UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

「世界中の原発がトリチウムという放射性物質をずっと海や大気中に垂れ流してきた、いまでも垂れ流している」という全人類的無責任・・・

2020-01-31 00:51:28 | 日記
今日の日記のタイトル、ちょっとオーバーではない?との声があがりそうでありますが決してウソなんかではありませぬ。デタラメなフェイク話ではありませぬ。

しかしながら、決して面白い話ではありません。また、例の如くダラダラと退屈な話になるかもしれませんので、そんな話はもういいよ思われる方は遠慮なくスルーしてくださいませ

昨年12月24日の朝日新聞に、福島第一原発での事故処理で生じる放射性物質で汚染された水の処理についての大きな記事が出ていました。記事の見出しは

『汚染水放出 海洋か大気へ:福島第一 専門家ら提言』

福島原発では事故処理のために汚染水が一日に100トンのペースで増え続けており、現時点ですでに約130万トンが敷地内のおよそ1000基のタンクに貯められています。最終的には200万トンにも達するのではないかと予想されます。しかし、この貯めこんだ汚染水を最終的にどのように処理するかが、いま大きな問題となっています。この問題に関して、経産省が経産省の小委員会(「多核種除去設備等処理水の扱いに関する小委員会」)に対して、12月23日、放射性物質を除去するために「多核種除去施設」と称される装置などで一定の処理を施して様々な放射性物質を除去した後の汚染水を、最終的に海洋あるいは大気中に放出することを内容とする取りまとめ案を示したところ、委員からは大きな異論は出ず、小委員会はこの案を受け入れる方向であるというのが朝日の記事の内容です。

最終的に海洋か大気に放出する案については福島県内では反対の声があり、とりわけ福島県の漁業関係者は、風評被害を懸念して強く反対しています。このため、この案が今後大きな争点になることは間違いありません。

一定の処理技術を施して様々な放射性物質を除去した後の汚染水を海洋か大気中に放出するという最終的な処理法の大きな問題点は、放射性のセシウムやストロンチウムなど大半の放射性物質は現存の技術により汚染水から取り除くことができるとされているものの、水素の親戚ともいうべき物質すなわち水素の放射性同位体であるトリチウム(三重水素:元素記号はTまたは3H)という物質は現在の技術ではほとんど取り除くことができないということです

現行の技術で完全に取り除こうとすると膨大な費用と手間がかかり、民間の研究機関「日本経済研究センター」の試算によれば200万トンの汚染水を処理するに40兆円!を要するとされています。

このため、専門家の集まりであるとされる経産省の小委員会は結局のところ、ありていに申し上げれば、「いろいろ検討したけど、やっぱり汚染水からトリチウムを取り除くなんていうのは無理だよなあ、でも、福島事故以前から国を問わず世界中のどこの原発でもトリチウムを除くことなんかせずに海や大気中に垂れ流してきたのだからいいじゃないか、これまでに環境中に垂れ流されたトリチウムが何か問題を起こしたという話は聞かないし、まあ大丈夫じゃない?仕方がないけど、海か大気へ放出するしかないよなあ、他の方法も考えられないことはないが手間もカネもかかるし実現性も不明だから」という結論になってしまったということでありませう・・

そして、どうやら小委員会のこの結論が正式の政府の案とされ、いずれ実行に移される雲行きなのです。

まことに安易かつ安直極まる結論であります。これが「専門家」のやることか!!

憤慨するだけならサルでもできる・・・というわけで、トリチウム問題について大急ぎでつけ刃の勉強をして、GGIも呼びかけ人である湖都の市内で毎月行っている、脱原発を目ざしているもののさっぱり人が集まらない寂しいデモの案内状に、勉強の成果を披露してみなさんの注意を喚起することにいたしました。

鋭意努力した結果、トリチウム問題の解説みたいな文書を仕上げて、案内状に掲載して、デモに参加してくれる潜在的可能性がある知人たちに送りつけました。はじめはA4で二枚程度の文書にまとめるつもりでしたが、科学的正確さを期すためにセッセと書いておりましたら、結局A4で、ビッシリ四枚にもなってしまいました。

案内状を送ってしまってから、しまったなあ、こんな退屈な長いだけの文章、ちゃんと最後ませ読んでくれるような奇特な人物なんか誰もいないんじゃないか、これは失敗だった・・・と反省しておりましたら、案の定、案内状を受け取った知人の一人からすぐに電話

「オイ、送ってくれたデモの案内文、オレは何とかガマンしてなんとか終わりまで読んだけど、あんなダラダラしたもの、ちゃんと読むヤツなんかいないぞ!」
「そやなあ・・・実は送ってしまってから、オレもそう思ったので反省している最中や、まあ、打率1割というところやなあ、アホ阪神と同じや・・・」

かようなしだいで、今日の日記ではトリチウムなる放射線を発する物質について、みなさんに読んでいただくために、細かいこと、科学的なことは思いっきり省略して、原発を運転すると必ず生じるトリチウムという放射性物質について、驚愕すべき事実をご報告申し上げたいと思います。

トリチウムというのは水素の親戚にあたる物質ですが、普通の水素とは異なり
ベータ線という放射線を発します。トリチウムは微量でありますが自然界にも存在しています。宇宙線と大気が反応して生じるのです。この自然界のトリチウムとは別に、トリチウムという物質は核分裂反応によっても生じます。すなわち、原爆も原発も、その原理は核分裂反応に基づくものでありますから、原爆などの核実験で生じます。そして、当然ながら原発を運転して核燃料を燃やすと必ずトリチウムが生じます。そのうえ、原発から出る使用済みの核燃料を処理するに際してもトリチウムが生じます。つまり使用済み核燃料の再処理工場でもトリチウムが生じるのです。

トリチウムは単独で存在するではなく、水の形、すなわち「トリチウム水」という形で存在します。普通の水の分子は水素原子2個と酸素原子1個で形成されていますのでH2Oという記号で示されますが、一方、「トリチウム水」なるものは1個の水素原子と1個のトリチウム原子と1個の酸素原子で形成されていますのでHTO(Tはトリチウムの元素記号)という記号で示されます。このトリチウム水がやっかいものであることの原因は、普通の水と化学的性質が非常に似ていることです。ほとんど同じと言ってもいいぐらいにとても似ているのです。このため、水の中からトリチウム水だけを分離することは極めて困難なのです

ですから、これまでに行われた多数の核実験のすべてにおいて、すでに大量のトリチウムが大気、海洋、地下へと放出されているのですが、これに加えて、1960年代ころから建設され運転されてきた日本を含む世界中のすべての原発と再処理工場から膨大な量のトリチウムがすでに大気と海へすでに排出されています。もちろん現在運転されている原発と再処理工場から今でも、この瞬間も、放出されているのです!

トリチウムを排出するに際しては、各国で排出の規制に関する基準値が設けられてはいるのですが、汚染水が基準値以上であっても海水や大気で基準値以下にまで薄めて排出したらいいのですから、基準値は何の意味もありません。つまり、法的には事実上、自由に排出することができると言ってもよいのです。

いったいどのくらいの量のトリチウムが原発や再処理工場から排出されているのでしょうか。日本にある原発と再処理工場から排出されたトリチウムの量の例などが少しだけ上記の朝日新聞の記事に記されていましたので(ただし、これは実測値であるのか推算値であるのかは不明)、以下に記します。

トリチウムなどの放射性物質の量は「ベクレル」という単位で示されています。ベクレルというのは土や食料品や水道水など、ある物質に含まれている放射性物質の量を示す単位です。当然、数値が大きいほど放射性物質の量が多いことを意味しています。

ちなみに、日本における食品1キログラム中に含まれていても許され放射性物質の量の基準は100ベクレル~10ベクレルであり、水道水は10ベクレルとされています(平成24年現在。24年以前はもっと高い値、すなわち500~200ベクレルでした)。

朝日の記事によれば
福島原発にこれまでに貯められている汚染水の放射能:約860兆ベクレル
事故前の福島第一原発(2010年度):約2.2兆ベクレル
六ヶ所村再処理工場(2007年度):約1300兆ベクレル
米スリーマイル島原発事故:約24兆ベクレル(2年以上かけて放出)

福島第一原発の汚染水におけるトリチウムの量は1000兆ベクレル以上という説もあり、また今後も汚染水の総量は増え続けますから、最終的にはもっと大きな数値になります。また、六ヶ所村の再処理工場は難工事で出遅れており未だ正式には稼動していないはずなのですが、それでも極めて膨大な量のトリチウムがすでに放出されていることは驚きです。2006年から実際の使用済み燃料を使用した「アクティブ試験」と称される試運転が行われており、この試運転に際してトリチウムが放出されているものと考えられます。本格稼働すればもっともっと大量のトリチウムが放出されることになるものと予想されます。

六ヶ所村で再処理工場の建設に強く反対している人々がいることの大きな理由の一つは、原発の場合とは比べものにならないぐらいの膨大な量のトリチウムが再処理工場から大気や海に放出されることになるからです。

ところで、上記の経産省の小委員会は、「トリチウムを大気や海へ排出しているのは、なにも日本の原発だけではありませんよ、みんな世界のどこでも排出しているんですよ》と言わんばかりの資料を公表しています

今日の写真はこの小委員会が公表している「世界の原子力発電所等からのトリチウム年間排出量」と題された資料を撮ったものです。すこし見にくいのですが、大きく拡大してご覧ください。英国・フランスの原発と再処理工場、それにドイツ、スペイン、米国、カナダ、中国、韓国、スロベニア、ルーマニア、台湾などの原発からの排出量の例が示されています。

最も排出量が多いのは再処理工場です。英国セラフィールド再処理工場の場合は海中へ約1540兆ベクレル、大気へ約84兆ベクレル(2015年)。フランスのラ・アーグ再処理工場の場合は海中へ約1京3700兆ベクレル(京=10の16乗、すなわち1兆の1万倍)、大気へ約78兆ベクレル(2015年)。参考に申し上げますと日本の原発から出た使用済み燃料の多くはラアーグの工場で再処理されています。原発の場合は個々の原発によりかなり異なっており、多くは数十兆ベクレル~数百兆ベクレルのレベルですが、年間数兆ベクレルの原発がある一方で、2000兆ベクレルに近い原発もあります。

これらのデータ以外にも、核兵器を製造するためにプルトニウムを製造する軍事施設などからもトリチウムが排出されているのではないかと考えらえますが、核兵器保有国では兵器用プルトニウムに関するデータは最高度の国家機密とされていますから、その実態はまったく不明です。

個々の原発における排出量はともかくとして、この経産省小委員会による世界地図を見まいますと、世界中の原発関連施設から、原発が実用化された1960年代から今に至るまで、人体や生き物に有害である放射線を出す物質であるところの膨大な量のトリチウムが大気や海に排出され続けていることが一目瞭然で理解できます

要するに、世界の大気と海は人間が作り出した放射性物質であるトリチウムで満ち満ちているのです!そして原発がある限りは、これからもトリチウムに全地球にばら撒き続けるのです!これはまったく全人類的無責任を言わざるを得ません!

どうして、世界はこんな飛んでもないことになってしまっているでせうか?

(この日記、続くかもしれません)

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・・

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「歴史から学んだと言えたらよかったが・・・」

2020-01-29 01:08:14 | 日記
去る1月2日の日記で、ナチス・ドイツの強制収容所跡を撮った、ドイツで出版された記録写真集のことを紹介しましたが、日記の冒頭に、今年はアウシュビッツ収容所解放75周年に当たるため、それに先立ちドイツのメルケル首相が昨年12月のはじめにアウシュビッツを訪れた、と記しました。

ポーランドのオシフィエンチムにあったアウシュビッツ強制収容所がソ連軍により解放されたのは1945年1月27日のことです。このためメルケル首相の訪問後、75周年になるのを前に、1月23日、エルサレムのホロコースト記念館で犠牲者を追悼する式典が行われました。この式典にはドイツのシュタインマイヤー大統領、米国のペンス副大統領、ロシアのプーチン大統領など、40カ国以上の元首や首脳などが列席したことが1月25日の朝日新聞などで報じられていました。朝日の記事では以下のように報じられていました。

最初にスピーチを行ったイスラエルのリブリン大統領は反ユダヤ主義や人種差別に対して国際社会が団結して闘うことが重要だと語り、「ホロコーストと第二次大戦の記憶は薄れつつある。私たちは記憶しなければいけないのだ」と訴えました。次いでドイツのシュタインマイヤー大統領がスピーチを行い次のよう述べました。

「加害者はドイツ人だった。ユダヤ人600万人の産業的大量殺人という、人間の歴史で最悪の犯罪は我が国の人々によって行われた」

「私は歴史的な罪の重みを背負ってここに立っている」

このように述べた後、近年、欧州では排他的な政策を持つ右翼政党の台頭が目立ち、さらにドイツなどではユダヤ人を狙った襲撃事件が起きていることなどを憂慮して次のように述べています

「邪悪な精神は、反ユダヤ主義、人種差別、独裁主義といった新たな症状で現れている」

「ドイツは歴史から学んだと言えたらよかったが、憎悪が広がる中、そう語ることはできない」

このエルサレムでの式典に次いで、収容所が解放された日にあたる1月27日には、アウシュビッツ収容所跡で生存者約200人と各国首脳が出席して式典が行われました。

シュタインマイヤー大統領のスピーチ、ドイツという国を代表して、正面からドイツの歴史的責任について述べたものですが、みなさんは彼のスピーチうぃどうお感じになるでせうか。

GGIは、一国の元首としてシュタインマイヤー氏、よくこれだけのことを明確に、何一つ誤魔化したり弁解したりせずに、言い切ったものだと深く感じ入りました。シュタインマイヤー氏のスピーチ、大変苦渋に満ちた真摯なものであり、とりわけ、「歴史から学んだと言えたらよかったが、そう語ることはできない」とする言葉が印象的です。

先の大戦で日本はれっきとしたドイツの同盟国でした。同盟国であったため日本は当然ナチス・ドイツによるユダヤ人弾圧を是認していたものと考えられます。このため、日本はナチス・ドイツによるユダヤ人弾圧・殺戮とまったく無縁であったと言うことはできないのではないでせうか・・・

もちろん、ドイツとドイツの同盟国であったわが日本が先の大戦で行ったことの中身は同じではありません。確かに日本はナチス・ドイツのように「産業的大量殺人」と称されるような組織的な大量殺戮は行っていません。しかしながら日本は、韓半島、中国、東アジア・東南アジアや太平洋地域の国々の人々に対して、日本軍による残虐な行為や殺戮を含めて、多大の被害とおびただしい数の死をもたらしたことは否定しようがない歴史的事実です。

いまの日本、このことを頑として認めようとしない政治家が少ならずいますが、日本は反省すべきであると思っている政治家もいます。しかし、反省すべきと思っている政治家であっても、先の大戦において日本がアジアの人々にもたらした災禍を振り返り、かつアジア系外国人など非白人の外国人に対する人種差別的な言動や行為が少なからず横行する現状を踏まえて、果たしてシュタインマイヤー氏ほど明確に「歴史に学んだと言えたらよかった」とまで明確に言い切るに至るでせうか・・・・

シュタインマイヤー氏は「歴史から学んだと言えたらよかった」と述べていますが、実は、ドイツはいまでも戦犯の追及を行っています。強制労働させた100カ国に及ぶ外国人に対して多額の補償を行っています。また隣国のポーランドと教科書問題で共同作業を行っています。これらのドイツによる行為を考えるならば、戦後のドイツは日本よりずっと「歴史から学ぼう」と努めてきたということができます。ですから、「歴史から学ぶことに努めてきたつもりだった。しかし、それでも学び足りなかった、不十分であった」というのがシュタインマイヤー氏の言葉の真意でありませう。

昨今の我が日本の社会、どうかすると「歴史から学ぶ」なんてそんな青臭いことと、そんなことより「未来志向を」という前向きの思考をという雰囲気に覆われているように感じるのですが、考え過ぎでありませうか・・・

しかしながら、歴史から学ぶことを抜きにしては、まっとうな「未来志向」はあり得ないことは言うまでもありませぬ・・・

今年は、日本も8月15日に敗戦(終戦)75周年と迎えることになるのですが、ドイツの場合とは異なり、「復興オリンピック」なる空騒ぎにかき消されてしまいそうであります・・・

ああ、ビバ、ニッポン!!

今日の写真はエルサレムでスピーチするシュタインマイヤー大統領の姿です。朝日の記事から借用しました。

(シュタインマイヤー大統領のスピーチの全文は朝日の別のデジタル版に掲載されています)

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・・

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ホスピスについての映画を見て帰ってきたら、「罪の赦しを得よ」というメールが届いていた・

2020-01-27 01:18:40 | 日記
昨日の午後、ホスピスについての映画(DVD上映)を見にいきました。会場はわがマザーがお世話になっていた教会に付属した幼稚園のホールでした。

マザーの葬儀を執り行ってくれた牧師さんが、GGIさん、あなたはそろそろお迎えの年頃なのですからたまには死について真剣に考えなさいとのおさそいがあったからです。ありがたきお言葉でありますので、表敬のつもりで観に行ったのでした。観客は十数人ほどでした

映画の題名は「いのちのいちばん輝く日」、湖国の近江八幡市にあるヴォ―リス記念病院に付属したホスピスでの、最後の日々を過ごす患者と家族、医師と医療スタッフなどの様子を撮ったドキュメンタリーです。2013年に劇場公開された作品とのことでしたがGGIはまったく知りませんでした。キリスト教精神に基づいたヴォ―リス記念病院のホスピスは先進的なものであり、広く全国的に知られているようです。

ある老人が子供や孫など、医師や看護師さんたちなどに囲まれて、穏やかに眠りにつくシーンはなかなか感動的でありました・・・

映画を見終わって帰ろうとしましたら、司会者の方が、みなさん感想をお聞かせください、ひごろ死についてどのようにお考えなのか、みなさん話しあいませうと宣言されましたので、帰りそびれてしまいました。そのような話、信仰とは縁無き衆生のGGIは大の苦手でありましたが逃げ遅れてしまいました。やはりひごろ足腰を鍛えておかなければいけませんね・・・

映画をご覧になったみなさん、近親者の死まどを体験しての想いなど、真面目にお話になっておりました。でも、GGIは近親者の死よりも、自殺してしまった、あるいは自殺の疑いがあった知人、友人のことが頭にちらついてしまって困りました。自殺というのはホスピスでの家族に囲まれての穏やかな死の対局にあるものだからです。でも自殺の話はこの場にふさわしくなさそうでしたので、映画のラストシーンと関連付けて、現代題家族論みたいな場違いなことを言ってしまいました。

この映画、ラストシーンはとても感動的ですが、このシーンを見ていてある勤務医から私が直接聞いた話を思いだしました。その医師は「(ホスピスではなく)
病院で患者に死が迫ったとき、もちろん家族に知らせるのですが、最近は知らせたからといって家族がすぐに来るとは限りませんし、病院で家族全員に囲まれての最後という例はむしろ珍しくなっていると言ってもよいくらいです」と話しておられました。私の経験からも確かにそうかもしれないなあと思いました。すこし以前、私の知人が亡くなったときのことですが、その知人とは親しかったので少し手伝いにいったのですが、どんな事情があったのでせうか、三人いた子どものうち一人だけしか、病院にも葬儀に姿を見せませんでした・・・

「これまでの私たちが持っている家族像は、核家族化などの影響でせうか、崩れつつあるのではないでせうか。みなさんもご存知ではないかと思うのですが、小津安二郎という日本を代表する映画監督の作品に、彼の代表作といってもよい《東京物語》というのがあります。これは1953年(昭和28年)に製作されたのですが、小津監督はその製作意図について「家族の崩壊を描こうと思った」と言っておりました。彼にすれば、戦後まもなく、つまり戦後の復興がすすむにつて家族の崩壊も始まっていたということでありませうか・・・」

などと、その意図はなかったのですが、この映画を若干批判するようなヒネクレタことを言ってしまいましたので座が白けたようでありました。まことに不徳の致すところであります・・・

死についてどう考えるか、確たる考えを持っているわけではないのですが、死に関して最もGGIにとって印象が強い言葉は、数々の死刑囚の弁護にあたってきた弁護士、安田好弘氏の言葉です。死刑が執行されても遺体の引き取り人がいない場合、安田氏は引き取って葬儀を出します。その理由について彼は次のように述べています。

付き合っているいる人やで、『ほな、さいならとはいかんやないか』

やっぱり、死を語るなどというのは信仰無きオレには無理だよなあと思って帰ってきましたら、一昨日会った知人からメールで一枚の写真が届いておりました。説明は何も付されておりませぬ。

今日の写真はこの送られてきた写真を借用したものです。クリックしてご覧になってくださいませ。

写っているのは次回の衆院選目当てであろうと思われる政治家(屋?)のポスターです。湖国は彦根あたりを地盤とする元国会義議員でありますが、GGIとは縁もゆかりもない人物です。

どうしてこんなモノ送って来たんだと思ってよく見てみましたら、ポスターの上方にステッカーらしきものが貼ってあります。ステッカーに曰く

『罪の赦しを得よ 聖書』

ジャーン! 

教会から帰ってきたとこでありましたので、そのタイミングのよさに思わず苦笑してしまいました。

おそらく誰かがこの政治家のポスターを目にして貼ったでありませう。なかなかユーモアがある知恵者のしわざであります。ポスターの上に直接貼ったのであれば「オレの政治活動を妨害するのか、このステッカーは名誉棄損だ」などと物議をかもすかもしれませんが、これでは文句のつけようがありませぬ!

でも、なぜこの政治家、罪の赦しが必要なのか、その具体的な理由がはっきりしませんので写真の送り主にきいてみました

「あの政治家、元は民主党、民主党政権のときはどこかの省の副大臣かなんかしたことがあるけれど、自民党政権が復活してからは落選続き、民主党が無くなってからは露頭に迷いそうになって、どこに行ったらいいのか分からないが何とか復活して議員になりたいと、結局「希望の党」という怪しげな党に入党、でも希望がなかったので、またもやウロウロ、今度は立憲民主になんとか潜り込んで何とか議員に・・・この人物は無節操の標本みたいな奴や、無節操は大きな罪というわけじゃないかなあ・・・キリストにすれば確たる信仰もなくあちこちウロウロと動き回るのは無節操の極み、大罪や、というわけなのでせう」

GGIはこのようなキリスト教布教のためのステッカーを目にしたのは初めてです。あの赤瀬川先生を見習ってひごろ路上観察に努めているつもりですが。キリスト教のステッカーはこれまで目にしたは一度もありません。

ところが「罪の赦しを得よ」というキーワードでネットさんのお世話になりましたところ、どうやら青森あたりでキリスト教ステッカーが多発していることがわかりました。関心のある方は「ゆるゆるな日々」というサイトをご覧くださいませ

青森にはキリスト渡来伝説があり、八戸あたりに「キリストの墓」があるとのことですから、そのせいで青森にキリスト教ステッカーが多発しているのでありませうか?

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・

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日米祝日比較、あるいは日本式民主主義と米国式民主主義

2020-01-25 01:30:16 | 日記
前回の日記に、米国には「キング牧師記念日」という祝日があるけれども、日本ではこの類の祝日が設けられることなんか考えられないのではないか記しましたが、これはGGIがふと思いついた考えに過ぎません。このため、もう少しベンキョーしてみようと思い、日米祝日比較なるものを試みてみました。

日本の法定の祝日は以下のとおりです

元旦:1月1日
成人の日:1月第2月曜日
建国記念の日:2月11日(かつての紀元節:1874~1948)
 紀元節:古事記や日本書紀で日本の初代天皇とされる神武天皇の即位日をもって 定めたとされる戦前の祝日
天皇誕生日:2月23日
春分の日:3月20日(かつての春季皇霊祭り:1978~1948)
 皇霊祭:歴代の天皇・皇后・皇親の霊を祭る儀式で、宮中祭祀のひとつ
昭和の日:4月29日(昭和天皇の誕生日に由来)
憲法記念日:5月3日(日本国憲法施行の日)
みどりの日:5月4日
こどもの日:5月5日(端午の節句)
海の日:7月第3月曜日
山の日:8月11日
秋分の日:9月22日(かつての秋季皇霊祭:1878~1948)
敬老の日:9月第3月曜日
スポーツの日:10月第2月曜日
 以前の「体育の日」:今年だけはオリンピック開会式の7月24日
文化の日:11月3日(かつての明治節)
 明治節:明治天皇の誕生日(1927~1947)
勤労感謝の日:11月23日(かつての新嘗祭)
 新嘗祭:天皇が新穀を天地の神に供え、自らもこれを食する祭事

新年:1月1日
キング牧師記念日(誕生日) 1月20日(1月第3月曜)
大統領の日(初代大統領ジョージ・ワシントンの誕生日):2月13日(2月第3月曜)
戦没将兵追悼記念日:5月27日(5月最終月曜)
独立記念日:7月4日
レイバー・デー(労働者の日):9月2日(9月第一月曜)
コロンブス・デー:10月14日(9月第2月曜)
退役軍人の日:11月11日
感謝祭:11月28日(11月第4木曜日)
クリスマス:12月25日

みなさん、日米の祝日を比較してご覧になってどのようにお感じでせうか?

まず誰でも気が付くことですが、祝日の数は日本が米国を圧倒しております。なぜこのようになっているか、これは簡単にはGGIにも分りかねます。一つだけ思いつくことは、日本では会社での人使いが荒っぽく、有給休暇の日数が少なく、そのうえ簡単に有給休暇を取ったりすることができないことが多いため、国民の祝日を増やせばと勤め人は安心してもっと休めるようになるのではないかという政府の配慮?によるものでないか、それを国民も望んでいるのではないか、ということですが真相は不明・・・

次に気づくことは、日本の場合、天皇制に関連のある祝日がどっさりあることです。とくに戦前の天皇制に由来したものが多いとうことです天皇誕生日、建国記念日、春分の日、昭和の日、秋分の日、文化の日、勤労感謝の日と、なんと6日も天皇関連の祝日があります。

日本は世界に冠たる、万世一系を誇る立憲君主制国家であるから、天皇関連の祝日がたくさんあるのは当然ではないか、これが日本式民主主義だとする考え方もあるでありませう。しかしながら、戦後日本では、憲法上、国民主権主義が明確に規定されています。すなわち、天皇主権主義は明確に否定されおり、天皇は政治的権限を一切もたない象徴的地位にとどまっているのですから、事実上は国民主権主義を基礎とする民主国家と規定するができると考えることができます。

この観点からしますと、天皇関連祝日がこれだけ多いのは「如何なものか」とGGIは思います。しかしながら、「そのようなことを言うのであれば、天皇関連の祝日を廃止することにしよう」ということにでもなりましたら、休日は年間6日も減ってしまいますから、大半の人々から大反対の声が挙がることになるのではないでせうか?

米国の祝日の場合、全体的にみますと米国の歴史が具現されているように感じられます。コロンブスによる大陸発見、独立記念日、米国式民主主義の基礎を築いたジョージ・ワシントン大統領、第一次・第二次世界大戦に大国として関わってきたことを象徴するような「戦没将兵追悼記念日」、大きな社会的問題の反映である「レイバー・デー」(1894年にあった「プルマン・ストライキ」の名である大規模な労働争議で連邦軍が鎮圧、和解による争議解決の結果として設けられることになった祝日)と「キング牧師記念日」、いずれも米国式民主主義の変遷・発展過程を示しているように思われます。

また、米国には「戦没将兵追悼記念日」なるものが祝日とされていますが、日本では毎年8月15日に「全国戦没者追悼式」が行われるものの、8月15日は祝日とはされておりません。まことに残念なことであります。

また米国のレイバーデー(労働者の日)に相当するものとして日本などには「メーデー」(5月1日)がありますが、日本ではメーデーは国民の祝日とはされておりません。これもまことに残念なことです(ただし、ちゃんとした労働組合のある会社ではメーデーを国民の祝日ではないけれど休日としている例が多いものと思われます)

などなど、思いつくまま、まとまりのないことを記してしまいましが、祝日にも米国式民主主義と日本式民主主義との間に、無視できない差異が現れているのではないでせうか・・・・

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ

今日の写真はただいま全開中のわが庵のサザンカさんを撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ

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米国式民主主義:アメリカにはキング牧師記念日という祝日があるんだ!

2020-01-23 01:15:56 | 日記
GGIはテレビやラジオのニュースはあまりちゃんと見たり聞いたりしておりません。何かしながら耳に入ってくる音を聞いているに過ぎません。それでも、ときには「エッ、何!いま何といった?」と思わず聞き耳をたてたりすることがあります。

一昨日、1月21日もそうでありました。お昼のニュースでアナウンサーが気になることを何かいったのです。経済ニュースか何かでありました

「今日はキング牧師記念日ですのでニューヨーク証券取引所は休みです・・」

えっ、何、いま何て言った?キング牧師記念日だって?そういうものがあるのか?ほんとうか?それが祝日なんだって!?

これは正直申してあげて驚きでありました。このような類の祝日がアメリカにはあるんだ、意外だなあ、日本ではこのような祝日を設けるなんていうことは、ちょっと考えられないんじゃないかなあ・・・

にわかに信じがたいのでちょっと調べてみました。そうしましたら、毎年、1月第3週の月曜日がキング牧師記念日とされているとのことです。キング牧師の誕生日が祝日とされており、今年は1月20日(時差の関係で日本では21日)でありました。

ご存知のかたも多いと思いますが、キング牧師(正確にはマーティン・ルーサー・キング・ジュニア:1929~1968)という人物は米国バプテスト派の黒人牧師であり、1960年代に黒人(アフリカ系アメリカ人)の地位向上など人種差別に反対する公民権運動の中心的な指導者として活動を展開、またベトナム反戦運動でも精力的に活動した人物です。《I Have a Dream》と題された演説でも良く知られており、1964年にノーベル平和賞を受賞しましたが、1968年4月4日、テネシー州メンフィスで白人男性に暗殺されました。死後、2004年の議会名誉黄金勲章を受章しており、米国における人種差別の歴史を語るうえで欠かすことのできない人物といってよいでありませう。

このような人物を記念した祝日が設けられていることをGGIはまったく知りませんでした。そこでネットさんなどの助けを借りてその経緯などを調べてみました。

祝日とすることは米国議会での議決を経たものですが、祝日として制定される至るまでは紆余曲折があったとされております。 人種差別に反対する公民権運動やベトナム反戦運動を快く思わない政治家や市民も少なからずいたことでしょうし、また政府にとっても好ましからぬ人物であったかもしれないからです。

しかし、キング牧師の死後、二人の国会議員(民主党議員と共和党議員)が記念日を設ける法案の準備を始め、1979年に一度法案が提出されましたが、過半数にわずかに届きませんでした。けれども、その後法案を通すために市民団体などが精力的に運動を展開、議会に600万の署名が集められました。

議会の審議では、キング牧師は共産主義者だとか、ベトナム戦争に反対していたなどと激しく非難・中傷する議員もいましたが、最終的に当時のレーガン大統領が、1983年11月2日、再び提案されたキング牧師記念日の祝日を作る法案にサインしました。この法案は大統領が拒否権を行使できないくらいの大差、338対90で、下院を通ったとされています(以上の説明は主にウィキペディア「キング牧師記念日」、「キング牧師」の項からの引用です)

このような、米国の市民たち、政治家たちがキング牧師記念日を設けることに党派を超えて賛成するに至るまでの経過を知って、う~ん、さすがだなあ、最近の米国はトランプさんのワガママでいろいろ問題はあるにしても、やはり米国は民主主義の国だなあ、これが米国式民主主義だなあ、と感じ入ってしまいました。日本でならば、キング牧師のような人物がたといたとしても、とても記念日にしよう、祝日にしようということにはならないのではないかと思ったからです。

以前に、2014年12月1日の日記、それに2015年6月26日の日記に、いまや世界の3分の2の国々が死刑を廃止しているなかで、日本と同様、米国にも死刑制度は存在しているものの、死刑制度の運用の仕方は日本とは大きく異なり、陪審員裁判で死刑判決を下すにあたっては陪審員全員の賛成が必要とされるなど(日本の場合は多数決)、死刑に関する裁判、再審請求、死刑の執行などに際して、徹底して慎重を期するために、「スーパー・デュー・プロセス」と称される非常に厳しい法的手続きが科せられていると書き、これが米国式民主主義なのであろうと記しておきましたが、キング牧師記念日の背景を知って、GGIは同じことを感じたのでありました。

このたびの大統領弾劾裁判も、結果がどうなるかはともあれ、重大な疑惑に関して実際に裁判が行われるに至ったこと自体は、米国式民主主義の現れでありませう

今日の写真は1964年のキング牧師の姿です。わずか四十年足らずの生涯でありました。よろしければクリックしてご覧くださいませ

なもあみだぶ・なもあみだぶ・なもあみだぶ・・・

グッドナイト・グッドラック!
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