UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

春はお役所からの「配達証明」と「特別送達」から・・・

2016-02-29 02:06:02 | 日記

昨日、あと一日で早くも三月、春の始まりだなあと思っておりましたら、某お役所などからヘンな郵便物がやってきました。それも二通です。一昨日留守にしていましたので再配達、印鑑かフルネームでサインしてくださいとのこと

 今日の写真はこの二通の書簡の封筒を撮ったものです。クリックしてご覧になるほどのものではありませぬが、よろしければクリックなさってくださいませ

一通は「配達証明」、もう一通には麗々しく「特別送達」と封筒に記されております。特別送達と申しますのは、ウィキペディアさんによれば以下のような郵便物を指すとされています

《特別送達とは、日本において、民事訴訟法第103条から第106条まで及び第109条に規定する方法により裁判所などから訴訟関係人などに送達すべき書類を送達し、その送達の事実証明する、郵便物の特殊取扱》

要するにお役所などが「GGIよ、くだんの件はカクカクシカジカとすることに決定したので承知しておけ」というものであります

GGIのところへやってきた書簡、一通は沖縄防衛局長なる人物からです。もう一通は沖縄県収用委員会会長氏からでありました。

 沖縄防衛局長氏曰く。

《平成28年2月24日、(GGIが所有している土地を米軍が勝手に使用することによる)損失の補償のための担保の供託について:日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力および安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用に関する特別措置法第15条第2項の規定に基づき、別添のとおり損失に関する保障のための担保を供託したので、同条第3項の規定により通知します》

要するにGGIの同意なしに無理やりに平成28年3月1日から8月31日までGGIから借りることにした土地について、勝手に決めた借り賃を日銀コザ代理店に供託しておいた、受け取りたければ受け取れるぞという、まことの厚かましい内容の送達であります

まあ、ブラブラと沖縄にまで散歩にいって日銀コザ代理店で受け取ってもいいのですが、費用対便益がまことに小さすぎるくらい小さいので、いましばらくはコザ代理店の金庫にしまっておいていただく所存です

沖縄県収用委員会からの送達の内容は以下の通 りです

《(GGIが所有している土地の勝手な)使用の裁決申請及び明渡裁決の申立てについて:平成27年1月23日付け防衛省告示第21号で使用認定の告示があった普天間飛行場に関わる土地の一部について、平成27年9月23日に沖縄防衛局長から、日本国とアメリカが合衆国との間の相互協力および安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用に関する特別措置法第14条の規定により適用する土地収用法(以下「法」という)第39条第1項による使用の裁決申請および第47条の2第3項による明渡裁決申立てがありました。当収用委員会は、本件裁決申請及び明渡裁決申立てが所定の方式を満たすものであることを認め、平成28年2月18日に受理したので、法第42条の4第1項により下記の通り通知します・・・・》

要するに防衛省による申請と申立てを法的に認め、GGIの土地を強制収用することにした、ついては明渡採決申し立て書などの写しを縦覧できるようにするので縦覧期間中に、土地収用法に基づき意見書を提出することができる、この手続きに関して、弁護士などを代理人とすることができると記されています

GGIは不勉強なので確かなことは言えませんが、自衛隊のための軍用地は土地収用法の対象とされておらず、そのため自衛隊の場合は強制収用を行うことは許されていないものと思われます。けれども外国軍隊のための軍用地は上記のように強制収用することができるのです。日本の法律である土地収用法の規定が安保条約や在日米軍の地位協定などにより捻じ曲げられているのです。

GGIが普天間基地内の地主であるといっても、たったの67平方メートル×(3000分の6)ではないか、何を大げさなことを言っているのだ、そのくらい土地、いまさら何を言っているのだ、そんなこと分り切った話ではないか思われるかもしれませんが、それでも改めて日本という国は何という国なのであろうかと嘆かざるを得ません・・・

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シャンシャンお手盛り公聴会で、土建国家が復活・・・・

2016-02-28 02:37:52 | 日記

昨日のお昼前、知人が電話してきました、とつぜん風邪をひいたとかでガラガラ声でありますが元気なようす

「おいGGI、午後時間あるか、あるやろ、なくてもあることにしろ」

「御意、なくてもあることにするのはお安い御用だけれど、何かいいことあるのか?」

「いいことかどうかは分からんけれど、午後2時からびわ湖の出口である瀬田川の河畔にある公共施設で《大戸川ダム建設事業の検証に関わる関係住民からの意見を聴く場》という結構かどうか分からん催しがあるのや、それに行こう」

「ふ~ん、ダムにあまり興味なけれど、いつであったか総選挙のときに田中康夫オッサンの《ダムはムダ》というポスターをわが庵のフェンスに貼って行ったヤツがいたなあ、このスローガンがゴロがよくてGGI気に入った記憶がある、ダムダム、ムダムダ、ムダムダ、ダムムダム ダムダメダメダム ダメダムムダダメ・・・なんか分からんようにになってきたなあ、まあまとめて言えば《ダムムダや ダムダムムダや ムダダムや」というところやなあ、でも、いつまでいってもキリがないなあ ダム問題は」

「それだけの関心があれば十分や、クルマで1時半ごろ迎えに行くぞ」

かようなしだいで湖都の南端にある《水の恵み館「アクアびわ湖」》なるハコモノ疑惑濃厚の会場に参りました、この施設、びわ湖の環境への住民の理解を深めるための展示施設のよなものですが、車で入ろうとしましたらガードマンが曰く

「大側ダムのことで来られたですか、それなら通りの向かいの近畿地方整備局の駐車場に止めてください」

ハハ~ン、あのアクア琵琶湖とやらは国の、国交省の施設なのか、と気がつきました

大戸川と申しますのは下流が淀川であるところの、琵琶湖の出口である瀬田川に流れ込んでいる川なのですが、洪水などを理由に国土交通省近畿地方整備局が1978年にこの川に大きなダムを建設することを計画しました。しかしながら、果たして建設する必要があるかどうか二転三転四転、民主党政権時代への「コンクリートから人へ」というスローガンの影響や、地元わが湖国のいつもGGIが必ずしもほめちぎってはいない女性知事が自然環境に配慮したダムに頼らない治水対策を方針としていたことや、流域住民の意見も取り入れるだという「淀川水系流域委員会」の活躍などがあって、この女性知事時代の2009年に国交省は大戸川ダム計画「凍結」に追い込まれまれてしまいました

そこで、これはGGI得意の邪推なのですが国交省は地方に面子をつぶされてよほど悔しかったのありませう、女性知事退任(2015年夏)の直後から、国交省の近畿地方整備局はこの計画の復活を画策、大戸川の治水計画に関していろいろな案を比較検討したけれど、やっぱりダムが一番の対策であり、お安くなりますという「大戸川ダム建設事業の検証にかかわる検討報告書」(案)なるものを作成、このほど「関係住民から意見を聴く場」を設けたという次第であります

参加者は意見を言うことができます(ただし質問はダメ)ということでした、あらかじめ予約が必要とのことでありましたので、GGIと知人は傍聴に徹しました、参加者は百人には達していなかったようです。参加者の大半は地元の方々か、またはいわゆる「関係者」のようであり、GGIらのような何の用事できたのか判然としないヤカラはほとんどいないようでありましたが、GGIを避けたがっている県会議員に、また不本意ながらニアミスしてしまいました。昨年の大晦日の夜にわがオペラホールでもニアミスした人物です

説明役のお役人が、あきれるぐらいの枚数の字や表がびっしり詰まったスライドを見せながら流れるが如く説明していきましたが、ごく簡単な資料が事前に配布されていないため、このような調子で説明されたも大半の参加者は何のことやらほとんど理解できませぬ、GGIも眠くなるだけでさっぱりでありました、まあ主催者にすれば理解してもらわなくたってよいのでありませう、すなわちこのお役人による説明は「私どもは誠意をこめて丁寧に住民の皆様に説明させていただきました、したがいまして今後、十分な説明を事前に受けていなかったなどと理不尽なことを住民の方々が決しておっしゃらぬようお願いたいます」と言えるようにすることを意図したものでありませう

お役人の説明のあとに意見陳述、陳述人は全部で8人、いずれの方もダム建設予定地やその付近の方々、誰もが口々に「計画がスタートしてから何十年も経っている、いいかげんにしてサッサとダムを建設してくれ」と述べておりました。

ダムの予定とされた土地で暮らしていた方々は、ダムが計画されてから20年後の1998年に補償金をもらって近くの土地に集団移転して、それぞれ新たに家屋を建てて今では新たな土地に定着して暮らしておられますが、「画がもちあがった当時、集落が賛成・反対に二分あれたりして苦しい思いをした、住まいの計画に従って移転した、それなのに今になってもうダムを作らないことにしてというのでは、とても納得できない」というところでありませう

本体工事/周辺工事でおよそ3700億円前後は必要であるとされるダム建設に疑問を呈したり、反対する方はおりませんでした

まあ、この種の公聴会なるもの、大半は市民や住民の意見もちゃんと聴きましたよというアリバイ作りみたいなものですから、すこしも期待してはいなかったのですが、完全なるデキレース、ただただ疲れが残っただけでありました

終わってから、もっと何か資料をくれないかなあと思ってブラブラしておりましたら、マスコミ諸氏もあまりにも盛り上がりに欠ける催しでありましので記事にするのに困っていたのでありませう、GGIはテレビカメラや新聞記者さんに捕まってしまいました、これは想定外でありましたので、NHKさんだったと思うのですが、カメラに向かってあれこれ得意のデタラメ駄弁、でも夜、ニュースの時間にテレビを見ておりましたが、見事に全面的にカットされてしまっていたようでありました、まことにワッハッハ、不徳のいたすところであります

今日の写真は「関係住民」が意見を述べているところを撮ったものです。ムリしてクリックされるには及びませぬ

大戸川ダム建設問題の経過は複雑ですので関心のある方は以下のサイトに載せられている京都新聞の社説をご覧くださいませ

http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20160210_3.html

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もう一つの解釈改憲問題、憲法第36条・・・

2016-02-27 02:08:45 | 日記

いま安倍政権による、状況によっては集団的自衛権行使を認めるとする安保法制が問題となっていますね。大多数の憲法学者が、集団的自衛権行使の容認は憲法第9条に違反していると言っているものの、アベ君は合憲と主張しています。この安倍政権の憲法に関するこの行為はいわゆる「解釈改憲」と称されるものです。

解釈改憲というのは「政府や議会などが、憲法改正の手続きを経ることなく、憲法の条項に対する解釈を変更することによって、憲法の意味や内容を変えること」であるとされており、憲法第9条の解釈についていえば、みなさんもご存知のように、最初は条文に忠実に「陸海空の戦力は一切保持」していませんでしたが、やがて、いや自衛権は認められているから自衛権を目的とした戦力は保持していいのだという解釈になり、このたびはアベ君がさらに解釈を拡大して状況によっては憲法9条の下でも集団的自衛権の行使はありだということにしたのです

このように解釈改憲といえばすぐに憲法第9条のことを連想いたしますが、憲法9条の解釈改憲よりも以前に、重要な条項に対する解釈改憲がすでに新憲法施行からわずか1年後に行われており、その解釈改憲の状態が今なお続いているというのが今日おの話です。

 敗戦から3年後の1948年に憲法第36条に対する解釈改憲が司法の手により行われました。憲法第36条の条文は以下のようなものです。

《公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。》

現憲法のなかで「絶対に禁じる」という強い表現がなされているのはこの条項だけです。みなさんはどうお考えか分からないですが、普通に考えればこの条文における「残虐な刑罰」というのは死刑のことを意味している、したがってこの条文は死刑を絶対に禁止することを意味していうと解釈されるのではないかとGGIは考えています。つまり憲法第36条は「国家の手による拷問と死刑を《絶対》的に禁止することを意味していると解釈するのが常識的であり、正しい解釈であろうとGGIは考えます。

(GGIは死刑という前近代的な野蛮な制度には以前から反対しているのですが、この条文の存在を初めて知ったときはほんとうにびっくりしてしまいました「なんだ、憲法で死刑はちゃんと禁止されているじゃないか!」と・・・)

ところが新憲法施行からわずか一年後の1948年、死刑が憲法36条に違反しているのではないかと争われた裁判で、最高裁は以下のような、「死刑は残虐な刑罰にあたらない」とする判決を下しました。

判決に曰く、「日本の憲法は、現在の多数の文化国家におけると同じく刑罰として死刑を想定し是認していると考えるべきである。死刑は究極の冷厳な刑罰だが、火あぶり、さらし首、はりつけなどの刑ならともかく、死刑(絞首刑)そのものが一般にただちに憲法第36条で言うところの残虐な刑罰に該当するとは考えらない」

まことに凄い判決ですね、冷厳だけど残虐ではない・・・さらし首やはりつけならともかく、無理やり首を絞めて殺すのは残虐な刑罰に当たらない・・・これはどうみても、アベ君の解釈改憲に勝るとも劣らないのではなく、アベ君による解釈改憲にも明らかに勝る、強引そのものの解釈改憲であるというのがGGIの考えであります。最高裁の判決はまったくヘリクツに過ぎませぬ

しかしこの判決が1948年後今に至るまで生きており、死刑が憲法違反でないことの根拠とされているのです。このため、死刑が求刑された裁判で、死刑の合憲性が争われることはほとんどありません。

しかし、法律の専門家である弁護士さんのなかには、勝てる可能性が小さくても、死刑の合憲性を今一度争うべきだと考える方々もおられます。たとえば最近では以下に示す事件で死刑の合憲性が争われました

2009年に起きた「パチンコ店放火殺人事件」の裁判で死刑の合憲性が争われていましたが、この事件に関して一昨日124日の朝日新聞において、最高裁が死刑判決を下したため、犯人に対する死刑が確定したことが報じられていました(一審の裁判員裁判でも二審でも死刑判決が下されていました)

今日の写真はその新聞記事を撮ったものです。お手数ですがクリックしてご覧くださいませ

この事件、パチンコ店に放火して客4人と従業員1人を殺害、10人を負傷させという事件です。記事には死刑の合憲性に関して以下のように書かれています(記事の最後の部分)

《裁判で弁護側は「絞首刑は残虐な刑罰を禁じた憲法36条に違反する」とも主張。一審・大阪地裁の裁判員裁判では、絞首刑の残虐性を検討する審理も行われた。第三小法廷は「死刑制度は執行方法(注:絞首刑のことです)を含めて憲法に違反しない」と述べた。弁護人の後藤貞人弁護士は「大変残念な判決。今や絞首刑を維持する国は世界でも少ない。最高裁は大昔の判例を繰り返すのではなく、向き合うべきだ」と話した》

GGIはこの弁護士さんの言葉に賛成です。1948年に最高裁が死刑合憲の判決を下した当時は確かに判決にあるとおり「日本の憲法は、現在の多数の文化国家におけると同じく刑罰として死刑を想定し是認している」とするこが可能であったかもしれませんが、この判決から70年近くを経た今、死刑を取り巻く世界の状況は一変しており、今や世界の3分の2の国々が死刑を廃止しており、近年実際に死刑を執行した国は日本を含めて二十数カ国に過ぎないからです。いまや「多数の文化国家」は死刑を廃止しているのです。

このような司法による乱暴極まる解釈改憲は、人の命が直接かかっているだけに、憲法9条のアベ君による解釈改憲以上に悪質であります。なぜならアベ君による憲法解釈ついてはまだ司法などで争う余地があるのですが、死刑の合憲性に関しては最高裁の判決が下されればそれ以上争う手段がないからです

実は、GGIはこの事件の弁護にあたっていた弁護士さんの話を一昨年の6月に京都弁護士会館で聴いたことがあります。なぜこのような弁護を行ったのか、具体的にどのような弁護を行ったのかを話されました。そのときのことは以下のサイトに書いておりますので関心をお持ちの方はご覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/ugugggi/d/20140629

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駄菓子クンたちの嘆き・・・

2016-02-26 01:12:58 | 日記

わが庵の近くにあるGGIご用達のスーパー、GGIの貴重な散策場所でもあるスーパー、最近売り場の片隅に駄菓子のコーナーが誕生しました、いろいろな駄菓子が細々と並べられており目を楽しませてくれます。

 値段はどれも100円以下、一番高いのは先日の日記でご唱歌致しました「都こんぶ」の一金80円也、50円以下の、20円とか30円といった品もわんさか並んでおります、100円ショップ顔負けです

 今日の写真は、GGIが買い求めた三種類の駄菓子であります。なつかしいなあと思われる方も、なんだこんなものを嬉しがったりしてGGIもいよいよ末期とちゃうかと思われる方も、どうかクリックしてご覧くださいませ

 真ん中のお菓子、「ココア・シガレットア」はGGIが御幼少のころすでにこの世に存在しておりました。この包装、フィルター付きのタバコが出現する前の10本入り「ピース」と色も形も同じです、ガキンチョはこのココア・シガレットを口にくわえてしゃぶりながら大人のマネをしていたのであります、スーパーでは30円で売っていましたので当時はおそらく10円をさらに下回っていたでありませう。作っているのは大阪の「オリオン」という会社です

 左側の品は缶入りのコカコーラを模した駄菓子ミニコーラ、これはGGIが御幼少のころにはまだなかったように思います。GGIが幼きころは、未だ缶入りのコカコーラなんかはなく、分厚いガラスの瓶に入ったコカコーラしかありませんでした、田舎のガキにとしましたはコカコーラは豊かなるUSAの象徴、高嶺の花でありました。ですからこの駄菓子は、ココア・シガレットなどとくらべれば新参者でありませう、これもオリオンさんの製品であります、小さな粒の砂糖菓子でありますが、ほのかにコカコーラ風の味がしないでもありません、でもちゃんと小さなプルトップのフタが付いております

 右側のお菓子は先日の日記で紹介しました、戦前からの味、なつかしの「都こんぶ」です。「中野の都こんぶ」、ネットでも紹介されており、古くからある駄菓子の代表と言ってもよいでありませう。これは駄菓子であると申しましても大人の賞味に十分耐えるものであり、最近はGGI、「都こんぶ」の甘酸っぱい味のトリコになっております

 昨日、駄菓子コーナーの棚に居並ぶ駄菓子クンたちを眺めながら、いろんな駄菓子があるもんだなあ、駄菓子を作るカイシャのヒトは、小さな子供たちはどんなものに気が引かれるのかなあと、毎日マジメに考えているのだろうなあ、などと考えておりましたら、駄菓子クンの群れのなかから声がしました

 そこでブラブラしているオッサン、ちょっとボクら言いたいことがあるんやけど聞いてくれる?

オレはオッサンやない、シティボーイのGGIと呼んでくれ

何わけのわからんこと言うてるんや、オッサンはオッサンや、あのなあオッサン、ボクたちのこと、どうして「駄菓子」なんて言うのや?

さあなぁ・・・・オッサンではないGGIには、なかなかのグッドクエスチョンやなあ・・・

グッドクエスチョンならさっさと答えたらどうや、オッサン

君らアホやなあ、グッドクエスチョンというのは質問が難し過ぎて答に窮したときにゴマカスための言い回しなの、だけど、どうして君たちはそんなこと知りたいのですか?

あのなあオッサン、駄菓子の駄という字、この字にはなんもエエ意味ないやないか、たとえば駄犬に駄馬、これ役立たずのイヌや馬という意味やろ、オッサン毎日ブログに書いている駄文に駄洒落、これはショーモナイ、何の価値もなき内容のない文章やジョーダンのことや、オッサンのいつも吹いている駄法螺も無意味な亜面白くもないホラの意味や

それにオッサンの話すことはすべて駄弁、どうでもエエ事ばっかり話していると言う意味や、それに極め付きは無駄、これはオッサンの人生のようなつまらんものを指す意味や、要するワルイ意味しかない駄と言う言葉をどうして小さな子どもたちだけではなくオッサンの様な大人たちにも大いに役立っているボクらに使うのや、ボクらはオッサンなんかよりずっとリッパな存在意義を持っているのや、それなのにどうして「駄菓子」なんていう軽蔑的な表現でボクらは呼ばれなあかんのや!

まあまあ駄菓子クンたち、そんなに駄々をこねるなよ、わけのわからんこと言ったりして、君らは駄々イズムや

オッサン、なんていうことぬかすんや!僕らが駄々をこねているなんていうのか、オッサン、僕らのどこが駄々イズムなんや、マジメに話を聞け!

僕らはずっと前から、この「駄菓子」という蔑称を許せんと思っているのや、この蔑称のお蔭でどれだけボクらが深~い精神的外傷を負っているか、オッサンには想像つかんやろ、ボクらの傷の深さはあの舌切スズメの比やないんや、わかったかオッサン、何とか答えろ

そんなこと言われてもなあ・・・でも、君たちの言いたいことはよく分かった、確かに君たちは日頃子供たちを喜ばせて世間の役に立っているのだから、君たちのことを【駄菓子】と称するのは、いわば名誉棄損というところだなあ

そうやろ、オッサン、この問題、名誉棄損というのなら裁判で訴えることができるとのちゃうか?

えっ、君らが、駄菓子の君たちが名誉棄損で裁判するというのか!

そうや、何かボクらが裁判したらアカンという理屈でもあるのか?

まあなあ、法律にはそんな規定はないけどなあ、でも裁判というものは人間どうしがやることになっているからなあ・・・

だけど、以前、環境問題かなにかの裁判で、北海道かどこかの動物が原告の一人になることを裁判所が認めたことがあるという話を聞いたことがあるぞ、だからボクらに裁判できないはずはないわけや、裁判所がアカン、駄菓子が原告なんてジョーダンやない、そんな勝手な駄々をこねるようなことは許さんと言われた場合は、オッサンが僕らの代理人として裁判すればええのや

う~ん、また裁判か・・・最近オレは負けたばっかりだしなあ・・・まあ、一度知り合いの弁護士に相談することにしようか・・・

オッサン、なかなか物わかりええなあ、よろしゅうおたの申しまっせぇ

今日も駄弁で終わってしまいました。どうかお許しくださいませ

グッドナイト・グッドラック!

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サンダースさんに強力な援軍、ピケティ先生登場!

2016-02-25 01:44:53 | 日記

一昨日の日記にGGIは、米民主党の大統領選予備選の候補者サンダースさんは世界の希望の星だなどと書きましたが、彼に強力な援軍が現れました。あの「21世紀の資本」で一躍世界に名を馳せてしまったフランスの若き経済学者、ピケティ先生であります

 彗星の如く現れたサンダースさんが行き過ぎた経済格差是正のために世界一の金融街へ、富裕層への課税を強化することや公立大学授業料の無料化などを主張しているのを知ってGGIは思っていました。

サンダースさんは、今日の資本主義社会では労働によりカネを稼ぐよりもおカネを動かして投資を行ったほうがずっと儲かる、だから貧富の格差は拡大する一方、これを解決するには富裕層などへの課税を強化することにより所得の再分配を行うしかないと指摘しているピケティさんのことが頭にあるのではないか、ピケティさんのほうもサンダースさんのことを自分の経済理論を実践しようとしている政治家が出現したとサンダースさんのことを注目しているかもしれないと思っていたのです

 そうしましたら昨2月24日の朝日新聞に「ピケティ・コラム:米大統領選、サンダース氏は新時代を開くか」と題されたフランスの新聞ルモンドの記事(2月14日)の要約が掲載されていました。またまた手抜きの日記でありますが、以下はピケティさんの弁の要点をGGIが勝手にまとめたものです

 サンダースさんは、50歳以下の支持層でクリントン候補を上回っているけれども、50歳以上の支持層と「クリントン・マシーン」と呼ばれる支持者や保守的な主要メディアにより勝利を阻まれるかもしれんなあ・・でも彼のような人物が出現したことで、将来、彼よりもっと若い白人でもない候補者が大統領選に勝って米国の《顔》をすっかり変えてしまう可能性があることが証明されたんや

 大企業・富裕層への大幅減税と歳出削減を中心とした、1980年代にレーガン大統領が始めたレーガノミクスなるものの終焉に私たちは今立ち会っているのだ

 1930~1970年代、米国は不平等是正のために野心的な政策を進めて、年収100万ドル以上の富裕層に対する最高税率は70~80%に達していた。なぜこのような政策を進めたかというと、同時期の旧大陸(欧州)は「超」のつく不平等がはびこり、こんなことは米国の民主主義の精神とは相反するものとみなされたんや。それで米国は欧州の二の舞にならないようにと、高い累進しえを備えた所得税と相続税を導入したというわけ

たとえば、同時期のドイツやフランスでは最高税率が3040%を超えることはなかった。それだけではなく、この間、30年代に欧州よりずっと早く最低賃金を定めており(2016年現在のドル換算で、60年代に時給10ドル)、高い生産性と教育体制のおかげで失業はほとんど生まれず、南部での人種差別にも終止符がうたれた

でも、白人特有の少数の反動的な人たち、金融エリートの反感を買い、ベトナム戦争に負けたり、ドイツや日本などの敗戦国が急激に追いついてきたり、石油危機やインフレ悩まされ、その結果、レーガンがこれらの不満を背景にレーガノミクスを始めたわけや

レーガノミクスが始まると最高税率は28%にまで引き下げられ、クリントン大統領が若干の見直しを行ったものの最高税率は40%あたりに留められた。

その結果、経済格差が爆発的に拡大、超高額所得者が生まれる一方で、経済成長が低調であったことが加わり、大多数の人々の所得は停滞することになり、最低賃金もインフレにより目減りしていった。でも、民主党政権の下でもレーガノミクスという政治イデオロギーを根本的に変えることはできなかった。

サンダースさんの出現は、米国のかなりの数の人々が、不平等の増大と見せかけの政権交代にうんざりしており、革新的な政策で平等を目指すことを望んでいることを意味している。

サンダースさんは、高い累進性を持つ税制度、時給15ドルという高い最低賃金、教育を受ける権利の極端な不平等を解消するための公立大学の無償化、国民皆保険を政策に掲げている。すなわち、サンダースさんのような考えかたと「能力主義」という現体制の勝ち組が使う論法との間には明らかに大きれ亀裂が走っている。

レーガンとブッシュに任命された判事たちが、政治資金の影響力を制限する法的規制をすべて取り払ってしまったので、特にサンダース氏のような候補が大統領選で戦うのは難しいやろうなあ。でも、新しい動員のスタイルと参加型の選挙資金の調達により勝利することで、政治を新しい時代へと向かわせるかもしれない。

 私たちはいま、歴史の終わりにまつわる陰鬱(いんうつ)な予言とは、かけ離れたところにいるのだ。

この記事を読んで、GGIはピケティ氏を日本サンダースクラブの名誉会員兼顧問に据えることにいたしました!

(朝日の記事の全文は以下のサイトにも掲載されています)

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12224159.html?_requesturl=articles%2FDA3S12224159.html&rm=150

この朝日の記事の上の欄に「マイナス金利は効くのか」と題された日銀の黒田総裁へのインタビューの記事が大きく掲載されておりました。なかなかグッドな組み合わせであります。黒田センセイ、大企業の景気を良くすることだけしか考えていないようであり、経済格差拡大という問題にはまったく無関心なようであります・・・・

今日の写真は朝日新聞の記事を撮ったものです。クリックして拡大していたきますと大部分を読むことができます(一番左側の欄が写真には写っていません)

グッドナイト・グッドラック!

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