UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

枯葉の想ひ出・・・

2015-11-12 01:56:20 | 日記

いよいよ枯葉の季節です、GGIが愛するおセンチの秋が佳境に入ります

 枯葉についてはGGIには若干の想ひ出がございます

まずは遠き遠き高校時代のことです、GGIが何も考えていないイナカのアホ高校生でありましたころ、同級生に金持ちのドラ息子がおりました、当時湖国では有名であった某精神病院の院長の息子です、敗戦から十余年、昭和30年代前半、まだビンボー生活が巷に充満していましたころ、遠くからの通学はめんどうと、この息子は高校の近くに下宿、いつもバリッとした学生服を着ており、レコードプレーヤーなども持っておりました、もちろんレコードも持っておりました

GGIらはこの友人の下宿にしばしばタムロしておりましたが、或る時、この友人「おまえら下々はこんな音楽聞いたことないやろ」とほざきまして、一枚のレコードを聴かせてくれました

それがわが運命の曲、イブ・モンタン歌うところのシャンソン「枯葉」でありました、これがGGIの枯葉との最初の出会いでありました、ビロードの声とたたえられるモンタンの美しきフランス語のとりこになっていまいました

(モンタンの枯葉をお聞きになり方は以下のサイトをどうぞ)

http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E6%9E%AF%E8%91%89&tid=7d59add69273f772ae34c76c6bf9e62c&ei=UTF-8&rkf=2&dd=1

それから数年後、一浪して何とか北の大地の大学に潜り込み、第二外国語としてもちろんフランス語をとりました

フランス語の先生はフランス人のオバサンでありました、ところが最初の授業でこの先生、カタコトの日本語で曰く、「ミナサン、ワタクシノ授業ハ英語デオコナイマス」

エエェ~であります、そんなあぁぁ・・・、英語もようわからんのに、その英語でフランス語を習うとは・・・田舎大学生にはムリムリムリ、かようなしだいでフランス語の授業はまじめに受けませんでしたので、さっぱりものになりませんでした

でも悪いことばかりではありませぬ、英語の授業では熱心な先生が「君たち理系の学生はまあ一生読むことがないと思うからジェームズ・ジョイスをの作品を教えてあげる」といって「ダブリナーズ」(ダブリン市民)を読ませてくれました、難解でさっぱり分からなかったのですが、おかげでちょっぴり大学生の気分になったのでありました

それから時を経ること数十年、枯葉のことなんか忘れていたのですが、いまから十年少々前のことでありましたでしょうか、とつぜん枯葉がGGIのところに舞い戻ってたのでありましす

GGIの某知人が某市の某市長選に気まぐれにとつぜん立候補したときのことであります、GGIは当然ながら熱心に応援、寒い一月のさなか、ポスターをはったりチラシを配って歩いたり、毎日夕方になると飯を食ったり酒を飲んだり歌ったりと、なかなか楽しく愉快な選挙活動ではありましたが、当然ながら知人は落選してしまいました

そこで大残念打ち上げパーティが某ラウンジで盛大に催されることにあいなりました、本人をはじめ応援したり選挙運動を手伝ったみなさん、次から次へとカラオケで歌いまくっておりました、GGIはカラオケなるものをわけもなくケーベツしておりましので歌わずにおりましたら、某知人が申しす

GGIもすましていないで何か歌え!」

「オレはなあ、わるいけど教養が邪魔してカラオケでは歌えんのや、でもおフランスのシャンソンなんかやったら歌わんこともないけどなあ・・・」

「それなら探してやる、どんな歌がええのや」

「あの有名な《枯葉》なら歌ってやってもいいぞ、ただしフランス語バージョンがあったらの話や」

GGI、フランス語バージョンなんかカラオケにあるわけないだろうと思って、たかをくくっていたのですが、ややあって、この知人が大声をあげました

GGIよ、フランス語バージョン、あったぞ!ほら、これや」

たしかにあったのであります、これは大窮地であります、そこでGGI、いままで人前で「枯葉」を歌ったことはなかったのですが、必死でモンタンの歌っていた枯葉を思い出し、意を決して歌ったのでありました、マイクを握りしめ身振り手振りよろしく大絶唱したのでありました・・・・幸い、このとき周りにはフランス語がわかる人は誰おりませんでした、歌い終わると文字通り万雷の拍手が鳴り響きました、拍手しばし鳴り止まずであります。それでGGIは調子に乗って申しました

「サンキュウ、メルシー、メダム・エ・メッシュウ、メルシーボーク―、メルシー、え~、何ですか?アンコールですか、では次ぎは英語バージョンでシナトラふうに甘ったるく枯葉を歌います、そのあとは日本語バージョンで越路吹雪ふうに歌うことにいたします」

このあとは拍手に次ぐ拍手でありました、これがGGIが万雷の拍手を浴びた唯一の思ひ出であります、歌い終わった後、知人たちは「GGI、えらく気合いが入っていたなあ」と深く感銘を受けた様子でありました・・・

でもGGIは声にはまったく自信がありませぬ、GGIの声は低く、そのうえ滑舌不良のようでありますので、人前で話したりしますと極めて評判がよくありませぬ、たとえばこんなことがありました

2011年の五月のことであったと思うのですが県庁玄関前の噴水のある広場を勝手に占拠して原発に異を唱えるデモの出発にあたっての集会、呼びかけ人のひとりして何か言えと司会者に言われてしまいました、人前でエラソーなことを言える身分ではありませぬ、でもやむえをえずマイクを通じて何がボソボソしゃべっておりましたら、後ろの方から激しい声がしました「聞こえん!」、それで一挙に我ながら嫌気がさしてしまい、申しあげたのです、

「あの~、いま《聞こえん》とのお声がありましたが、私の話を聞いても何の役にもたちません、ですからこれで私の話はこれで終わりします」

まあ、そんなこんなで「枯葉」のことなんかまたしても忘れていたのですが、ほんの数日前、またしても思い出すはめになってしまいました

先週の土曜日のことです、わが病、ゼンソクのために近くに診療所に行ったときのことです、診察してもらってから薬が出るのをまっておりましたら、待合室のテーブルにおいてあったチラシが目に入りました

「サークルメンバー募集、らくらくピアノ教室・・・楽譜が読めなくても、鍵盤に触れたことがなくても大丈夫、指番号を使うのでとても簡単、両手で演奏が楽しめます、気軽にできるキーボーデでレッスンします」

チラシの裏にはいくつも新聞記事のコピーが印刷してあります

60歳のときクモ膜下出血で倒れた笠原トシ子さん(85)は、少しでも指が動くようになったらと、らくらくピアノを始めた。最初は指1本で演奏していたが、今では5本の指で《第9》の歓喜の歌が弾けるように。《自分がピアノを弾くなんて思ってもいなかった。いつか《四季の歌》を弾き語りしたい》と笑顔を見せる」(京都新聞、2012917日朝刊より抜粋)

どうやら、このピアノ教室、老化防止など健康のためということのようであります、それでGGI、そうかあ、オレも枯葉を・・・などとヘンなことを思いついてしまったのであります、それで受付の若い女性に聞いてみました

「あの~、このサークルなあ、誰でも入れるんですか」

「ええ、入れますよ、でもそのまえに一度授業を見学されたらどうですか」

「そやなあ、オレなあ、ピアノ弾きながら絶唱したいんや!」

「そうですか、なかなかいいお声しておられますよ」

「またまたまた、君、お世辞、上手やなあ、その気になるやないか」

GGI、ヒトのおだてに簡単に乗るような素直なたちではありませぬ、それに優柔不断の大名人でありますので、どうなるかは分りませぬ

 今日の写真がわがガーデンに舞い降りた枯葉を撮ったものです、よろしければクリックしてご覧くだいませt

 小さい赤い葉っぱと黄色の葉っぱはナンキンハゼ、大きな黄色の葉っぱは赤目柏です、柿の葉っぱも交じっています、これからしばらく毎日ナンキンハゼの枯葉が庭一面に降りしきります、

グッドナイト・グッドラック!