銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

貴乃花親方引退(貴の岩騒動の蒸し返しであった)・・・ブラタモリ大谷石採掘跡地へ・・・旧鎌倉近美の外壁・・・アルハンブラ宮殿

2018-09-25 04:14:39 | 政治

 今は、26日の午後2時ですが、下の文章の推敲やら加筆を始めます。途中で新しく加筆をした部分には、アンダーラインを敷いておきます。

 上野の西洋美術館を、設計した坂倉準三のジュンが誤変換されて居たりしていたのを直しました。なお、坂倉の建物として、眼に触れやすいのは、品川の、旧名、パンパシフィックホテルです。現在名、SHINAGAWA GOOSですが、ここにも私が、goo blogを、使っている事への、からかい兼、嫌がらせが見られます。京急は例の北久里浜の、地籍変更届に際して、悪人たち側に、大きく協力をしているので、未だに、対・私への攻撃の最先端に立っています。

 このからかい兼、嫌がらせですが、本日も浜銀、鎌倉支店で、私が通帳を使うと、莫大な音量で、ピンポーンとなります。ほかの人とは、まるで違うのです。私がカード類を使うと、即座にGPS機能を用いた脅かしを、受けるのですが・・・・・それは主に、制服のガードマンがあっちこっちに現れるという形で、出来するのですが、それ以外に、銀行の内部で、脅かされる様になったのです。

 これは、私が横浜国立大学付属中学校の出身なので、横浜は、特に支配を受けていると、言う事があります。特に伊藤玄二郎が、平沼高校の出身です。平沼は、旧制・横浜地区の第一高女です。出身者の結婚相手に名士が多いので、侮るべからぬ力を持っているでしょうし。

 もう、一日中、そういう脅かし用、措置を取られて居ます。そして、それらを考案している伊藤玄二郎達鎌倉エージェントたちは、自分達は、頭がいいと、言って、悦に入っているみたいです。しかし、徐々に、徐々にですが、彼らが本当に頭がいいかどうかを、このブログの世界の中で、検証していきたいと、おもっておりますよ。いつも、40%までしか書いて居なかった・・・・・ありと、あらゆる事象をこれから、深めて語りますので・・・・・

副題0、『貴乃花親方 日本相撲協会に退職届を提出』

 私は、午前四時から、下の文章を書き始めました。しかし、いったん閉じて、非公開へと、もっていったのです。それは、リンク先を多数、探さないといけなくて、其れに手間取りそうだったからです。しかし、午前10時ごろから、貴乃花親方 引退というニュースが駆け巡りました。それで、・・・・・それは、下の文章を公開したり、書き進めたりすることへの妨害である可能性をも考えました。

 そして、25日の、ニュースウォッチを見た限りにおいて、貴ノ岩騒動が、蒸し返されていることを知り、50%以上は、私が推察したポイントが当たっていると、見做し始めています。ういうことかというと、そのニュースは、莫大な人数の記者があつまる大ニュースです。したがって読者様が、「なんだ。そんなこと(=大谷石というキーワードで、思い出されて来る過去の数々の、CIA側の攻撃と、それから來る私側の被害)を、今頃書いていて。つまらないぞ」と、お思いになることが狙いで、裏で、CIAが、今まで通り、糸を引いているのではないか?・・・・・と、も、考えました。しかし、今回だけは、彼本人の意思で、動いていると、見たいです。前者だったら、彼は、相変わらず、例の連中に振り回されているどうしようもない存在となるし、後者だったら、彼もまた、利用されきって、その上で、大損をしている人間だと、なります。どっちなのでしょう。しばらく静観して、その後を見たいと、思っております。

 で、相当、重いことを含む、以下の文章を書き始めましょう。

副題1、『大谷石の採掘現場には前から行きたかったのだ』

 この一章ですが、2018年9月18日と19日の私の旅行を問題とします。その行程のうち、最初の訪問先は、大谷資料館でした。 私は名前から、それは、博物館だと、思っていたのですが、実は、その主なものは、旧・採掘場・跡地であって、その広い洞窟状空間を外部の一般人が、無事に歩ける様に、種々の装置(ライトや、手すりなど)を施したものでした。

 これは、写真Aと、私が名づけるもので、入り口の切符です。スキャナーで、再録して居ないので、てかてかしていますが、お許しを。

 下の写真Bは、宇都宮美術館発行のプログラムを、大谷資料館で、買いました。その一頁であり、大谷石の質感が、よく出ているものだと、思うので、ここで、再録をさせていただきます。素人のスマホ写真では、こうは、行かないだろうと、思った私は、洞窟内でも外でも、写真を撮って居ませんので。

  写真Cは、確かにそこへ行きましたよと、言う証拠写真でしょうか(苦笑)主人がとってくれたものです。

 洞窟内には、いくつかの部屋があります。補強のために、柱風のものを残しているので、各部分がへやの如く区切られているのです。そのうちの一部屋が、この写真Cで、背後に、額に入った同じ大きさの写真が、展示されています。それは、この洞窟内で過去に撮影された映画とか、テレビ番組の撮影風景やら、各種の、お披露目会とか、パーティの写真です。私が、その名前を知っていたものでは、映画【るろうに剣心】(たまたま、映画の方の主役、佐藤健が、朝ドラ【半分青い】の主役を、今、やっている処ですね)だけでした。

 新商品のお披露目会ですが、ロールスロイスの8000万円ヴァージョンのモノとか、ドンペリニョンの〇〇年特別ヴァージョンのお披露目会とか、特にヨーロッパの高級品の、お披露目に使われている模様です。尚、上に挙げたものは、その業界の記者とか、ライターを呼んでの、プレゼンだったわけですが、オメガだけは、着席のパーティも行っています。100人以上が、白いテーブルクロスが、掛かった長いテーブル二連に、座って、飲んで、食ったのでしょう。わざわざ東京から、または、ヨーロッパから、来ていただくのですから、一人頭、十万円ぐらいの予算は、ここで、使ったと思います。他のケースでは、宇都宮か東京でのホテルでの、立食パーティぐらいは、設定されていたと、思いますけれど、オメガは、洞窟の内部での着席の宴会を提供していたのでした。

 それは、ここが、三年ぐらい前までは、一般には、解放されて居なかったので、自由自在にスケデュールが組めたという事も大きいのでしょう。しかし、それが、もし、ダイヤモンドの広告で当てた、小池玲子さんの、プロデュースだったら、妹を巻き込んだ、闇の世界の話を思い出す事となります。

 小池玲子さんは、私の高校時代の、大切な友達の一人ですが、芸大に進んだ後で、広告人として・大・成功をしました。しかしこれもまた、同期生(ただし、大学の方の)である野々村君と組んで鎌倉エージェント側に、取りこまれてしまった、二人なのです。私の身辺は、研究しつくされています。そして、友人や妹を、一種の攻撃者として仕立て上げてくるのです。敵さんたちは、そういう形で、人間を利用してくるのです。恐ろしい、恐ろしい人間たちです。

 妹の、死が、2017年に訪れて、其れにも疑問がいっぱいある私は、この野々村・小池コンビについて、2017年以来触れ始めているのですが。すると、不思議極まりないことに、歌舞伎座の、一階、5列16番という微妙にもいい席が、当日のしかも、開幕20分前という普通仏ならあり得ない時間で、私の手に入り、しかも、これも、不思議極まりない事に、左隣の、15番さんが、野々村君と家族ぐるみ付き合っているエリート・駐在員・夫人でした。しかも、逗子の住人であり、私は帰途、一時間近く、・・・・・どれほどに、野々村君一家がエリートであるか・・・・・を、彼女から、聞かされたものです。konoエピソードは、歌舞伎座の一階の、切符代が、高い(1万8千円な)ので領収書が保存をしてありますし、現金出納簿にも、記帳がしてありますので、日にちが特定できるので、後で、ブログを探して、リンク先を、一本だけ(あと注1)でも、提示しておきます。

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副題2、『大谷資料館とは、洞窟なのであって、しかも、入り口が狭い。石工たちが利用した広い出入り口も、ほかに、あるにはあるのだけれど、有料として、中に、人を入れるのだから、石工たちが、作業の際に出入りした広いものを使わず、観客の入場用に新たに作った、通路(全部階段)であろうと、思われた。

 その狭い入り口は、帰途も、そこから出入りする形になっている。その帰途に、突然、気が付いたのだが、ブラタモリ【宇都宮篇】というお知らせが、奇妙な形で、置かれていた。インフォメーションとして、不十分な形で、置かれており、それが、「大・NHKと、しては、ぬかりが、いっぱい、あるざんすよ」と、言うほどのものだった。で、直観として、『あれ、急に取材が来て、急に番組が放映されるのではないかな?』と、思い至った。

 それは、本当に見事にその通りであって、私達が、大谷にいたのが、18日(火)であって、放映が、行われたのが、23日(土)であった。事前の準備だが、「たった5日間では、収録も編集もできないでしょう」と、皆さんは、おっしゃるだろう。しかし、今回の旅行の案は、すくなくとも、9月初めには出ていて、弟は、「那須に行きましょう」と、提案をしてくれた。それで、私は、「栃木県なら、大谷によりたい」と、言って居たのだった。そこから、準備をすれば、十分に、3週間はあるので、23日、放映をできることになる。そして、私にそれを見せないがために、放映の、予告はしておきながら、放映日を、添付事項として、大切な放映日時が、大谷資料館の入口には、置いていなかったのだろう。そして、私が去ったのちは、添付事項として、23日に放映をしますと、書いた可能性が高い。

 特に「絶対に、あいつには、見られない様にしてやるぜ」と、言う措置が、取られ、それが、仙台の交番襲撃事件だった。「あいつはね。その事件が、あいつ狙いだと、いう事には、絶対に、気が付くさ。そうしたら、対応上、ブログを書き始める。水曜日に、書き始めて、土曜日は、ちょうど、二本目を描き始める。最近、あいつは、ブラタモリは、見ていないので、土曜日の、夜に、大谷石に、ついて、放映があるなどと、いう事には、気が付かないさあ。新聞も読んでいないみたいだし」と、鎌倉エージェントの、伊藤玄二郎と、未だ生きてこういう事案を考案し続けている、井上ひさしは、考えたのでしょう。というのも大谷というのは、かれらにとっては、悪辣な過去の、私に対する、いじめ事案が隠れている場所なので、それを私に、蒸し返されると、困ると、思っているからです。

 そうなのです。私は、大谷石一つから、やまゆり園事件の嘘とか、黒岩神奈川県知事の、軽すぎる、しかも、悪い方向への、利用のされ方とか林文子横浜市長の、悪い方向への、軽すぎる、利用の、されかたに、触れていくことができるからです。しかも、此処でも、また、税金の、大量の無駄遣いが隠されているはずです。旧中谷共二家の、東側の崖、高さ20メートルぐらいを、草を取り、灌木を切り取って、簡易な、崖を作ったのですが、数年後の、今では、すっかり元の自然へ戻っています。つまり、100%無駄だったわけです。

 しかも、中谷家は、もう何十年も、無住です。ただ、お前が中谷知二の悪を書くから、死んだ後で、しかも、その家が無住であるのに、税金を使って守られているのだ。「ざまあーみろ、お前って、負け組なのだよ。肝に銘じろよ」と、言われているわけです。

 ところで、此処が、また、税金を使って、私をいじめる策謀の典型なのですが、中谷さんの、東の崖を、補修したのも、申込者は、下に存在するカフェ・アーミッシュなのだそうですね。一見すると、アジサイ畑欺罔事件とは、関係がないみたいに見えます。しかし、カフェ・アーミッシュの、人々は、それ以前には、私に対して親切だったのに、その工事の時期以降、急に不親切になっているので、例の連中にリクルートをされてしまったことがわかります。

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副題3、『ここで、既に、時刻が、25日(火)の、夜10時を過ぎようとしている。それで、此処で、一気に、文案を飛ばすが、今夜、そのブラタモリ、宇都宮篇の再放送がある。深夜の11時55分からだ。あと一時間を切っている。しかし、もしかしたら、急に、放映がキャンセルになるのかもしれない。そうしたら、私が読者に対してのうそを教えたことになる。それは、彼ら、鎌倉エージェントにとっては、とてもうれしいことだ。彼らは、それほどに、単純である。

 そして、そのために、うまい、言い逃れを、最初から、提示している。

 これを写真Dとしよう。右下に、タモリをアイコンとして、特色づけた影絵風の、人物像が出ている。その上なのだけれど、火曜日の深夜、再放送があります。*急に時間が変更になったり、中止になる場合もあります・・・・・と、書いています。

 私ね、数か月前に、旧友からお電話をもらいました。その中で、「川崎さんは、今歌舞伎を見ているのね。私の方は、バレーを見るのが好きになりましたよ」と、聞きました。それで、「日曜日の深夜に、プレミアムシアターというのがBS3で、ありますが、知っていますか?」と、聞きました。彼女は、知らないと、答えました。で、私は、「その番組は、内外の、良い舞台を録画して見せてくれるのよ。特にバレーは、いいものを見せてくれます。この前にオネーギンをバレー化したものを、二本、同じ夜に見せてくれたのなんか、良かったですよ。2017年に採録された方は、オーソドックスな演出ですが、2015年に放映された、方は、衣装は、もだんで、音楽もチャイコフスキー作曲のものを使わないものでしたが」

 と、言ったとたんに、二週続けて、プレミアムシアターが、番組としては、消えていて、別の番組が入っていたのを、知ることとなるのでした。ドキュメンタリーか何かでした。私は向こうから掛かって来た、電話には、応対をするのですが、こちらからは、掛けない主義と今はなっています。で、その友人が、・・・・・あれ、川崎さんって、まちがったことをおしえたのかしら?と、・・・・・疑問に思う事は、重々、知りながらも、仕方がないと、放っておきました。仕方がないけれど、ありと、あらゆる場合に、私は振りをこうむっているので、それを、挽回しようとしたら体が、いくらあっても足りないからです。

 したがって、それが、ブラタモリにも、反映するかもしれません。ここに、予告をしたからこそ、今夜、ブラタモリの再放送がないケースもありうるのでした』

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副題4、『ブラタモリ、大谷を訪ねるが、・・・・番組ないでは、大谷石は、高級石材として扱われていた・・・・・と、言って居る・・・・・らしい』

 ここに、写真Eを置きましょう。私は、たまたま、後半の、あと、20分の時点で、タモリが、大谷を訪ねていることを、23日の土曜日に、知ったのでした。今は、25日(火曜日)の10時50分だから、再放送は、始まっておらず、したがって、番組を文字化したものを、NHKおんらいんde、読んでみたのをここにおいておきたいと、思います。

::::::::::::さて、今は番組を見ながらあれこれを語っているのだけれど、タモリ一行が入っていった場所は、一般人は入れない処でした。最初に訪れた露天掘りのケースも一般人は入れない場所であり、次に訪れた地下採掘場の方も、一般の人は入れない場所でした。一般の人は、ボートには乗れないのです。ともかくタモリ一行は入り口が、はば10メートルは、あるであろう、普段は、門が閉じてある場所から入っていったし。NHK様だから、特権があるわけです。:::::::::::

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副題5、『鎌倉・八幡宮様は、旧・近美・本館を、ご自分の博物館となさる予定だが、その外壁が、大谷石から、プラスティックが含有された新建材へと、変更になさっている。それには、すこぶる大きな意味がある』

 この章は、最初は、文化の話から始まりました。しかし、項目の分野を、引きつづき、政治に置いているのには、意味があります。大谷石がすこぶる大きく政治的な意味で、使われているという事と、私が大谷を訪問をした、12時間後に、仙台交番襲撃と言う、異様な事件が起きて居て、いるから、更に、意味が濃くなります。NHK他一般メディアでは、その交番襲撃事件を、普通の、事件として表現をしている様ですが、私に言わせると、まったく違っていて、それは、対・私狙いの、ごく政治的な事案となるからです。

 その様に言明する理由の大部分は、前報(後注2)に書いてあります。しかも、それを書いた直後の日曜日と、月曜日には、そのニュースが、NHKでは、もうでなくなりました。したがって、私の言う事は正しいのですが、ブラタモリのファンが、初めて、ここを訪れたと仮定をすると、びっくりなさるでしょう。しかし、このブログの世界は、誇大妄想でも、被害妄想でもないのですよ。日本の政治の、ごく、根本のところを、うがっている世界です。それを、抽象的な論文として書くと、私の被害が、莫大に大きくなるので、具体的な事例で、書くのですが、この章では、特に大谷石を問題とします。

 画家として、別の方から『すでに、世に出ていらっしゃるから』と、言っていただいた私が、さらに発展をすることを阻害するために、

 1980年には、神奈川県立近代美術館本館(一時期、その名称を鎌倉館としていた)の移転が、計画をされていたと、判断をしますその頃より、並行して、・・・・・私を北久里浜、根岸町2-27ー34から、こちら、雪ノ下2丁目に転居させ、実動者が、たった15軒しかない現住地域で、・・・・・周辺を利用して、あいつを苛め抜いて、殺してやろう・・・・・と、考えたのが、北久里浜の方で、地籍変更届を利用して、旧水道山を中心として、2400坪をもタダで、手に入れた益山重夫・智恵子夫妻と瀬島隆三であり、それを、私が電話で、教えているのにも関わらず、看過して、悪人たちに成功をさせた杉本俊一・正子・元横須賀市土木課長・・・・・その後出世して、事務方トップの副市長に上り詰めた夫と妻であり、かつ、京急の某重役(今のところ、実名はwakaranaiga)などでしょう

 その鎌倉館ですが、今般、鶴岡八幡宮へ、神奈川県から、無償で、提供され、それをリフォームして鶴岡はちまんぐう様運営の博物館とする計画が起きています。そして、今、工事用ネットに、長期間覆われていた、旧鎌倉館がネットを外して外壁を見せ始めました。新建材で、覆われた外壁を、表し始めたところです。

 すると、心配していた通りに、1951年竣工の、坂倉準三が、設計した、大谷石の外壁が、失われており、其れよりも、五倍から、6倍は、大きなサイズの、プラスチックで固めたであろうパネル製外壁で、覆われているのでした。以前とはまるで、質感ががいます。

 これが、100%政治的意味を持つ、私への攻撃なのですよ。それを、順次説明して行こうというのが、この章の、大きな目的です。

 そのきっかけとなっているのが、ブラタモリが、大谷を訪ねた番組なので、sこへ戻ります。その番組の宣伝文句というか、惹句(写真え)の中に、

 高級石材という言葉があります。白いブラシラインで、上下を囲んでいます。

  今は、26日の夜10時ですが、新しい文章を加筆し始めます。従って、これから先は、アンダーラインを敷きません。ブラタモリの中で、1960年代に、「外車を見たかったら、大谷へ行けという言葉が、全国で流行をした」と、地元側から、出てきました。ありと、あらゆる外車が、大谷には、集まっていたそうです。それほどに、石で、もうかった町だそうです。

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副題7、『私へのいじめのために、1951年設置した、実家の大谷石の崖を・・・・作り直せ・・・・と、横浜市から、命令されている。林文子横浜市長と、神奈川県知事、黒岩氏を、伊藤玄二郎と、未だ生きている井上ひさしが、教唆・説得をした結果だと、思われる。いじめを行うのに、税金を使っているが、一方で、私は搾取されるばかりなのである。そういう悪いことを思いつくのが、鎌倉エージェントである。私は何も悪いことは、していない。ただ、ただ、彼らの過去の悪業を、すべて、知っているので、こういう風にいじめられる。深い怒りを持っている』

  父は石油が専門の技術屋です。技術や=エンジニアとは学者ではないです。そこのランク付けには、わきまえは持っていたが、明治生まれの学卒だから、プライドは高いし、能力もある程度以上に高かったのです。で、この横浜日吉の家を建てた、時期は、まだ、船橋市塚田という場所に住んで居るわけですが、この家を建てるにあたっては、全国的規模で、素材を集めまわっています。つまり、一種のプロデューサー兼、工務店の役目を果たしているのです。建築確認申請も、自分で図面を書いて、横浜市から、とっています。これは、その23年後の、私の北久里浜のいえに際しても同じです。さすがに流通がすでに発達していたので、北久里浜のいえの為に、木曽の営林署に出かけるという事は無かったけれど、日吉の家の材木は、木曽の営林署に分けてもらったヒノキを多用しています。また、大工さんについても、木曽の営林署に出入りして、ヒノキを使う統領の、弟子数人に泊りがけで来てもらって、建てたと、言って居ました。低いランクの材木を使うつもりはないといっていました。

 石垣(写真F)は無論、大谷に出かけて、しっかりした仕事をする石材店を見つけて、そこのスタッフに、泊りがけで、来てもらって、作ったと、言って居ました。うちの父って、頭を使うという事が好きだったのでしょうね。業者さんに頼むべきところを、すべて、自分でやる事で浮いたお金を、別の場所にある土地を買う事に投資をしたのです。その買い方だって、日経新聞に投資用マンションが出ているから、一つ買いましたなどいう安易な買い方ではないのです。

 昔は、インターネットは、無かったから、役所で、開発用、図面を見て、その上で、自分が、「この町は、発展するだろう」と、思っている地域の、駅前不動産屋に出かけて、探索しているわけです。そういう性格の父が、手塩にかけて、当時は、もっとも、美しい石だとしてもてはやされていた大谷石を使って、しかも、相当いい石工を使って、しっかりと垂直な、支え石も入れて、作り上げた崖であって70年間びくともしないのですよ。それを作り直せというのです。ひどいいじめです。

 私の資産減らしを狙って、高槻市で、中一の児童二人が殺されました。あれって、遼斗君という、可愛い男の子の顔写真をお母さんが、フェイスブックに載せて居たそうなので、スパコンで、それを見つけて狙われたと推察していますが、山田浩二というロリコン犯罪の前科がある、男性が殺したとされていますが、まったく違うでしょう。駐車場が本通りに面して居ない事。それから、その形状だって、センコーの駐車場です。最初から、連呼されていた高槻市の駐車場というのは、徹底的な嘘なんです。寝屋川市にあるセンコーと言う会社の駐車場ですよ。センコーの株を私が持っているから起こされた事件です。その同じ連中が、数年後の、本日も浜銀、鎌倉支店のATMを、使って脅かしてきています。JALも、東芝も、旭化成も、親族が株を持っている会社です。弟の家の、石垣を作り直せという散財と、株価を下げてやれとか、夫婦間の、会話を盗聴して居て、鎌倉へ、買い物へ行くわよと、言えば、必ず、浜銀による筈だから、そこを使って脅かしてやれっと、なるるわけですが、それって、すべて、根っこは、一つであり、鎌倉エージェントが関係しています。

 一方で、杉本俊一・雅子夫妻など莫大な金銭と名誉を得ていますよね。仲野通巳吉一族も同じです。ただ、本日は、そこには踏み込みません。

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 副題8、『弟が、1978年の10月アルハンブラ宮殿を訪ねた時に、休みで入れなかったと、言って居た。これも、私への嫌がらせである。だから、大谷石の崖を直せというのも、今住んでいる、弟へのいじめではなくて私へのいじめである。

 ここは、プラド美術館の、デ・キリコの絵を見た感想エッセイと、それに関連して悪徳の限りを尽くしている、鎌倉エージェントの面々について語らないといけない。それをブログでは、語っていないからこそ、後年、さくらいよし子さんを使って、全く同じことが起きて来るし、それを、証拠立てるパソコンが、19台も壊されている。

 石塚雅彦、古村浩三、お杏さん、しょうこさん、などと、鎌倉エージェントのメインの連中が絡んでくる事案だけど、ここでは、それについては触れないで置こう。10万字ぐらい必要だし、フィールドが、ちょっと、違うので。 

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副題9、『私は、2010年の四月6日着で、有名な美術評論家の、瀬木慎一さんから、あんたを訴訟に掛けるぞという脅かしが、書かれた手紙を受け取った。これを私が・・・・・おとがいと言う語彙一つで、撃退した事が、多分最大の、要因で、井上ひさしは、自分を死んだことにしたのである」

 

井上ひさしが、なぜ、2010年4月9日に、突然に、自分を死んだことにしたかというと、その前日の、8日に私が、当時、銀座7丁目にあったexiibit Live and Morisでの、自分の個展の案内状を、伊藤江玄二郎が社長をしている、かまくら春秋社に、もっていって、「社長さんに、どうか、来てください」と、言ったので、彼と、井上ひさしの二人が、『すべてが、ばれているのだ』と、やっと,わかって、しかも、その結果、震撼したから、死んだことにしたのでした。

 その個展に関しては、20個ぐらい恐ろしい攻撃が、ひそませてありました。まず、有名人が登場する罠としては、山本容子が、筆頭の、人間として攻撃談となりました。最初は、三月に企画展としてやりましょうと、Moris のオーナー森さんから言われて居たのですが、急に四月に延期をされ、その週に、山本容子展(ガレリアグラフィカ)が、ぶつけてきてあって、評判としては、そちらの方が高くて、お客もいっぱいだったと、言う形で、私が辱めを受けるのです。まあ、有名人度gが違うので、それは、致し方がないとしても、どうしてか、画廊の、オーナーが全員来なかったのです。たまたま、着た人が有ったら、森さんが、見ないでいいといって、私の目の前で、Uターンをさせたのですよ。森さんが、行ったことはギャルリーユマニテの、面々が行ったことに匹敵するほどの悪辣さですが、また、いつかかける日が着たら、書きましょう。これも、本日、取り組む事ではないとして、先へ進みます。

 その次に、悪利用をされた大物は瀬木慎一さんで、市は、中央大学の法学部、政治学科出身ですから、伊藤玄二郎とは、先輩、後輩の間柄に当たります。

 きょうは既に、11時半になりました。私は、いろいろ、やるべきことがあるので、すみませんが、ここで、中断をします。瀬木さんは死亡くなっていますが、私を訴訟に掛けるなどとは、100年早い言い草です。

そして、瀬木さんの言葉や手紙は、単なる脅かしであって、個展で、疲れているだろうから、さらにストレスを与えて、殺してやろうと、する、井上ひさしと伊藤玄二郎の悪巧みですから、「そういう事は、全部わかって居ますよ」という意思表示を兼ねて、4月8日の木曜日に、かまくら春秋社に、個展の案内状をもって行ったのでした。

 それに震撼した二人のうち、伊藤玄二郎は、会社がありますので、急に、自分を死んだことにするわけにも行きません。その上、実は、彼は、私のブログを、読んでいないと、思います。特に、2010年当時は、読んでいないでしょう。彼は、一応ですが、かまくら春秋社という会社を経営していますし、あれこれ、対応もしているので、私のブログなど、読んでいる時間はない人間だと、思います。そして、代わりに読んでくれている井上ひさしは、正しい解釈など、伊藤玄二郎には、伝えて居ません。だから、伊藤玄二郎は、私をなめきっています。だからこそ、鎌倉市役所の、深沢への移転などという案件を持ち出すし、それを持ち出さざるを得なくなった、高枝切事案(冨澤家が、注文主だとされているモノであって阪中英夫が、対応等している案件)を、準備する段階でも、私の能力など、低い低いものとして、なめきって企画を立てています。

 しかも、自分が利用しきって来た谷垣禎一さんが亡くなっているのにもかかわらず、引き続き、安倍晋三総理大臣を、引きまわして居ますので、この国は、バカが支配する国になってしまったのです。

 本日も、石井国土交通大臣が、スズキを、いじめていますよね。伊藤玄二郎と、井上ひさしは、自分達の事を頭がいいと、自負している模様ですが、全然ですよ。それを、丁寧に説明して行っているのが、このブログの世界です。二人は、頭が悪いのだと、言明する論拠ですが、まず、とくいがって、企画を立てているだろう、炎上型、または、劇場型ニュースですが、全部、私に裏側が見破られているでしょう。私なんて、判断する、種は、NHKニュースだけですよ。そして、友人もいないです。今はね。奪われ切っていますので。しかし、すべてを見破る事が出来ます。それは、立案者が、どれほどに頭が悪いかを証明し絵居る事に、直結します。

 ところで、2010年4月5日から、9日に向けての、私の個展前後に、20個ぐらいの悪辣極まりない攻撃を仕掛けてきたので、それを、即座にブログに書かれるだろうと、推察したから、井上ひさしは、自分を死んだことにしたのですよ。死人に唾を吐きかけるのは、この国の文化にはありませんからね。

 私は、彼のそういう意図が、即座にわかるので、いったん停止いたしました。しかし、

 彼が、自分を死んだ事にしたのは、もう一つ、理由や、目的があって、それは、私のブログを読むことなのです。丁寧に、読むという任務が与えられていると、思いますが、その任務と、直木賞審査員の言う社交的生活が、両立しなくなったからでしょう。彼は、ただ、単純に読み下すわけではなくて、そこから攻撃の種を拾い上げています。

 弟の、家の石垣を直せというのも、私が、その美しさを過去に書いたからです。そして、仙台交番襲撃事件も、能登町にある祖父の空き家内で、高1の女子を殺したのちに、隣町で交通事故死したと、されているsン州大学の学生の事件を見破られたので、リメイク用に、起こしたのでした。あの時もそれを、するべきではないと、行って居る、信州大学の記者会見がありました。今般も東北学院大学の記者会見がありました。それらは、事件が、100%、本当の事だよと、一般庶民を洗脳していくために使われる常とう手段なのです。

 両方とも、学生は、殺されています。死人に口なしです。

 井上ひさしに、してみれば、こういう風に彼女の過去ブログから、事件の種を見つければ、やがて、彼女は書くことに行き詰る里、思っている筈です。で、私は、その二重、三重の罠の中をかいくぐって、書き続けているのです。

 

 

後注1、

 

後注2、

 

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