銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

伊藤玄二郎氏の講演の案内と、雪の下の旧中谷邸をめぐるミステリー+北久里浜における実質的大詐欺事件の主役達

2024-07-08 01:37:42 | 政治

 2024-7-8 21:00から下の文を加筆しています。しかし、本日は、9日であり、この文章でも、実質的な主人公である伊藤玄二郎氏の、雪の下カソリック教会での、講演の日が近づいています。後4日の後なのでご準備もあるでしょう。しかし、もしですが、「もう入室制限数を超えました」とか、「今回は、非常に人気が高く、この教会のメンバーだけで、既に会場が埋まっております」と、いうお断りを受けられたら、黙っておかえりくださいませ。私自身は、ものすごく意地悪をされておりますので、そういう口実で、断られることもあるやと、思っております。

「南蛮屏風下張り文書修復から潜伏キリシタン・天正遣欧少年使節へ」
〜人は人によって支えられる〜

開催概要

【日時】7月13日(土)13:30~15:00(受付 13:00〜)

【場所】カトリック雪ノ下教会 大聖堂(鎌倉市小町2-14-4)

【定員】310名(定員オーバーの場合は信徒会館にてパネル視聴していただけます。)

【参加費】無料(事前申し込みは不要です。どなたでも参加できます。)

【主催】カトリック雪ノ下教会

講師プロフィール

講師:伊藤玄二郎 先生
・日本鎌倉ポルトガル協会会長
・鎌倉ペンクラブ会長、かまくら春秋社代表

関東学院大学教授、早稲田大学客員教授、国立リスボン工科大学客員教授など務めた。文学を軸にした国際文化交流の仕事も多い。

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 これは、二日間総タイトルを【カムカムエブリボディを、地で行く益山前夫人の米軍将校とのアメリカ逐電が、益山氏を、国家とか公というものを敬わない人物へと変えた?】としておりました。だが、今、上の物へと、変更したところです。

 これは、100%前報(下のリンク先)の続きです。非常に大きなテーマに取り組んでいます。で、前報に書いた杉本俊一、元横須賀市副市長(昔の語彙は、助役)とは、人物としてキーパーソンの一人であると、言えます。横須賀では、大実力者でしょうが、一般の人は、知らない名前であり、かつ事件が、複雑なので、前報をきちんとお読みいただいていないとすれば、残念です。

 ただし、あまりにも深い真実なので、例えば、鶴岡八幡宮様が、使用中のパソコンには、はいってこないという措置が取られているかもしれません。というわけで、もしあなた様のパソコンのも、以下のリンク先が、入っていなかったら、ほかの方法をお試しください。その技法は、お教えしたいのですが、お教えすると、二度と私でさえ、使えなくなる可能性があるので、やり方を開示するのを、抑えさせてくださいませ。どうか、知恵の限りを尽くして、探してみてください。

さて、ここで、杉本俊一・正子・滋・一家を分析しておこう。横須賀市の水道山の地積変更届(実際は只で私有化された詐欺であるが)     2024-07-06 21:04:52 | 政治

これを後註1とする。

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副題1、『第一回目に登場した、人物たちをここで整理しておこう。彼らについては、第一章以降で、わかることもここで、記載をしておく・・・・・主犯側(企画者側)たち』

益山重夫・・・・

 もと、海軍士官学校卒だと思われ、次に陸軍中野学校にも学ぶ、諜報に強い戦略家。戦時中は、海軍参謀だった。1977年当時、70~75歳。最初の妻との間に、フェリス出身のお嬢様が居て、1977年当時、ジーンズを(1970年当時は、まだ、珍しい商品だった)を、結婚相手とともに扱っていて、父親の家の外に、高さ5m、横10m 倉庫の中の幅1.8mの倉庫を作ってもらい、そこに、棚卸商品を入れたり出したりで、トラックで良く訪れていた。

 その倉庫とは、地積変更届という大悪事を行う、目隠しのために作られたものだった。

 しかし、父・重夫氏が、1977年10月11日に急死した時には、まだ、水道山が不動産として手に入っておらず、したがって、彼女は北久里浜に不動産はもっていない。金融資産もさほど分けてもらっていないはず。生存中なら、現在85歳程度。

 益山氏の最初の妻=上にあげたフェリス出身のジーンズ販売業の女性=の母は、夫が、パージ中(戦時中に、軍関係に、所属していた者は、一定期間、公職につけなかった)米軍基地で、働いていた。お見合い結婚で、上流階級同志での結婚の筈なので、私立、または、国立の女学校出身であろうし、女子大ぐらい卒業している女性かもしれない。ので、1930年代生まれの女性としては、珍しく英語が、堪能だったと思われる。

 で、将校クラブで、ウエイトレスなど、おもてなし業をするか、PX(アメリカ製の商品を置いている、一種のスーパー・・・・東京には、山王にあると、いわれていた。当時は、珍しかったブルーチーズなどを、自由に買えるので、そこに出入りできるのは、特権階級の証でもあった。・・・・の、店員をしているうちに、米軍将校(むろん、白人であろう)とできてしまい、夫と子供を置いてアメリカに蓄電してしまった。

   ところでパージに出会った益山氏は横須賀中央駅 徒歩三分圏内に不動作屋を開いていたので、この件は大きな噂になったらしい。で、益山氏はアメリカに二度負けたということになる。

  しかも、この地積変更届で、私をみくびりすぎたので、私に法的には、完敗する結果になる。もし彼が、私の態度や考え方が国際キリスト教大学の教育のせいだと誤解したら、彼はアメリカに三度負けた事になる。しかし私の考え方や態度を決定したものは私の家庭教育にある。私は両親から、男に生まれれば、よかったのにと、

&&&&&&&&ここからは、8日に書く部分です。

言われ続けて来た。非常に勇敢な女性なのだ。元海軍参謀だろうが、陸軍参謀だろう(これは、伊藤忠のトップだった、瀬島龍三の方の話・彼も、この事案に、からんでくるのだった)が、相手が悪をなしているとわかってくると、一歩も引かないのである。

 ただ、1970年代に書いた、前夫人の、アメリカへの逐電も、50年経って見ると、いささか違って見えるところがある。どっちもどっちだったのではないか? 重夫さんは、コキュと言うみじめさを味わっただけではなくて、幸福感を新しい女性を相手に、すでに、味わっていたとも推察されるのだった。不動産屋(商売人)という屈辱的立場ながら、すでに、雇っていて、ビジネスパートナーとなっていた、二度目の奥様と、一緒に仕事をするのを大いに楽しんでいたとも考えられる。と言うのも彼の小規模開発デヴェロッパー事業は、北久里浜は、無論の事だが、その前の池子弾薬庫近辺の開発も、いささか、私の方は、怪しいポイントを、感じ取っているからだ。

 と言う事は二度目の夫人、智恵子さんは、若い女性であるのにも、かかわらず、悪や詐欺を普通にできる物分かりの良い女であると言う事。悪事を、共有すると、キズナが深まる。良家の子女であり、英語はできるが、お金儲けは、できない前夫人よりも、重夫さんにとっては、都合の良い女であったからだ。だが、エリートとしての矜持を、結婚や、恋愛の面ではキープしていたとも、私が、推察する重夫さんである。で、重夫氏と、二度目の奥さん、智恵子さんとの間は、前夫人逐電のころは、まだ、プラトニックラヴだったと、考えたい。

 つまり、米軍基地内での、前夫人と、米軍将校との恋愛は、目力で、合意に達してからあっという間にペニスの挿入とワギナの受容にまで、到達していたであろうが、重夫さんと、智恵子さんの間は、相当期間、そこまで、行かなかったと、推察している。重夫さんは、30歳以上若い智恵子さんが、自分の年齢とふさわしい相手と結ばれることがあるやもしれず、と考え、智恵子さんに手を出すのは、慎重の上にも慎重であったと、考えられるからだ。

 あの山の本当の、地主、特に水道山近辺は、原家、辻家、石井家、石渡家の、四軒なのだが、辻家のご主人が、益山重夫氏に向かって、「ねえ、お爺さん」と、呼びかけたそうだ。辻さんは、郵便局で、保険の勧誘を担っていたので、庶民相手の、セールスマン気質が、つい、表に出て、そう呼んでしまったらしい。最近でも、テレビ画面内で、芸人が、一般人に向かって、「ねえ、おかあさん」とか「ねえ。お父さん」と、呼ぶのを見るが、その種の呼びかけの、バリエーションとして、益山氏を「ねえ、お爺さん」と、呼んだらしい。すると、益山氏が、慇懃無礼ながら、断固とした姿勢で、「そういう呼び方は、しないでください。家内は、御覧の通り若いですから、家内に申し訳ないです。そういう呼び方を、あなたから、されてしまうと」と、言ったらしい。

 辻家と、我が家は、玄関と玄関の間が40mぐらい離れているし、お互いの家は見えないし、そちらの家族の誰とも、私は、付き合いがないのに、このうわさ話が、私の耳まで入ってくると言う事は、どれほど、ミスター辻が驚いたかを、示している。つまり、白髪頭の、日本のおじいちゃんが  LOVEの、問題で、純愛を、妻にささげていると、言う事に、辻老人(彼は、益山氏より、10歳は若いかなあ?)は心底驚いた風であった。

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副題2、『益山智恵子、第二の主人公。第一の主人公の後妻。1992~1996年に、鎌倉の我が家に向かって、脅かし満載の、電話をかけて来た女性。、その1970年代から、1990年代にかけての、豹変ぶりに驚く。また、ヒステリーがあったと、心底気が付く。彼女に、1977年10月13日か、11日に、車で、轢き殺されそうになった私は、彼女を研究するにつれて、ヒステリー性格についても学習を重ね、

 それが、その後、40年にわたって住み着く、新しい居住地、こちら、鎌倉市雪の下二丁目の、うぐいすが谷(やつ)内の、人間関係においても、大きく役に立っている。誰が、ヒステリー性格であり、そのレベルが、どの程度かは、逐一わかっている。今、国庫金が、旧中谷家の、遺児二人に、2000万円ほど渡り、前田家の長男は、一銭も出していないのにもかかわらず、「僕が買いました、シェアハウスを経営します」との大宣伝を行った。彼の事は、それほど、よくは知らないが、母親の前田清子さんの、事は、よくわかっている。強烈なヒステリー性格がある。それで、私が、大被害を被っている。待てば海路の日より在りとは、よく言ったものだ。

 静岡大学法学部卒の‥・・清子さんが、息子に、「買った家の移転登記をちゃんとして置きしなさいね」と、言っておらず、まだ、済ませていないのは、実際は彼は、一円も支払っていないからだ。ただ、只息子の収入が高い(一時期朝日新聞の専売所を経営していたと思われる、彼が、いつの間にか、本社の社員になっている模様で月給は、高額なはずである。

 だから、彼が、実際に、1970万円+手数料+取得税を支払ったのだと、私は考えていた。二年間も騙されていたのだった。この山全戸に、大宣伝をかけて、彼が取得したと、思わせられたのだが(こういうのを法律用語で欺罔と言うのだが)、

 最初それを信じて、シュミレーションをしてみた。一戸当たり7万5千円の賃料で、五室ある。光熱費と管理会社への謝礼、及び税金を除くと純益6万円の筈で、全戸満室になると、一年で、360万円の利益が上がる。6年で、2000万円の購入費用を、清算できる事となる。今長男は、52歳の筈で、6年後は、58歳で定年前である。それ以降は、年金の足しになる計算だ。うまい理財方法だと、他人ながら、考えた。それは、結局のところ、日大農獣医学部時代に、学生結婚をして、すでに、子供が出来ていたので、就職には甘い態度で終始し(奥さんの実家が、ペットクリニックでも開業していると仮定すると、彼の一家の生活費ぐらい、彼、及び妻の診療の、お手伝いで、十分稼ぎ出すことができるので、甘い就活となった模様。でも、妻の実家は、出て、・・・・そう、マスオさん生活は、うっとおしいからね。朝日新聞専売所を経営していたと、私は考えている。

 これは、私の中学時代の同級生・飯田隆君が、週刊朝日編集長ののち、朝日新聞社を引退して、子会社の社長をしていたりしていたので、彼のあっせんで十分に可能なことだと考えていた。または、朝日新聞社顧問である、酒井忠康氏のあっせんでも可能であろう。だが、このシェアハウス騒動の時の彼の宣伝ビラを読むと、勝どき(マンションが多いが、浜の手といって高級住宅街となっている)が現在の住所であり、かつ、その宣伝の仕方の威張ったらしいことがあって、それらから、新しい状況になっていると、次のステージを、勘案すると、一足飛びに、本社社員に、なっていることが分かった。

 妹(前田清子さんの長女)が、明治大学の教授になったので、それと釣り合う必要があると、言う形で、表門からではないが、朝日新聞社の正社員になったと、推察できた。専売所では、カッコウが付かないと言う事であろう。しかし、あの威張ったらしい大宣伝を、よくよく考えてみると・・・・・今般、登記していないことが分かったので、お金は、国庫金(官房機密費)から出ており、・・・・・彼は、ただ、川崎千恵子に、前田清子があらゆる部分で、優越していると、言う事にする為に、あの家の持ち主だと、言う嘘が、成立し、親子ともどもに、威張りまくったと言うわけだった。

 今、官房長官は、林氏である。二代目のおぼっちゃまなのだけれど、彼を誑し込んでいる人材は誰だ? 党派は、違うが、千葉景子さんだったりして。彼女は、伊藤玄二郎に大きく協力しているので、前田君の、物件の元の持ち主、中谷兄弟に、2000万円を支払う様に、林長官に、依頼(実際には命令)を、したのかもしれない。どうしてそう考えるかと言うと、死刑場公開に際して、伊藤玄二郎に協力をしているが、安倍晋三氏殺しに関しても、実行者、山上てつやの伯父に、連絡を取って、言う事を聞かせたのは、彼女である可能性が高いからだ。

 そして、私がそれを書いている、となると、千葉景子さんの悪辣ぶりもすさまじいとなる。元、国会議員で、法相を務めた人が安倍晋三殺しの端緒を開いたとなるからだ。こういう風に書かれてしまうと、彼女も、つらいであろう。で、さらに、私をいじめる方向で、動く可能性が高い。彼女は、現在75歳の筈(横浜国大附属中学校が、私と六期違いの同窓なので、年齢や私宅の住所が正確にわかっている。最初は、全く気が付かなかったが、ある時期から、彼女のwikipedia が充実してきて、いろいろ、わかって来た)

ただ、この緑色のフォントで、書いた部分は、まだ、検証が、済んでいない。で、正確な物かどうかはわからない。で、引き続き、官房機密費を出して、伊藤玄二郎に渡す(または、直接受取人に渡す)役目は、安倍晋三氏が、生きていた当時と同じく、谷垣禎一氏かもしれない。

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、ともかく、ここで、伊藤玄二郎の会社の社屋、鎌倉春秋社本社ビル、四階建てで、賃貸収入があるも、非登記だったのだ。驚いたなあ。彼は、まず、自分自身を権威づけるお金を出してもらっているのだった。そのうえで、工作費を、ひねり出す自由ももらっているのだった。

 だけど、前田家長男が、どうして、二千万円分の、名誉だけを、お金を一銭も支払っていないのに、もらえるのですか? これって、おかしいでしょう。処で、こういう案件をすべて采配しているのは、現在のところ、アイデアは、井上ひさしで、連絡実行者は、伊藤玄二郎です。

 やまゆり園事件、以前の、数々の殺人事件を、井上ひさしと企画している伊藤玄二郎が、まあ、なんと、カソリック雪ノ下協会で、講演をするのですって。まあ、シャーシャーと、している事。驚きます。

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