「ダンテ、強ーい。ぼく、ダンテが一緒ならどこへ行っても平気だね」
三人が部屋に戻ると、カムイが言った。
「甘いな。今日はたまたまおまえを殺すつもりのない奴らばっかりだったから良かったんだ。組織の人間に見つかったら、有無を言わさずマシンガンだぞ」
本当に生き延びたいと思っているなら、食べたい物の一つや二つ我慢しろ、と厳しい口調で言われて、カムイは「ふみゅー」としぼんだ。が、五分と経たないうちに、
「ぼく、ミアイルに会いたいな」と言い出した。
「ミアイル? 友達か?」 ウルフが訊く。
「従兄弟だよ。ディアナおばちゃまとロミオおじちゃまの子供なの」
「おい、ちょっと待て」 ウルフは慌てて口をはさんだ。
「ディアナとロミオは双子の姉弟なんじゃないのか?」
「そうだよ。でも、みんな、ミアイルのお父さんはロミオおじちゃまだって言ってるよ。ディアナおばちゃまは、ミアイルのことをコピーって呼ぶの。何から何までロミオおじちゃまにそっくりだからって」
「コピー? 自分の息子をそんな風に呼んでるのか?」
何だか感じの悪い女だな、とウルフは思った。それに、何から何までロミオにそっくりとはどういうことだ? ディアナとロミオは双子なのだから、ディアナが自分に似た子供を産めば、ロミオにも似ているのは当然ではないか。
「なのに、何でそんなことが、ロミオが父親だっていう根拠になるんだよ」
「いや。あの双子は子供の頃からお互いにべったりで、自分達以外の人間には目もくれなかったそうだ。ディアナもロミオもあの美貌だから、言い寄る異性は大勢いるが、ことごとく袖にしてるみたいだぜ」
ダンテが言った。裏社会に通じている彼は、マフィアの内情にも詳しそうである。
なるほど、たしかに、そんなディアナがロミオ以外の男性と関係を結ぶとは考えにくい。
「しかし、それじゃ、あの二人は…」 近親相姦じゃねえか、という言葉をウルフは呑み込んだ。カムイの前でするべき話ではない。
「ミアイルは、ケガをしちゃいけないからって、外に出して貰えないの。ぼく、一回だけミアイルのおうちにお泊まりしたことがあるんだけど、ミアイルはぼくのおうちには来させて貰えないの」
「何だ、それ。すげえ過保護だな」
「ロミオおじちゃまと同じで体が弱いんだって。おじちゃまも、いつも具合が悪いってお部屋から出てこないから」
「だが、ミアイルは病気ってわけじゃねえんだろう? それなら、体を動かすことも大事だろうが」
「うん。だから、おうちの中にジムがあって、トレーナーさんと一緒に運動してるんだよ」
何とまあ、贅沢なこった。ともあれ、ディアナの息子になど会わせるわけにはいかない。
「まあ、今しばらくはここでおとなしくしてろ。今日うどんを食いに行っただけで、四人もおれたちのあとをついてきたんだからな」
カムイは「ふみゅー」と頷いた。
「さっき言ったナイトの話だが、おまえはどう考える?」
カムイがベッドに入ると、ダンテは言った。
「ベーオウルフに渡すぐらいなら、あいつに任せた方がいいだろうな」
ウルフは答えた。
「メッシーナのジェミニってのは、かなり歪んだ奴らみてえじゃねえか。そんな奴との取引材料にされたら、あの子が可哀想すぎる」
双子同士で子供を作ったという噂は嘘か本当かわからないとしても、わが子を「コピー」と呼ぶ感覚は、ウルフには理解できなかった。そうかと思えば、ケガを恐れて自宅に閉じこめるような、極端な愛情を示したりする。ロミオが体調不良なだけに、自分達の血を受け継ぐ者を大事に思うのだろうか。
「ロミオはどこが悪いんだ? 腎不全だっつう噂を聞いたことがあるが」
ウルフが言うと、「いいや、キナー病だ」と、ダンテは断じた。
「キナー病?」 内臓が次々に腐るという難病だ。これにかかると、生命維持装置につなぐか、次々と臓器移植を繰り返すしか生存する方法がない。
「ああ。リラが入院している病院で何度か見かけたことがある。身内に患者がいるとわかるんだよ。どのドクターにかかって、どんな検査をしているかで、大体な」
ダンテの恋人のリラもキナー病に冒され、生命維持装置を設置した病室から一歩も出られずにいる。ダンテはリラの医療費を支払うために、警察を辞めて殺し屋に転向したのだ。
「ロミオはまだフェーズⅠの段階なんだろう。だから、人工透析を受けるぐらいで自宅で暮らせるんだ。あいつらのことだから、いくらでも金をかけてフェーズⅠで食い止めるための治療をしているだろうが、それでも必ずフェーズⅡに移行する時がくる」
ダンテの声の重さに、ウルフは返す言葉を思いつかなかった。
カムイはベッドの中で自分の携帯電話の電源を入れた。
彼の服を洗濯する時に、ウルフが上着のポケットから取り出して渡してくれたので、銃撃を受けた際にそのまま持って逃げることができた。
ミアイルにメールを打って、ぼくが無事でいることを知らせよう。ミアイルはきっと心配してくれている。
ぼくの家に爆弾を仕掛けたり、お父さんとお母さんを殺させたのがおじちゃまとおばちゃまだということはわかっている。お父さんが撃たれる前に、「おまえら、メッシーナの手先か」と叫んだからだ。ぼくは、ドレッサーの中から二人が撃たれるのを見ていた。世界が真っ白になって、何も感じられなくなり、体だけが機械的に動いて、ドレッサーの床の抜け穴から外へ出た。世界に色が戻ってきたのは、ウルフの体からお花の匂いがしてくるのを嗅いだ時だ。幸せ売りがいる、と思った瞬間、色んな感覚が戻ってきた。お日様の光が暖かくて、空は明るい青だった。
幸せ売りの話を教えてくれたのはミアイルだ。ミアイルは外へ出て遊べない分、たくさん本を読んで、色んな事を知っている。ぼくはミアイルが大好きだ。しばらく会えないけど、ウルフもダンテも一緒だから大丈夫だよって教えてあげなくちゃ。おばちゃまたちには内緒だよっていえば、ミアイルは絶対黙っていてくれる。
カムイは手早くメールを打つと、ミアイルに送信した。
1時間もしないうちに、ミアイルから返事が来た。今から家を抜けだしてオランジュ公園に行くから、そこで落ち合おうというのだ。
『クマたんが前にお泊まりに来た時、庭の木がもうちょっと大きくなれば枝を伝って抜け出せるよって教えてくれたでしょ。今、あの木の枝がちょうどぼくの部屋の窓まで伸びてるんだ。だから、こっそり外へ行けるよ』
返信を読んで、カムイの胸は躍った。ミアイルに会える。
カムイのいるベッドルームは、窓の外が非常階段になっていた。設計ミスでそうなったらしいが、いざという時逃げるのに便利なので、ダンテはいつもこの部屋を借りるのだそうだ。
カムイは音を立てないようにそっと服を着ると、窓から部屋を抜けだした。
イリヤは、痺れ薬を打たれた江流を自分の部屋に連れ帰って介抱した。安楽園に戻れば、警察が銃撃事件についてうるさく尋問しにくるだろう。万一参考人としてしょっぴかれても、ベーオウルフが手を回して釈放させるだろうが、こいつには一つぐらい恩を売っておいてもいいかもしれない。
ベーオウルフとウルフか。どちらも名前の中に狼(ウルフ)がある。狼はイリヤにとって特別な動物だった。
小学生の頃、学校で狼少女の話を聞いた。アマラとカマラとかいう名前の姉妹が狼に育てられたという話だ。発見された時、二人はまるで狼のように四足歩行し、夜になると遠吠えもした。しかし、周囲の人間の献身的な努力で、少しずつ人間らしさを取り戻し、言語も習得していったという。
この話は、人間にとって環境が―特に、幼児期の環境がいかに大切かを示すものとされている。しかし、イリヤはもっと別の疑問を抱いた。
人間の幼児のようなひ弱な生き物が、なぜ自然界で何年も生き延びられたのだろう。狼は何か特別な保護を二人に施したのだろうか?
安楽園では年長の子供がよく乳幼児の世話を任される。イリヤは一度、ミルクが切れていたので牛乳を温めて赤ん坊に飲ませたことがあった。赤ん坊は見事に腹を下し、彼はシスターに大目玉を食らった。アマラとカマラは狼と同じものを食べていたはずなのに、腸炎などを起こして死ななかったのはなぜだろう。
大体、狼のような体毛を持たない人間の子供がずっと戸外にいて風邪をひいたり肺炎を起こしたりしなかったというのも驚きだ。手足だって狼に比べてずっと弱いはずなのに、なぜ群れの移動についていけたのか。
教師に質問すると、この話で重要なのはそんなことではないと怒られた。わからねえなら、素直にそう言えよ、とイリヤはひとりごちたものだ。
彼の疑問にまともに取り合ってくれたのはシスター・シシィだけだった。シシィは動物図鑑や百科事典で狼の生態を調べてくれたが、謎は解けなかった。
―きっと、狼はとても強くてやさしい生き物なんでしょうね。
イリヤはがっかりしたが、その言葉は施設の壁に貼られたウルフという名の男の写真に重なり記憶に焼き付いた。ウルフに会えば長年の疑問が解けるような気さえした。
そして、今夜、彼は実物のウルフに会った。ウルフは狼のように、縁もゆかりもない子供を守っていた。カムイはその腕の中で安心しきっているように見えた。ウルフとダンテは、まるでつがいの狼のようだった。
イリヤが痺れるほど感心したのは、二人が江流を追い払った時の力加減だ。問答無用で麻酔針を突き立てる非情さと、それ以上は危害を加えないやさしさ。二人は、他人との間に絶妙の間合いで一線を引ける人間だった。これなんだ、とイリヤは思う。
彼を悩ませてきたのは、この一線をズカズカ踏み越えてくる奴らだった。いいだろう、友達なんだから助けてくれよ。イリヤくんなら優しいから許してくれると思って。おまえ、オレに逆らってやっていけると思ってんのか?
こういった輩を撃退するために、彼は力が欲しかった。自分は見た目ほど弱くも優しくも甘くもないということを周囲にアピールして、理不尽な攻撃のターゲットにならないために。イリヤは格闘技を習い、ナイフや銃の使い方にも習熟した。弁論術の教室に通ったこともある。だが、まだまだ不十分だ。
「やっぱり、権力か?」 イリヤは呟いた。
ウルフはシティ警察の警察官だ。江流によると、ダンテも元警察官だったらしい。シティ警察に入れば、求め続けていた力が手に入るのだろうか。
彼もそろそろ職業というものを真剣に考えねばならない年齢だった。シティ警察の訓練所(ヤード)を受けてみるのもいいかもしれないな、とイリヤは思った。
夜道を走り詰めに走って、カムイはオランジュ公園に着いた。
ミアイルは、噴水の側のベンチに座っていた。
「ミアイル!」
と呼んで駆け寄ろうとすると、カムイに気づいたミアイルが叫んだ。
「来ちゃダメ、クマたん。早く逃げて!」
(続く)
と、言っております(笑)
キナー病は架空の病気です。こんなのあったら嫌ですけど、世の中には本当に色んな病気がありますよね
キナー病って言うのは実際にあるんですか?
あああああほんといいところで終わりますね!
どうなっちゃうんだろう。。
そんな風に期待して頂けて嬉しいです。
いつも応援ありがとうございます。
できれば、アンジーというペンネームのままでお願いします。
頑張って下さい。
カムイはこのあと…こしょこしょこしょこしょ。
アハハ、私、早とちりしてましたか?
どうもスミマセン
鑑識さん
私はミステリといわれる分野が以前から好きでしたが、女性でこういう分野が好きな人は多いですよ。少女漫画でも、そういう話が大人気で長期連載されているものがあります。あまり、男性だからこう、女性だからこう、と決めつけなくてもよいのでは?
この手のジャンルは、一般的に女性の好まない分野の話しです。(作り手としてです)
アンジーさんは、自称女性だそうですが、子供の頃からこの手の話が好きだったんですか?
いいところで「続く」ですね!
あぁ・・・気になる・・・。
この先どうなってしまうのでしょう??
私にだけ、こっそり教えてください(笑)
ところで、私のブログに時々出てくる人とは、シンちゃんのことでしょうか??
すいません・・・彼女は前の会社の後輩です・・・。
もちろん、女の子です・・・。