銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

細野秀雄(輝ける科学者)-1

2009-06-02 01:14:56 | Weblog
 NHKプロフェッショナルをだいぶ視聴していなかったのですが、偶然26日(火)曜日に録画していたものを、昨日31日(日)に観ました。

 驚きました。現代日本にも、こんなに素敵な人間がいると知って。この方は、都立大学出身だそうです。年齢と、湊先生が亡くなったときを比較すると、一科目ぐらいは、湊先生の授業をとっていらっしゃる可能性はあります。ただ、この方の人生を決定したメンターは、宇井純さんだそうです。

 宇井純さんは、当時、東工大の教授であり、(ただし、主人に言わせると、文科系の科目の教授だったはずとのこと)で、水俣病の研究や告発をなさった方です。マスコミ的にも有名だったので、文科系の科目の教授だった可能性は高いです。

 今回のプロフェッショナルの番組内で、細野さんの言葉として、最後の方に、「自分の名前のついた法則が出来たら、嬉しいじゃあないですか、たとえばオームの法則みたいに」と言う言葉が出ましたが、学者と言っても、理工系の学者は、大衆に名前が知られるのは、本当に希少であって、文科系の教授の方が大衆的に名前が知られ易いですね。

 そして、細野先生も一種の冗談として、上の言葉をおっしゃっているでしょう。ご自分でも「現場の人間は・・・・・うんうん、かんぬん」と言う言葉が出ました。物理とか、物理化学とか、数学とかではない分野のサイエンスは法則化はしにくいのです。ファラデーの法則、ニュートンの法則、アインシュタインの法則などほど、人口に膾炙した法則は出来にくいのです。細野先生は、化学者(材料工学専門と言っても、合成を目指すなら、化学者です)ですから、湊先生と同じく、簡単に法則化できない分野の方なのです。ただ、ご自分の困難な時期に、ご自分を励ますために、ああおっしゃっているのでしょう。

 でも、「成果を挙げたいからがんばる」というのは、どんな分野でも、最先端にいる人間にとっては真実であり、それを、あっさりと明かす細野先生は、ご自に、今、相当日が当たっている立場であるのを、潜在意識の中でしっかりと、ご存知なのです。まあ、それは、今日は、わき道のひとつだとして。

 公害の問題で、宇井純さんと細野さん二人の間に出遭いがあって、「同じ公害の研究をしたい」と、細野さんが言うと、「公害は現代の問題です。あなたは未来の問題を研究なさい。そして、テーマは自分で見つけなさい」と宇井さんが仰ったそうです。その忠告もすばらしい。本当に最先端で、本当の自信のある人の発言は、いちいち、『そのとおりだなあ。それが、最高の答えであろう』と言うものとなっています。

 そのころ、細野さんは高等専門学校に通っていたそうですが、(それは、中学時代までは成績が悪かったので?)一念発起して、都立大学へ入学をしなおしたそうです。新しいご自分自身のテーマを見つけるために。ここでもわき道にそれますが、意外にも高校時代に受験勉強をしない人が、後に大物になる可能性は大きいのです。田舎に住んでいて、情報が少ないと受験技術は発達しないので、東京に住む少年ほど、大学が身近ではないかもしれません。いずれにしろ、今、細野さんが、すごいレベルで働き、研究成果が上がっているのは、動機付けと言う意味で、今では、すばらしいものが毎日生まれるからですが、無駄な勉強で痛めつけられていないことも、大いに、プラスになっていると、私は考えます。

 四国の高知県出身の西原理江子さんが、学者ではないものの、すごい活躍ですが、あの方を見ていると、地方出身の人の良さをつくづく感じるからです。東京圏で、育った人間は、洗練はされているが、タマとして言えば、人間は小さいです。

 ところで、細野さんは、材料工学の教授だそうです。昔、私たちが勉強していた時代は、理学部系統では、有機化学と、無機化学と、物理化学の三つに分けてあり、工学部系統では、応用化学(石油を原料とする)と、電気化学(蒸着などを研究する)とかに、分けてあったのです。湊先生は、ご自分一つの研究室で、それらの各分野をなさっていたと感じます。私に命じたことは応用科学の分野(トルエンなどは石油が原料です)とか、他の学生に命じた分野で、統合的に広く、研究をなさっていたのですが、

 細野秀雄さんは、その昔の言葉で言えば、いわゆる無機化学と、電気化学の統合された分野であり、材料は、主にセメント系の形に仕上がるもの(昔で言う無機の物質)を合成しておられるようです。しかし、セメントと一口に言っても、その性質が特別なセメントであり、電導性を持つものなどなのです。特に超伝導の分野で、昨年もっとも論文の引用(または、読まれる数)が多かった方であり、大衆的にその偉さを分かり易く表現するために、「ノーベル賞候補だ」とよくいわれているそうです。このノーベル賞候補と言ういい方は、私は、好きではありません。細野先生も「candidate is candidate 」と、英語で海外の学者に仰っていました。よくわかっていらっしゃる。そういう大衆迎合的な評価など、どっちでも良いのです。そこも、最先端の渦中にいる人であることを証明していて素晴しい。

 たまたま、湊先生との思い出を考えあぐねたばかりですから、そういう飾りがつかなくても、細野教授のすごさは、とてもよくわかりました。それを次の回に書きたいのですが、ここで、ちょっとテーストが変りますが、湊先生の写真を探していたら、たまたま見つかった当時の私の(スナップ、ただし、一種の)お見合い写真を展開させてくださいませ。

 この写真は化学とも細野先生とも、関係がありませんが、少しだけ、湊先生とは関係があります。

 つまり、きちんとしているということ。それにどんな意味があるかと言うと、私は今、全くおしゃれをしない人となったのです。だから、昔が結構懐かしいとなります。今、毎週二回銀座に出没していますが、桁外れにおしゃれではなくなっていて、

 先週ですか、村松と言う有名な画廊で、高校時代の同期生・内藤松子さんが立体の大作を展示されていたときに、同じ同期の友人が二人見えていたのですが、それこそ、ハイソな主婦として、きちんとした格好をして現れていらしたのに、・・・・・比較して、私といったら、(結構自分では色はきれいだと自認をしているものを着ているものの)、日本のハイソな主婦には理解がしがたいであろう、ニューヨーク風アーチストタイプの格好なのです。ま、それを悲しんでもいないのですよ。融通無碍になっている。でも、客観的に観れば劣っているでしょうね。それは認めます。

 しかし、40年前は本当にきちんとしていたのです。上は、生地は英国製の木綿で、デザインは自分で考案しています。仕立ては洋服やさん。私は体型が細すぎて、当時の既製品はまったくカラダに、合わなかったのです。赤い靴も銀座で買ったでしょう。「私服はいいものを着ているわね」と友達に言われていて、そのくらいおしゃれをしないと、自分でも、気持ちが悪かったのに、今は違うのです。広義の意味での、勉強にばかりお金を使っていて、洋服を買いません。靴も安物ばかり買っています。

 では、今日は珍しい形で終わらせてください。次報では、また、普段の私に帰って、真面目に、細野秀雄先生のどこに感心したかを書くつもりです。2009年6月1日   雨宮舜
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1 コメント

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トラックバックをありがとう (amemiya syun)
2009-06-04 09:21:59
トラックバックを頂き有難うございます。」
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