UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

葉っぱ君たちの冒険(つづき):歩道を全面占拠した葉っぱ君たちは・・・

2015-11-30 01:36:16 | 日記

ぞろぞろと連れもてわがガーデンを出ていった葉っぱ君たち、いい具合に適切なる強さの風がふいて、ガーデンが面している広い歩道を無事全面占拠とあいなりました

 今日の写真は、以前にも似たような写真を掲載したように思い真に恐縮でございますが、ガーデン前の歩道の全面占拠に無事成功してご機嫌のナンキンハゼの葉っぱ君たちを撮ったものです、もう葉っぱヤロウなんか見飽きたと思われる方はどうかクリックするのをお控えになってくださいませ

 葉っぱ君たち、またしても何やらざわめいております

 「ワレワレは遂に歩道の全面占拠に成功したぞおぃ、成功したぞおぉ!」

「そうだ、ワレワレはこれから何処でも占拠するぞおぉ!」

「そうだそうだあぁぁ!ワレワレは占拠するぞぉ、どこでもいいからとにかく占拠するぞおぉ!」

「あいつら、いい気になって何を大声でほざいてるんや、アホちゃうか、ただうまい具合に風が吹いてくれたおかげで歩道を占拠できただけの話やないか」

「ほんまや、それにあいつら、言い方が古くさい、かつての学生運動の連中をまねして叫んでいるだけやないか」

「そんなこと言うなら、どんな言い方したらええのや?」

「あのなあ、高橋なんとかというオッサンが最近本書いて、《ぼくらの民主主義なんだせ》というカッコええ言い方をはやらせたの知ってるやろ、そやから、言うなら、たとえば《ぼくらの歩道なんだぜ》とでも言うんや」

「ああ、あの高橋のオッサンか、でもあの言い方はなんか締まらんなあ、パンチがない、あんなヤワでお上品なシティボーイみたいな言い方してたら官憲にイチコロやでぇ、そんなお上品なこと言うても、《ああ、そう、そうでっかぁ》と言われたらおしまいやないか」

「じゃあ、どんな言い方したらええのや?」

「言うなら《あんたら、あのなあ、言うておくけどなあ、わいらの民主主義やでぇ!わかってるかあぁぁ!》や、そしたらちょっとは迫力でるやろ」

「そうか、それなら《あんたら、わかってるかぁぁ、オレらの歩道なんやでぇ、占拠して何かが悪い!》というたらええのやな」

「おまえら、さっきから何をゴチャゴチャしょもないこと言うてるんや、それよりオレたちこれからどうするのや、どうしたらええのや」

「おまえなあ、さっきから心配ばっかりしてるなあ、何が心配なんや、死ぬのが心配なのか?」

「そうや、ボク、まだ死にたくないのや、このままでいったら、五輪真弓さんが言うてはるみたいに小雨降る夕暮れになって、愛をささやく歌もないままにぬれ落ち葉になって皆に嫌がられて、あげくはGGIみたいなオッサンたちに踏みにじられて死んでしまうことになるのや、ボクそんなの・・・」

「おまえ、泣いてるのか、情けないなあ、それなら《葉っぱのフレディ》でもよんで昼寝していろ」

「ワレワレは占拠するぞおぉぉ、どこでも占拠するぞおぉ、首相官邸でもパリの共和国広場でも、ISでも、ペンタゴンでも、ぼくらの民主主主義でも、何でもかんでも占拠するぞおぉ」

「まだあいつらアホなこと叫んどる、おいあんなアホな連中なんかほっておいてビール飲みに行かへんか?近くにドイツビールが飲めるGGIの迎賓館もあることやし」

「そやそや、グッドアイディアや、それなら連れもてビール飲みにいこら」

「お~い、みんな歩道の占拠なんてアホなことやめて連れもてビール飲みにいくぞおぉ!」

「おい、君ら、そんな呑気なこと言うていてええのか、オレたち、これからいったいどうなるんや、どうしたええのや、死ぬのちゃうか・・・」

「あの~ボク、おしっこチビリそうなんやけど・・・・」

さあて、ナンキンハゼの葉っぱ君たちの運命や如何に・・・(彼らの運命が判明いたしましたら続きを書きます)

 グッドナイト・グッドラック!

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広い世界へ・・・葉っぱ君たちの冒険・・・

2015-11-29 00:52:05 | 日記

わがガーデンに降り積もったナンキンハゼの葉っぱ君たちが何やらざわめいております

「おい、おれたち、これからどうなるんや?いつまでもここにいてもしょもないやろ」

「そやなあ、風の吹くまま気の向くまま、ということや」

「あのなあ、もうおれたち、このまま死ぬんじゃないの?」

「おまえなあ、何をあの葉っぱのフレディみたいなこと言うてるんや、そんなショモないこと考えんでもええのや」

「あのなあ、最近流行の終活なんて、あんなことしても無意味や」

「そやそや、おれたちは葉っぱのフレディのような、生きるとは何か、死ぬとはどういうことなんかなどと哲学ブル優等生やない、死ぬのはもう少し世間というものを見学して楽しんでからの話」

「もう少し世間を知るってどうするのや?」

「まあ、とりあえず、この野趣に富み過ぎている八重葎庵ガーデンという狭い世界を後にして、目の前の大通りを占拠するのや、こんな狭い世界にいつまでもいたらあのGGIみたいなヘンなオッサンになってしまう、みんなあ!とりあえずここから歩道へと展開するするぞ、広い世界への第一歩や、わかったかあ」

「わかった!みんな!さあ、連れもていこら!」

「おまえ、ヘンなこと言うなあ、和歌山の出身か?」

「おい、連れもていくって、それならIKOKAカードがいるのか」

「おまえ、何アホなこというてるのや、そんなもの要らん!タダノリしたらええのや」

「ちょっと待って!ボク、オシッコしてくるから」

「このアホンダラ、ションベンなんかどこにでもしたらええのや」

「とにかく、とりあえずワレワレは歩道を占拠するぞおぉ!絶対に占拠するぞぉぉ!占拠するぞぉぉぉ!エイエイオー!」

「ワレワレはISの野郎なんかに負けないぞおぉ!」

「ワレワレは仏軍の空爆なんか平気だぞぉ!彼らの野望を打ち砕いてやるぞおぉ!」

「おまえら、何アホなこと言うてるのや、よそ見せずさっさと歩け!」

かようなしだいでナンキンハゼの葉っぱ君たち、ぞろぞろと連れもて歩道へと出ていきました

今日の写真は、またしてもナンキンハゼで申しわけありませぬが、わがガーデンに別れを告げ、ぞろぞろと広い世界へと連れもて行こうとしている葉っぱ君たちを撮ったものです、よろしければクリックしてご覧くださいませ

グッドナイト・グッドラック!

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空爆も虐殺と知る戦中派・・・世界は非対称に満ちている・・・

2015-11-28 02:08:20 | 日記

「非対称戦争」という言葉がありますね、これはasymmetric warという造語の日本語訳ですが、ウィキペディアさんによれば、非対称戦争とは「その交戦様態が、正規軍同士ではない戦闘である点を特徴とし、相手と同じ戦術では勝利が困難な交戦集団が、相手にとって予想も対抗も困難な別の手段によって戦闘をしかけることで戦われる」戦争であるとされており、「一般には「テロ」やゲリラ戦という言葉で認識される場合が多い」とされています、わかりやすく申し上げられば軍事力に圧倒的な差があるものの間における戦争のことであります、ですからまことに残酷なことでありますが、軍事力が極端に「非対称」である場合、「テロ」攻撃は論理的に当然予想される帰結であると言っては言い過ぎでありませうか 

9・11同時多発「テロ」への復讐として米国がアフガン空爆を敢行したことにより始まった一連の戦争は(イラク戦争は当初正規軍どうしの戦いでありましたが)、非対称戦争の典型であると言えるでありませう

 片や世界最強の軍事力を誇る米国をはじめとした欧米の大国、原子力空母や巡航ミサイル、あげくの果ては無人攻撃機という最新のハイテク兵器を駆使しての戦闘、片やアフタガンやパキスタン、中近東の武装集団による戦闘は小銃や機関銃、ロケット弾などの小型の対空砲火、小型爆弾などを用いての、ときにはテロを交えてのゲリラ戦・・・圧倒的な軍事力の不均衡であり、非対称戦争の典型です

ところで、 「非対称戦争」という場合、まず軍事力の不均衡を意味していると考えられますが、不均衡戦争における不均衡は単に軍事力にとどまりませぬ

 たとえば、軍事力の不均衡から当然予想されることでありますが、戦闘に関連した死者の数の圧倒的な不均衡です、アフガン戦争以来の死者数はどのくらいであるのか定かではありませんが、イスラム圏の人々の死者の数は、将兵に関しても民間人に関しても、圧倒的に欧米諸国の人々の死者の数を上回っており、桁違いに多いと断言しても差し支えないでありませう

 たとえば、イラク戦争における有志連合諸国の将兵の死者数は約4800人(このうち米軍は約4500人)(http://web.econ.keio.ac.jp/staff/nobu/iraq/casualty.htmによる)(201112月の米軍撤退時のデータ、この記録では何とわが日本の自衛隊も有志連合軍のひとつとされており、死者はゼロとされています!)、これに対してイラク軍の死者数は、これまた驚くべきことに?正確な記録がほとんどないようであります、有志連合と称する米国をはじめとした諸国の将兵に関する数字はたくさんあり死者数の端数までわかっているのですが・・・・GGIが勝手に乱暴に推定いたしますと米軍将兵の死者数の10倍ぐらいには達しているのではないでせうか

 イラク戦争など一連の戦乱による民間人犠牲者(これはほぼ全部がイラクの人々あるいはイスラム圏の人々です。欧米諸国における民間人犠牲者は、欧米におけるテロの犠牲者を除けば、微々たるものであると考えられます)に関しては、欧米の市民による調査組織「イラク・ボディ・カウント」がイラク戦争以来、現在まで詳細に報じており、20151127日現在の数字は147000~167000人であり、戦闘員も含めると224000人とされています(この数字からはイラクにおける戦闘員の死者は6~8万人ということになります)https://www.iraqbodycount.org/

 ただし、イラク・ボディ・カウントにおける死者数は複数のメディアの報道などをクロスチェックすることなどにより、正確に確認されたものに限定されていますので最低限の数字に過ぎません、たとえば共同通信によれば、20061011日、イギリスの医学誌ランセット(電子版)は、イラク戦争開始(2003.3)から、2006年6月までの間に戦争に起因する状況の変化(戦闘、テロ、治安悪化など)で死んだイラク人の死者数を約655000人だとするアメリカのジョンホプキンズ大学の推計を発表したとされています。これは、イラクの47箇所、1800世帯、1.2万人以上への調査をもとにして、死亡率が開戦前より2倍以上はねあがっていることに着目し、それを全土にあてはめた数字であるとされています(http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/iraq-death0409.html
しかし、このランセットが報じた数字は9年前のものでありますから現在ではもっともっと犠牲者の数は多いものと考えられます

一方、欧米人の民間人の死者の場合、大半はいわゆる欧米諸国で起きたゆわゆるテロ攻撃によるものでありませう(311同時多発テロでの犠牲者は約3000人、先日のパリ同時テロの犠牲者は約130人、そのほか欧米以外の国で起きたイスラム系武装集団によるテロ事件に際しての犠牲者が考えられますが、それらの犠牲者の数を合計してもイスラム系の人々の犠牲者の数には遠く及ばないことは明らかです・・・・

このような非対称戦争においては、民間人犠牲者の数も圧倒的に不均衡なのです

 非均衡戦争におけるもう一つ見落とすことができないはメディアの不均衡ということです。これもまた将兵や民間人の死者の数の場合と同様に圧倒的に不均衡です。9・11危機と米国によるアフガン空爆に始まったイスラム圏における一連の戦乱に関する報道は、圧倒的に欧米のメディア(日本のメディアも実質的に欧米系メディアであるというべきでありませう)によるものです。私たち一般の日本人が知っているイスラム系メディアといえばアルジャジーラぐらいなものです、したがって私たちは欧米の事情や事件に関してはよく知っていますが、イスラム圏で起きていること、あるいはイスラム圏の人々が置かれている状況に関しては極く限られたことしか知っていません。つまり私たちが接する情報は圧倒的に偏っているとしか言いようがないのです。だから私たちのパリのテロの犠牲者の数は端数まで知ることができますが、空爆や地上戦やテロに巻き込まれてイスラムの人々が何人亡くなったかということなど、知ることもできず、したがってイスラム系の人々の死には無関心になっていってしまうのです

この点に関して放送大学の高橋和夫氏が1127日に朝日新聞で次のように書いています。「しかし、ここで考えてほしいのは、テロを起こしているのは一部の過激主義者であってイスラム教徒一般はないことです。世界中で起きているテロの犠牲者の大半はイスラム教徒なのです。フランスでのテロの直前にレバノンで起きたISによるテロでも多くのイスラム教徒が命を落としました。イスラム教徒の大半はフランスでのテロも支持していません。でも、そうしたことを欧米のメディアはあまり報道しない。パリでのテロの報道と、あまりに情報が非対称です。たとえば、フェイスブックでフランスの犠牲者を悼むためにプロフィル写真に国旗を重ねる動きが起きましたが、レバノンの時はそうではなかった」(レバノンのテロ事件というのはパリでの事件の一日前、20151112日にベイルートで起きたISによる自爆テロ事件を指しており、犠牲者は43人と報じられています)

また、非対称戦争においては政治家の驚くほど「非対称」な政治行動ともいうべき現象が見られたりすることもあります。たとえば、米軍の無人攻撃機による爆撃で祖母を失い、自身も傷を負い、ほかに家族8人も負傷したというパキスタンの11歳になる少女がお父さんに連れられて訪米したときのことです。彼女は、ノーベル平和賞を受賞したタリバンの攻撃で危うく一名を取り留めたマㇻラさんが訪米してオバマ大統領と会った数週間後に訪米して、この自らの悲劇を米国議会で訴えたのですが集まりの場に姿を見せ耳を傾け議員はわずか5人、米政府は取り合わず、オバマ大統領も会いませんでした。まことに驚くべき露骨な政治家の「非対称」的な行動というべきでありませう

アフガン・パキスタン国境地帯における米軍の無人攻撃機による空爆ですでに1000人近くの民間人が犠牲者になっていると推測されており、国際的な人権NGOなどが米国政府にその非人道性を指摘し勧告していますが、米軍は依然としてこのハイテク兵器による攻撃を行っています

 欧米諸国+ロシアによる空爆には英国も加わる模様であり、これからも激しさを増す一方でありませう、報復と憎しみの連鎖は泥沼の様相を呈しはじめています

 昨日の朝日新聞に次のような川柳が載っておりました

《空爆も虐殺と知る戦中派》

 まことにそのとおりであります、じゃあ、そんなことを言って、ISと相手にどうしたらいいんだとお叱りを受けるかもしれませんが、妙策はないでありませう、でもGGIが考えますところ、空爆などで膨大な戦費を無駄づかいするのをやめて、本気になってその分のおカネを中東をはじめとした難民のために。イスラム圏の人々の生活向上のために、教育や医療、生活支援などに使うならば、事態は少しは変わってくるのではないかと思います・・・

今夜の写真は、無人攻撃による爆撃で祖母を失い、この悲劇を伝えようと訪米したパキスタンの少女についての新聞記事です(朝日新聞)、ぜひクリックしてご覧くださいませ

 グッドナイト・グッドラック!

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全面占拠・・・

2015-11-27 01:31:31 | 日記

11月も終わりに近づきました、

ナンキンハゼ君の葉っぱたちも自分たちの季節が終わりに近づいているのを知って、毎日、競うようにセッセセッセと落ち葉となって地上に舞い降り、わがガーデンをほぼ完全に占拠するに至っております

今日の写真はわがガーデンを占拠してご満悦のナンキンハゼ君たちの葉っぱを撮ったものです、よろしければクリックしてご覧くださいませ

最近は何度も何度もナンキンハゼ君を登場させておりますので、もう十分とお思いの方も多いかと思いますが、まもなく彼らの季節も終わりますので、ナンキンハゼの葉っぱ君たちの活躍ぶりをご覧くださいませ

グッドナイト・グッドラック!

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読書、泣くこと、ビール、怠けること・・・原節子さんが亡くなっていた・・・

2015-11-26 01:35:48 | 日記

昨夜、テレビが往年の名女優、原節子さんが9月はじめに亡くなっていたことがわかったと報じておりました、95歳だったそうですから1920年生まれということになります

 原節子は戦後日本を代表する女優と言ってよいでありませう、代表作とも言える小津安二郎監督「東京物語」はGGIも何度か観ました

 「東京物語」は小津監督の床に這わんばかりの超ローアングルの映像で世界に知られることになった作品でもあります

 有名人が亡くなってもGGIはほとんど関心がないのですが、作家の堀田善衛、小田実の両氏が亡くなったときは、戦後日本を代表する本物の知識人が亡くなったことをとても残念に思いました、まだまだ生きて活躍してほしかったと強く感じました

 彼女95歳であったということでありますので、残念と申しますよりは、ああ、人はやっぱり亡くなってしまうのだなあ、もうあのような素晴らしい女優は出ないだろうなあ、とまあGGIには似合いませぬが、ただ歎ずるのみであります

 原節子は1962年、42歳でとつぜん引退、引退後はパーティや公の場に一切姿を現さず、マスコミの取材に応じなかったとそうです

 彼女は大の読書家であったそうですが、残念ながら文章を著すことはほとんどありませんでした

 そこで今日は彼女の生涯を描いた「原節子、あるがままに生きて」(貴田庄 著、朝日文庫、2010年)からエピソードをちょっぴり引用いたします

 今日の写真はこの本の表紙を撮ったものです、表紙の写真は引退してずいぶん時を経てからの写真でありませう、よろしければクリックしてご覧くださいませ

 この本の帯に記されていますが彼女の好きなものは「まず読書、次が泣くこと、次がビール、それから怠けること」であったとのことです、なかなかステキな趣味であるなあ、とGGIは感心いたしました

 この本にはビールについての短いエピソードが紹介されています、映画雑誌の企画で上原謙と初顔合わせの対談をしたときの会話です

上原:大分召し上がるんですって?

原 :伝説ですのよ、それは・・・

上原:でも、ぼくよりは飲めるでしょう?

腹 :上原さんはどれくらい?

上原:コップ一ぱいのビールがやっとです・・・

原 :あら、それじゃお話にならないわ(笑)

 急に寒さが厳しくなりました、みなさま、どうかご自愛くださいませ

グッドナイト・グッドラック!

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