銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

市役所の移転問題は、材木座の命名権や、ごみの回収の有料化と同じく、伊藤玄二郎発案の、謀略である▢

2018-07-24 23:40:06 | 政治

 さて、これは、完ぺきに前報(あと注1)の続きです。それは、最初の方は、「うっとおしい問題を私は抱えてしまった」と、言う状況から始まります。それは、・・・・・7月24日に、私としては、一切そこには存在感(=足跡や、経歴)がない場所で、集会が開かれるが、それに出た方がいいと、判断している。しかし、弱者の立場として、そこに出るので、おっくうである・・・・・という問題が、3週間前から、ポストに入れられたれたチラシによって、告知されており、それが、うっとおしかったのです。しかし、実際に出席してみると、結果としては、自分にとっては、明るい方向で、終わったので、『おお、やはり、神様はいらっしゃったのだ』と、思ったのでした。久しぶりに、空が晴れたという感じでした。なお、この章は、長時間、総タイトルを【18-7-24の午前中に、鎌倉・雪の下第二消防分団の二階で、起きた、現象は、ひとつの神の証であった】としておりました。しかし、28日(土)の午前中に、【鎌倉市役所の、移転問題は、遠因をたどれば、前田清子さんが、私に勝ちたいと、強烈に思っている事に達するのだった】に、変更をしました。しかし、その7時間後に、上のものへと、変更をしました。そして、午後五時に、一応の完成とさせていただきます。まだ、推敲加筆の余地はありますが、項目として、これで、この章は、終わりとしておきましょう。これ以上の話は、次の章で語ります。その印に、恒例の▢印を総タイトル横に付けておきます。

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副題1、『とても珍しいことに、この2018年7月24日、たった20戸しかない、私たちの町内会が、山ノ下の平地に在る、もっと、大きな町内会と、合同で、会合を開いた。議題は、市役所の、移転を、考える会であり、緊急に運動を起こさないとならないし、できるだけ多くの人に参加をしてもらいたいので、そういうことになったらしい』

 私がすんでいる山には、20戸しか家がなくて、下(平地)の町内会からは、独立した町内会を運営をしています。それは、私の見るところ、瀬島隆三たち、CIAエージェントの発案であって、下(平地)の雪ノ下二丁目町内会と、一緒になった方が、ずっと、明朗になるのですが、それをさせないで、独立をさせています。それは、私を弾圧するためには、その方が便利だからです。で、私がもっとも、困惑をさせられている安野家など、副会長を、34年以上にわたって、やっていました。

 そんなに、小さい町内会なので、その内部では、タコ部屋的・精神的リンチもあり、土地を我が家だけ盗まれて使えないということもあり、超・閉鎖的でもあります。土地の盗みのほかにも、種々の異様なことが行われています。

 しかし、この7月の24日、とても、珍しい現象が起きました。平地の雪ノ下二丁目、町内会と合同で、ある会を開いたのです。引っ越してきてから、34年間住んでいますが、初めてのことでした。場所は、雪ノ下の消防第二分団の、二階であり、いわゆる公民館です。遠くに住んでいる人に説明をすると、大船行き江ノ電バスの、バス停・八幡宮前のすぐそばにあります。途中に建長寺や、明月院があるので、一般の方もよく利用するバスでしょう。だから、とても有名なバス停の、真ん前にある建物です。その二階で、会合がありました。

 そして、議題は、市役所の移転を差し止めるための、運動を起こすというもの。

 5月に、鎌倉市の広報で、突然に発表をされたのですが、鎌倉市役所の、移転問題が、急に、発生して、自覚的な市民が、これは、大問題だと、感じ始めました。場所が悪いです。山の外の、藤沢に近いエリアである、深沢への移転が計画をされています。戦前までは、田んぼだったらしいところへの移転です。詳しいことは、また、いつか、別の機会に、語りますが、基本的に、180億円が必要です。しかし、今、鎌倉市役所内には、予算が、何もありません。しかも、、移転先の、深沢の交通インフラが、不備であって、それを整備するとなると、JR東海道線に、村岡という新駅を作る必要があり、JR東日本では、その建設費は、地元(=鎌倉市+藤沢市)が出せというそうです。その費用等を、全部合わせると、400億円が必要だと、なっています。

 そんなお金は、ないので、市債という借金で、まかなうこととなりますが、鎌倉は、超が付くほどの、老人社会です。子供とか、孫が、一緒に住んでもいないので、先行き財政破綻をすることが目に見えております。しかし、疑問はいっぱいでも、なぜか、急がないと、実施されてしまうらしい案件です。

 ここですが、神奈川県立美術館が葉山に移転をされてしまった過去を経験している私には、『本当に急がないと、そうなるだろう。彼らは、強引なことを平気でやるから』と思っております。しかし、この章で、この案件の本当の目的を書いたら、提案者たちが、案を引っ込めるかもしれません。最終段階で、その本当の理由というのを挙げております。鎌倉に戦前から住んでいる人でさえ、知らないであろう真実の、理由をここで語ります。

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副題2、『その会合は、表向きは何ら問題が、ない、いい会だと、思う。しかし、その案内チラシが、ポストに入っていた時に、私は、非常にうっとおしいと、感じたのだった』

 そういう、うっとおしさがあったがゆえに、私は、そこに出席する前に、相当な覚悟を決めていたのです。それで、誰も知らない真実の、うち、5%ぐらいは、皆様の前で、発表できました。そこが、『結構、明るい終わり方をしたなあ』という部分であって、『やはり、いざとなると、神様がお助けくださるのだ』と、改めて感じた次第です。また、足が思いがけない速さで、治ってきて、無事に出席ができたのも神様のご援助だと、言えばいえるのです。

 そのちらしは、協力者を募っているのです。だから、趣旨上は、だれでも、参加していい会議です。または、誰でも、参加していい集会だといっていいかな?

 そして、実際に参加をしてみると、その通りでした。市役所の移転は、不条理極まりないもので、ほとんどの市民は、びっくり仰天であり、反対したいと思っています。予算関連も、めちゃくちゃな設定らしいので、皆さん、知れば知るほど、反対したくなるらしいです。移転は、条例の段階で、阻止できるので、まず、条例に関する署名運動に、とりかかりたいので、協力をしてくださいという話でした。

 しかし、そのチラシが入っていた時点(=今より、三週間前)、と、そのチラシを、だれが、我が家のポストに入れたかが、大問題なのです。その時点では、私はこのブログで、松葉杖の、1か、2(後注5)を書いていたころであって、全く歩けない時期でした。しかも、集会の場所は山ノ下なので、164段も石段を下りないといけません。普段の小さな町内会ですと、山の上の或る別荘を使わせてもらうので、平地をたどって、参加ができますが、私は、安野・前田夫妻が牛耳っているそこには、出席をしたことがないのです。で、山ノ下であるのなら、二重三重の意味で、出席がしにくいうえに、足が悪いその、時点では、非常に苦しいお誘いであって、実際問題としては参加は無理だと、判断をしていました。で、これは、小野寺夫人を助けるための免罪符ではないかと、思い始めます。つまり、「出席はできないでしょう。でも、お知らせはしましたよ。私ね、責任を果たしましたわ」という意味での免罪符。

 でね、さらにはっきりいうと、、『これは、その集会への出席ができる、小野寺夫人一派(+前田・安野ほか)の、自分たちが優位であることを、見せびらかすための、情報開示ではないかな?』、と、思い始めます。「あなたは、こういう重要な会に出られないのよ、ざまあミロですね」と、言う意識がある様に思えるのでした。無論のこと、それは、小野寺夫人だけが感じていることではなくて、その背後にいて、いちいち、彼女を、指導教唆をしている伊藤玄二郎一派の、意識でも、あるわけですけれどね。

 しかも、ちらしには「これは、市役所の移転反対運動としては、二回目の会合だ」と、書いてあります。しかし、一回目のお誘いが入っていたかどうか、の、記憶が、私には、ありません。入っていなかった様な気がします。 

 一回目のお誘いが入っていなかったということは、その時点では、私は疎外をされていたということとなります。仲間はずれで、情報をもらえていなかったことになります。しかし、私自身はべつルートから、市役所の、移転のことは知っていて、その原因や、理由についても、ずっと以前から、悟っていました。ただ、自分はリアルな世界で、運動をする人間ではなくて、ことが、差し迫ってきたら、このブログで、あれこれを書くつもりでいたのです。

 で、一回目では、仲間外れにされているのに、二回目だけ、お誘いを受けたのは、意地悪の一つだろうと、推察し始めます。ところで、その上、億劫なのは、小野寺夫人は、すでに、ほかの町内会会長たちと顔見知りであろうから、相当な、優位性を持って遇されるでしょうが、私には、一切の味方がいないということです。それは、開催場所から見ても、推察できることでした。山ノ下の、大きな町内会が、使う、公民館を使って開かれる会であって、集団の母体は、連合町内会です。

 :::::::ここですが、27日に大船で有ったこと、を後で、蛇足としてこの章に加えます。または、別章立てで、語ります。この章は、実際には、24日の13日、以降に、書いています。それで、その辺りの私のブログ文を検証している井上ひさし(まだ、ほんとうは、生きていますよ)は、すぐさま次の手を準備しました。それは、大船駅前の町内会を動かすことです。これは、秋葉原の歩行者天国再開云々の際にも駆使された同じ手法ですが、昔の名前を表現したら、公安といった、言論弾圧よう警察の部分は、今は、生活安全課と、名前を変えているそうです。そして、町内会を駆使します。それで、上の一節を書いたら、そのたった、二日目に、大船駅前で、町内会を利用した、示威行為が、あったのです。「青少年補導係」という腕章をまいた、紳士淑女が、私がカードを使って、一週間に一回は、買い物をする、ユザワヤ(西友内)を、出たところで、待っていたのでした。これは、この日、横浜・紅葉坂での、歌舞伎鑑賞教室(国立劇場三宅坂で行われるものと同じもの)を、見に行っていて、その予約が電話で、行われているので、その前後、JR東日本に、北鎌倉と、保土ヶ谷駅(バスを使うと、その経路で帰宅をした)での、種々の謀略を含め、以前より、洗練をされてはいるが、対・私脅かし行為の一つです。「お前、負けているじゃあないか? 早くノイローゼになれよ」と、言われているわけです。そういう挿入を、28日に入れて、また、元へ戻ります。なお、いま、過剰とも、思われるシステム異常が起きたので、ここに書いてあることは、真実ですよ::::::::

  町内会というのは、リアルな世界です。ところで、私は自分自身の存在に対して、また、自分自身がやっていることに対して、強い自負と、自信を持っております。しかし、それは、ブログの世界とか、現代アートの世界、特に銀座の画廊街だけであり、リアルな世界で、特に、この鎌倉雪ノ下において、存在感が強いかというと、そうでもありません。

 それは、自分自身の、志向と、外部要因の二つが相まって、そうなっております。今は、時間がないので、その二つの要因についての説明を省きます。ただ、その会に出るにしては、自分は、弱い立場であると、言う認識はあります。そして、私が、・・・・・それらの人々の行動には、問題があるとして、このブログで、実名で取り上げている存在たち・・・・・の方が、その会に出るにあたっては、立場が強い・・・・・・ということは、知っています。つまり、敵さんの方が優位な会なのです。

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副題3、『で、もし、このチラシを入れた人が、小野寺夫人だったら、これは、微妙極まりない免罪符であろうと、気が付いてくる。さて、そうなればそうなったで、どうするかだが? ここは思案のしどころだと、認識する』

 ここで、時間が前後します。実際にその会に出てみると、皆さんが真剣であって、まともな集団であり、まともな、目的を持った運動だと、思いました。で、その主催者が、この実動、20軒しか無い山の上まで登ってきて、チラシをポスティングしたのだったら、あまり、悩みません。その人は、私のブログを読んでおらず、したがって、私が足を悪くしていて、その会には出られないのだということは知らないのですから、彼(または、彼女)には、悪意はありません。

 しかし、町内会ごとに、分担して、仕事を行っていて、この山は、小野寺夫人がチラシを入れる、役目を担っていたと、仮定をすると、相当な悪意を感じます。ただね。もしその疑問をリアルな世界で、小野寺夫人にぶつけたら、即座に否定をされるでしょう。彼女に、してみれば、「お宅には、ご主人もいらっしゃって、ご主人は、足が悪くないですね。で、ご主人がお出になると、思っていましたよ」と、言う弁解がありますのでね。だから、私が感じている様なことを、彼女に問い合わせても、無駄です。軽く、うっちゃられるだけでしょうから。

 ところで、私はバカではないです。だから、こういう際に、自分を守る方法として、何があるかは知っております。たとえば、ご近所の誰かに、「一回目のチラシが入っていましたか?」と、問えば、自分の置かれている状況がより正確にわかります。

 ご近所のだれもが、「一回目のチラシは、もらっておりません」となると、この20戸だけで、形勢をされている町内会の、会長、白井達雄氏と、その実働者である、小野寺夫人は、この件に関しては、公明正大だと、なります。尚、二人は夫婦別姓結婚です。で、小野寺夫人は、会員すべてを平等に扱ったことになります。しかし、石春産業の道路工事という、マッタク、非・公明正大なことをやった(あと注4)人たちですから、油断するわけにはいきません。が、それでも、一回目の集会には、誰も誘わなかったのだったら、そちらの件に関しては、公明正大だと、なります。

 しかし、もし「一回目のチラシをもらっています」と、我が家以外のすべての家が答えたら、これは、大問題です。白井・小野寺夫妻は、石春産業事件に続いて、ここでも、非・公明正大な、態度をとったとなります。我が家は、一応、34年間会費を払っている町内会・会員ですからね。

 ただし、私の行動は、逐一、白井・小野寺夫妻の耳に入るでしょうから、私がそういう調査を開始したら、即、戦端が開かれたと、言うこととなります。つまり、喧嘩が始まるということとなります。私は常に言っています。リアルな世界では、喧嘩をしない主義だと。だから、それをすれば、正しい状況がわかることが、わかっていても、何も動きません。

 私を攻撃し、言論弾圧をする側からすれば、動かないというか手を打たない私は、あほみたいに見えるでしょう。または、赤ちゃんみたいに、柔い人間だと、なって「あいつをいじめるために、ひとつ、チラシをつくって入れてやれ」と、なって、一種の赤子の手をひねるが、ごとき手段として、ポストに入れられた可能性が高いです。つまり、「市役所移転運動には、あいつには、参加させないで事を運びたい」というのが本音だったのですが、「7月24日には、出られないはずだから、チラシで、ほかの人間が何をやっているかを知らせて、あいつが、悲しむような方向へもってい行ってやれ」ということだったと、思います。」

 しかし、私は、リアルな世界では、ただ、ひたすらに、穏忍自重して、何も行いません。しかし、頭の上に、重い石が乗っている様な、気分はあり、それは、うっとおしいという感情へ、向かいます。そして、それと並行して、二、三、似た様なうっとおしい問題はありました。

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副題4、『わたくしは、常々言っている。「神様はいらっしゃるのだ」と。そして、「神様は、私を見守ってくださっているのだ」とも。今般も同じサインはあった。それは、急速に足がよくなっていて、その会合に、出席できる可能性が出てきたことだった』

 副題4の二重ガッコ内に書いた通り、足が急速によくなってきました。こうなると、疑問を、解消できるチャンスが来たということとなります。小野寺夫人、または、その背後にいる、例の悪人たちが、私を、メランコリーにさせるために、わざと、行かれないはずの会合への、お誘い状をポストに入れたのか? それとも、そうではなかったのか? が、明らかになるのです。

 で、二回目のお誘い状が、すべての、町内会員のポストに入っていたか、どうかも問題としないといけません。それが、出席者の顔ぶれで分かるので、その会に、出ればいいのです。出席すれば暗雲は、ひとまず晴れます。弱者であろうと、なんであろうと、出席すれば、疑問は晴れて、次の段階へ、どういう行動をとったらいいかが、わかります。

 で、実際に出席した結果、何を発見したかというと、私たちの山からは、19人が出席することが可能なのに、たった4人しか、出席者がいなかったと、言うことです。これは、一つには、小野寺夫人が、出席をしてほしい人にだけ、チラシをポストに入れたと、言う可能性があります。もう一つは、全戸に、チラシを入れたのだけれど、一部の人には、関心がなかったということがあったとも言えるし、関心がある人にも、出席を控えさせたと、言う可能性があります。

 実は前会長、前田清子さん、前副会長、安野忠彦氏、その夫人智紗さん、前平役員にして、鎌倉春秋窯主宰者、柳沢昇氏、前役員大原光孝氏などは、当然、出席するものだと、私は、考えておりました。ただし、柳沢昇氏だけは、欠席がありでしょう。その理由は、伊藤玄二郎と、密接すぎるからです。どうして、彼と密接だと、この会には、欠席した方がいいかは、後(次の章他)で、語ります。

 私の、考えでは、これらの人にはわざと、出席を控えさせた、事情があっただろうと、推察していますが、その本当の理由は、出席した四人を特に、私より、優位な人であるという印象を、私に植え付けることが目的だった、と、考えています。ここでは、出席した四人については、小野寺夫人以外は、その名前をわざと伏せておきます。

 しかし、立派な会ではあったものの、月曜日に開かれているという点では、私狙いの会だったと、言うのが二つ目として、推察されるのです。月曜日とは、銀座の画廊街では、オープニング・パーティが開かれている曜日で、作家に出会えるために、質問をしやすいので、30年間、銀座は月曜日に行くことにしています。で、私の行動様式は、徹頭徹尾研究をされていますので、この種の予告があり、かつ、裏でCIAが、何らかの弾圧を、画策をしている会合は、この20年間、必ず、月曜日に、セッティングをされており、かつ、わなが張られてきたのでした。そして、辱めを受けてきたのです。

 しかし、今般の会合には、わなは、はられていませんでした。ただね、本当に大勢の人を招きたいのだったら、土・日、などの休日に行うべきです。私たちの小さな町内会の会長は、現在は、ある企業の横浜支社長という要職に在り、もちろん、この会にも出席ができません。そういう人は、ほかにも大勢いるはずです。それなのに、月曜日に開かれたのは、私狙いが裏にあると、明瞭に判ります。

 罠が張られてはいなかった、と言っていますが、その理由は二つあるでしょう。一つは、出席者がお互いに、知らない人同士だったので、高度な操作が無理だったということ。二つ目は、出席者が、上品な人が多かったということです。今般招集が、かけられたのは、鶴岡八幡宮を中心として、東西、【じゅうにそう】から、【おうぎがやつ】、までの、頼朝以来の旧市街地の、北部に住んでいる人たちですが、善意の人であり、上品な人が多かったと、言うことです。で、私は、一時間半、安心して時を過ごしました。しかし、それは、出席したのちにわかったことであり、

 事前には、大いに心痛をしたものです。でもね、心の中に、大江広元時代から続く、毛利藩の、重臣だった祖先の、気概が残っていますから、めそめそしているわけでもないし、ビビっているわけでもないのですが、全く知らない場所、しかも敵地に乗り込んでいくのですから、相当に、準備はしました。珍しくもです。その一つが、一時間も前に家を出ること。しかも、開会まで、監視カメラもないし、盗聴装置もない場所で、しかも、出席者が見える場所で、静かに、待っていたこと。そして、小野寺夫人が出席するのを確かめて、その五分後ぐらいに、会場に入ったこと。これは、早すぎもせず、遅すぎもせず、ぴったりの時間帯でした。

 そして、さらなる工夫をしました。それは、小野寺夫人をはじめ、四人の、ご近所様出席者のだれとも、目を合わせないこと。これは、シカト(無視)をして、こちらが、優位を保つという様な、技術の問題ではないのです。こちらが、この、会では、劣位だとは、しっかりと、わかっています。

 私が、この四人に対しては、毅然として、目を合わせなかったのは、思考や、発言において、自由度を高いところで、きーぷしたかったからです。しかもです。講演会を盛り上げて、引っ掻き回すことで、存在感を示すのが、常の私ですが、今回は、何も発言をしないと、心に決めておりました。

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副題5、『わたくしが何も発言をしないと決めていたのは、この鎌倉市役所移転問題も、もちろん、伊藤玄二郎と、いまだ生きていて、地下潜行をしている井上ひさしが案出をしたものであって、むろんのこと、タイ、私弾圧用、または、私脅かし用案件だから、この場でそれを説明するのは、全く無理な話であり、したがって、何も語らないと決めていたのだった。→ →ここからは、文体を変えます。

 それで、丁寧に、丁寧に、皆さんの話を聞いていた。すると、この運動の、核をなしている善意の人、極まりない、雰囲気の奥様が、「プリンターが、ぷしゅーと言って壊れるのです。一台だけではなくて、二台も」と、言った。私は内心で、しかも瞬間的に、・・・・・ああ、伊藤玄二郎達、または、その背後にいる、警察の殺人用別動隊とは、こういう人物に対してまで、攻撃を加えるのだ。気の毒に・・・・・と思った。

  それで、一切口をつぐんでいようと思っていたのに、その奥様には、声をかけた。司会者に、手を挙げて、発言をするというよりも、ごく個人的に、声をかけた。右斜め前方三メートルのところに彼女は座っていたからだ。「奥様、重要な書類を家庭用、プリンターで、印刷してはだめです。一枚だけ、プリントアウトして、あとは外の、コンビニのコピー機を使って、コピーを、おとりなさいませ。ちょっと、お金はかかるけれど、目の前で、プリンターが、だめになるのはつらいでしょう。気分が、憂鬱になりますからね。私だって、似た様な状況で、プリンターが何台も壊れています」といった。

 これは、相当に恐ろしいことを明言してしまったことになる。で、運動をするのは、怖いことだと、思った人が、会場にいたかもしれない。そうなると、この運動も下火になっていく。で、一般人が動かなくなったら、私が出ないといけない。したがって、この市役所移転問題についても観察を続け、文章を書き続けないといけなくなった。新しい任務が増えた。任務が増えすぎるのは、困ったことだ。だが仕方がない。

 ただ、そこから先は、その人間のクレド(信条)の問題へと移行をする。その人間に、スケルトンがあるかどうかが問題となってくる。育ちの良い人は頑張る。私財を投じて頑張る。私なんて、自己防衛のために、ほぼ、2000万円を使っている。一方で、伊藤玄二郎一派は、税金を使って、自己防衛をする。それに比べると、こっちは、大きな損失ばかりこうむっては、いる。でも、私はただ、ただ、神様の愛を信じていて、ぎりぎりのところで、救われるのだと、信じている。

 さて、ここからは、会話体へ、移行をします。私は、その奥様や、ほかの手弁当で、動いている人達が気の毒になって、カンパをしようと思いました。で、右側に置いてあった、トートバッグから、お金を取り出そうとしました。

 しかし、いかんせん、運動不足です。で、体全体が、めちゃくちゃだめになっているものだから、バランスを崩して、パイプ椅子ごと、大きな音を立てて、横にすっころびました。こういう際、普通のケースだと、人間は足で、踏ん張って、体を支えるものなのです。しかし、私の今は、足を使えません。支柱としての足を使えません。それで、右側に向かって、大きくかつ派手な形で、すっころんだのでした。私はね。会場の中の何人かは、内心で大笑いをしたと、思います。特に四人のご近所様は、私の真実の姿を知っているものだから、大笑いをしたでしょう。「うわ、よかった。あの人が恥をかいている。おまた、おっぴろげて、転んでいるわ。は、は、は」と思って。さらに言えば、その四人が、普段でも、毎日、私のブログを読んでいれば、「いつも、神様がいて、守ってくださると、言っているのに、全然、守ってもらっていないじゃあない。おかしいわねえ。あのひとったら」と、思ったことでしょう。

 しかし、私自身は、何の恥も心の痛みも感じていませんでした。肉体的にも、精神的にも、圧倒的に、ごく自然なこととして、それを受け止め、最近、よくやっている、手を使って、立ち上がりました。苦笑をしながら、椅子へ座りなおしました。それを見て、ごく近所に座っている人々が、口々に、「大丈夫と!」、声をかけてくれました。もし私が恥ずかしそうな顔をしていたら、皆さん、声もなく、ただ、見て見ぬふりをしただけだったと思います。でも、平気そうにしていて、かつ、苦笑いをしているから、声をかけて、くれたのだと、思います。私は、周辺の人へ「大丈夫です。ありがとうございます」と返事をしながらも、『ああ、これって、一種の神様のお恵みだったわ』と、思い至ったのでした。

 というのもその一瞬前に、語った話というのは、相当に、恐ろしい内容です。プリンターが壊れる話です。もっと、語りたいけれど、寸止めで、抑制をしている話でもあるし、そもそも、語るべきかどうかを迷ったほどの、恐ろしい話です。で、会場の中にいる人のうち、社会の最前線のことをよくわかっている人がいたら、震撼をしたはずの話でした。で、緊張感をもたらしていたのです。私自身も、『ちょっと、失敗をしたかな。あまりに気の毒に思って、はなしたのだけれど、話さない方がよかったかな?』と、思って気分が、暗くなっていました。しかし、転んだことで、自分自身も、周辺も、一気に明るくなり、リラックスしたのでした。

 これが、二つ目の神の存在証明にあたります。事前には、予測もしていなかったことが起きる。それが、神様が、ご準備なさることなのです。

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副題6、『1986年四月の経験が、この会場で、役に立ったのだった。出席者が、50人以下の会合では、気を付けるべきことがありは、それが、何であるかを語りたい』→ → ここで、また、文体を変えます。

 で、さらに落ち着いて、静かにしながら、活発に討議が交わされている会場の、様子を見つめていると、ある紳士が、時間を空けて、全く同じ質問を繰り返しているのに、気が付いた。一度目は、この会場の世話人役の人が答えた。だが、質問者は、その答えに対しては、全然、納得をしておらず、時間を、数分開けたのちに、100%同じ質問をした。それが、私に対するわなだったかもしれない。しかし、私は火中の栗を拾う気持ちになった。しかも用心をして、答えようと、決意しながら、語り始めた。

 そして、その際に、先程、プリンターの件で、どこまで話していいかを、熟考したことが、役に立った。それから、【花伝書】を読んでいる。また、人前で、歌を歌うというパフォーマンスを続けてきたことも、役に立っている。小さいころから壇上にたって、お話をする機会に恵まれてきた。いわゆるリーダーシップをとれる人間だった。しかし、そうではあっても、学校社会を離脱すると、聴衆様が、私の背景とか、経歴を知らない。背中に、ゼッケンをつけて、街を歩いているわけではないから。

 ここで、過去の経験が、役に立ってくる。1986年四月のことだったが、当時のおなり中学のPTA会長が、上からの命令という形で、私を、広報委員長に選んだ。これは、PTA三役といって、末は、国会議員にまで、つながるだろう、女の階段の一つだった。私は立候補したわけではなくて、鎌倉の、しかるべき人々が、子供を通わせている塾の父兄会で、私のことが、学歴そのほかで、すでに、知れ渡っていて、PTA会長は自らの奥様から、私が非常に優秀な人間であるということを伝え聞いておられたのだと、思う。

 私はそう認識している。しかし、PTA会長は、冗談めかして、「川崎千恵子(雨宮舜の本名)さんは、妻の名前と、同じ千恵子だから、広報委員長は、いかがですか? やってください」といった。私は中学校時代の1950年代から、すでに、活版印刷の本格的な新聞を作っていた人間だから、広報委員長はできるという自覚はあった。幼稚園では、PTA会長を経験しており、小学校では、大沼嘉津江(洋画家、嶋田章三の実妹)さんが、委員長の時の、広報委員、平役員を経験していて、大沼嘉津江さんから、できる人として、信頼を受けていた。

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副題7、『わたくしにはしっかりと、見えている構図がある、それは、今般、急に起こった、鎌倉市役所の移転問題は、伊藤玄二郎が裏にいることは確かなのだが、伊藤玄二郎が、そういう企てを始めたことの、さらに裏側には、私がすんでいる、雪ノ下二丁目の、ご近所主婦、前田清子さんの、過去の動きが大きい原因となっているのだ。彼女が渡辺賢司を動かし、そこから富沢夫妻に至る現象が、大きい。彼女が、この34年間に行って来た攻撃は多大であるが、ここでは、1986年4月のケースを語りたい。前田清子さんが、かまくらの平地に住む、M夫人を動かした可能性について、語る』

 しかし、実際のPTA広報委員会の、活動が始まってみると、最初の会合で、ある、平役員の人が、猛烈な反発をしてきた。この人を、記号化するために、仮に、M夫人と呼ぼう、これは、イニシャルではない。私は、1986年当時の住所録を我が家から盗まれているので、彼女の、実名がわからないので、仮にM夫人として置く。後年、森ビル前の路上で、その人が、前田清子さんと話し合っているのを、見つけて、『あれ、あの1986年の彼女からの、猛烈な反発には、裏があったのかな?』と、今では思っている。前田清子さんは、私よりも半年は、前に、鎌倉へ、転居してきた可能性があり、その時点では、下のお子さんか、上のお子さんを、【おなり小学校】へ、通わせている筈だ。

 それで、PTA役員を引き受けるお母さん同士として、二人が、すでに知り合いだった可能性がある。どういう人がPTA役員に選任されるかというと、やはり、目力が、強いというか、おしゃれだとか、話しっぷりが大声で、かつ、はっきりしているという点で、ひと際、目立つ人が選ばれやすい。または、地味目な態度の人でも、学歴が、よくて、偏差値的に高い四年制大学を出ているとか、昔から地主であったとか、鎌倉であったら、有名な医院の、妻であるとか、有名な商店(=会社組織)の社長の、妻であるとか、言うことが、地域社会に広く知れ渡っていて、それで、選任をされるものだ。

 で、二人がすでに知人であったと仮定をすると、二人とも、噂話が大好きで、その噂話の伝播によって、自己存在証明の快感や、勝利感を味わうタイプなので、したがって、私の悪口を、M夫人へ、前田清子さんが吹き込んだ可能性がある。無論のこと反対方向の可能性もある。M夫人の方が、興味津々で、前田夫人に対して、電話で問い合わせたのかもしれないし、彼女も、似た様な性格を持っていたから、結果を聞いて、同調したと、思われる。

 さて、私は、M夫人の、すべてに、旦る反発の行動を目の前にしながら、会合が始まって以来、20分過ぎには、すでに、広報委員長を辞退しようと決意していた。そして、会合が終わって、その日のうちに、PTA副会長、および、学校側で、広報担当の、先生両者の自宅を訪問をして、辞任の意思が固いことを告げておいた。ところで、私が、その存在感を示していたのは、その塾のPTAもあるが、同窓会関係もあって、婦人子供会館関係もあったので、この件を知っている人間も、数人いて、「あなたの芯の強さには驚いた」と、言っては、いたが、一方で、一般的に言えば、私は、任務を放棄した弱い人間だと、なる。そういう側面で、前田夫人は、勝ったとなって、欣喜雀躍をした模様だ。というわけで、もしM夫人のあの態度が、前田夫人由来のものだと、したら、M夫人もこの、鎌倉市役所の、異様な移転問題に、責任があるということになる。2%位にしか、すぎないけれど、責任があるということとなる。いや、1986年四月、または、それ以前の、土地を盗まれた件での真因となった安野夫人宅前での、午後の、井戸端会議での前田清子さんの態度、・・・・・・そして、2018年7月27日夜の、オレンジの街灯を、つけている措置、および、25日に、(または、26日だったか?)の早朝二時に、西隣の小野寺夫人宅で、二階の天井灯を、意味ありげにつけたり、消したりする、ことを含めて、彼、彼女らは、継続的に、ひどい攻撃をしてきており、

 それらの中で、エポックメーキングな、出来事であった,富沢家注文の、高枝切りという事案が、もっとも、大きな、市役所移転問題へと、結びついていくのだった。そういう構図が、私の目には、しっかりと、みえている。しかしながらなのだ。それを、この雪ノ下の消防第二分団二階の、この2018年7月24日の会で説明できるだろうか? どう考えてみても、不可能だ。このブログの中だって、300万字を超える数で、それについて、書き続けていて、やっと、45%ぐらいの説明が終わったところだから。

 特にこの会に、前田清子さんと安野家、夫妻が来ていなかったことも、「彼女(=私、のこと)に、刺激を与えてはいけませんよ。彼女はもしかすると、あの会合へ出席します。あなた方二人が出てしまうと、怒った彼女は、何を言い出すか、はかり知れません。だから、出ない様に」と、陰からの命令を受けているから、出てこないのだと、わかっているのだし。

 そう、決めているのに、この章の、副題6の最初の節に取り上げた、しつこく、同じ、質問を繰り返す、ご老人を見ていると、私が本来持っている、ほかの人に親切にしてあげたいと、言う望みが頭を持ち上げてくる。

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副題8、『その老人は、市長が、金銭的な儲けを、狙っているのか、どうかを聞きたいのだろうと、私には、思われた。広報に、印刷されている説明だけでは、だれも納得が出来ない。それほどに、鎌倉・市役所の、突然の、深沢への移転とは、おかしな措置なのだ。で、しつこい質問者は、・・・・・松尾崇・現・鎌倉市長が、裏で、土木業者から、収賄でも、しようとしているのではないか、むしろ、もう、金銭を受け取っているのではないかと、言う点を聞き取り出したいのだと、思われた。

 中国の共産党幹部が、村を丸ごと、再開発しようとして、村人を追い出して、高層ビルを建てるのだが、幽霊ビル化していると、聞く。そういう流れに、松尾崇市長が、乗っているのだと、言う情報を聞き取り出したいのだと、思われた』ここで、また、文体を変えます。

 この会は、総勢、40人が出席をしておりました。その中で、各町内会の会長を務めている人、市会議員、また、国会議員の秘書から、市会議員へ直った人などは、反対運動の、発起人にあたる立場であり、玄人めいて見えるわけです。それが、10人程度いて、フロアー側に座っている素人・・・・めいた、情報音痴が、30人いるわけです。同じ質問を繰り返す老人は、その情報音痴の方ですから、情報通の、10人の側の、特に、お勉強をしていますという男性から、丁寧な、説明を、うけました。しかし、全く納得をしておりません。ただ、質問者も賢くて、自分の方からは金銭的な疑惑については、言葉を出しません。

 答える側も、金銭的な部分に関しては、「どういう必要経費が掛かるか、そして、それに対する手当が今の所、何も準備をされていないのだ」ということを語るだけです。それで、いいのですよ。でないと、誣告罪にでも、引っかかってしまい、運動そのものがつぶされます。しかし、質問者は、さらに納得をしていません。

 たまらなくなった私は、・・・・・もしかしたら、その質問者は、私に、わなをかけているのかもしれないが、ここは、親切心で動こう。ただし、西遊記に出てくる、お釈迦様と孫悟空の話の様に、私がお釈迦様になって、我が手のひらに、この会の出席者、40人を全部乗せているぐらいの、上等な、話法で、話さないとだめですよ・・・・・と、内心で、自分に命令をした。

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副題9、『その日の最終場面における、私の大仕事=楽しくて短い演説のこと』

 要するに、何か、演説をしたい場合には、聞き手側に話し手に対する、受容の気持ちがあることが求められる。その上に、短いこと、楽しいこと、みんなを巻き込むこと。これらの要素が、演説者の方に求められる。それをその日は、全部達成できた。で、深い満足感を味わった。まず、聞き手側の受容の気分の方だが、数十分前に転んだことが、よい方に作用していて、誰も、私を知らないのだけれど、私が・・・・・何事においても余裕を持った人間である・・・・・と言うことが、その部屋全体の、共通認識と、既になっていた。せっかちな人間であるとか、おっちょこちょいな、人間であるとか、言う、疑いの気分がなかった。

 その上、私は、鎌倉市民の、事は、上から下まで、よくわかっているのだ。上で、PTAの例を語っている様に、種々様々な集まりに参加をしてきているので、上から下まで、よくその生活態度、および、インテリ度などが、わかっている。

 そして、講演会の、質問者として、全体を巻き込む手法も、よくわかっている。みんなが、それを知りたいと、特に、思っていることを語ると、みんなが、耳を傾けてくれるのだ。リアルな世界では、普段は、おとなしくしているが、できないから、引っ込んでいるわけではない。安野夫人が、「お砂糖を貸してください」と、まるで、付き合っていない私に、玄関ベルを押してまで、頼みに来た時に、「そういうお付き合いは、致しませんから、」と、断ったのも、彼女の、本当の目的は、私を井戸端会議にさえ、参加できないほどに、弱くて、引っ込み思案だと、誤解をしていて、わざと、私を、リラックスさせようとして近づいてきているのが、分かったからだ。だから、お付き合いを、断っている。

 井戸端会議を使って、自分が上に立つためには、同類項主婦(または、同年齢主婦)が、全員参加しないと、上下関係が、成立しないからだ。私は、安野夫人が、そういう風に勝手に見なしているほどには、弱くも馬鹿でもない。主婦同士の会話が苦手だから、井戸端会議に参加をしないわけでもないし、不器用だから、町内会に出ないわけでもない。・・・・・生きる方針が、芸術と、創作の世界に、専念するということに傾いているから、ご近所づきあいをしない・・・・・だけだ。

 ご近所づきあいというのは、こちらが相手をコントロールできないものだから、オール・オア・ナッシングに、しておくしかないものなのだ。勿論のこと、相手が上等な主婦だったら、コントロールしなくても、うまく付き合えるケースもある。しかし、横目で見ていると、安野夫人を中心とした主婦のグループは 100%、アウトなのですなあ。『この人たちは、子供時代を、どういう地域と、どういう環境で、過ごしたのだろうか?』と、いつも疑問を持つが、東京圏の、ブランド住宅街で、子供時代を過ごしてきたのではないという事は確かだ。40過ぎの主婦が、毎日井戸端会議をする地域なんて、一戸建て住宅の並ぶ、分譲地では見たことがない。驚くべき、馬鹿軍団だなあと、思えてくる。中には、やむを得ず、参加をしている主婦もいて、彼女らは、お金がたまったら、さっさと、下界へ降りて行った。

 ところで、私が、このシリーズで、強調したいことは、悪魔もいるが、神様もいるのだということだ。抜群の弾圧を受けており、抜群の、いじめを受けており、莫大な損失を、こうむり続けている私にとっても、時には、スカッと空が晴れる様な、いい気分を味わうことがある。それが、神様からの贈り物だったのだ。足を痛めてから苦労をした。しかも、精神的に、痛めつけてくるチラシを受け取ってから、三週間は経っている。でも、それらが、一気に遠くへ去った。

 質疑応答は、以下の通り、(なお、カッコ内は、会場にいる人すべては、わかっていた言葉だが、このブログの読者用に、私が補足をして入れている部分である)ここからは、また、会話帯へ戻します。

質問者「(さきほど、広報に、こういう風に書いてあると、言う様な、いろいろな、説明をしていただきました。しかし、どうして、そういう理由で、市役所を移転しないといけないのかが、どうしても納得ができません)何が、本当の理由なのかを教えてください」

 で、いっかいめの質問の時に、答えた人(発起人側=玄人筋)がありありと、困っているのが、見えました。で、私は明瞭な声で、 「はい」といいながら、挙手をして、発言の許可を求めました。許されたので、以下の様に話し始めました。

 「その答えですが、ここにいる誰も、答えられません。でも、真実の理由が、ほかにあるのは、確かです。しかし、誰も、それをこたえることが、できません。ただ、(あまりにも切実な様子で、質問をなさっているし、その質問は、この会場のすべての人が、同じことを考えている問題ですから)、少しだけ、真実を開示します。

 かまくら春秋社、(社長)の伊藤玄二郎は、松尾崇市長と、仲良しです。ツーツーカーカーです。で、伊藤玄二郎が、提案したことは(唯々諾々として)聞きます。この市役所移転は、そういう問題の一つです。」と。

 しかし、会場全体が納得をしているとは、思えませんでした。ここでは、高枝切り事案と、阪中英夫という市役所の吏員が、重要になります。しかし、この日は、そこまでは、語ることができませんでした。というのも高枝切り事案の主役が、会場に来ていたからです。私は、その人がここにきていることは、伊藤玄二郎が、私が何を語るかを、推察し得ていて、それを阻止するために、その人物をここへ、出席をさせていると、思っていました。したがって、ご近所様、四人に対しては、一切目を合わせなかったのです。発言と、思考の自由を獲得するためです。

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副題10、『共感を呼んだ、材木座海岸の命名権の話』

 さて、上の会話まででは、出席者のほとんどは、「べつにー」という感じでした。つまり、あの人は何を言っているのかわからないという感じでした。で、私の方は、それは、仕方がないと、思っていました。ともかく、300万字、もしくは、3000万字使って説明しても、まだ、45%ぐらいしか説明できていない問題を、たった、2分でまとめることは無理です。しかし、出席者、40人を煙に巻いたところで、放り出すのも、私の好むところではありません。で、これ以前の、似たような例として、すでに、終わっている問題を取り上げました。それは、材木座の命名権の話です。

 材木座の命名権を売り出しますと、言うNHKニュースが出てきたのは、2014年のことだったと、覚えております。それについて、きちんとブログを書いている筈なのですが、殺人事件とは、違うので、見つけることができません。ただ、どうして、そういう話が出てきたかというと、豊島屋の前の社長さんと、私は、非常に盛り上がった会話を一時間以上の長い時間交わしたことがあって、それを、二冊目の本【れすとらん・ろしなんて(非売品)】に、採用しています。それで、中立の人である豊島屋さんを、私側から、自分たち側に立っているということにしたいのが、この材木座の命名権の話なのです。

 2015年にも、もう一度、ニュースとなって、NHK画面を潤したはずです。それも随分おかしな話だなあと、鎌倉市民は思ったことでしょう。それで、「今般の、市役所移転問題は、まったくもって、同じ流れなのです」と、言うと、相当数の、出席者から、同感と、協調のムードが沸き上がりました。伊藤玄二郎に問題があるという事は、相当数の鎌倉市民がすでに知って居ることなのです。大変に問題があり、その会社に、勤務した若い人は、次から次へと、ノイローゼになるともいわれています。精神的な意味での、ブラック企業だといわれています。私は二、三度、その会社を訪問していますが、その感覚はひしひしと、感じます。ただ、伊藤玄二郎は、目上の人には、ひたすら従いますよ。こびまくり、かつ、人なつっこく、迫っていくはずです。だから、養老孟司氏などは、彼の、いやらしい側面は知らないでしょう。浄智寺さんも知らないし、吉田茂穂・八幡宮宮司様も知らないし、黒岩神奈川県知事も知らないでしょう。

 しかし、社会階層的に、彼が、自分より目下だと、思っている人間に対しては、冷酷無比に扱います。そういう風ni、guusareta人も大勢いるでしょう。で、具体的に私の目の前で、「彼は悪人ですよ」といった人にも過去に出会っています。だから、この市役所の移転問題の陰に、伊藤玄二郎がいるのだと、言っただけで、大勢の人が『そうだったのか、それは、ありうるなあ』と納得をしてくれたのでした。それ以上の詳細な話は、しておりません。私は欲張りではないのです。後はブログで、書けばいいと、思っておりました。ただし、非常にひそやかに秘匿をされている問題が、市役所の移転というテーマを契機として、より、大勢の人に広まるだろうとは、思い至って、ある程度ほっとしたのも事実です。それが、神様が存在すると、証明をされたという、一日の話です。

 これ以降の事情は、別の日に語ります。ごみ収集の有料化という形で、税金を、二重取りをされている、異様性についても、将来語ります。

後注1

鎌倉市役所移転案への、反対運動の集会へのお誘い、とは、足を悪くしている私への、いやがらせの意味があったかどうかについて?   2018-07-23 19:05:31 | 政治

 

 

 

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