力しているのかもしれないが、金銭や武器など何らかの利益を受け取っている可能性もある」

ARSAとRSOの派閥争いによって、もともと悪かったキャンプ内の治安はさらに悪化している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計によれば、23年に誘拐や殺人といった深刻な事件でロヒンギャ難民が保護を必要としたケースは1857件と、前年の2.8倍に増えた。これに加え、ARSA、RSOによる強制徴兵が、難民をさらなる恐怖に陥れている。(中略)

権力者に利用される弱者
ラカイン州ではミャンマー軍に動員されたARSAや難民に加え、AAとの戦闘でロヒンギャ、ラカインの市民双方に犠牲が出ている。AAの発表によれば、5月の時点で、彼らの勢力圏内だけでも50万人以上の国内避難民が発生している。12年と17年を彷彿とさせるような軍事的緊張も高まっている。

中西准教授によれば、少数民族間の潜在的な対立を利用することで、軍による支配を固定化するこうした戦略は、ミャンマーで繰り返し用いられてきたという。

ラカイン州は国内の最貧困地域の1つで、ラカイン人もまた長年、軍の迫害や搾取に苦しんできた。現在のラカイン州で起きているロヒンギャとラカイン人の抗争は既得権益を維持したい権力者に政治利用され、その犠牲となってきた「弱者同士の争い」でもあると、中西准教授は指摘する。

強制徴兵には、バングラデシュ当局の関与も示唆される。地元ジャーナリストは、「バングラデシュ当局は難民キャンプの治安悪化を把握しながら、意図的に野放しにしている。

もともとバングラデシュはロヒンギャの帰還の道筋が見えないことにじれていた。徴兵でロヒンギャがミャンマーに連れて行かれるのを、止める理由はないのだろう」と語る。

バングラデシュとミャンマーの国境付近に潜伏するRSOの司令官(32)に話を聞くと、彼もまたバングラデシュ当局から「支援を受けている」と認めた。

17年の危機の発生当初から、ロヒンギャ難民キャンプを調査する立教大学の日下部尚徳准教授(国際協力論)は、「バングラデシュ警察は、昨年RSOの一部を抱き込んでARSAの幹部を摘発する作戦を行っており、現場レベルで間接的に強制徴兵に関与している可能性が指摘されている。

RSOに比べ、国外とのつながりが強いARSAを当局は警戒している。キャンプがイスラム過激派の根城になることを懸念しているのだろう」と分析する。(後略)【9月11日 増保千尋氏(ジャーナリスト) Newsweek】
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バングラデシュの政変で暫定政権の首席顧問となったムハマド・ユヌス氏は、8月18日、初の主要政策演説を行い、ロヒンギャ難民への支援を継続する意向を示しています。

難問が山積するなかでのロヒンギャへの言及は、この問題を忘れてはいないという意味では歓迎すべきことですが、重要なのは今後の「支援」の中身です。

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イラン  イメージと現実のギャップ 核開発の現状

2024-09-10 22:52:01 | イラン

(イラン・イスファハンのチャイハネ(茶店)で水たばこを楽しむ若い女性 2017年旅行時に撮影。
当時は穏健派とされるロウハニ大統領の時代でしたが、当局は人々が集まって水たばこを楽しみながら政治談議を行うチャイハネを嫌い、その数は非常に少なくなっていました。

ガイド氏のつてでようやく探したこの店も、表の店内では水たばこは吸えず、奥の別部屋に用意される形。まるで非合法マリファナでも吸うような雰囲気。

そんな状況ですから、若い女性がこんな場所に出入りして大丈夫なのか?と心配にもなりましたが、彼女らは屈託なく水たばこを楽しんでいました)

【「イランはイスラムではない」「イラン人ムスリムは世界で最も世俗的」】
イランに関しては、強権的な神権政治、厳しいイスラム的な規制という大方のイメージがある一方で、実際のイラン社会の様相はそうしたイメージとは異なるものがあります。

****改革派大統領誕生のイラン、10年内に大変動か=「厳格な宗教国家」とは程遠い一面も****
7月初めにイラン・イスラム共和国で行われた大統領選挙の決選投票で、改革派と言われるペゼシュキアン元保健相が保守強硬派の候補を破って当選した。

同氏は欧米との対話を重視する立場。「保守強硬派による政策運営に不満を持つ人たちの受け皿として、支持を伸ばした」(NHK)とみられる。

外交などの最終的な意思決定権は最高指導者のハメネイ師(85歳)が握っているため目立った変化は期待できないという見方もあるが、ハメネイ後の体制は不透明で、今後10年以内の大変動を予測する向きもある。

米国やイスラエルと激しく対立、核開発を進める一方で、イスラム体制への支持率低下にも直面している中東の大国、イラン。その動向は日本にとっても無視できない。

(中略)
酒・豚肉もOK、国民は世俗的
イラン革命後の同国のイメージは、「キス攻撃」(親欧米的なパーレビ王朝下のイランで開催された試合に出場して健闘した日本のサッカー選手が、試合後に大勢のイランの若い女性から祝福のキスをされたというエピソード)から連想されるものとは正反対だ。

厳格なイスラム教の教えが社会を支配し、酒はご法度。女性は誰もがスカーフやチャドル(体全体を隠す布)で髪や体を覆い、外国人はもちろん、夫以外の男性との接触は禁止。

「70年代には欧米と同様のライフスタイルで暮らしていた人たちもいたはずで、彼らはどうしているのだろう」と疑問に感じることもあったが、政府の締め付けが厳しい中、イスラム共和国体制に同化せざるを得ないのだろうと思っていた。日本人の多くは、私と同様のイメージを抱いているはずだ。

そんなステレオタイプのイラン観を根底からぶち壊す本が今年出版された。同国に長期にわたり滞在した若宮總さんが執筆した「イランの地下世界」(角川新書)がそれだ。(中略)

同書によると、1979年のイスラム革命直後は、イラン人の多くは敬虔で、かつ宗教上の最高指導者(当初ホメイニ師、のちハメネイ師)が統治するイスラム共和国体制を支持していた。

しかし、その後のスカーフの強制や言論弾圧、イラン・イラク戦争(1980〜88年)、経済の低迷などを経て、現在は過半数が「イスラム体制を支持しないことはもちろん、もはや熱心なムスリム(イスラム教徒)ですらない」という。今回の大統領選挙の結果も、この指摘を裏付けていると言える。

敬虔なイスラム教徒でないことは、当然ながら行動に表れる。スカーフを適切に着用していないという理由で警察に拘束された女性の不審死をきっかけに燃え上がった2022年の反政府運動以後、スカーフで髪を隠さない女性が増加。

イスラム教でタブーとされている豚肉や酒、さらにはマリファナなどの薬物も、その気になれば比較的簡単に手に入る。

最近はイスラム教から離れる若者も少なくないという。本書の解説で高野秀行氏(ノンフィクション作家)が書いているように、「イラン・イスラム共和国は世界で最もイスラムに厳格な国家なのに、国民の圧倒的多数を占めるイラン人ムスリムは世界で最も世俗的」というパラドックスが存在するようだ。

最高指導者ハメネイ師の退場でどうなる?
同書で興味深いのが、周辺のアラブ諸国や、友好国とされるロシア、中国に対する一般イラン人の見方だ。

われわれ日本人はイランとアラブの区別がつかず、ほとんど同一視しているきらいがある。しかし、かつてイラン高原を中心に中央アジアから現在のトルコ、エジプトまで支配した古代のペルシア帝国(アケメネス朝、ササン朝など)を7世紀に倒したのは、イスラム教を奉じたアラブ軍だ。

イラン国内では近年、古代ペルシア帝国への憧れの強まりに比例する形で「アラブ嫌い」の風潮が年々高まっているという。

イラン政府の公式の立場とは異なり、昨年10月以降のガザをめぐる武力衝突では、若者を中心にイスラエルを支持する国民が多いとの指摘には驚かされる。

また、イラン政府は近年、ロシア、中国との関係を深めているが、支持率が低下しているイスラム体制をバックアップしているとして、この両国も国民の間では人気がない。

そもそもロシアは、19世紀以降一貫してイランの領土を侵食してきた国だし、中国に対しては、一般国民の多くが「(欧米諸国の)経済制裁下で生じた空隙を突いてイランを食い物にする『招かれざる客』」と呼んでいるという。

実は、イラン国民に最も好かれている外国は日本なのだが、日本人のイランへの関心は薄く、イラン側の「壮大な片思い」になっていると説く。

最後に筆者は、今後10年程度の間にイラン政治に大きな変化が起こる可能性があると予測する。10年というのは、今年85歳になるハメネイ師の退場が、一つのターニングポイントになるとみられるからだ。

イスラム体制は今のまま存続できるのか、形を変えるのか。国民の一部に強い願望のあるパーレビ王朝の復活(前国王の息子が米国に居住)があるのか。それとも…。

7月下旬に日本記者クラブで、「大統領選後のイランと中東情勢」のテーマで会見した田中浩一郎慶応義塾大学教授は「イスラム体制が支持を失っているのは間違いないが、次が見えない。人口9000万の国が混乱した場合の影響はとてつもなく大きく、その不安定性は対岸のアラビア半島に及ぶ。日本は依然として原油の95%をあの地域から買っている」と語り、危機感を隠さなかった。

予想されるイランの政治変動は、日本にとって決して他人事ではない。今後の動向に注目したい。【9月10日 レコードチャイナ】
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私はイランには7年前に物見遊山の観光旅行を1回しただけです。
ですから、イラン社会の実相について語る資格はまったくありませんが、上記記事が指摘するイランのお固いイスラムのイメージと実際の人々の生活のギャップは私もそのとき強く感じました。

特に印象に残ったのは、「イランはイスラムではない」という現地の方の言葉です。

その意を説明すれば、イラン国民のアイデンティティーはペルシャ時代からの文化・風土にあり、イスラムはよそ者アラブ人がイランに7世紀頃に持ち込んだものに過ぎない・・・・という認識です。

上記記事の“イラン国内では近年、古代ペルシア帝国への憧れの強まりに比例する形で「アラブ嫌い」の風潮が年々高まっているという。”という記述とも符合する話です。

「イラン人ムスリムは世界で最も世俗的」ということに関しても、同じような印象を持ちました。もちろん敬虔なイスラム教徒も多数いますが、それと併存してイスラムをあまり意識しない生活もありました。

私にとっては“目ウロ”の旅行でした。

今後のイラン政治については、ハメネイ師の死去がポイントになることは多くの者が指摘するところですが、その後どうなるのか・・・現段階で知り得る人はいません。

現実政治に目を移すと、改革派大統領が就任した後も、最高指導者や議会保守強硬派と改革派大統領が激しく衝突したという話も聞きません。

ペゼシュキアン大統領が穏便にうまくやっているのか・・・
あるいは、最高指導者や保守派内部で意識の変化があるのか。

上記記事の最後に登場する田中浩一郎慶応義塾大学教授は“イラン大統領選は「出来レース」か、改革派ペゼシュキアン氏の勝利はハメネイ師の思惑通り?選挙操作の可能性も”【7月13日 JPpress】で、改革派に勝たせることは最高指導者も了解の上であり、改革派が勝利するように工作された可能性もある・・・という大胆な主張をしています。(会員登録していないので記事前半しか読めていませんが)

最高指導者や保守派の意向はイスラエルへの対応や核開発にも絡んできます。

【核開発の現状】
イランの核開発については、アメリカはイランが核兵器計画に着手する準備を以前よりも整えているとの、これまでより一歩踏み込んだ情報評価を示しているとのこと。

****<米国で高まるイランへの警戒>核兵器製造準備へ米国が評価を変えた三つの可能性****
ウォールストリート・ジャーナル紙が、米国の国家情報長官が7月に議会に対して行ったイランの核計画についての報告において、イランが核兵器計画に着手する準備を以前よりも整えているとの情報評価を示していることを報じる解説記事‘Iran Is Better Positioned to Launch Nuclear-Weapons Program, New U.S. Intelligence Assessment Says’を8月9日付けで掲載している。概要は次の通り。

米国の情報機関の新たな評価によれば、イランは核兵器計画に着手する準備を以前よりも整えているとのことである。イランは数個の核兵器のために必要な高濃縮の核物質をすでに製造している。

米国の情報コミュニティは、依然としてイランは現在、核装置を製造する作業自体は行っていないと評価している。イランの核兵器計画は、2003年にほぼ中断されたものとみられているが、最高指導者のハメネイ師がこれを再開させるよう考慮しているとの証拠もないとのことである。

一方、国家情報長官の7月の議会への報告では、イランが「核装置を生産すると決めれば、それに着手する準備を以前よりも整えている」と警告している。

また、この報告では、イランは「実験可能な核装置を製造するのに必要となる、核兵器開発の主要な活動には現在のところ従事していない」というこれまで何年もの間、用いられてきた標準的な表現が削除されている。

ハマスの指導者がイランにおいて暗殺され、イランがイスラエルを攻撃すると脅して以来、中東では緊張が高まっている。

米国はイランが核兵器を取得することを決して認めないとバイデン大統領は累次にわたって述べてきた。イランが核装置の製造に乗り出したと米国が判断すれば軍事行動をとる可能性が高まることとなる。

共和党は、バイデン政権の対応が不十分であると批判しているが、バイデン政権の方はトランプ前大統領が2015年のイラン核合意から離脱したため、イランが核活動を活発化させたと反駁している。

イランが行っているとされる作業の性格については、米国政府関係者は詳細を明らかにしなかったが、このところ、イスラエルと米国の関係者の間では、コンピューターモデリング、冶金などの分野を含め、イランが兵器化に関連した研究を行っていることが懸念されていた。そうした作業は、核兵器に必要な部品を準備する作業と実際の核装置の組み立ての間に位置するグレーゾーンである。

「今やイランは核兵器級のウランの製造技術を獲得したのであるから、次の論理的なステップは政治的な決定がなされた際に核装置を作るのに必要な時間を短縮するため、兵器化の活動を再開することである」とオバマ政権時に米国家安全保障会議(NSC)で勤務したゲイリー・セイモアは指摘した。

「最高指導者は兵器化の決定を下していないという評価には同意するが、同時に、最高指導者は核の敷居の最も高いところまで科学者が研究をすることを禁じているわけではないと考える」とイスラエル政府の元高官であるアリエル・レビテは述べた。(後略)【9月5日 WEDGE】
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イラン側には、イスラエル対応でも、核開発問題でも、今はいたずらに緊張を高めたくないとの思いもあるのかも。

イランの基本的な核開発に関する戦略は以下のようにも
“イランの意図についての専門家の間の有力な見方は、イランは「核取得能力(Break out capability)」を構築しようとしてきているというものである。これは、核取得の意思決定さえすれば時を置かずして、それを実現できる能力のことである。つまり、核オプションを保持し、核兵器を製造する能力の取得を目指しつつ、その手前で止める「寸止め」戦略をとっているとの見方である。”【同上】

なお、国際原子力機関(IAEA)は現状を以下のように評価しています。

****核爆弾4個に迫る量=イランの高濃縮ウラン―IAEA****
国際原子力機関(IAEA)が29日、加盟国に送付したイラン核開発に関する報告書によると、濃縮度最大60%のウランの保有量は3カ月前よりも22.6キロ増え164.7キロとなり、核爆弾4個分に迫る量に達した。ロイター通信などが報じた。

ウランは90%まで濃縮すれば核爆弾に転用可能とされる。イランが保有する濃縮度最大20%のウランは813.9キロ。イランは核兵器開発の意図を否定する一方、IAEAによる監視強化を拒んでいる。【8月30日 時事】 
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そのうえで、「大幅な増産を加速させている兆候はない」とも。

****イラン核開発めぐり IAEA事務局長「ウラン大幅増産の兆候はない」****
IAEA(=国際原子力機関)のグロッシ事務局長は9日、イランによる核開発に必要な高濃縮ウランの生産について、「大幅な増産を加速させている兆候はない」と述べました。

「(イランは)いくつかの作業を行っているが、濃縮ウランの大幅な増産を加速させていることを示す兆候は何もない」(グロッシ事務局長)

IAEAの定例理事会が本部のあるオーストリアのウィーンで9日から始まり、グロッシ事務局長はイランの新しい指導部と近い将来、核問題について協議を再開すると明らかにしました。

イランでは5月、ヘリコプターの墜落事故で当時の大統領と外相が死亡し、「核合意」の再建に向けた対話がとだえていました。核兵器の開発には、濃縮度90%の「兵器級ウラン」が必要とされていて、イランはすでに濃縮度60%のウランを貯蔵していることが確認されています。【9月10日 ABEMA Times】
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フィリピン  南シナ海における中国との緊張 反中国世論を刺激するスパイ疑惑も

2024-09-09 23:38:18 | 東南アジア

(【6月1日 NHK】マニラの公立高校で行われた中国の威圧的な行動に関する講演会)

【相次ぐ中比両国艦船の衝突】
南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)海域で互いに領有権を主張するフィリピンと中国が激しく争い、現場での衝突を繰り返していることは、これまでも何回か取り上げてきました。

両国艦船がぶつかったとき・・・と言われても、「そんなの何回もあるので、いつの衝突の話?」と確認が必要な状況です。

****中国・フィリピン、南シナ海での船舶衝突めぐり応酬****
中国とフィリピンは8月31日、係争中の南シナ海のサビナ礁近くの海域で、相手の沿岸警備船が故意に衝突したと非難し合った。両国間ではここ数週間、同様の衝突が相次いでいる。

中国中央テレビによると、中国海警局の報道官は、31日正午すぎにサビナ礁付近でフィリピンの船が中国の船に「意図的に衝突した」と発表。「中国は(この海域で)議論の余地のない主権を行使している」として、フィリピン船の「素人同然の危険な」行動を非難した。

一方、フィリピン沿岸警備隊のジェイ・タリエラ報道官は、中国海警局の船艇5205がフィリピンの巡視船「テレサ・マグバヌア」に「直接的かつ意図的に衝突した」と述べた。

この巡視船はフィリピンの領有権を主張するため、4月からサビナ礁に停泊している。

タリエラ氏は、巡視船は3回衝突されたと明らかにした。衝突時に負傷した乗組員はいなかったが、船体が損傷し、穴も1カ所見つかった。

タリエラ氏によると、フィリピンの船舶が8月に中国の嫌がらせを受けたのはこれで5回目。 【9月1日 AFP】
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【米中の批難応酬】
フィリピンの後ろ盾となっているアメリカと中国の批難応酬も。

****米、比船への衝突を強く非難 中国の領有権主張は「違法」****
米国務省のミラー報道官は31日、南シナ海のサビナ礁でフィリピンの巡視船と中国海警船が衝突したことを受け、「中国による危険で過激な行動を非難する」との声明を発表し、危険行為をやめるよう求めた。フィリピン側の行動は「法によって認められている」とし、中国の南シナ海における領有権の主張は「違法だ」と批判した。

ミラー氏は「中国海警局船はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内でフィリピンの巡視船に意図的に衝突した」と指摘。8月になって「中国はフィリピンの海洋活動などを攻撃的に妨害している」と非難し、緊張を高めていることを強く批判した。

米国による防衛義務を定めた米比相互防衛条約に関し「南シナ海のどこにおいても、フィリピンの軍や公船、航空機に対する攻撃に適用される」と述べ、中国を牽制(けんせい)した。【9月1日 産経】
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*****「米軍機が妨害」と主張=中国、比船舶との衝突で批判強める****
南シナ海の南沙(英語名・スプラトリー)諸島にあるサビナ礁で8月31日に発生した中国とフィリピンの船舶衝突を巡り、現場上空を米軍機が飛行していたとして、中国側が「妨害行為だ」と批判を強めている。

同礁近海では先月中旬から中比船舶の小競り合いが頻発。習近平政権は、比側を擁護する日米の言動に神経をとがらせている。

中国国営中央テレビ系のSNSアカウント「玉淵譚天」は31日、サビナ礁の現場付近上空を飛行していたとする米軍のP8A哨戒機1機の画像を公開。「米軍が海警局の法執行を邪魔立てした」などと報じた。米国から関連する発表は出ていないもようだ。【9月2日 時事】 
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【衝突した比艦船は日本供与の巡視船 日本も比支援の立場で中比対立に深く関与】
日本もフィリピン側を後押ししています。

*****日本、中国主張の法的根拠否定 南シナ海問題で反論****
在フィリピン日本大使館は31日までに、南シナ海に関する中国の主権主張は国連海洋法条約の規定に基づいておらず、同条約に基づく仲裁裁判所が中国の主権主張を否定した2016年の判断も中国は受け入れていないと批判する声明を出した。

南シナ海のサビナ礁に向かうフィリピン船が中国海警局の船に衝突され、放水砲を浴びたことを巡り「緊張を高める嫌がらせは容認できない」と投稿した遠藤和也大使に対する中国大使館の抗議に反論した。

日本大使館の声明は、日本は海上輸送で資源やエネルギーの大半を調達しており、南シナ海の利害関係国だと強調した。【8月31日 共同】
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中国からすれば、「関係ないくせ、口はさむな!」というところでしょうが、日本側は「日本は海上輸送で資源やエネルギーの大半を調達しており、南シナ海の利害関係国だ」という立場です。

実際のところ、日本は深く中比対立に関わっており、“口”だけでなく艦船をフィリピンに供与しています。
冒頭で取り上げた8月31日の中比両国艦船の衝突におけるフィリピン巡視船は日本が供与したものです。

【中国 「中比関係は岐路に立たされている」 妥協の意思はなし】
こうした事態に、中国共産党機関紙・人民日報は「中比関係は岐路に立たされている」との認識を示しています。

****中比関係「岐路に」、南シナ海巡り人民日報が論説*****
中国共産党機関紙・人民日報は9日の論説で、南シナ海で緊張が高まっているフィリピンとの関係が「岐路に立たされている」との認識を示した。

どちらに進むべきかの選択を迫られているとした上で「衝突と対抗に出口はなく、対話と協議が正しい道だ」と指摘。フィリピンに対し「両国関係の将来を真剣に考え、2国間関係を正しい軌道に戻すために中国と協力すべきだ」と訴えた。【9月9日 ロイター】
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“岐路”・・・・・日米の支援を後ろ盾にフィリピンが更に緊張を高めて、武力衝突に至るか、あるいは、フィリピンが中国主張を認めて穏やかな海を取り戻すか・・・ということでしょうが、中国が妥協するという選択肢は含まれていないでしょう。

【硬化する比の対中国感情】
当然ながら、フィリピン世論の中国への風当たりは険悪なものになっています。中国との衝突はフィリピンにとって軍事的にも経済的にもハイリスクではありますが、マルコス大統領としても強硬な国内世論がある以上、中国に対して“弱腰”はとれないという事情もあります。

****フィリピン大統領 南シナ海情勢で中国に警告 背景は****
シンガポールで31日開幕した「アジア安全保障会議」で、フィリピンのマルコス大統領が南シナ海の情勢などをテーマに講演し、中国による妨害行為でフィリピン側に死者が出るような事態になれば、同盟国アメリカとともに、軍事的な対応をとる可能性を示唆し、中国側に警告しました。

フィリピンでは国民の間で中国への強い反発が広がっていて、専門家は「マルコス政権は、中国と国内世論の両方に対応するという難しい課題に直面している」と分析しています。(中略)

広がる強い反発「私たちは中国がしてきたことに怒っている」
南シナ海で威圧的な行動を続ける中国に対して、フィリピンでは各地で抗議活動が行われるなど国民の間で中国への強い反発が広がっています。

先月15日には、2012年から中国が実効支配する南シナ海のスカボロー礁に近いルソン島西部の港に、中国に抗議する団体のメンバーらが乗ったおよそ100隻の船が集まり、海上で大規模な抗議活動を行いました。

活動には、中国当局によって周辺の豊かな漁場から追い出された地元の漁師たちも加わり、船団を組んで南シナ海を航行し、中国への抗議を示しました。

首都マニラでも先月、市民およそ300人が南シナ海におけるフィリピンの主権を訴えながら、市街地の通りを練り歩きました。

参加者が通り沿いの住宅を訪ね、国旗を掲揚してともに抗議の意思を示すよう呼びかけると、多くの住民が家の軒先などに国旗を掲げていました。

参加した76歳の男性は、「私たちは、中国がしてきたことに怒っている。フィリピンのために闘おう」と話していました。

教育現場で中国の威圧的な行動を解説する講演も
フィリピンの教育現場では、中国の威圧的な行動について知ってもらおうという取り組みも行われています。

マニラの公立高校では、中国に対する抗議活動を行っている団体が、南シナ海の問題に関する講演会を開きました。

団体のメンバーは、中国当局の船がフィリピンの船に対して放水銃を使用してけが人も出ていることや、中国の船によって貴重なサンゴ礁が破壊されている実態などを写真や資料を交えて解説しました。

また、中国がSNSなどを通じて偽の情報を拡散し、フィリピン国内の世論の分断を図ろうとしているという指摘もあることを紹介し、生徒たちに注意を呼びかけていました。

生徒の1人は、「中国がこんなことをしているとは知りませんでした。私たちは勇敢になるべきだし、中国の抑圧を許してはいけません」と話していました。

団体によりますと、講演の依頼は国内各地の学校から寄せられているということです。

中国への反発が急速に拡大 背景に政権の情報公開
中国に反発する動きが急速に広がっている背景には、マルコス政権が南シナ海での中国の威圧的な行動を積極的に公開するようになったことがあります。

フィリピンでは、前のドゥテルテ政権が中国との経済的な関係を重視する一方、南シナ海での中国船の活動はほとんど公表しませんでした。

おととし(2022年)就任したマルコス大統領も当初は抑制的に対応していましたが、去年、フィリピンの巡視船が中国海警局の船からレーザー光線の照射を受けたことをきっかけに、方針を大きく転換。

照射を否定する中国側に反論するため、現場で撮影したとする映像を公開するとともに、国内外のメディアに沿岸警備隊の巡視船などへの同行取材を認め、威圧的な行動を繰り返す中国船の実態を積極的に公開するようになりました。

その結果、民間の世論調査会社がことし3月に実施した調査では、フィリピンの主権を守るため南シナ海で軍のパトロールなどを増やすべきだと回答した人が7割以上を占めるようになりました。(後略)【6月1日 NHK】
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【比の反中感情を更に悪化させる“市長が中国籍で中国のスパイだった”という疑惑】
そうしたフィリピン世論を逆撫でするような事件も。
中国系犯罪組織に関与した疑いなどでフィリピン北部バンバン市長(「町長」とするメディアもあります)を解任されたアリス・グオ氏が実は中国国籍で「中国のスパイ」ではないかとの疑惑が出ています。

****出生や通学の記録なし…「中国のスパイ」疑惑の市長事件が波紋 フィリピンの反中感情に火****
フィリピン北部のバンバン市長を解任され、不法出国後に逮捕された中国系のアリス・グオ容疑者(34)を巡る事件が、比国内で波紋を広げている。

グオ容疑者は詐欺組織の運営に関与していただけではなく、実際は中国人で、比国籍を偽装していた疑いが浮上。中国による南シナ海での圧力を巡って比国内で反発が広がる中、市長が「中国共産党のスパイ」だったとの疑念が強まり、市民の反中感情は悪化している。

組織から殺害すると脅されていた
比当局は6日、中国系詐欺組織の運営に関与したとして、収賄容疑などでグオ容疑者を逮捕した。警察とともに共同記者会見に臨んだグオ容疑者は、「(組織から)殺害すると脅されていた」と述べた。

事件の端緒は3月、バンバン市内の「POGO」と呼ばれるオンラインカジノ施設への強制捜査だった。POGOはドゥテルテ前政権下の2016年に導入された制度で、比当局が認可したオンラインカジノ事業者を指す。

だが、近年は犯罪の温床になっていることが問題視され、恋愛感情を抱かせて金をだまし取るロマンス詐欺や、マネーロンダリング(資金洗浄)の拠点となっていた。

比捜査当局はバンバン市内のPOGOを巡り、運営側の中国人ら9人を逮捕した。その関連捜査で、組織の拠点がグオ容疑者の関連企業の土地にあったことから、グオ容疑者の事件への関与が浮上した。

一連の調べで浮かんだのは、グオ氏の経歴を巡る不審な点だ。病院での出生記録や学校への通学記録がなく、捜査当局が指紋を調べると、中国福建省出身で2003年にフィリピンに入国した「郭華萍」という中国人女性のものと一致、グオ容疑者の国籍に疑義が生じていた。

グオ容疑者はこれまで疑惑について、「私は生まれながらのフィリピン人。中国のスパイではない。悪意のある攻撃だ」と否定。だがフィリピン上院の公聴会を欠席したことで、上院が逮捕命令を出していた。

グオ容疑者は7月以降に船で不法出国。出国を受けて市長職を解任された。その後、マレーシアやシンガポールに滞在していたとみられるが、今月4日にインドネシアで拘束後に強制送還されていた。

中国系フィリピン人は動揺
事件を受け、比国内の交流サイト(SNS)などでは、「中国のスパイに派手な浸透工作を許した」「市長をさせたのは国の恥」などと、怒りの声が飛び交う。インドネシアからの送還時、グオ容疑者が比当局者と笑顔で楽しそうに過ごす画像も流出し、「国民への冒涜(ぼうとく)だ」と怒りに拍車をかけた。

8月には南シナ海のサビナ礁付近で、中国海警局の船がフィリピンの巡視船などに衝突する事案が相次いで発生。グオ容疑者の事件も相まって、フィリピンでは反中感情「中比関係は岐路に立たされている」が急速に高まっている。

この状況に対し、推定120万人前後とされる中国系フィリピン人は恐怖感を強めている。シンガポール紙ストレーツ・タイムズは識者の話として、既に中国系フィリピン人が「戦争が起きたら中比どちらを支持するのか」「POGOと関係はないのか」とからかわれる事案が起きたと報じた。記事では、グオ容疑者を巡る事件が、現地に根付いた華人らへの「敵対的行動」につながる恐れがあるとしている。

事件ではグオ容疑者を手助けしたフィリピン当局の協力者がいたとされ、マルコス大統領は「国民の信頼を損ねる腐敗だ」として徹底捜査を指示。現地メディアによると、グオ容疑者は資金洗浄など87の罪で刑事告発され、最長で1200年超の実刑となる可能性がある。【9月9日 産経】
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中国系フィリピン人への暴力といった事態になれば、習近平政権の対応は危険なレベルになる恐れもあります。

【名門マルコス家vs.剛腕ドゥテルテ家】
フィリピン・マルコス政権は対外的には中国との対立を抱えていますが、国内的にはドゥテルテ前大統領や長女サラ・ドゥテルテ副大統領などのドゥテルテ家との対立があります。名門マルコス家vs.剛腕ドゥテルテ家といったところ。

ドゥテルテ前大統領の麻薬犯罪絡みの超法規的殺人の扱いや、次期大統領選挙をめぐる思惑などが絡んでいます。
サラ氏の国民的人気を取り込んで大統領選挙に勝利したマルコス大統領に対し、サラ氏側には「一体誰のおかげで大統領になれたと思っているのか!」という怒りも。

****前大統領の「側近」逮捕=人身売買容疑など―フィリピン****
フィリピンのドゥテルテ前大統領の「側近」と言われる新興宗教団体の指導者アポロ・キボロイ容疑者が8日、児童虐待や人身売買などの疑いで捜査当局に逮捕された。同容疑者は、米連邦捜査局(FBI)からも児童を含む人身売買や女性への強制わいせつ容疑などで手配されていた。

ドゥテルテ氏はダバオ市長や大統領当時、頻繁にキボロイ容疑者のテレビ番組に出演し、麻薬密売人を違法に殺害したとされる「麻薬戦争」について自説を展開していた。

ドゥテルテ氏の長女サラ・ドゥテルテ副大統領は捜査当局の動きを「行き過ぎだ」と批判、1日には宗教団体の設立記念式典に出席した。【9月9日 時事】 
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名門マルコス家の老獪さに対し、新興ドゥテルテ家は粗っぽさも・・・。ただし、超法規的殺人も厭わない剛腕です。ただ、独裁者マルコス元大統領時代から考えるとマルコス家の方がもっと暴力的かも。
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