UGUG・GGIのかしこばか日記 

びわ湖畔を彷徨する独居性誇大妄想性イチャモン性前期高齢者の独白

真っ赤なまん丸いトマト君たち、そしてボテロさん

2016-06-30 01:09:46 | 日記

中学校時代、オバアチャンというあだ名の家庭科の先生がいました。そんなふけているわけではないのですが、なんとなく雰囲気がオバアチャン的なのでありました

この先生、ときには男子生徒に向かって「あなたたち、友だちと自分のお母さんのこと話したりするとき何と言っていますか、《うちのオバハンなんて言っているでしょう!えっ、そんなこと言っていない?ウソです!そんなキタナイ言葉を使ってはいけません、ちゃんと《ボクの母》とか《お母さん》と言いなさい》などと説教を垂れたりはするのですが、いい先生でありました。

GGIはこの先生の言葉を今でもよく覚えております。まだ食糧事情が貧しきころのことです。

「みなさん、食事は三原色が大事です。赤、黄、緑です。色取りのよい食事は健康の源です。三原色の野菜をしっかり食べませうね」

GGIは緑のホーレンソーも赤いトマトもたいして好きではないのですが、いまでもこの先生の言葉をスーパーでも買い物のときに実行しております。

かようなしだいで、昨日、太陽のように赤く真ん丸いトマトが売っていましたので、その元気ぶり思わず感心して、買ってしまいました。

今日の写真は買ってきたトマトを撮ったものです。梅の実よりひと回り大きいというところでせうか。梅雨時のお見舞いに、雨続きでウンザリしている方に、太陽の恵みをお見せしたくおもうしだいです。よろしければクリックしてご覧くださいませ。

GGI、ほんとうはこの真っ赤な可愛らしいとトマト君たちと対話などを試みたいのでありますが、あのクロネコ君に説教されたばかりでありますのです、今日は自粛したいと思います

自粛しつつ、このぷっくらと真ん丸に膨らんだトマト君の姿をしばらく眺めておりましたら、「ボテロ」という名前の画家の絵を連想してしまいました。

南米はコロンビアの画家、フェルナンド・ボテロという画家です、彼の作品には風船のようにぷっくら膨らんだ人物が次々に登場いたします。彼の作品を眺めておりますと、その明るい陽気な雰囲気にGGIは心を癒されます。ボテロの絵を見てみたいと思われる方は以下のサイトをご覧くださいませ

https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%9C%E3%83%86%E3%83%AD&biw=1083&bih=487&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&sqi=2&ved=0ahUKEwjK5dXfvM3NAhXCm5QKHQZFCPIQiR4IjAE&dpr=1.25

彼は上記のサイトに掲載されているような作品だけではなく、ウィキペディアさんによりますと、2004年には、1999年から2004年にかけて製作した、コロンビアの長期にわたる内戦(注:ほんの一週間前の月22日に、政府側とゲリラ側が半世紀に及んだ内戦の終結で合意)の情景を描いた23枚の油絵と27枚のデッサンをコロンビア国立美術館に寄贈しており、また2005年、アブグレイブ収容所での米兵による囚人の拷問と虐待を描いた50枚の絵画を発表しています。

こんなことを言っては失礼な話ではありますが、名は体を表すと申しますか、「ボテロ」という名前、その響きから何となく、ふっくらした人物を連想させるように思えて、ボテロ氏の名前を耳したり目にしますと、GGI、彼の作品に登場するぷっくらさんたちのことを思い、思わず笑ってしまうのであります。

今日もどうでもいい話になってしましました。お許しください

グッドナイト・グッドラック!

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説教たれるクロネコ君・・・

2016-06-29 01:00:55 | 日記

昨日、わが庵、サザンガーデンにあるデッキでクロネコ君が休んでおりました。見慣れないネコです。どこから来たのか、ノラ君のようであります。

はじめて目にするネコ君でありますので、礼儀正しきGGI、あいさつの言葉をかけようとしましたら、機先を制されてしまいました

GGIのオッサンやろ、わかってる、挨拶はいらん、GGIのオッサンが得意な対話も不要、ボク、GGIのオッサンなんかと対話するつもりなんかない、わざわざ対話なんかせんでもオッサンの言いそうなことは分かってる。どうせ「おい、クロネコよ、君はクロネコのくせにどうして荷物を背負っていないのや、荷物運ぶのが君らの仕事やろ」などとシャレにもならん白ける冗談を言うのに決まってる。

ボク、オッサンのブログ見てるけど、もうオッサンの対話シリーズには飽き飽きしてるんや、人間相手ではなく、草花やナンキンハゼやイチジクや、それにカメやウサギやカモやクモやカラスなんかのとのショーもない対話、もう完全にマンネリや、いいかげんにやめたらどう?

そやなあ・・・

ボク、このオッサン、かわいそうやなあと思いながらブログ読んでいるのや、このオッサン、まともに話し相手になってくれる友だちが一人もおらんのや、この独居老人、まともに相手してくれる人間がおらん、それで動物や植物などとわけのわからん対話してるのや、ほんまに哀れや、ボクはあんなふうになりたくないなあ・・・といつも思ってるのや、どうや、GGIのオッサン、あたりやろ?

そやなあ・・・

それになあ、対話したって書いているけど、対話の内容は全部捏造や、自分の都合のいいように勝手に一方報告の作り話を書いているだけや、どうやオッサン、あたりやろ?

そやなあ・・・

ああ、それからオッサン、その「そやなあ」、それもやめなさ~い、そやなあシリーズもくだらん、何にも面白くない

クロネコ君、さんざん説教したあげく、悠然とわがガーデンの花咲く小道を去っていきました。今日の写真は去り行くクロネコ君の後ろ姿を撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ

グッドナイト・グッドラック! 

 

 

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世の中、よくないことがあるのです・・・

2016-06-28 00:49:21 | 日記

このたびの参院選が始まる前の週、アベ君が湖国に遊説にやってきて、いくつかの町で演説をしていきました。某市のJR駅前での演説、見物にでかけたGGIの知人が電話で様子を聞かせてくれました

「あのねえGGIさん、アベ首相が到着するのを待っていたらSPがやってきて、ここは通り道だからどけと見物人の動きを規制しはじめたのです。SPが言いますので大半の市民は道をあけたのです。ところがガンとしてSPのいうことを聞かんヤツがいたのですよ」

「ほう、どんな人物ですか?」

「それが、誰にでも一目でわかる、その筋の人物、入れ墨ちらつかせた・・・」

「それでSPはどうしたんですか?」

「最初SPが一人きて・・・いうこときかないから、もう一人SPがやってきて、それでもだめだから、もう一人SPが来て・・・」

「それでどうなったの?」

「結局、SPの連中、このその筋の人物をどうにもようせんかったのです。SPの連中、この人物をそのままにして何となく立ち去ってしまって・・・これ、衆人環視のなかでの話ですよ」

「ふ~ん、一般市民やったら、警察のいうこときかなかったら、公務執行妨害!、一発で現行犯逮捕ということになるのになあ」

「そうでしょう、だから私、《こらあ!菊の代紋はその筋の代紋には勝てんのか!》

と言ってやろうかと思ったのですが、なにしろ私、もう腰が少し曲がったオッサンになってしまって・・・」

この知人の話を、この種の問題に詳しい別の知人に伝えましたら、その知人曰く、「あのへん、警察と奴らはつるんでいるからなあ・・・」

まことによくない話であります。

このよくない話を耳にしてから数日後のこと、GGI、「戦後70年《パネルDジャパン》秘史」」という題名の本(松井道男:第三書館、2016)をパラパラめくっておりましたら、またしてもよくない話に遭遇しました。

この本は著者が米国公文書館で見つけ出した機密解除文書、「パネルDジャパン」という暗号名の、戦後日本の親米化を目的とした対日心理戦略が記された文書に基づいた戦後秘史であるとされています。この本の評価は、まだGGIはちゃんとよんでおりませんので、何とも申せませぬ。

ところが、この本のまえがきに、デイビッド・カプランという人物とアレック・デュプロという人物の共著による、七カ国で出版されたという「ヤクザ」という本(日本語訳は1991年、第三書館から発行、訳者は松井道男)について、驚くべき説明が記されていました。以下にその部分を引用いたします。

《デイビッド・カプランはこう言っています。

「終戦後から五十年代にかけて米国政府と米占領軍は日本を親米国にするために、自由党、民主党を、二党が合同してからは自由民主党を政治パートナーとしました。そして当時、台頭著しかった親ソ派や新中国派の社会主義革命勢力の社会変革のエネルギーに力で対抗する暴力勢力の役を果たしてもらうために、ヤクザをこの政治パートナーの補完勢力にすることを企てました。それでヤクザの社会的存在を容認しました。さらにヤクザが不法に勢力を拡大しようとする動きを黙認したり助長したりもしました。本来なら、太平洋戦争を引き起こした半封建的要因、つまり地主制度、財閥、軍部などと一緒にヤクザの存在そのものも解体すべきでした。またそうしようとすればできたはすです。しかしそういった思惑があったのでヤクザの社会的存在を容認しました・・・・つまり、戦後のヤクザはアメリカによって生まれたということです。これが本書を書く動機だったのです。それを証明する証拠や資料のほとんどは米国公文書館の機密解除文書から得ました。」

GGIはこの「ヤクザ」と言う本は読んでおりませんので何とも言いかねるのでありますが、多少オーバーな点もあるかもしれませんが、あり得る話ではなかろうかと思います。

世の中、よくない話、あちこちにあるのです。みなさまもどうか御気を付けくださいませ

今日の写真は最近出版された本、「戦後70年《パネルDジャパン》秘史」の表紙を撮ったものです。よろしければクリックしてご覧くださいませ

グッドナイト・グッドラック!

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陽の当たる場所・・・

2016-06-27 01:58:48 | 日記

いつまでも梅雨空が続きますね、毎日降るのか晴れるのかはっきりしない天気、うんざりされている方もおられることでありませう

そこで今日は心優しきGGI、そのような方の気分転換にと明るい写真をお見せいたします、先日、湖岸にある城跡の公園で、インチキレースを行ったカメ君に遭遇したあとで撮った写真です。よろしければクリックしてご覧くださいませ。

この写真、題して「陽の当たる場所」、英語で気取って申しますと A Place in the Sun・・・そうです、ご記憶のよいかたはかつてのアメリカ映画の題名であることに気づかれるでありませう。

GGIが幼少の頃に日本でも上映された米国映画、1949年製作、主演はあのエリザベス・テーラーとモンゴメリー・クリフトでありました。陽の当たる場所、すなわちハイソサエティを目指した青年の悲恋物語です。原作はセオドア・ドライサーの代表作として知られる「アメリカの悲劇」

1949年といえばGGIはまだ御年8歳でありましたらか、こんな映画を面白いと思うわけはありませぬ

エリザベス・テーラーのほうはただの大大根女優でありますのでどうでもよろしいのですが、モンゴメリー・クリフトはなかなかいい俳優さんでありました。

「陽の当たる場所」の数年後に作られた「地上より永遠に」(ここよりとわに)でも彼は主演を務めておりました。

また1958年に作られた「若き獅子たち」でも二次大戦、欧州戦線で戦う米軍の兵士を演じておりました。この映画、、米軍兵士の一人がモンゴメリー・クリフトを指して「あの野郎、ジョイスのユリシーズなんか読んでやがる、あいつインテリや」と言うシーンを目にして、そのころ田舎のアホ高校生であったGGI、「そうかあ、インテリはユリシーズ読むんや、ユリシース読んだらインテリになれるんや・・・よし、おれもインテリになろう」などと思い込んでしまい、すこし読んでみようとしました

ところが、まことに当然のことでありますが、ネコに小判ならぬ田舎のアホ高校生にジョイス、歯がたちませんでした。しかし後になって北の大地、学び舎の街で勉強するふりをしていましたとき、英語の先生が「君たち理系の学生はヘミングウェイなんかは読むかもしれないけれど、ジョイスを読むことはまず一生ないであろう。ですから、私がジョイスを読ませてあげます」とまことに親切なことをのたまい、ジョイスの「ダブリン市民」を英語でほんのちょっぴりですが、丁寧に教えてくれました

でも、しかしアホ高校生のあとはアホ大学生でありましたので、こんな小説どこがええのや、とまたしてもネコに小判、でもジョイスが大好きであったらしいこの若い熱意あふれる英語の先生にいまでも感謝しております

モンゴメリー・クリフトの映画で一番印象的であったのは、多分彼の最後の作品であったと思われる「荒馬と女」です。1961年公開のアメリカ映画、主演はマリリン・モンロー、クラーク・ゲーブル、そしてモンゴメリー・クリフト。原作は当時まだモンローの夫であったアーサー・ミラー。

この映画、なかなか優れた作品でありますが、不思議と申しますか運命と申しますか、この映画が製作されてからもまもなくモンロー、クラーク・ゲーブル、そしてモンゴメリー・クリフトモは、相次いで亡くなっています。享年、モンローは36歳、ゲーブルは59歳、クリフトは46歳。そのような意味でもGGIにとりましてはたいへん印象深い映画であります。

側聞しますところ、当時アメリカの映画やテレビ番組を日本人にジャンジャン見せて米国に親近感を抱かせることが米国務省などの対日文化政策あるいは対日心理作戦であったなどとうことが最近言われいるようであります。真偽のほどはともかく、当時GGIらの年代が米国文化をシャワーのごとく浴びていたことは確かでありませう。GGIがジャズの洗礼を受けたのもこのころのことであります

今日もどうでもいい、むかしむかしの話で失礼いたしました。

グッドナイト・グッドラック!

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公職選挙法にならない範囲で・・・あるいは目は心の窓?

2016-06-26 01:17:43 | 日記

ブログなどに選挙について書き込みを行った場合、内容に3つの要素、すなわち特定の選挙名、候補者名、投票依頼が含まれている場合、公職選挙法違反の恐れがあるそうです。ですから、候補者や特定の政党に対する誹謗中傷の類はおそらくネット上といえども公職選挙法違反疑惑ということになるでありませう。

そこで今日はGGI、良識ある市民でありますから公職選挙法に触れない範囲で記したいと思います

今日の写真は某政党の党首である人物の写真です。クリックしてご覧になってもよろしいのですが、気分を害されることがあるかもしれませんのでご注意くださいませ。でも気分爽快になる方もおられるかもしれませぬ。

 某政党というのは日本最大の政党であり、したがってこの人物は総理大臣でもあります。この写真は「この道を、力強く、前へ」というスローガンが付されている選挙用のポスターを撮ったものです。この人物の目元をクロースアップして撮ったものです。

 むかしから、目は心の窓とか、目は口ほどにものを言うなどと申しますが、この人物はどのような心の人なのでありませうか、何を考えているのでありませうか・・・

GGIの感想では、この人物、いったいどこを見ているのだろう、何か焦点がもう一つ定まっていないという感がいたします。どこか漠然と遠くに視線を向け、虚ろといっては言い過ぎかもしれませんが、何か自分の気持ちをできるだけ目に出すまい、決して本心を知られまいとしているような気がいたします。その様な心持であるために、このような何か曖昧な表情のはっきりしない目つきになってしまったのでないかというのがGGIの偏見であります。

あるいは静かなる野望と闘志を心の奥深くに秘めに秘めているために、このような目つきになったのでありませうか・・・・

いつであったか、あのガキンチョ・ギャングのような容貌のアソウ氏がこの政党のポスターに登場していたときも、目元をクロースアップして写真を撮ったのですが、そのときはパソコンで拡大して眺めてみて、その目つきのワルサに驚いたことがあります。ですからアソウ氏の心のうちはGGIにすぐに分かりました。

しかしながら、いつであったか、テレビでローカルニュースを見ておりまして、とつぜんわがGGIさまの顔がクローズアップで画面に現れ、その見るに堪えない容貌に我ながら思わずわずのけぞってしまったという経験がありますので、正直申しあげて、他人の容貌をとやかくいう資格はGGIにはありませぬ・・・アベ君、アソウ君、ごめんなさいね!

などなど、今日は公職選挙法違反にならない範囲での日記でありました。

この人物の目つきについてのあなたのご感想はいかなるものでありませうか?

グッドナイト・グッドラック!

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